発覚
大将軍府
私は10分程前に日本国第42代の征夷大将軍となった。この国の全権は我が手にあり、逆らうことができる者はこの国のどこにもいない。
この地位はどのような場合でも1年限定で、その後は二度とその地位につくことはない。1年限定の国家元首代行が今の征夷大将軍。
私が望んだわけでもなく、実は高貴な血筋でもなく、ただ単に若年寄の中から適任者として選ばれただけだ。1年たって将軍を外れれば、次は老中。いずれにせよ政務を担っていくことには変わりはないが。
今は新皇紀42年、西暦だと2084年。地球規模の統一だの国境は無くなるだのいろいろ試行錯誤はあったが、結局人間はそれほど賢くはなっていなかったようで、いろいろ上手くいかなかった。民族自決の名の下に、元あった国よりも小さな行政単位に分かれたところがほとんどだった。
我が国も外国人の入国は難しくしている。
第18代将軍の治世から賢明にも再び鎖国政策を取っていて、佐渡島と八丈島以外への他国籍船舶及び航空機の発着は認めていない。
無害通航権は認めているが、そうでない場合は領空に近接する防衛識別圏及び領海侵入時の警告と、指示に従わず領空、領海侵犯を継続した際の即時破壊となっている。
これらは防衛コンピュータによる自動対処で、人による関与は一切無いので情状酌量も判断の躊躇も一切無い。これらは我が国の警告を甘く見た周辺国が引き起こした幾度かの悲劇によって、全世界に周知された。
以後そういった愚かな振る舞いを公式に起こす国は無い。
観光目的を除き佐渡島と八丈島以外への他国人の入国は基本的に認めておらず、観光も年間1週間以内の滞在に限定している。
我が国民に対して他国への観光を奨励している以上、相互互恵とするため許容されている。
我が国に限らず、かつては世界の警察と自称していたアメリカも再び孤立政策となって久しい。資源を持つ国ならば、孤立しても何も問題無いからだ。
我が国に展開されていた米軍基地も全て返還され、米軍の防衛ラインはグアムまで下がっている。我が国もかつては資源の無かった国で、それゆえに勝ち目のほぼ無い戦争を始めて多くの敵味方の命を失い、我が国は敗れた。
今の我が国はエネルギー源としてほぼ無尽蔵のメタンハイドレードを周辺海域に持ち、さらに海底熱水鉱床でレアメタルも産出できる世界有数の資源国となっている。
経済基盤もありインフラも整い、一時危ぶまれた少子高齢化も過ぎ去った今、我が国は世界から孤立しても全く問題無い。
だが、これもまたアメリカ同様に安全保障の同盟と貿易協定、国連への形ばかりの関与で扉は常に開けている。
「失礼します。」
秘書官は開いた扉をノックをした後、私の返事も待たずに入室してきた。基本的に扉は閉め
ないのでいつでも入室して構わないのだが、礼儀としてノックしているらしい。
「防衛省から、SLBM対抗演習終了の報告がありました。参加された各国の観戦武官からも好評だったそうです。」
「評価分析は今からやるんだろうが、周辺の情報収集状況は?」
「潜水艦6隻と航空機が7機。ロシアとアメリカは衛星も回してきています。観戦国以外の潜水艦1隻は国籍不明。音紋DBにも該当がありません。同じく航空機2機は統一朝鮮と中華連邦のものでした。」
「未確認の潜水艦が1隻? 統一朝鮮と中華連邦はまともな潜水艦を保有していなかったはずだが?」
「両国で建造された形跡はありません。非常に静かな船でパッシブでは追尾できなかったとのことで、擬似アクティブを使用したとの事です。」
「鯨の声を真似たやつか?」
「そうです。」
「それほどの性能となると、建造できる国は限られてくる。観戦国以外となると、ドイツかフランスだが?」
「新型を開発したとの報告が来ていましたから、ドイツ製の可能性があります。ロシアとフランスで該当するものはありません。赤外線探知の解析では通常動力なので、近くで補給を受けて来ているはずです。」
「赤外線探知? 影か?」
「はい、そうです。2基がコンタクトしています。領海ライン近くを無音のまま九州北部に向けて潜行しています。」
「九州北部か。」
『影』は沈底機雷の別名で、実際は動力のある魚雷と同じだ。EEZ境界で擬似アクティブに探知され、IFF(敵味方識別装置)で識別不能の物体にはもれなく『影』が追尾する。正確には未確認物体に引っ張っていってもらうのだが。
外交用端末の呼び出し音で我に返った。着信を示す点滅をしている受話器を取り上げた。
「将軍だ。」
「琉球王国の金城国王から電話会談の要請が来ています。就任挨拶とのことですが、如何いた
しましょうか?」
秘書官房担当者の事前レクか。
世界がワンワールドへの動きから逆行して細分化された時、我が国からも沖縄県が分離独立して琉球王国となった。
彼らの独立宣言で我が国は悪し様に罵られた。
だが、彼らが頼みにしていた中国は内戦後に中華連邦として再編されたが、覇権からはほど遠い。そして台湾は台湾民国として各国から承認を受けた。
中華連邦は自国の復興で琉球王国支援どころではなくなってしまい、困った琉球王国は我が国に厚かましくも併合して欲しいと要望している。
独立したのが第15代将軍就任のどさくさで、第22代将軍の治世に併合を望んできた。
中華連邦の国力が落ち、再び大陸国に偏向している状況で琉球王国の地政学的なメリットは何も無く、我が国は琉球王国を隣国として温かい目で見守っている。
琉球王国からの難民は理由の如何を問わず送り返し、自分達が民主主義的な選挙によって選択した結果を重々噛み締めていただけるよう配慮している。
琉球王国は独立したものの、資源も産業も他の地域に対する何らの優位も無いので辺境の無視してもかまわない国になったのだ。
独立すれば何もかも今より良くなると扇動した活動家に自分達の未来を掛けたのだから仕方が無い。
扇動した鼠達はすぐに逃げ出したようだったが、向かった中国は内戦状態だったので生きているのかさえ定かでは無い。もし生きていても彼らは非友好的な人物として登録されており、我が国に入国することはできない。
以来、琉球国王は毎年新将軍が就任するたびに、併合を望む挨拶を繰り返している。
「琉球国の最新状況は?」
「特段変化はありません。電子的、人的情報ともCクラス以上のものは7日間以内には来ていません。」
「わかった。つないでくれ。」
秘書官は何の通告も無くつないでくれたらしく、ブツブツ文句を言っている琉球国王の声が聞こえてきた。
相手を知る事前情報としては良いものだ。
秘書官達は優秀だ。彼らの行為を無駄にしないように、もったいぶって出てやろう。
「あー、すみません。だいぶお待たせしましたな。第42代征夷大将軍の磐田です。」
「琉球国王の金城でございます。このたびは将軍就任おめでとうございます。我が国は独立を選択した混迷な時代がありましたが、日本国と再び一体となり同じ日本人として共存共栄に邁進したいと考えておりまして、是非御検討いただきたいと国民一同願っております。…もし願いが聞き届けられなければ、私どもにも考えがあります。我が国としては……」
まだ続きそうだったが、遮った。
「希望はお聞きました。…ただ、我が国民の間ではその件について反発が強いのですよ。ご存知でしょうが、独立された際の宣言で悪し様に罵られたままですから。まあ、当面は難しいですな。では時間もありませんので、失礼します。」
まだ受話器から何かしゃべっているのが聞こえてきたが、かまわずに切った。
「毎回恒例ってやつなんだな。」
秘書官は頷きながら電話を受け取り、言った。
「すぐにまた連絡が入ると思いますが、つなぐ必要はありますか。」
「無いな。適当に理由は付けておいてくれ。彼からの話は、併合以外の話の時にだけつないでくれ。」
「かしこまりました。…将軍、先ほどの会談で少し気になったことがあるのですが、上申してもよろしいでしょうか。」
「構わん、話してくれ。」
「22代が受けて以来、これまでの琉球国王から威嚇はありませんでした。」
「…ああ、最後の捨て台詞みたいなやつか。」
「そうです。これまでは『願いをお聞き届けいただければ』といった、我が国が受け入れた場合の利点をアピールしていました。しかし、今回は違います。受け入れなければ、何か我が国に不利益を及ぼすようなニュアンスとなっています。」
「強気になれる変化があったということか?」
「恐れながら、調べてみた方が良いかと思われます。」
「わかった、若年寄と老中には私から伝えておく。」
「ありがとうございます、さっそく始めます。」
一礼して静かに退出しようとした秘書官の名前を聞いていなかったことを思い出した。
「君の名は?」
「鈴木大地と申します。」
過去のオリンピック金メダリストと同姓同名か。忘れがたい名前だ。
「鈴木は多いので、大地君と呼べばいいかな?」
「はい、もちろんです。」
「では大地君、国防警戒レベルを一つ上げるよう伝えておいてくれ。」
「…どうしてですか? まだ何も確証は得られてはいませんが。」
「さっきの琉球国王の声は自信に満ちていたからだよ。根拠も無く脅してるんじゃない。何かカードを持ってるんだ。警戒は早めにしておいた方がいい。」
「かしこまりました、すぐに伝えます。」
大地君が下がるとすぐに緊急ニュースが流れた。彼は仕事が早い。
「臨時ニュースをお伝えします。幕府高官から国防警戒レベルを一つ上げ、通常時から初期警戒レベルとなりました。繰り返します、通常時から初期警戒レベルとなりました。」
実際には警戒レベルを上げなくても、初期警戒レベルで通常時も運用している。
ただ、これを公に認めることで、何かに気が付いたと我が国を気にする勢力へメッセージを出すことができる。
そして実際には初期警戒レベルではなく、準戦時レベルでの国防体制へ移行完了した。
これで弾道弾攻撃でも迎撃対応可能となった。
だが、これで完璧という訳ではない。我が国の領空及び領海の外で何かされても、第1撃は対応できない。
…表向きはそうなっている。実際には我が国の人工衛星4基の持つ電磁誘導弾と高出力レーザーで、中間段階のミサイルを迎撃できる。
この他に8基の気象衛星も同じ武装を内蔵しているが、欺瞞のためこっちはこれまで使用されたことはない。
攻撃的な核兵器を我が国は保有していないが、たまたま軌道が変わった小惑星が落ちてくることはあるだろう。
我が国では学術的に行っている小惑星探査の結果、3桁はいかないまでも壊滅的な破壊をもたらすことができる小惑星を制御下に持っている。
来年はその小惑星の落下と迎撃破壊が演習項目となっている。その時には国家レベルで我が国に対抗しようとする国は無くなるだろう。
ただ、テロとゲリラは小さすぎて対処を効率的につぶせない。別の方法を探しているが、完璧な対応はできていないのが現状だった。
成層圏上部にはバブルと呼んでいるステルスの無人気球が多数配備され、パッシブ赤外線情報と電子情報収集を行い、迎撃兵器も搭載している。
高高度からの位置エネルギーを速度に変換することで攻撃可能範囲を広げ、赤外線追尾ミサイルを内蔵した滑空兵器だ。自由落下で加速しブースターが近距離までGPSとレーダーその他の警戒情報で誘導する。近距離まで近づくとIRロックオンし、ブースターは離脱し先端部のミサイルが発射される。
専守防衛というのは非常にコストがかかる。第1撃は相手が時間も場所も兵器も全て自由に選択できる。こちらはあらゆる攻撃に対して国民を守らねばならない。
「さて、老中と若年寄に伝えておくか。」
我が国周辺の警戒情報は、今のところグリーンレベルだ。
「将軍。」
「何だ? 大地君。」
「中華連邦からホットラインです。」
「ホットライン? 国境線付近で係争になりそうな動きは無かったよな?」
「ありません。中華連邦から我が国に対しての係争行為は4ヶ月以上起きていません。」
「無駄な事にマンパワーを投入する愚に、彼らも気がついてくれるといいんだけな。そもそも独裁国家が集まって連邦政府っていうのは理解に苦しむよ。まあ、皇帝と臣従する独立国家群と考えれば、あの辺りで昔から伝統ある統治形態なんだろうが。」
「…我が国も対外的には独裁国家となっていますが?」
「1年で強制的に権限を剥奪されるし、そもそも権限だって無制限じゃない。後継候補も選べないから院政も引けない。治世が悪けりゃ平民に戻ったときにひどいめにあわされる。いわゆる世界的な独裁者の待遇とは雲泥の差じゃないか。それに将軍になっても、給料はそんなに増えないことがわかったぞ。」
「夢も希望も無くなるので止めてください。ホットラインを待たせていますよ。」
「すまない、つい愚痴が出た。つないでくれ。」
ホットラインで知らされた内容は、ホットラインにふさわしいものだった。
「大地君、中華連邦向けに公害対策分野のODAを2兆円規模で用意するよう関係者に検討依頼をかけてくれ。実施時期は半年以内だ。」
「それほどの情報ですか?」
「どこまでが事実かわからないが、そうだと思う。老中会議を至急招集してくれ。」
大地君は既にタブレットを操作し始めていた。
「5分後に始められます。用意すべき資料は何ですか?」
「H5N1インフルエンザ及び他の高病原性鳥インフルエンザに対する防疫体制と、ワクチン及び対抗薬の準備状況についての資料だ。厚労省の担当官にもオブザーバーとして会議への出席手配をして欲しい。アメリカのCDCにも一報を入れてくれ。」
「…何と?」
「我が国において、高病原性の鳥インフルエンザウイルスを使用したバイオテロが行われる可能性があると。」
「わかりました。」
大地君は少しだけ青ざめて退出していった。私の前では段取りを行うのも気兼ねするのだろう。事案の重要性は十分伝わったはずだ。