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魔族の騎士  作者: らつもふ
8/25

亡国の民

 東方人達は、来たる戦いに備え、大広間で軍議を重ねていた。

 「次は5色騎士団が全員やって来るとボッシュ殿が言っていた。一人でも鬼神の如き強さの者達が、四人も来られたらひとたまりも無い。しかも、バルベリスとかいう悪魔も一緒らしいじゃないか。またあの炎を吐かれたら今度こそ全滅するぞ!?」

 時宗が影千代に向かって捲し立てる。

 「今の兵力では太刀打ちできないのは確かだ。それを見越して、本国に救援を頼んでいるのだが、恐らく間に合うまい……」

 影千代も手の打ちようがない様子だった。

 この時、客将として遇されていたソイマンも軍議に参加していたのだが、強大な敵を前に行き詰っている東方人らを放っておくことができず、つい口を出してしまった。

 「仕方ない……私から魔族軍に関する情報をお教えしよう」

 「いいのですか!?ソイマン殿!?」

 「助けてくれた恩があるのでな……では、まずは悪魔バルベリス様……バルベリスについてだが、かの者は地獄を司るほどの悪魔であるため、その能力は非常に高く、残虐で業火を自在に操ることができ、一晩でこのサラミス平原を焼き尽くす事が出来るだろう」

 「そ、それほどの悪魔がやって来るのですか!?」

 時宗が絶望の声を上げる。

 「バルベリスは白馬に乗ったやせ細った貴族の姿で、一見すると簡単に勝てそうに見えるが、惑わされないよう注意が必要だ。特に人間という生き物は、何でも見た目で判断する傾向があるからな」

 「肝に銘じます……」

 檀上で皐月が頭を下げる。

 「いや、巫女殿が銘じられても……直接戦うのはこちらの重臣たちの方ですがね?」

 「いいえ、もしかすると私も対峙する必要があるかもしれません。その時は外見に惑わされる事無く対処しようと思います」

 この皐月の発言に、ソイマンは悪魔を焼く例の術を行使することを考えた発言だと悟り、強く頷いてみせた。

 「では、次に5色騎士団についてお教えいただけませんか?」

 影千代がソイマンを促すと、ソイマンも「わかった」と言ってから続けた。

 「では先ず……『戦乙女』と呼ばれる黒の騎士マールシェだが、片手剣にラウンドシールドを持つ攻守のバランスに優れた女騎士で、特にその守備力には目を見張るものがあり、状況に合わせた変幻自在な戦い方が出来る強者だ。ボッシュとは犬猿の仲でいつも喧嘩をしているが、戦のパートナーとしては、攻のボッシュに守のマールシェが噛み合うため、凄まじい強さを発揮するだろう」

 「一人でも我が軍を全滅させる勢いだったボッシュ殿が、マールシェ殿と組むことで更に強くなる……俺にはもう想像もできん……」

 時宗は苦笑しながら両腕を広げた。

 ソイマンは更に続けた。

 「続いて『天才』、青の騎士コスメールは、年齢はまだ16歳と騎士団の中では一番若い少女だが、戦いのセンスは天才と呼ぶに相応しく、あのボッシュと互角以上の戦いを演じたほどで、私はその武芸に惚れ込み騎士団へスカウトしたという逸材だ。単純に1対1の戦闘であれば、無敵と言っても良いだろう」

 「何と、ボッシュ殿をも凌ぐ武人がいるのですか!?」

 皐月は驚きの声を上げる。

 「悪魔を含めると、魔族にはボッシュよりも強い者は沢山いる……悪魔バルベリスも間違いなくその一人だ……」

 「………」

 もう言葉も出ないとはこのことだった。皐月はごくりと唾を飲み込んだ。

 「では、最後に白の騎士ザライドマセルだが、私がいない騎士団では彼が最年長者で、常に先頭を切って敵に真っ直ぐ切り込み、一瞬にして敵兵力を分断するほどの強烈な突進力が持ち味だ。その突撃を止める手立てはほとんど無いだろう……以上が今度戦う魔族軍の情報だ」

 「………」

 誰も言葉を発すことは出来なかった。

 これほどの者達と戦争しているのだと、改めて実感が湧いてくる。

 ソイマンはそんな東方人ら全員を見渡すと、苦笑しながら言った。

 「どうした?お前たち東方人が戦いを挑んだ相手は、これほどまでに強大だったとやっと思い知ったか!?そして敵を知った途端、戦意消失というわけか!?」

 ソイマンがはっぱをかけるように大きな声で言うと、卯月の重臣である義光が静かに口を開いた。

 「先ほどから黙っていれば、随分と無礼な物言いだな?ソイマンとやら」

 「うん?私の言葉が気に入らないか?」

 ソイマンはそう言いながら義光を見る。

 すると義光も一歩前に出て口を開く。

 「私も『剣聖』と呼ばれる男だ。見過ごす訳にはいかない。この私と勝負してもらおうか?」

 「いいだろう。ちょうど、お前たち重臣の力を見たいと思っていたところだ。この際、全員と相手をしてやろう」

 ソイマンの言葉を受け、義光は卯月の巫女の方を見ると、跪きながら言った。

 「このような流れと相成りました。しかし、この場は武器の持ち込みは禁じられておりますので、木刀による試合という事で許可をいただきたく存じます」

 すると卯月は「うーん」と少し考えてから許可を出した。

 理由は、元魔族軍であるソイマンと手合わせをし、何か戦いにおけるヒントを得られればという期待からであった。

 だが、今度はソイマンが異を唱えた。

 「この大広間に武器が持ち込めないのであれば、中庭ではどうか?実際に貴殿らが使用している武器を使ってこそ、身になるのではないか?」

 「確かに……」

 卯月はすぐに納得すると、中庭での武器持ち込みを許可した。

 「私は木刀で結構」

 ソイマンはそう言うと、国松から木刀を受け取り、縁側から中庭へ降りて行った。

 中庭と言っても、まだ何も手入れはされておらず、雑草が短く刈られただけのちょっとした広場であった。

 太陽の下、ソイマンは木刀を何度か素振りすると、肩に担いで言った。

 「さあ、最初は誰だ?」

 「勿論、私が相手だ」

 義光はそう言って縁側に出ると、国松から愛用の大太刀を受け取り中庭へ降りた。

 二人とも白色の着物に、灰色の袴姿であったが、ソイマンは着物に慣れておらず、非常に動きにくいと感じていた。

 「さあ、始めようか」

 ソイマンの声と共に、義光は大太刀を抜き放つと、右足を前に出し体を斜めにしながら太刀を両手で水平に引いて構えた。

 1.2メートルもの大太刀の射程距離はかなりのものだろう。

 だが、ソイマンは木刀を肩に担いだまま義光の間合いに入って行く。

 義光は太陽光に刀身を反射させ、ソイマンの目に当てる。

 「!?」

 ソイマンは一瞬目が眩む。

 そこを義光の大太刀が一閃した。

 ギンッ!

 金属的な音が響くが、義光の太刀はソイマンの木刀の先端で受けられていた。

 「何!?」

 義光は驚きを隠せなかった。

 これまで軽装鎧くらいであれば、紙の如く切り割いてきた大太刀の一閃を、たかが練習用の木刀で受け止めたのだ。しかも、どんなに力を入れても押し返すことが出来ないのだ。

 両手で大太刀を振るう義光に対し、ソイマンは右手一本で義光の太刀を止めたのだ。

 ソイマンはそのまま凄まじい速度で前に踏み込むと、木刀を太刀の刀身を滑らせ、義光の手を打った。

 「うっ!」

 義光は呻き声と共に大太刀を手から落とした。

 ソイマンはそのままの勢いで木刀を走らせ、義光の首元にピタリと付ける。

 「勝負あったと思うが、まだやるか?」

 ソイマンは義光に向かって言うと、義光は汗を拭きだしながら小さく首を振り「参った」と言った。

 これを聞いたソイマンはバックステップで下がると、ビュッと木刀を横に振ってから再び右肩に担いだ。

 義光は右手を押さえながら無言で下がった。

 これを見て忍者の小太郎が義光の傷の具合を聞いたが、義光は「軽い打ち身だ。心配ない」と答え退いた。

 ソイマンは中庭から大広間に向かって全員に声をかける。

 「さあ、次は誰が相手だ?魔族ではない私はおそらく弱体化している。そんな私に勝てずして5色騎士団には到底勝てないぞ!?」

 大広間の重臣たちはサーッと血の気が引くのを感じた。

 そして、ソイマンと対戦する順序を決めるために、大の男たちが大揉めする事になるのだった……。

 

 

 それから一週間の間、重臣たちはソイマンから稽古をつけてもらいながら、町の防御面に苦慮していた。

 敵は飛行する事が可能であるため、空からの攻撃に備える必要があり、しかも得意とする木工細工は、敵の炎攻撃の燃料でしかないため使う事は出来ないのだった。

 本来であれば、石や岩を使って要塞を作るのがベストだろうが、とてもそのような時間的余裕はない。

 そこで、ソイマンは西の山へ向かい、洞窟を利用する事を提案した。

 洞窟であれば空からの攻撃は気にする必要は無く、常に正面だけを気にかければ良いので、守りという面では最適に思えたが、一度破られると退路は無く、確実に全滅する危険があった。

 また、数千もの人数が入れるだけの巨大な洞窟が存在するのかもわかっていなかった。そこで、洞窟の調査に小太郎の忍者部隊を差し向けており、そろそろ最初の報告がある頃だった。

 そんなある日の朝。

 海霧によって海岸付近は視界が利かない状態だった。

 そんな濃霧に紛れて、海から次々と上陸してくる人影があると連絡が入った。

 影千代と又二郎は手勢を率いてすぐに東の海岸へ向かうと、確かに大勢いの人影と馬のいななきや、人の呻き声が聞こえてきたが、如何せん濃霧で視界が悪く状況が把握できない。

 影千代は一瞬、こちらの要請に応えてくれた本国の増援部隊だと思ったが、それにしてはあまりにも早すぎる。では、目の前の者達は敵か?……その可能性は否めないが、この濃霧で向こうもこちらを確認できないのであれば、声をかけて見るのが一番手っ取り早い。

 影千代は大きな声で叫んだ。

 「私は皐月の巫女様の防人、影千代だ!そちらは何者か!?」

 視界が利かない中、影千代の声が辺りに響き渡った。

 「……」

 ───返答がない。敵か!?

 影千代と又二郎は戦闘態勢のまま相手の動向を見極めようとしていた。すると──。

 「こちらは『文月の巫女』様の防人、新月と申す者!本国より参上仕った………」

 霧のせいで姿は見えないが、明らかに本国の者だった。

 「おお!」

 影千代は増援が来たと喜んで迎え入れようとしたその時、衝撃的な事実を告げられた。

 「……本国は魔族の襲撃に遭い壊滅!文月の巫女様は『葉月の巫女』様をお守りしながら、こちらに落ち延びて参りました!」

 「な……何だと!?」

 影千代は何かの聞き間違いだと思った。

 だが、徐々に霧が晴れてきて、視界が利くようになってくると、海岸が見渡せるようになった。

 「こ、これは……何だ……!?」

 そこには、傷つきススで全身が真っ黒となった人間が、ボロボロの着物を着て、フラフラと海岸を彷徨うように歩いている光景が一面に広がっていた。ある者は呻き声を上げ、ある者はただ前だけ見て黙々と歩き、別の者はすでに息絶え横たわる死体の傍に座り込み泣きじゃくっている。まさに阿鼻叫喚とは目前の光景を指すのだろう。

 沖にはまだ数隻の船があり、まだまだ上陸してくるように見えた。

 「すぐに町へ救助要請を!重傷者と軽症者を選別!又二郎は周囲を警戒!ここを敵に襲われたら一巻の終わりだ!」

 影千代は次々と指示を出す。

 「本国の巫女様はこちらへ!屋敷へご案内します!動ける者は私達と協力し負傷者の救護を!」

 本国から落ち延びてきたのは、兵士よりも一般の民の方が多く、ほとんどの者が疲弊し歩くのもやっとの状態だった。

 これほどの民が自分の土地を離れる理由はたった一つだ……目の前の危機からの脱出……。そして、その行先が海を越えたこの大陸だという事は、本国には逃げ場が無かった事を意味する。

 「魔族め……直接我らの国を襲ったのか……!?」

 海岸には上陸してから命を落とした者も数多くいるようで、かなりの数の死体が波に洗われていた。

 このまま死体を放置すると、また敵に利用されかねないため、すぐに回収班を組織して馬車を向かわせる。

 これほどの人数を一気に町に入れれば、間違いなく混乱をきたすため、町の外に簡易テントを設営するなどの対応に追われた。

 夜になる頃にはある程度落ち着いてきたが、まだ上陸してくる者があるかもしれず、海岸の監視は引き続き行う事にした。

 皐月の巫女、卯月の巫女、文月の巫女、葉月の巫女の四名は、一日中治癒の儀式を執り行い、かなりの体力を消耗していたが、怪我人の数はまだ相当数いた。

 

 ──その日の夜。

 屋敷の大広間の檀上には四人の巫女が並んで座布団に座っていた。向かって左から卯月、皐月、文月、葉月の順だ。そして、壇下の重臣たちはそれぞれの巫女の前に縦に並んで床に座っていた。

 蝋燭の淡い光は、疲労した者達の顔を照らし出していた。

 皐月の巫女は全員を見渡してから口を開いた。

 「皆様、今日一日ご苦労さまでした。大まかな事はすでにお聞きしておりますが、やっと少し時間を取る事が出来ましたので、改めて本国で起こった出来事をお聞きしたいと思います」

 「では、私からご説明いたしましょう……私は文月の巫女の防人、新月と申します」

 文月の重臣の列の一番先頭に座る男が胡坐のまま前ににじり出た。

 「新月殿、お願いします」

 「はっ」

 皐月に促され、新月は本国で起こった事を語り始めた。

 

 それは突然だった。

 深夜、誰もが寝静まった頃。闇夜に紛れて悪魔がやってきた。

 気が付けば辺り一面、火の海だった。

 炎に照らし出されたのは、漆黒の6枚の羽で飛ぶ、灰色の服を着た老人だった。

 老人は町の上空で停止しながら全方向に炎を吐き、周囲を焼き尽くした。

 更に赤く大きな眼をを持つ巨大な蠅が猛毒をまき散らし、透き通るような肌を持つ女が大地を一瞬で凍らせた。それは、この地上から一切の生物を根絶させるほどの力だった。

 そう、悪魔はたった3体で東方人の島を滅ぼしにやって来たのだ。

 霜月の巫女と師走の巫女は、宮殿に近づいてきた悪魔を討つべく術式を展開したが、それよりも早く悪魔が猛毒をまき散らし、二人の巫女は死亡、悪魔は宮殿に進入した。

 睦月の巫女は、残りの者達へ大陸に落ち延びるよう指示を出すと、弥生の巫女と共に時間を稼ぐために悪魔と対峙した。

 さすがに睦月の巫女は巫女の長だけあり善戦したが、巫女の力はあくまでも儀式という形式を重んじるため、発動までにどうしても時間がかかってしまい、遂に破れてしまうのだった。

 一方、大陸に逃れるため東方人は港から次々と船で島を脱出するが、悪魔は船に乗り込んで出港したタイミングを狙って攻撃してきた。

 長月と神無月の巫女は、船を逃すため港に残って奮戦した。

 悪魔は更に船をも追いかけて来たので、水無月の巫女は自分が囮になるため船を反転させると、悪魔に向かって船を進めた。

 幼少期に大病を患った影響で自立することができない葉月の巫女は、文月の巫女に守られながら大陸まで何とか落ち延びる事が出来たのだった。

 

 「……これが、たった一晩で起こった出来事です」

 文月の巫女の重臣の中で、唯一生き残った新月はそう言って締め括った。

 「………」

 その場にいる誰もしゃべる事が出来なかったが、唯一、葉月の巫女の咽び泣く声だけが聞こえていた。

 重苦しい空気の中、時間だけが経過していた。

 するとそこに、洞窟調査に向かっていた小太郎からの使いの者がやって来た。

 時宗は大広間に通すと報告させた。

 『ここより、西へ200キロほど行った場所に洞窟群を発見しました。一つの一つの洞窟はそれほど大きくはありませんが、入り組んだ場所に広範囲に点在しており、身を伏せ敵を迎え撃つには好都合と思われます。一部、怪物の集団が住み着いておりましたので、小太郎殿率いる忍者軍団が計略によりこれを討ち、今は安全を確保しております』

 「そうか、ご苦労だった。ゆっくり休め」

 影千代が労いの言葉をかけると、使いの者は一礼して下がった。

 「200キロか……これは一刻の猶予も無い。できれば明日にでも出発したい所だが……」

 時宗はそこまで言うと、まだ怪我人が多くいるので、それも難しいと感じていた。

 すると、国松が恐る恐る手を上げて「あのぅ……」と声を上げた。

 それに気付いた影千代が「国松か。申せ」と発言を促した。

 国松は恐縮しながら口を開いた。

 「えーと、少し方針を変更したいと思います」

 「方針を変更?」

 時宗が聞き返す。

 「はい」と答えると、国松は更に続けた。

 「元々私達は神のお告げによりこの地にやってきました。しかし、何の情報も無いまま魔族に戦いを挑んだことで、結果的には国を失うという事態になりました………帰る場所もなく、見知らぬ土地での戦いは困難を極めるでしょう……このまま無理に戦いを続ければ、滅びを早めるだけです。そこで、提案させていただきます……」

 国松はそう言うと、大きく深呼吸して気持ちを落ち着けてから先を続けた。

 「我々には大陸の風土や慣習、種族、文化、歴史など全ての事について、一から勉強する必要があります。今必要なのは武ではなく、知なのです。そのためには、広く大陸を見分する必要があります。そこで、徒歩、馬、船で大陸中に分散し、来たる日に備えるのです。その号令を出す総本山に葉月様を立て、どこかに御隠れいただいて時が熟すのを待ちます。他の巫女様は大陸中に分かれ、情報や同士を得る活動をします。もちろん状況は常に葉月様に報告していただきます……つまり、短期決戦では無く、長期戦を想定します」

 国松の話はあまりにも突飛すぎて誰もついて行けなかった。

 葉月の巫女も自分が総本山に指名され不安を口にした。

 「私は足が不自由で体も弱い身です。私が総本山として全員を束ねるなど自身がありません」

 すると国松はピシャリと言った。

 「恐れながら、だからこそなのです。葉月の巫女様にこの広い大陸を移動し情報を収集するのは難しいでしょう。であれば、総本山として全体の指揮をお願いするしかございませんし、巫女様としての能力は誰も疑う者はおりません」

 「そ、そうでしょうか……」

 「しかし、さすがにご不安と思いますので、もう一つ提案がございます………それは、現在客将の扱いであるソイマン殿を、宰相としてお迎えしようと考えております」

 この国松の発言にはさすがに驚きの声が上がった。

 又二郎もその一人だった。

 「おい国松!本国が滅んだかもしれない今、我々こそが残された最後の島の人間、いわばここが本国となるなのだぞ?お前は、元魔族の者に国の全権を委ねようというのか!?」

 隣に座る国松の肩を掴んで荒々しく問う又二郎。

 「その通りだ……」

 国松は厳しい表情で又二郎に答えると、全体を眺めながら先を続けた。

 「先ずこれだけははっきり言っておきます。ソイマン殿はもう魔族ではありません!………その上で、この大陸……特に魔族の事を一番知っているのはソイマン殿であり、我々の中で一番強いのもソイマン殿です。また、30年前の人間と悪魔の戦争の生き証人であり、その時の人間の敗因を考察することで悪魔を倒す道筋も見えてくる事でしょう………宰相として、これほどの適任者が他にいるでしょうか!?」

 「………」

 そう言われると誰も反論は出来なかった。

 基本的に反対している者は論理的な考えでは無く、あくまでも感情を優先しているに過ぎない。ソイマンが適任であろうことは誰だってわかっているのだ。

 そこで新月が素朴な疑問を口にした。

 「正直、私はそのソイマン殿がどれほどの者なのかは知りませんが、大陸の人間であるのなら、我々が大陸中に分散して知識を求めるよりも、ソイマン殿に直接聞く方が手っ取り早いと思いますが?」

 「おっしゃる通りです、新月殿………しかし、恐らく期待する回答は得られないと思います。現在の大陸の人間は、小さな村に押し込められそこから出る事を禁止されているそうです。特別に5色騎士団だけは任務の時だけは遠征に同行できますが、基本的には現場との往復しかできません。つまり、今現在、大陸がどうなっているのかまでは把握しておらず、ソイマン殿の知識は30年前のまま止まっているのです」

 「なるほど……」

 新月は納得した様子だったが、国松は更に話し続けた。

 「それに、もしも悪魔に我々の拠点が発見された時に、分散していれば被害は最小限で済みますが、一ヶ所に集中していると、悪魔もそこに戦力を集中できますので、本国の二の舞になってしまいます」

 「確かに、その通りだ。それでは早速ソイマン殿を呼んで、ここまでの内容を聞いてもらおうじゃないか?」

 時宗がそう言うと、すぐに人を呼び、ソイマンを連れてくるように告げる。

 ソイマンを待つ間、大広間は水を打ったように静かだったが、しばらくすると『剣聖』義光が何気なく疑問を口にした。

 「それにしても、我らの本国が襲われ、いまだ船でこちらに向かっている者達がいるかも知れない。その時に、この場から誰もいなくなったら、誰がかれらを保護するのだ?」

 「あの悪夢のような戦禍の中、命からがら逃げてきたのです……我々もそうですが、かなり疲弊していることでしょう……」

 これまで黙って聞いていた葉月の重臣である平助が同意の言葉を口にした。

 彼はまだ若い剣士であったが、その才能を買われて防人に抜擢され、間もなく悪魔に襲われたため、初めての任務が葉月の巫女を島から脱出させるという重大な任務であったが、沈着冷静に対処し見事にそれを成し遂げたのだった。

 「……悪魔は島を人が住めない状況……つまり、我々が再び島に戻って国を再建出来ないようにすることを優先していたと思います。従って、船で逃げた者を執拗に追いかけることはしなかったように思います」

 「つまり、まだまだ避難してくる者がいるかもしれないってことか……!」

 平助の言葉に時宗が呟きながらボサボサ頭をかきむしる。

 すると隣の影千代が自分の見解を口にする。

 「悪魔が避難船を深追いしないのは、そのまま大陸に上陸させておいて、我々と共に一気に討ち果たせば良いと考えての事だろう」

 その時、「ソイマン殿、ご到着」という小梅の声が響いた。

 「お通しせよ」

 影千代がそう答えると、スーッと檀上の奥の襖が開き、着物姿のソイマンが現れた。

 ソイマンは戸惑いながら3歩ほど進むと、巫女たちが同時に振り向く。

 「ソイマン殿。お呼び立てして申し訳ございません」

 皐月が頭を下げると、他の3人の巫女と重臣たちも一斉に頭を下げた。

 「ここは檀上じゃないか!?客将である私がいるべき場所ではない。下に降りよう」

 ソイマンは慌てて入ってきた襖へ戻ろうとしたが、葉月がそれを止めた。

 「お待ちください、ソイマン殿」

 静かで穏やかな声でありながら、何故か全身に電気が流れ、決して逆らう事が出来ないような声が響いた。

 ソイマンは体を震わせてその場で止まると、機械仕掛けのようにゆっくりと振り返った。

 「お初にお目にかかります、私は葉月と申します。ソイマン殿、先ずはそこにお座りください」

 葉月の凛とした言葉と同時に、小梅が檀上の中央に座布団を置く。

 すると、皐月と文月がサッと左右に分かれ、檀上で皐月と卯月、文月と葉月がそれぞれ縦にて並んで頭を下げた。

 ソイマンは東方人の作法や習わしを知らないため、どうすれば良いのか戸惑ったが、勧められているのに断るのは失礼だと思い、葉月に言われた通り中央の座布団に座った。

 「私は相談があると聞いたのでここに来たのだが……?」

 ソイマンは戸惑いながら周りを見渡した。

 「その通りでございます、ソイマン殿……」

 影千代がそう切り出すと、先ずは自分たちの本国が悪魔に襲われた事、次に大陸各地に分散する案について説明した。

 その間ソイマンは腕を組んで黙って聞いていたが、影千代の説明が終ると組んでいた腕を解いて、両膝の上に置いて口を開いた。

 「この度は災難だった……お悔み申し上げる……」

 そう言ってソイマンは頭を下げた。

 「だが……」

 頭を上げながらソイマンは更に続けた。

 「これで悪魔の力がわかっていただけたと思う。話を聞いた限りでは、序列2位のベルゼブブ様、同じく4位のレヴィアタン様、5位のネビロス様という最強のお方達が直々に攻められたのだ。抗う術は無いだろう……!!」

 ここまで言ってソイマンはハッとして口を抑えると、慌てて頭を下げた。

 「これは申し訳ない!あなた達へ言うべきことではなかった!」

 すると、卯月が「全くだ……!」と言いそうになるのを皐月が必死に止めながら口を開いた。

 「つい先日まで魔族だったのですから、それが抜けきらないのは仕方ないと思いますし、これが現実なのです」

 「かたじけない……」

 ソイマンは自分ではもう魔族とは縁を切ったと思っていたが、長年魔族として生きてきたため、無意識のうちに悪魔たちを敬っていた。

 「……そんな事よりもソイマン殿。分散する案についてですが、何かご意見はありませんか?」

 そう言って国松が強制的に本題へ戻す。

 ソイマンは少し考えてから口を開いた。

 「やろうとしている事は良いと思うが、目的がはっきりしないと無駄に動き回り、各個撃破されるだろう。ここは魔族が支配している大陸だ。旅を続ければどうしても痕跡が残る。魔族はメッセージというスキルで距離に関係なく連絡を取り合う事が出来るからな」

 「それは私も懸念しております。そこで、別の質問です。この大陸で魔族に属さない種族はいますか?できればその種族と手を取り合って魔族を討ちたいと考えています」

 「勿論、魔族ではない種族は存在する。だが、何故悪魔たちはその種族を積極的に魔族にしないのかを考えて欲しい」

 ソイマンはそう言って国松に考えさせた。

 国松は「はい……」と言うと、すぐに答えた。

 「魔族と不可侵協定を結んだ種族、魔族が一目置く種族、或いは放置しても問題ないと判断した種族、等が考えられますでしょうか?」

 「その通りだ。では先ず不可侵を約束した種族について教えよう。それは森の妖精エルフと水の精霊ウンディーネがそうだ。エルフは森を守護し、ウンディーネは水を司る精霊、それら守護者は外界との接触を一切禁止することで、悪魔もその種族には関与しない取り決めとなっている」

 「外界と一切接触しない種族であるのなら、無理に魔族にする必要もなく、魔族にする利点もないですね」

 「そう言うことだ。……次に一目置く種族だが、これはドラゴン族となる。ただし、レヴィアタンはアイスドラゴンでありながら悪魔となっているが、これは個人的なものであり、種族として魔族に与した訳ではない。まぁ、ドラゴンにもいろいろいるので、一概には断言できないのだが、少なくともアースドラゴンは魔族に対して良い感情は持っていないはずだ」

 「なるほど……」

 「最後に放置しても問題ない種族だが、これは活動域が限定されている種族だ。例えばサーペント等の海でしか生活できない種族は、大陸の争いには全く関係ないため魔族化していない。その中でも面白いのがケット・シーで、彼らは猫の姿をした獣人だが、彼らは性格的に自分達のこと以外には全く興味を示さないという特性があり、生息域も大陸の南東付近だけであるため、魔族もあえて放置している種族だ。あとは馬や家畜、昆虫といった、魔族にするまでも無い種族や、知能が極端に低く、最低限の命令も聞けない種族は魔族化していない、逆に言えば、魔族として役に立ちそうな種族を魔族化している、と考えた方が良いだろう」

 「そうですか……つまり、魔族化されていない種族はいろいろな意味で『使えない』種族とも言える訳ですね……」

 国松はそう言うと考え込んだ。

 思った以上にこの大陸には味方となってくれそうな種族はいないのだ。だからこそ、目的も無く大陸を動き回るべきではないのか……。

 「どうやら話は単純化したようだな?」

 見た目も実年齢も幼女である卯月が話し始める。

 すぐに隣の皐月が睨んだが、それを両手で制しながら話を続けた。

 「我々が交渉すべき種族は、エルフ、ウンディーネ、アースドラゴン、ケット・シー、それにサーペントという事になった。これら種族とは、例え交渉が決裂した所で我々の敵になる訳では無いので、優先的に交渉に向かうべきだ」

 見た目とは裏腹に、大人以上の思考と言葉使いの卯月。

 「サーペントは海でしか生きられないのに、サーペントも交渉するの?」

 皐月が素朴な疑問を卯月にぶつける。

 「そりゃあそうだよ?だってお姉ちゃん、海は広くて大陸を取り囲んでいるんだよ?いざと言うときはきっと強力な存在になるはずだよ!」

 何故か皐月と話す時だけは子供に戻る卯月。

 「うむ……確かにその通りだ。まだ若いのにすばらしい発想だ。卯月殿」

 ソイマンが本気で感心したような表情で卯月に話しかける。

 「ふっ……やっとわかったか。元魔族の騎士よ。私が本気を出せば、悪魔など簡単に滅ぼすことができるだろう」

 わっはっは、と胸を張る卯月の頭を引っ叩く皐月。

 「それでは、それぞれの種族と交渉ができる地域の確認と、誰が行くのかを決めましょうか……」

 文月がそう言うと、葉月がそれを止めた。

 「ちょっとお待ちください。その前にもう一度確認すべき事があります」

 葉月にしては少し強い口調だったので、その場にいる全員が葉月に注目した。

 「先ほど途中となっていた問題ですが、おそらくまだ我々の同胞が、この大陸を目指してやって来るはずです。その者たちをどうするのか決まっておりません」

 「……」

 重臣たちは口を閉じ思案しているようだったが、この状況を察するに、このまま黙っていても時間だけを浪費するように見えた。

 そう感じたソイマンは思い切って口を開いた。

 「残念ながら我々ではどうする事もできません……彼らの無事を祈りましょう……」

 「ソイマン殿!貴殿は我が民を見捨てろと言うのですか!?」

 平助が檀上のソイマンに向けて叫んだ。

 それに同調するように又二郎も叫ぶ。

 「我々を頼って本国から逃げてきたのだぞ!?見捨てることなど出来るはずがないだろう!」

 「……二人は助けるというのだな?」

 ソイマンが静かに言った。

 感情的になる者に感情で対抗しては、どちらも引くに引けなくなり思いもしない展開に陥りやすくなる。ソイマンはそれを十分理解していた。

 「では、『助けた』場合を考えよう。今現在も負傷者はいる状態で、更にそのような者を受け入れると、その分だけ出発は遅れ巫女殿の負担は増大する。もしもそこに魔族が襲撃してきた場合、それを防げると思うか?」

 「……やってみなければわからんではないか!」

 「いいや、わかる!」

 又二郎の言葉を、ソイマンははっきりと否定した。

 「よいか?我々では悪魔も5色騎士団も倒せないのだぞ?唯一、それが出来るのは巫女殿だけだ。……それなのにお前は巫女殿の防人でありながら、巫女殿を助けるどころか散々治癒の儀式で疲弊させた挙句、最前線に連れ出して悪魔を討てと言うつもりか!?そんなこと、やってみるまでもなく結果なんて誰にでもわかるはずだ!」

 「………!」

 又二郎と平助は言い返す事が出来なかった。

 ソイマンは立ち上がると全員を見渡してから口を開いた。

 「誰も犠牲を望む者はいない。だが、情に流されると我々は全滅する可能性が高い。いいか?危険とわかっていて、それに飛び込もうとするのは人間という種族だけだ!」

 ソイマンは必死に語り始めた。

 「この前の戦いを思い出してくれ。私は戦死者を蘇らせたゾンビを率いてお前たちに戦いを挑んだ。するとお前たち東方人は、目の前のゾンビを攻撃できずにただやられるのをジッと待っていた。それは何故か!?……目の前のゾンビは魔物だと言うのに、元が自分の知っている者だったという理由だけで、ゾンビに殺される事を甘受したのだ。その後、自分もゾンビとなって仲間を襲う事になるのにだ。これがもしも他種族であったなら、迷うことなく目の前のゾンビの首を刎ねるだろう」

 元親や又二郎はその時の光景を鮮明に思い出していた。次々に味方がゾンビに襲われていくあの忌まわしき光景を……。

 ソイマンは一呼吸置くと、更に続けた。

 「……仲間の事を想う気持ちは人だけの世界では美徳かもしれないが、時と場所を考えて欲しい。こと他種族間戦争においては情など単なる弱さであり甘えでしかない。情に流され最悪な結果になると知りつつそれを選択をした時点で、死んでも償えないほどの罪を犯した事になるのだ」

 ソイマンはここに居る誰も言う事が出来ない真理をはっきりと言った。

 魔族を経験したソイマンは、人の弱さを良く知っているし、悪魔や神はそれ以上に知っている。だからこそ、情は敵以上に危険だと認識して欲しかったのだ。

 「それに……」ソイマンは更に続けた。

 「……我々がいなくても、島の人間は自分達だけで何とかしようとするはずだし、我々だってそうだろう?これから未知の世界へ旅立とうとしているのだから、同じようなものだ。今は人の可能性とやらを信じようじゃないか?」

 ソイマンの言葉に「違いねぇ!」と言いながら、パンと手を合わせる時宗。

 「ソイマン殿の言う通りだし、ソイマン殿だからこそ言える言葉だ。私達ではたとえ同じことを思っていたとしても、口に出すことはできなかっただろう」

 「全くだ。それに、人がそう簡単に滅びる訳がないからな!」

 元親はそう言って笑うと、他の者もつられて「そうだ、そうだ」と笑い合っていた。

 

 だが、ソイマンは知っていた。

 ──滅ぶ時は実に呆気なく滅ぶものだと………。だからこそ30年前、自分は魔族に降ることを選んだのだ。

 死は誰にでも等しく訪れる。

 それがいつ、どのような形で訪れるのか、という違いだけしかない。

 しかし、だからと言って、それを自ら早期に迎え入れるのは愚の骨頂だ、とソイマンは考えている。

 『どうせ死ぬのであれば、誰かの為に……!』

 人としての感情が突然湧き上がり、それを打ち消すようにソイマンは独り首を強く振るのだった。




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