SR & CSR
竹島東公海上を訓練飛行中の航空母艦加賀所属HⅤ-22『ウッディー』
「遭難信号受信中。2時方向です。」
「対象発見、近い。このまま救助活動を行う。加賀に報告。」
「加賀指揮所、こちらウッディー。現在竹島東公海上で遭難船を発見。このまま救助活動を実施する。」
「こちら加賀指揮所、ウッディーの救助活動了解した。以後機内送話の同報を願う。非承認の場合は割り込む。」
「こちらウッディー、同報了解した。迅速な対応感謝する。」
「マーカー投下準備。」
「アイ。」
「航過後、左旋回してマーカー投下する。準備急げ。」
「マーカー投下準備完了。」
「左急旋回。」
「了解。」
「対象は統一朝鮮籍の漁船です。」
機長の市原一尉は煩わしそうに応えた。
「公海上だ、どこの船でも助ける。支援は?」
「海保の巡視船が30分後に到着予定。」
「結構あるな。何人上げられる?」
「イカ釣り漁船なんで、ホイストスリングで降りるのは相当困難です。いったん救命ボートへ移乗してもらえばこの機の定員まではいけます。」
「あいよ。マーカー投下後に再度左旋回し、救命ボートを投下する。」
「準備急ぎます。」
ロックオンの警報音が聞こえてきた。
「なんだ?」
副機長の長田三尉が応える。
「竹島占拠中の統一朝鮮軍から、警告です。領空から直ちに退去するようにとのことです。」
「公海上だろ?」
「向こうにはそう見えていないようです。」
「返信しろ、あんたの国の漁船を救助中だと。」
旋回を終え、マーカーを投下した。これで視認に問題は無い。
「統一朝鮮軍から、統一朝鮮国漁船への攻撃を止めるよう至急電です。」
「助けるためにマーカー落としただけだって言え!」
「アイ」
「近くに統一朝鮮軍の他の船か何かいるのか?」
「いません。竹島にも船はありません。」
「あいつら自国の漁船の危機がわかっているのか?」
再旋回し、救命ボートを投下した。着水したボートは自動展開していく。
ロックオンの警報音がずっと鳴り響いていたが、救命ボートの投下後にはもっとけたたましい音に変わって鳴り響いた。
長田の声が機内に響く。
「ミサイル発射されました。自動ミサイル防御作動。」
「アイ・ハブ・コントロール。」
市原が操縦を担う。
チャフとフレアが自動発射される。対IRジャミングも作動した。市原は機体を一旦垂直降下させ、スロットルを最大出力にした。機動するには機体にエネルギーが必要だ。
「ミサイル1基、上空を通過。」
「あいつらマジか? 加賀指揮所、聞こえていると思うが我交戦中。敵対行動は竹島の統一朝鮮軍と思われる。現在緊急退避中。」
交信しながら機体を立て直す。海面ギリギリまで高度を落とした。
「7時方向からミサイル接近中。」
速度も高度もエネルギーが無い、無理だ。
「耐衝撃準備。」
言い終えると同時に右翼側で爆発音がした。
「右翼エンジン出力低下。自動消火装置作動。」
長田がちらりと市原を見た。
「助けるために用意したボートに、自分たちが乗ることになるなんてな。」
市原は苦笑いをして乗員に通達した。
「VLモードに移行し緊急脱出する。準備急げ。」
島根県隠岐郡隠岐の島町 島後島沖を航行中の扶桑型イージス艦山城艦橋
「艦長宛の緊急メッセージが来ています。」
「ありがとう。」
何の反応も無かったので、通信員は振り返って艦長を見た。伊丹は個人用スクリーンに表示されている文字を追っていて、見られていることに全く気がついていないようだった。
伊丹の表情はあまり変わらなかったが、少しだけ赤みがさしていた。
「機関長を呼んでくれ。」
「できるだけ早く進出しなければならない。機関出力は過負荷でどれくらい持つ?」
「マニュアルでは120%で30分です。」
「我が艦では?」
「整備状況も良いので、150%で4時間です。」
「ではその能力を発揮してもらおう。」
「何があったんですか?」
「加賀所属の市原機が竹島東沖で消息を絶った。我が艦には捜索命令は来ていないが、行かない訳にはいかない。」
「彼女達は恩人ですからね。」
「今から緊急CSR訓練を抜き打ちで実施する予定だ。これならどこからも文句は出まい。」
「良い考えですね、了解しました。ちょっと電話をお借りします。」
楠機関長は艦内通話器を取ると、部下に指示を出し始めた。
「機関全機稼動準備。出力は緊急過負荷150%で行く。持続は最低でも4時間だ。…ああ、それは任せる。」
機関長は通話器を置くと言った。
「すみません、2分下さい。以後は機関150%で4時間稼動可能です。」
「ありがとう、頼んだよ。」
機関長は足早に去っていった。
「航海長!」
「はい、艦長。」
「すぐに出航する。機関長は2分欲しいそうだ。訓練通知と航路検討を始めて欲しい。」
「聞こえていました、市原機の件ですね。」
「そうだ、あいつらに借りを返せる。何なら恩まで売れる、いいチャンスだ。」
「了解です、すぐに訓練許可を取ります。その後の航路も至急検討します。」
遠くから特徴ある甲高い音が聞こえて来た。この艦の出力機関であるガスタービンの起動開始音だった。通常は2基しか起動させないが、今3基目が起動し始めている。
そしてすぐに4基目の始動音が聞こえてきた。
「こちら艦長。ただいまより緊急CSR訓練を行う。目標海域は竹島東海上の公海付近。CSR対象は加賀所属の市原機だ。この前、助けてもらった。」
どういう事態なのか、みんながわかるように少し間をおいて続けた。
「同機は15分前にレーダーロストした。」
艦内のざわめきが聞こえるようだ。あいつらには艦全部で借りがあるからな。
「…艦長。」
「どうした、機関長。」
「すみません、機関出力性能に訂正があります。」
訂正? 今さら何だ?
「150%で4時間と言いましたが、今回は200%で3時間はいけるとのことです。その後は逐次報告します。…正真正銘の全開出力です、40ノット出せます。あいつらのためならやってみせるそうです。」
「…航海長、200%で3時間、40ノットだ。航路算定急げ。」
「了解。緊急出航手順でいきますが、よろしいですか?」
「もちろんだ。貴官に任せるよ。」
「了解。」
島後島沖で流し釣り中の乗り合い船
「あれって自衛隊の艦だよな。」
釣り客が竿の手ごたえを確かめながら船長に聞いた。
「ありゃあ、山城だね。」
「へー、この距離でもわかるのかい。」
「眼だけはいいんでね。…お客さん、引いてるよ。」
船長のアドバイスを受けながら徐々に引き込み魚影が見えそうになった時、不意の大波で漁船が大きく揺れた。みんな船にしがみつき、釣れかかっていた男も慌てて竿を放り出してしゃがみこんだ。
「何だったんだ、今の。」
去って行く大波と次々に迫ってくる波を見ながら、釣り客は不審そうに周りを見渡した。
「いねえ。」
船長のつぶやきに、釣り客たちは注視した。
「いねえって何が?」
船長は黙って海を指さした。
「さっきまであそこにいた山城がいねぇ。…多分、あれだ。」
船長が次に指さした方向に、小さなシルエットが確かにあった。…あんなに遠くまで?
あの波は山城が起こした波だったのだ。すさまじい速度で移動したから、波もあんなに大きかったんだ。
船長と釣り客達は山城が去っていった方向をしばらく眺めていた。きっと何かあったに違いないと思いながら。