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本当に学業を修めに来ただけです  作者: 樫本 紗樹
本編

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小国の第三王女 留学をする

謀婚シリーズですが、こちらだけでも読めるように書いています。

ただしシリーズ物なので人物名がやたら多く出てきます。予めご了承下さい。

「ボジェナ殿下、本当にこちらのドレスで謁見をされるおつもりでしょうか」

 侍女は荷物から取り出したドレスを見て表情を曇らせた。ボジェナと呼ばれた女性は侍女に対して笑顔を向ける。

「それはお父様が今日の為にと仕立ててくれたドレスよ。バルバラはメイネス国王陛下の趣味に文句をつけるつもりなの?」

「いえ、ですが」

「お父様が私の為に初めて用意して下さったの」

 ボジェナはバルバラと呼んだ侍女に、諦めろと視線を送る。二人はメイネス王国から長旅の末、レヴィ王国へと昨晩入った。今日はレヴィ国王との謁見の日である。

「時間に遅れる方が失礼よ。早く着せて頂戴」

 バルバラは室内にある置時計を見てはっとする。隣国とはいえ国力の差は圧倒的であり、時間を割いて貰ったのはボジェナの方だ。バルバラを急かすようにボジェナは部屋着を脱ぎ始めている。バルバラは納得がいかないまま、ボジェナにそのドレスを着せた。

「レヴィ王国の国王陛下とお父様の趣味が同じだといいのだけれど」

 ドレスを身に纏ったボジェナは姿見で確認しながら呟いた。胸の谷間を強調し、腰のくびれがわかるような身体の線に沿ったドレス。普段より腰紐を締めているので窮屈で仕方がないが、少しの我慢だと彼女は自分に言い聞かせた。彼女の横に控えているバルバラの視線は冷めている。

「異なると思います」

「これならエドワード国王陛下に見初められると自信満々で渡されたのよ?」

「見初める者はメイネス王国の国王陛下ぐらいです」

「男は皆同じだと聞いたわ」

「流石にそれは失礼かと存じます。そろそろ行きましょう」

 二人は部屋を出ると、宿屋の前に待たせていたメイネス王家の馬車に乗る。この大陸一と謳われるレヴィ王国の王宮へ入れるのだ。ボジェナの気持ちは自然と高揚していた。

 王宮の門前で身元の証明をして中へと入る。門の中に入ってからも広大な庭園が広がり、建物入り口までの道のりは長い。あまりにも母国と違い、バルバラは目を丸くしてその庭園を眺めていた。

 馬車を降りると、軍服を着た男性が案内役だと名乗った。バルバラは建物内まで入る事を許されず、ボジェナは一人で案内役の後ろをついていく。

 男性の歩みが止まり、ボジェナも慌てて足を止める。これからレヴィ王国の国王陛下に会えると思うと、彼女は緊張で表情を強張らせた。

 男性が扉を叩くと中から返事があった。男性はゆっくりと扉を開けて、ボジェナに中へ入るように促す。彼女は部屋の中へと足を踏み入れた。

 その部屋は謁見の間ではなく、応接間だった。ソファーに腰掛ける男女二人が視界に入り、ボジェナは慌ててその場に跪いた。まさか室内に国王夫妻がいるとは思わなかったのだ。

「貴方は客人なので跪く必要はない。どうか頭を上げて頂きたい」

 男性の声が聞こえ、ボジェナは深く頭を下げ、失礼致しますと告げてから立ち上がった。顔を正面に向けると、国王夫妻は笑顔を浮かべていた。

「遠路はるばるようこそレヴィ王国へ。私がこの国の王であるエドワード、そして妻のナタリーだ」

「お初にお目にかかります。メイネス国王ベネディクトが娘、ベアトリス・ポトツキと申します。本日はお時間を頂き、まことにありがとうございます」

 ボジェナはレヴィ語で挨拶をした。名前もレヴィ語の発音ベアトリスに切り替えた。この大陸には共通語と呼ばれる言語がない。小国から大国に挨拶をする場合、大国の言葉に合わせるのが暗黙の了解である。

 エドワードにソファーへ腰掛けるよう勧められ、ボジェナは従う。ボジェナがレヴィ国王夫妻と向かい合うと、控えていた侍女が手際よく紅茶と茶菓子をテーブルに置いた。

「通訳が居ないようだが、レヴィ語で問題ないだろうか」

「お気遣いありがとうございます。これからの生活に困らぬよう、レヴィ語は覚えて参りました」

「試験の結果も優秀だったと聞いているわ。こちらの生活で困るような事があれば遠慮なく言ってね」

 ナタリーは優しく微笑んでいる。ボジェナは心の中で父の趣味とエドワードの趣味が合わなかったと察した。エドワードは彼女の胸元を一切見ない。あくまでも国王として隣国の王女と謁見しているだけで、女性として興味を持っている雰囲気もなかった。

「ありがとうございます。こちらでの住居を用意して頂けるだけで十分身に余る光栄です」

「こちらもメイネス王国の王女が学んだ大学と箔が付く。是非とも勉学に励んでほしい」

 レヴィ王国とシェッド帝国に挟まれた小国の第三王女が入学した所で、箔が付くとはボジェナには思えない。しかし彼女は実力で入学試験に合格してここに居る。優秀だとは認められたかった。

「はい。しっかりと学ぶつもりです」

「私のお気に入りを用意したの。お口に合えばいいのだけれど」

 ナタリーはテーブルの上に用意された紅茶と茶菓子をボジェナに薦めた。ボジェナは母国でこのような待遇を受けた事がない。今日も形式的な謁見と決めつけていて、まさか穏やかな茶会だとは思っていなかった。ボジェナは困惑したままテーブルを見つめる。

「昔のナタリーを思い出すな」

「陛下」

 エドワードの軽口にナタリーが咎めるような声色で呼びかける。しかしその雰囲気はとても柔らかく、この二人は噂通り本当に仲が良いのだろうとボジェナは思った。

「遠慮などしなくていいのよ。さぁどうぞ」

「いただきます」

 飲まない方が失礼だろうと、ボジェナは紅茶を口に運ぶ。しかし彼女は母国で紅茶を飲む習慣がなかったので、これが美味しいのかわからない。それでも建前は弁えていた。

「美味しいです」

「口に合ったようで良かったわ。クッキーも美味しいからどうぞ」

 ナタリーは微笑むとクッキーを一口で食べた。ボジェナはそれを見て同じように食べる。

「レヴィ式の作法でわからない事があったら遠慮なく尋ねてね」

 勉強ばかりしてきたボジェナは、他国はおろか自国の作法さえよく知らない。だが、それをシェッド帝国から嫁いできたナタリーに教わるのは違う気がした。だからと言ってレヴィ人がいいとは口が裂けても言えない。

「お気遣いありがとうございます。私は留学生ですので、まずは学業に専念したいと思います」

「そうだよ、ナタリー。彼女は学びに来たのだからそれを優先させてあげるべきだ」

 エドワードは優しくナタリーに微笑みかける。彼女はそれを言葉通り受け止めるとボジェナに申し訳なさそうな表情を向けた。

「ごめんなさい」

「いえ、お気持ちは嬉しく思います」

 ボジェナはそう答えながら、エドワードの言葉が引っかかっていた。学業以外に目を向けるなと言外に匂わせている気がする。しかし彼女は本当に学びに来たのである。父親の思惑など無視するつもりだった。

 暫く穏やかに時間を過ごした後、ナタリーが切り出した。

「それではベアトリス殿下、いいえ、ボジェナ殿下の方が宜しいかしら」

 ボジェナはまさか母国語の発音で名前を呼び掛けられるとは思わず、ナタリーの方を見つめる。ナタリーは相変わらず優しそうな笑みを浮かべていた。

「私は偶然にも名前の発音に差がなくて平気だったけれど、ボジェナ殿下は抵抗があると思うの。これから紹介する人は少しメイネス語がわかるから頼って欲しいわ」

「紹介、ですか」

「えぇ。優秀な学生よ。大学の事情に詳しい知り合いが居た方がいいと思って」

 ナタリーはそう言って立ち上がろうとしたが、それより先にエドワードが立ち上がって彼女に手を差し出した。彼女は微笑みながらその手を取って立ち上がる。二人の仲睦まじい姿を見て、ボジェナはエドワードに好感を抱いた。彼女は父が妻達に手を差し伸べた姿を見た記憶がない。

「本当にナタリーが行くのか? 迎えに越させればよかっただろう?」

「私が行きます。フリッツにそこまでさせられません」

「あれに気を遣う必要はない。それよりもナタリーの身体の方が心配だ」

「ふふ。五人目ですから心配は要りません。それにほぼ馬車移動ですから。さぁ、ボジェナ殿下、行きましょう」

 ナタリーは心配そうなエドワードに微笑むと扉へと歩き出した。ボジェナも慌てて立ち上がる。ボジェナは何が起こっているのか理解出来ないままエドワードに一礼をして、大人しくナタリーの後ろをついていった。

 王宮の正面玄関には王妃専用の馬車が用意されていた。ボジェナがここまで乗ってきた馬車はその後ろに控えている。

「折角だから私の馬車で移動しましょう。少しお話がしたいわ」

 ナタリーの申し出をボジェナが拒否出来るはずもない。ボジェナが了承の意味を込めて頷くと、ナタリーは笑顔を浮かべた。

 二人が乗り込むと馬車はゆっくりと王都へ向けて動き出す。

「話というのは陛下についての事なの」

 ナタリーの表情は優しいままだが、ボジェナは緊張せずにはいられなかった。エドワードが側室を断っているのは有名な話。いくら父親が勝手に用意したとはいえ、このドレスを着たボジェナに責任がないとは言えない。

「気を悪くしないでね。陛下はご多忙であまり時間が取れなかったの」

 ナタリーの言いたい事をボジェナは上手く理解出来なかった。断っているのを無理に押しかけたのはメイネス王国であり、エドワードに非などない。応接間での謁見ではあったが、むしろ時間を割いて貰えただけで充分である。

「いいえ、謁見して頂けて嬉しく思います」

「そう言って貰えて安心したわ。ボジェナ殿下は私の預かりになっているから、何かあれば私に言ってね」

「お気遣い頂きありがとうございます」

「それと衣服についてなのだけれど、それはメイネス王国で流行しているのかしら」

 ナタリーの質問にボジェナは数回瞬きをした。一拍遅れて内容を理解し、ボジェナは返答に悩んだ。目の前のナタリーは全身を覆うドレスを身に纏っている。このように胸を強調するドレスはレヴィ王国では着ないのだろうとボジェナは察した。

「身体の線がわかるドレスを身に着ける事が多いです。ですが普段私は着ません」

「それでは大学に通う為の服装はもう少し全身を覆っているのかしら」

「はい。踝丈のワンピースで、襟ぐりも鎖骨が見える程度です」

 ボジェナの言葉を聞いてナタリーは非常に安心したような表情をした。

「良かったわ。見せつけている女性が悪いなんて言う男性もいるでしょう? そのような事があっては大変だから。それでも一応、これから紹介する人が守ってくれると思うわ」

「どのような方なのでしょうか」

「陛下の言葉を借りるなら、勉強にしか興味がない偏屈者ね。でも話せばいい子なのよ」

 国王夫妻と面識があるのなら、貴族子息だろうかとボジェナは考える。しかし大学は家を継ぐ者が通う場所ではない。家を継げない次男以下が自分の生活を確立させる為に通うのだ。ボジェナ自身も十四人兄弟の七番目であり、生きていく為にただひたすら勉強をしてきたのである。気が合うといいなとボジェナは淡い期待を抱いた。

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