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本当に学業を修めに来ただけです  作者: 樫本 紗樹
本編

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10/50

王女の買い物

 ボジェナは大使からの資料を読んで驚きを隠せなかった。まさかセオドアが公爵家嫡男とは思いもしなかったのだ。

 レヴィ王国には数年前まで公爵家は五家あった。しかしレスター公爵家はシェッド帝国と密かに繋がりレヴィ王座を望むという野望を持ったが故に、家を取り潰され現在は四家である。

 当主ウォーレンが宰相であるハリスン家、当主リアンが国王の側近であるスミス家、王弟ウルリヒが当主のベレスフォード家、そしてセオドアの父が当主であるモリス家。ウルリヒとモリス家当主は国政に関わっておらず、領地で暮らしている。

 資料にはレヴィ王国独自の政治体系も記されていた。領地持ちの爵位は公爵と伯爵のみ。侯爵は土地を持たないが、国政にかかわっている。子爵と男爵は地方政治担当か、侯爵家の次男以下が国政に関わる時に賜る。レヴィ王国の約半分の土地が王家直轄であり、その土地を管理しているのは国王から命を受けた子爵という構図である。国政にかかわっている者には国から給金が出る。レヴィ王国は一度税収を全て国庫に入れ、それを貴族達に仕事量で分配するという形を取っているのだ。

 丁寧にもコンラトはレヴィ王国の地図も付けていた。各領地についての記載を見てボジェナは感心するしかない。公爵と伯爵の土地の間には必ず王家直轄地がある。地図だけでは領地の豊かさを判断出来ないが、土地の広さに差があるので収入が一定になるように考えられているのではと憶測出来る。

「ボジェナ殿下。衣服はいつ買いに行かれますか?」

 大使から資料と共に資金も届いていた。それはコンラトが自由に出来る中から渡してくれたものだ。ドレスは無理でも普段着の既製品なら買える金額であり、今はこれで凌いでほしいという思いが伝わってくる。

「バルバラが適当に買ってきて」

「レヴィ王国の衣服店に興味がないのですか?」

「興味がないわけではないけれど、歩くのは嫌」

 レヴィ国立大学は王都の端にあり、商業地区からは離れている。往復する時間が勿体ないとボジェナは思った。出来るだけ勉強に時間を割きたい。

「馬車を使えばいいのです。商業地区行きの辻馬車があると教えて頂きました」

「その馬車はどれくらいかかるの?」

「もう。王女殿下がお金を気にしてはいけません」

「所要時間を聞いているのだけど」

 ボジェナの指摘にバルバラは困った。辻馬車があるとは聞いたが、所要時間など聞いていない。

「時間なんていいではありませんか。今日は講義がお休みの日ですよね?」

「休みだからこそ勉強をしたいのだけれど」

「大国レヴィ王国の王都ですよ。いい刺激になります」

「だから行きたいのならバルバラ一人で行けばいいわ」

「私はボジェナ殿下程レヴィ語が堪能ではないのです。このお金を騙し取られたらどうするのですか」

 バルバラは真剣な目をボジェナに向けている。それに対し、ボジェナは冷めた視線を返した。

「レヴィ王都は大陸一治安がいいと聞いているわ。大丈夫でしょう」

「私が攫われて後悔しても知りませんよ」

「女二人の方が攫われる確率が上がるのではなくて?」

 残念な事にボジェナが現在所持している服は王女らしさが皆無だ。誘拐ではなく、若い女性を狙った人攫いに会う確率の方が高い。ただレヴィ王都に人攫いがいるかどうかなど彼女は知らない。

「それなら男性がいればいいのですね。フリードリヒ殿下に予定を聞いてきます」

「待ちなさい」

「ですが世話役なのでしょう? 商業地区について案内人が欲しいです」

「王弟殿下なら欲しい物がある場合、職人をここに呼ぶでしょうから詳しくないと思うわ」

 ボジェナのもっともな発言にバルバラは納得するしかなかった。本来ならバルバラも店員を呼びたい。だが出張料を支払う余裕がないので、出向くという選択肢しかないだけなのだ。また、レヴィ王都に興味があるので自分の目で見たい気持ちもある。

「ボジェナ殿下はレヴィ王都が気になりませんか? きっと大きな書店もありますよ」

「書物は図書館で事足りそうだから問題ないわ」

「もう。行きましょうよ」

「仕方がないわね」

 ボジェナは大使から受け取った資料を畳んだ。ボジェナは望んでここにいるが、バルバラはボジェナに付いて来ただけだ。しかもバルバラは一日中この学生寮に控えている。半日くらいは侍女に付き合おうと、出かける支度を始めた。



「わぁ、広いですね」

 辻馬車から外を見ながらバルバラは目を輝かせていた。ボジェナも教本から外へ視線を移す。

「どうして教本なんて持ってきたのですか」

「移動時間は有効活用しないと」

「有効活用なら外を見るべきです。今後暮らす場所ですよ」

 バルバラに言われ、ボジェナは教本を閉じた。医者として必要とされるのならメイネス王国に帰る気はある。しかしその可能性は低い。医者としてレヴィ王国に残るならば、一市民として暮らす事になるだろう。そう思うと、馬車から見える景色が急に気になってきたのだ。

 辻馬車が止まり、二人は馬車を降りる。流石にフリードリヒに案内は頼めないので、管理人室に寄ってスーザンに店を教えて貰った。スーザンは驚いていたものの、学生として見聞を広めたいとボジェナが言えば色々と教えてくれたのだ。

「あ、ここですね」

 ボジェナは地図が苦手だが、バルバラは難なくスーザンに貰った地図から目的地を見つけた。ボジェナが感心する間もなく、バルバラは店に入っていく。ボジェナも慌てて続いた。

「いらっしゃいませ」

 明るい声の店員に迎えられ、ボジェナは驚いた。棚だけでなく壁にまで服が展示されている。あまりの多さにボジェナは目を丸くしていた。

「わ、素敵ですね。どちらの商品もお嬢様に似合いそうで迷います」

 流石に大学の外で殿下と呼びかけるわけにはいかないので、バルバラはボジェナをお嬢様呼びした。バルバラはこういう機転が利く。

「迷っている時間が惜しいから、丈夫そうなのを選んで」

「丈夫そうではなく、好みを基準にして下さい」

 ボジェナとしては、今後もお金が手に入るかわからないので出来るだけ長く着られるものが欲しい。一方、バルバラはお嬢様らしい服装を求めていた。

「好きな男性に会うのに恥ずかしくない格好ですよ」

「好きな男性なんていないけど」

 ボジェナがそう言うとバルバラはボジェナの耳に口を寄せる。

「エドワード陛下が素敵と仰っていたではないですか」

 小声で囁かれた言葉にボジェナはげんなりした。

「それは違う。あの人の隣は無理」

 ボジェナはナタリーに対するエドワードの態度が素敵だと思っただけで、それを自分に向けて欲しいとは感じていない。万が一請われたとしても、絶対に側室になる気はなかった。

「それなら三人の中なら誰がいいですか?」

「三人?」

 ボジェナが首を傾げると再びバルバラは小声で囁く。確かにフリードリヒ、セオドア、ダニエルの名前も軽々しく口にするべきではないが、ボジェナは何故その三人なのだとため息を吐いた。

「あのね。私は学生なの。恋愛をしている暇はないの」

「いいではないですか。今まで出来なかった事を楽しみましょうよ。お嬢様が身に着けた事のない柄も多いですね」

 既製品とはいえ種類は豊富だ。可愛いものから体型を強調するものまである。身体の線を強調するワンピースを見て、ボジェナはフリードリヒの言葉を思い出した。

「風紀を乱さないものがいいわ」

「地味なのは嫌です。それならふわっとしたものにしましょう。きっと可愛いですよ」

 バルバラはそう言って店員に予算を告げると、色々とボジェナに合う服を選び始めた。楽しそうに服を選んでいる侍女を見て、ボジェナも来て良かったなと感じていた。今までは勉強ばかりしており、バルバラと服を選ぶという事がなかったのだ。

 店を出た時、いい買い物が出来たとバルバラは満面の笑みを浮かべていた。そんなバルバラを見て、ボジェナはドレス代が届いたら一部は普段着用に回してまた買い物に来ようと思った。

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