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魔族の騎士  作者: らつもふ
6/25

赤の騎士ボッシュ

 燃え盛る炎の明かりに映し出されているのは、漆黒の翼が6枚あり、人・羊・牛の3面の顔を持ち、その口から全てを焼き尽くす炎を吐きながら飛ぶ姿であり、この地獄絵図はまさに悪魔と呼ぶに相応しい禍々しい者だった。

 アスモデウスの眼下には、決して消える事のない炎が一面に広がり、更にそれは広がりつつあった。

 辺りには悲鳴と怒号が響き渡り、次々と人が炎の中に飲み込まれて行く……。これは、東方人が魔族に対して牙をむいた罰である。更には償いであり、贖罪である。

 最終的に炎は町まで広がり、おそらく4日目の朝にはこの辺一帯には何も残っていない事だろう。

 魔族は進軍を止め、燃え行く東方人の陣を見つめていた。

 アスモデウスは炎を吐くのを止め、炎に焼かれていく東方人を眼下に見ながらゆっくりとその上空を飛んでおり、3面ある顔はどれもが満足げな表情をしていた。


 戦争は終わった……。


 圧倒的な悪魔の力を前にして、東より海を渡り、大陸を蝕もうとやって来た虫けらは、業火にその身を焦がす事となった。

 ソイマンは目を閉じ、自分が対峙した敵将を思い浮かべていた。

 時宗を筆頭に、自分の前に現れた者達は、全員が武人として素晴らしい者たちだった。

 ──何故敵として現れたのだ!?

 ソイマンはそう思わずにはいられなかった。

 自分達とは違う文化を持つ人間……その暮らしはどのようなものであったのか……。

 聞きたい事は山のようにあったが、今ではそれも叶わなかった。

 複雑な気持ちを胸に、ゆっくりと目を開けるソイマン。

 「!!!」

 ソイマンは異変を感じた。

 それは東の方角……東方軍の右翼の頭上に光が浮かび上がったのだ。

 ソイマンはまた逆五芒星かと思い身構えたが、どうもそれとは違い頂点の数が多い。そもそもこれまでの逆五芒星とは異なり、東方軍の上空に浮かび上がっていて、図形の大きさも今回の方がはるかに小さい。

 黒煙の中に浮かび上がった頂点の数は七つ………正七芒星である。

 「……まだ術者が残っていたのか……そして、何が始まると言うのだ……!」

 これまでとは違う図形を目の当たりにし、ソイマンはただただ、その行く末を見守っていた。

 すると、七つの頂点から光線が放たれると、それはある一点に向かって延びて行った。

 そこには、いつの間にか現れた、巫女服を着た術者の姿があった。

 術者は両手に大きな水晶を掲げると、そこに七芒星から延びてきた光が集約される。

 水晶は七色に輝き始め、どんどんその輝きを増してゆく。

 アスモデウスもすぐに異変を感じ、巫女に向かって炎を吐いた。

 炎が巫女を焼き尽くそうとしたまさにその瞬間──水晶から七色に輝く光線が放たれると、アスモデウスが吐いた炎を切り割き、そのままアスモデウスの体に照射された。

 「ぎゃあああああ!!」

 アスモデウスの絶叫が戦場に響き渡ると、その体から煙が立ち昇り始めた。

 七芒星から放たれた七色の光は水晶に集められ、アスモデウスの身を焼いていたのだ。

 「まさか!?この者たちは、悪魔であるアスモデウス様の身を焼く術を持っているのか!?」

 ソイマンは驚愕した。

 この大陸には東方人が使う術とは違う『魔法』というものがあった。これは、古代人がこの世界を構成するのは4元素(火、水、風、地)である事を発見し、その理を突き詰め、その力を行使するための方法を発見・研鑽した結果を古代文字<ルーン>として後世に残した。その書物を読み解き、完全に理解した者だけがこの世で4元素の奇跡を行使する事ができた。魔族の中では魔法を行使する者をソーサラーと呼ぶ。

 神に創られしものは、すべてこの4元素で構成されているが、悪魔はもともとは神であり、堕天して悪魔となったため、この4元素には属していない。

 つまり魔法では、神や悪魔には多少は作用するが、目に見える効果を与えることは出来ないのだ。

 しかし、東方人が使う術は、明らかに悪魔であるアスモデウスを苦しめていたため、4元素の力を使う魔法とは異なる性質を持っている。この世界で悪魔を傷つける事が出来るのは、『悪魔殺し』と呼ばれる5色騎士団が持つ武器以外には考えられなかったのだ。

 その時、ソイマンの耳に信じがたい声が聞こえてきた。

 『……ソイマン!……助けてくれ!!……早く……!』

 何と、あの誇り高き悪魔が、人間であるソイマンに助けを求めてきたのである。

 悪魔が他種族に助けを求めるなど、口が裂けてもあり得ない事なのだが、逆に言えば、事態はそれほど逼迫しているのだろう。

 ──アスモデウス様が危機的状況に陥っているのは、複数の術者がいる想定が出来なかった自分の落ち度……かくなる上は、我が命に代えてもアスモデウス様をお助けする!

 ソイマンはそう心の中で誓い斧を担ぎ走り出そうとすると、傍らで息も絶え絶えだったヒポグリフが頭を擡げて一鳴きした。

 ピタリと足を止めたソイマンは、ゆっくりとヒポグリフに顔を向けた。

 そこには真正面からソイマンを見るヒポグリフの顔があり、その瞳は無言で何かを訴えているようだった。

 ヒポグリフは、ゆっくりと上体を起こすと以前のように凛とした姿をソイマンに見せた。

 「お、お前……私と一緒に行くと言うのか?」

 ソイマンの言葉に甲高い声で一鳴きして応えるヒポグリフ。その体は小刻みに震え、足元には血だまりが出来ていたが、眼は爛々と輝き、闘志を前面に打ち出していた。

 ──ここにも勇者がおったわ……。

 ソイマンは決死の覚悟で同行を志願してきたヒポグリフに、最大限の敬意を払って片膝をつき頭を下げた。

 「よし、友よ。参ろうぞ!」

 ソイマンが鞍に飛び乗ると、ヒポグリフは戦場に響き渡るほどの咆哮でそれに応え、重傷とは思えない速度で一気に上昇した。

 「あの光の射線上に入り、そのまま敵の術師の元まで突入する!」

 ソイマンは斧を両手で前に突出し、全神経を集中する。

 ヒポグリフはアスモデウスのすぐ脇をすり抜けると、術師が放つ光線の前に躍り出た。

 「うおおおお!」

 ソイマンは闘気を纏い光に対抗し、自らを盾として光を一身に浴びた。

 「アスモデウス様!ここは私が支えます!どうかお退き下さい!」

 光から解放されたアスモデウスは、全身から白煙を上げ、顔も原形を留めないほど焼け崩れていて、6枚の翼もボロボロとなり、そのままゆっくりと落下して行くと地面に墜落した。

 すぐに魔族軍たちがアスモデウスの周囲を取り囲んだが、ソイマンはそれどころではなかった。

 さすがに悪魔を焼き焦がすほどの光だ。その威力は凄まじく、ソイマンのフルプレートの装甲はそのままに、中の肉体が焼かれるのだ。

 ソイマンを乗せたヒポグリフは、光を浴びたまま猛スピードで術師目がけて降下する。

 「この光、悪魔に特効であれば、全ての魔族にも特効であるのはわかっていた!このまま突っ込むぞ!」

 ソイマンが叫んだが、ヒポグリフからは反応が無かった。

 「………!!」

 ヒポグリフの軌道が重力に引かれ光の射線を外れようとする。

 ソイマンはヒポグリフが絶命したことを悟った。

 「ありがとう……お前の命、無駄にはしない!」

 ソイマンは鞍の上に立ち上がると、弾かれるように蹴り出して光の射線をトレースするように直線的に飛んだ。

 ヒポグリフはゆっくりと放射線を描くように落下していく。

 目の前に斧を掲げて光を直視しないようにしていたソイマンだったが、すでに視力はほとんど失い、聴力も思考力さえも失いかけていた。

 「……これが……私の………」

 ソイマンは斧を持つ両手に力を込めるが、普段の彼からは想像も出来ないほど弱弱しいものだった。だが、これが今のソイマンの全力なのだ。

 無理も無い。全身が焼け焦げ、あるいは沸騰し、甲冑の中はまさに地獄と化していて、生きているだけでも奇跡に近い事なのだ。

 「……最後の一振りだ!」

 ソイマンは大きな声で叫んだ……つもりだったが、実際には声は出ていなかった。

 だが、その気迫が生んだ最後の一振りが発した衝撃波は、光の中を進み巫女が両手で掲げる水晶に命中して粉々に砕け散った。

 同時に七芒星も砕け散り、光の粒子は黒煙の中に消えて行った。

 ソイマンはそのまま巫女の目前で激しく地面に激突すると、その衝撃で巫女とその取り巻きは吹き飛ばされた。

 

 

 これを上空で一部始終見ていたアスタロトは、ワイバーンの上でため息をついて更に続けた。

 「仕方ないですね……私はアスモデウスを回収して全軍を撤退させます……ボッシュ、あなたは……!?」

 アスタロトの言葉が終る前に、ボッシュはワイバーンから身を乗り出していた。

 「殿<しんがり>は私にお任せを……ソイマンの仇、討たせていただきます!」

 そう言うとボッシュはワイバーンから飛び降りていた。

 大剣を背中に括り付け、大の字で落下する赤の騎士ボッシュ。

 すると、どこからともなくボッシュと同じ赤色の装飾装甲で身を固めたヒポグリフが現れると、空中でボッシュを自らの鞍に乗せ、そのまま敵陣に突入した。

 「準備がいい事……」

 アスタロトは苦笑いをすると、全軍に撤退命令を出した。

 そしてもう一度ボッシュの方を見て囁いた。

 「……あなたはちゃんと生きて戻ってくるのよ?ボッシュ……」

 

 

 その頃、時宗は炎と黒煙の中、吹き飛ばされ地面に倒れていた巫女を抱き起していた。

 「皐月の巫女様!大丈夫ですか!?」

 「……は、はい。私は大丈夫です……それより……」

 皐月の巫女は地面に激突したソイマンを指さして続けた。

 「……あの者は……死んだのですか……?」

 「おそらく……」

 「命を賭して悪魔を守るとは……」

 「彼も私と同じ人間です……自分が信じる者を命を懸けて守ったのです」

 「まさか、あの者が例の……?」

 「そうです。魔族の人間であり、誰もが手本とすべき武人、ソイマンと申す者です……」

 「そう……彼が……」

 皐月の巫女は、時宗から聞いていたソイマンの話を思い出しながら、地面にめり込み無残な形となった緑色の甲冑に視線を向けていたが、時宗に視線を移して口を開いた。

 「時宗、すぐにここを撤退しましょう」

 「……は、はい……」

 時宗の返事は歯切れが悪かった。いつもであれば返事と同時に行動しているのに、今は動こうとしない。

 皐月の巫女は何かを察すると、促すように言った。

 「時宗……何をお考えですか?」

 「はい……」

 皐月の巫女に促され、時宗は重い口を開いた。

 「実は……彼……ソイマンを助けたいのです」

 時宗の申し出に、驚く素振りも無く巫女は答えた。

 「あの者は敵であり、代行の巫女様はもとより、沢山の者が彼によって殺されました。それを知ってなお、助けると言うのですか?」

 「はい」

 時宗は小さく頷く。

 皐月の巫女は時宗の様子を見て、すぐに大きな声で近くの者に指示を出した。

 「あそこに倒れている緑の甲冑の者を運び出して下さい!」

 兵士たちはすぐに、3本の角材の上に数枚の板を置き、その上にソイマンを乗せると、6人がかりで角材を担ぎ上げて運んだ。

 「巫女様……」

 時宗はほとんど事情を聞かずに、ソイマンを運び出す許可を出してくれた巫女に感激し、言葉が見つからなかった。

 「さあ、これで撤退してくれますね?」

 皐月の巫女はそう言うとニコリと笑った。

 時宗も笑顔で返す。

 辺りは相変わらず火の海で、燃える物が無いにも関わらず、炎は一向に衰える気配が無かった。

 「急ぎましょう」

 時宗はそう言うと、引いてきた馬に皐月の巫女を乗せた。

 するとすぐ近くで悲鳴と共に地響きがした。

 時宗は慌ててそちらを見ながら2、3歩前に踏み出すと、少し離れた所にあの空飛ぶ怪物の姿があり、ちょうど赤い甲冑の者が飛び降りたところだった。

 ガシャン!という大きな音と共に大地にその者は着地すると、無造作に立ち上がりゆっくりと歩を進めながら叫んだ。

 「私は魔族軍5色騎士団所属のボッシュと申す者……!」

 そう言いながらボッシュと名乗る赤色の騎士は背中から大剣を抜き放った。

 「……同じ人でありながら、突然戦争を仕掛けてくるという暴挙に出て、更にはアスモデウス様に傷を負わせた挙句、我らの団長であるソイマンの命を奪った罪………断じて許すことは出来ない!一人残らず私が切り伏せてくれよう!」

 ボッシュはそう言うと、大剣を振り回しながら東方軍の陣内に切り込んでいった。

 「ボ、ボッシュ……あれがボッシュだと……!?」

 炎の照り返しを受けながら、時宗は顔面がたちまち蒼白となった。

 「時宗!あなたは彼を知っているのですか!?」

 馬上から皐月の巫女が声をかける。

 「はい……以前、ソイマンと話をした時に『自分よりも5色騎士団の者、特にボッシュは自分ごとき足元にも及ばない』と言ってました……」

 「なんと……!?」

 皐月の巫女も驚きの声を上げる。

 時宗は更に引き攣る顔で続けた。

 「……だめだ……彼には勝てない……!」

 ソイマンでさえ東方人の陣中を無人の野の如く駆けまわっていたというのに、その彼よりも強いというボッシュが現れては今の状況では手の打ちようがない。

 時宗は絶望に打ちひしがれ、動くことも出来なかった。

 その間も、味方の兵士たちは次々と大剣の餌食となっていた。ボッシュが大剣を一振りすると、それだけで半径30メートルの内にいる者は無条件で体を両断されていた。こうなると剣というよりも、高威力・高範囲の飛び道具を乱射しているようなものだった。

 「……彼を怒らせた今となっては……もう……誰も助からない………」

 時宗は涙を流して立ち尽くした。

 あの理不尽なまでの強さを見せつけられれば、誰もが抵抗するのも馬鹿らしく思えてくる……ボッシュの強さは、それほどなのだ。

 すると、皐月の巫女は手綱を握ると、馬をボッシュがいる方へ進めた。

 「な、何を……!?」

 時宗は慌てて皐月の巫女が乗る馬を止めようとする。

 皐月の巫女は馬上からしっかりとした声で言った。

 「このままでは我が軍は彼一人に全滅してしまいます!……だから……私は、彼と話をしようと思います!」

 「巫女様!お止め下さい!危険です!」

 時宗は馬の前に立ちはだかる。

 「どいて下さい、時宗。退いても危険が去る訳ではありません。ならば、私がやれることをやっておきたいのです!」

 「ですが!我が巫女……!」

 「相手は魔族である前に私たちと同じ人間です!……であれば、話を聞いてくれる可能性もあるはずです!あなたはどうするのですか!?時宗!……防人の筆頭であるあなたは、このまま座して死を受け入れるのですか!?」

 「!!!」

 時宗は皐月の言葉によって、目が覚めた思いだった。

 皐月の巫女はすでに『退魔の術』を執り行って、精神的にも肉体的にもかなり弱っているはずだった。齢16の幼さが残る少女が、まだ希望を捨てずに運命の歯車に抗おうとしているのに、防人の筆頭である自分が自暴自棄に陥っている場合ではないのだ。

 「わかりました。私も共に参りましょう……」

 「時宗……」

 「私がいなければ、巫女様は独りで馬にも乗れないのですよ?」

 「!!!」

 皐月は顔を赤くしてうつむいた。

 時宗は無言で手綱を引くと歩き始めた。

 「……ソイマンとは少なからず意思の疎通ができた……であれば、あの者とも……」

 そんな不確かで淡い期待にすがるしか、今は出来なかった。

 「ボッシュ殿!少し待たれよ!」

 時宗は大きな声で叫びながら、馬を引いて前に出た。

 「ん?」

 ボッシュは声の方を見ると、丸腰で馬を引く男が一人と、馬には……例の術師の姿が見えた。

 「これは好機!」

 ボッシュはすぐに大剣を構えた。

 「ボッシュ殿!少し待たれよ!こちらは武器を持っていない!丸腰だ!話を聞いて欲しい!」

 時宗は必死にボッシュに向かって話しかける。

 「ボッシュ殿!私はこちらの巫女様をお守りする時宗と申す!どうか話を聞いてくれ!」

 時宗はゆっくり近づきながら更に話す。

 「貴殿の事はソイマン殿から聞き及んでいた!彼は立派な武人であった」

 「その立派な武人であるソイマンを殺したのがお前たち東方人だ!」

 ボッシュはきっぱりと言う。完全に敵意を持った物言いだ。

 しかし、時宗は慌てず相手を刺激しないように口を開く。

 「結果的にはそうなってしまったが、見ての通り、こちらも大多数の者が死んでしまった。そこで、先ずは話を聞いてほしい」

 「その必要はない!」

 「何故だ!?どうして話をさせてくれない!?」

 時宗は必死に聞くが、ボッシュは顔色一つ変えなかった。

 「理由は簡単だ。この状況での話し合いはこちらにとっては利益無く、そちらにとっては時間を稼げるため有利となる………つまり私はこのまま貴殿らを討ち滅ぼせば良いだけの事なのだ」

 そう言うとボッシュは大剣を振り下ろそうとする。

 「私達を殺せばソイマン殿も生き返りませんよ!?」

 少女の声が響き渡った。

 「なに……!?」

 皐月の巫女の声に、ボッシュの手が止まった。

 「……それはどういう意味だ!?」

 ボッシュの問いに、皐月の巫女は馬から降りると、ボッシュの目の前まで進み、両膝立ちとなり両手を胸の前で組んだ。

 「私たち巫女は、神よりその力を授かりし者です……よって、死者を生き返らせる事も可能です」

 「そんなバカな!?死んだものを生き返らせるだと!?……そんなものはゾンビと同じではないか!?」

 「不浄なる者として死んだまま彷徨わせるのではなく、神の力を借りて再び命の火を取り戻す術です」

 「それがもしも本当であれば、お前たち東方人は不死身と一緒ではないか!?」

 蘇生など、ボッシュは全く受け入れがたい事であった。これではどんなに倒しても全く無意味という事になる。

 「いいえ……残念ながらそうではありません……」

 皐月の巫女はそう言うと、顔を伏せ目を閉じると更に続けた。

 「この術は『死』という生きる者にとっては当たり前の理を覆す術です。従って、それを執り行うには時間と術者の気力と体力を大幅に消費することになります。一度この術式を執り行うと最低でも半日はかかり、その後、私であれば丸一日は動くことも出来ないでしょう……」

 「それでも、その後はまた術を使って他の者を生き返らせる事ができるのだろう?」

 「死者を蘇らせようというのです。そんなに簡単なものではありません……この術は死亡から時間が経過するほど蘇生確率が低下します。1時間以内であれば90%以上の蘇生確率も、3時間経過するだけで50%にまで落ち、6時間経過すると0%となります。つまり、これほど沢山の死者がいる中で、私が助けられる可能性があるのは一人だけなのです!」

 皐月の巫女は顔を上げると涙を流した。

 まだ少女にしか見えないこの巫女と呼ばれる術者は、誰を蘇らせるにせよ、助けられない者がいる以上、常に罪の意識にかられているのだろう……。

 ボッシュは巫女が流した涙には、誰にも知ることが出来ない、様々な意味が込められたものだと悟った。

 「……そんな貴重な術を、敵であるソイマンに対して使おうと言うのか?」

 巫女が良くても、他の者が納得するとは思えなかった。

 「信じられませんか?」

 皐月の巫女はボッシュの心を見透かしたように聞いた。

 「勿論だ」

 ボッシュは素直に答える。

 「では、3日後の昼にもう一度いらしていただけませんか?その時に、目覚めたソイマン殿とご対面していただければと存じます」

 皐月の巫女は胸の前で両手を組み、涙を浮かべ膝立ちしながらボッシュに言った。

 「……つまり、今日は見逃せ、と、言うのだな?」

 ボッシュは剣を構えたまま聞いた。

 「……はい。ですが、魔族軍は全軍撤退し、我々もご覧の通り手負いの者ばかりです。もう抵抗する力も術も残っておりません。であれば、ソイマン殿の蘇生の結果を見てから、我々の処遇をお決めになっても遅くはございません!……ですから……どうか、それまでは……!」

 巫女はそう言いながら両手を地面につけ、額を地面に擦りながら懇願した。

 「……どうか!……今日の所は、退いて下さい!……どうか……お願いします……!」

 「巫女様……」

 自分達の主である巫女が、自分達を助けるために地面に這いつくばる姿を見て、時宗は胸が苦しくなった。

 「巫女様だけにこんな真似をさせるな!俺たちからもお願いするんだ!」

 そう言うと、時宗もその場で土下座をして頭を下げる。

 これを見ていた兵士たちは、全員がその場で土下座をした。

 『お願いします旦那!』

 『巫女様をお助け下さい!』

 『お願いします!』

 ボッシュは茫然とその様子を見ていた。

 主人は部下を助けるために頭を地面に擦り、部下は主人を助けるために同じように懇願する。

 何とも哀れで恥も外聞も無い種族だ。生きる価値も無い───以前のボッシュであればそう感じ、すぐに切り伏せていた事だろう。

 だが、何故か今回ばかりはそんな気持ちにはならなかった。

 ──同じ人間だから……なのか……?

 ボッシュは構えていた大剣を下すと、巫女を見て言った。

 「部下を守ろうとする主人と、主人を慕う部下の姿を目の当たりにし、今回だけはそちらの申し出を受ける事にする……」

 「そ……それでは……!」

 皐月の巫女は明るい表情で顔を上げて涙を流している。

 そんな姿をみてボッシュは少しドキッとしたが、それを表に出さないようにして口を開いた。

 「ああ、今回はこれで退かせてもらう……そちらも安心して撤収するがいい」

 「ああ……!ああ……!」

 皐月の巫女は膝を擦りながら前に進むと、ボッシュの足にしがみ付き、涙を流しながら何度も礼を言った。

 「ボッシュ殿……本当にありがとうございます……ありがとうございます……!」

 皐月にしがみ付かれ、戸惑いながらボッシュは言った。

 「……三日後、再びこの場を訪れる。おそらく、その時までにはこの炎も消えているはずだが、そこでソイマンの無事を確認できれば、改めて話し合いする事を約束しよう」

 「はい!それで結構です!」

 「……そ、そうか……では……その手を離してもらえるだろうか?」

 「はっ!……し、失礼しました!」

 皐月は顔を真っ赤にし慌ててボッシュから手を離すと、後ずさりしてまた土下座する。

 「あ、ああ……それでは、これで!」

 ボッシュはくるりと背を向けると、どこかぎこちない動作でヒポグリフが待つ所まで歩いて行くと、チラリと一瞬振り返って巫女たちを見てから鞍に飛び乗った。

 ボッシュはそのまま北に向けて飛び去って行った。

 時宗はすぐに立ち上がると、避難を指示すると同時に、これ以上の延焼を食い止めるため、燃え移りそうな建物を予め打ち壊すよう指示を出した。そして、自らは皐月の巫女を馬に乗せると、屋敷までお連れするため馬を走らせた。

 正面門はすでに炎に包まれているため、東側を迂回して通用口から町に入る。

 門に近い町の北側はすでに延焼が進んでおり、炎と黒煙が渦を巻いていた。

 南へ逃げる人々をすり抜け、何とか屋敷に到着する時宗と皐月の巫女。

 「すぐに蘇生の儀式の用意を」

 「承知しました」

 屋敷に着くなり、皐月は休む間もなく指示をだした。

 その時、一瞬めまいのようにクラっとして、屋敷の玄関の壁にもたれ掛る。

 「巫女様!?大丈夫でございますか!?」

 すぐに気付いた小梅が駆け寄ってくる。

 「大丈夫です……と、言いたい所ですが、たぶん蘇生の儀式に耐える事は出来ないでしょう……卯月を呼んで下さい。彼女に手伝ってもらいます」

 「承知しました」

 返事をすると、小梅はすぐに別の御付き衆に指示をする。

 「儀式の準備が整うまで、しばしお休み下さい」

 小梅は皐月を支えながらそう言うと、皐月は「そうさせてもらいます」と言って、自室へ向かった。

 時宗は皐月を屋敷に届けると、すぐに引き返して影千代と共に火事の対処にあたった。

 「時宗、ご苦労だな」

 影千代が声をかける。その姿は土とススで真っ黒だった。

 「炎の方はどうだ?」

 時宗は影千代と馬を並べた。

 「ダメだ……この炎は普通の炎と違って、燃える物が無くても燃え続けるんだ。恐らくどんなに水をかけても消えないだろう……」

 どうしようも無い、と言わんばかりに大きく首を振る影千代。

 「でも、最初はやっぱり燃える物が無いと燃え広がらないのだろう?……だったらこれ以上、被害が出来ないようにするしかない」

 「だな……」

 二人はそうと決まれば、行動が早かった。

 北側の建物をどんどん取り壊し、そこで出た木材を南へ運んで、別の家を建てるための材料とした。

 更に、影千代は、死体を全て炎の中に投じるよう命じた。

 もしも死体を形あるまま残すと、再び敵にゾンビとして利用されるかもしれない。それを避けるには、全ての死体を灰にするしかないのだ。

 戦場で死んだ者達から装備を外し炎の中へ投じる、或いは、死体の山まで油を使って炎を引き込んで死体を焼く。この作業だけでも丸二日かかったのだった。

 

 このサラミス平原の戦いで生き残った東方人は、重傷者も含めて約2千人……戦争開始時の一割にも満たなかった。

 そこで、本国に戦力の追加投入を要望すべく、使いの船を出すことにした。

 おそらく、すぐに本国が対応してくれたとしても、増援が到着するのは3週間後だろう……。だが、それまで戦争が無いとは誰にも言えない状況なのだ。

 

 炎は3日の間、消えることなく燃え続けたが、人々の不安はその後も消える事が無かったという。




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