将軍
ファイブアイズ+1 臨時ウェブ会議
「今回議長のオーストラリア連邦首相フィッシャーです、これより臨時会を始めます」
画面上には同時通訳の字幕も出ている。ファイブアイズに参加する以上、英会話能力は必須だ。だが、専門職による字幕は理解の助けになる。
私はフィッシャーの後を引き取った。
「日本国将軍の磐田です。臨時会招集となった経緯を説明します。衛星兵器による攻撃とオベリスク建立については前回承認済みなので割愛します。残念ながらドイツは我々の警告を無視し、変異株の更なる活用を計画しているようです。資料を共有します」
我が国は敵対勢力に対する攻撃実施を我が国単独で実施することを放棄していない。だが、海洋国家群としてファイブアイズには可能な限り協調することが国益に合致している。
大地君に目線で合図した。画面が切り替わった。
ファイブアイズ+1からの警告直後から行われた、欺瞞も交えたデータ転送だった。
インターネット経由のデータ転送は綿密な監視により、経路で使われた欺瞞サーバーへの転送でデータ解析ができ、本来受領すべき相手からの問い合わせによって新たな目標選定もでている。人間及び機器による移動も監視されており、現時点では問題は発生していない。
世界を壊してもらっては我々も困るのだ。ある程度の秩序は必要だ。
「データ関連についてはホワイトハッカーの活用でイギリスが対応予定です。それ以外に何かあるのですか?」
フィッシャーは私に先を促した。
「中華連邦で新たな株が急速に蔓延を始めているようです、それも別々の場所から。そして、それぞれは違う株です」
ざわめく画面を落ち着くまで見守り、私は続けた。
「どうやら中華連邦では、地区の有力者が自国の覇権を握ろうとより強力な変異株をばら撒いたようです。自地区以外の弱体化を謀りたかったようですが、中華連邦全域で医療体制及び経済の破綻と、治安の不安定化を招いているようです」
「彼らの独断かね?」
「いえ、残念ながら背後にはドイツがいるようです。株の違いは有効性評価のためでしょう。ワクチンと治療薬の提供も始まっています。提供される範囲は決められているようですが」
「ドイツの意図はわかる。だが中華連邦はこれほど虚仮にされていても彼らに従うのか?」
ベーカーの疑問はもっともだ。西洋的な合理主義ならありえない。だが、合理性よりも面子にこだわる者もいる、良し悪しは別にして。
「中華連邦内での覇権争いがあります。国家よりも自らの覇権拡張を狙っているのです。得られる利益が全てなのです」
少し間をおいてフィッシャーが応えた。
「理解しがたいが、価値観の違いだと思いたい。……ところで、どうやって新たなパンデミックを防ぐ?」
「ユーラシア大陸内はあきらめるしかないですね。交通網が発達していて、国境封鎖以外には止められないが、もう遅いでしょうね。アフリカ大陸にも広がるでしょうが、航空機を止めれば蔓延速度は落ちます。南米大陸は難しいですね」
「そして、我々は海に守らている」
ベーカーの言葉を引き取って私は続けた。
「海外から帰国する自国民は隔離検疫で対応し、それ以外の入国者に対して国境は閉鎖する。ただし、我々達の国民を除いて」
彼らが頷いたのを確認し、続けた。
「海が我らを隔離し、相互に安全を担保できる」
静かな同意を見て、議長のフィッシャーに続きを促した。
「では、次の議題に移りましょう、小麦と米の生産状況です」
3カ月後、五島列島福江島西方沖。海上自衛隊第3潜水隊群所属潜水艦『こうりゅう』
「艦長、EEZ内で曳航ソナー感有り、自動船舶識別装置には当該船舶の表示ありません」
「対象をガンマ4とする。速度と進路は?」
「曳航ソナー群で3次元解析中です。…海面表層を航行中、速力5ノット、沖縄に向かっています」
「グリッドでの探知は?」
「識別できていません。スクリュー音と思われるものは定周波ではなく「1/fゆらぎ」を摸しています」
「最新型ってわけか。上級司令部に至急電で現況を通報。音紋データも送付。グリッドのアップデートも進言しておこう」
「了解。指向性衛星通信で行います」
「それでいい。対象の動きは?」
「変わりありません。グリッドのパッシブソナーに引っかからなかったのはアップデート前だからとして、レーダー探知できないかったのはどうしてでしょう」
「潜水か、半潜水航行しているか、ステルス形体なんだろう。…案外統一朝鮮の木造船体かもしれんぞ、以前はそれで我が国民をさらわれた事例もあったからな」
「どうしますか?」
「海保へ通報しておこう、我が国へ変針する可能性は否定できないからな。我々はこのままコンタクトを継続する。上級司令部へ通報、ここの警戒を誰かに頼まなきゃな」
「上級司令部より入電、『せいりゅう』が来てくれるそうです。回航まで2時間かかるので、その間は空母飛竜所属の『ウッディーⅡ』が対応します。5分後に到着予定」
「相変わらず、早いな。あいつらなら任せておける。我々は我々の任務を遂行しよう。ガンマ4の進路、速力に変化は?」
「変化ありません」
「では我々はガンマ4の後方1kmで追尾する。変音層に注意しろ」
「了解です」
不意に艦を騒音が襲った。アクティブソナーとは異なるものだった。
「何があった?」
「ガンマ4付近で爆発音。スクリュー音はロストしています」
「また何か始まったようだな。…そういえば今日は将軍の交代式か、威力偵察にしてはおかしい事象だが」
「『ウッディーⅡ』市原3佐から入電、パッシブソナーを投入するとの通報です」
「仕事が早いな、問題無いと返信。…いや、待て。ガンマ4のスクリュー音はどうなった?」
「ロストしたままです」
「『ウッディーⅡ』へ連絡。対象は爆発音の後、ロストした。至急現地確認を願いたい。我が艦はこのまま周辺警戒を続ける。本件は陽動の可能性もあるので、せいりゅうの応援は不要と伝えて欲しい」
「『ウッディーⅡ』から入電。至急現地に向かうとのことです。上級司令部にも連絡しておくとのことです」
「よろしく頼むと伝えておいてくれ」
「我々は他に不審者がいないか、耳を澄まそう」
大将軍府
征夷大将軍の地位にあるのも、残り1時間か。私は多少なりとも感慨深くなっていた。
「将軍、沖縄近くのEEZ内で不審船を発見しましたが、何らかの勢力から攻撃を受け所在不明になったとの連絡がありました。南西部方面では警戒レベルを上げています」
大地君の報告は簡潔で良い。彼は次代の将軍、櫻井君にもそのまま仕える。有能な官僚は重宝する。
「将軍交代のタイミングで、危機管理がどうなるのか見たいのかな?」
「その可能性はあります」
「櫻井君にもここに来てもらい、以後は協働で処理を進めよう。ただし、指揮権は12時で移行する」
「了解しました。次期将軍をここにお連れします」
大地君は慌ただしく退出していった。
将軍候補は以前そうだった私も含めて、合理性と国益を優先でき、自身とは異なる意見でも傾聴し判断できるものだけが選抜されている。前任者の施政の否定や、交代に伴うあつれきもありえない。全ては合理性と国益のためなのだから。
櫻井君と協働で対処は問題無いし、いつ指揮権が変わったのか誰もわからないだろう。時計で確認する大地君以外は。
「末永君、陽動の可能性もある、全域警戒体制を上げて欲しい」
スクリーンに映った末永は静かに頷いていた。
「既に実施済みです、将軍」
我が国は正常に機能している。これからは一歩退き、老中として支えよう。
将軍職は楽しかった。




