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魔族の騎士  作者: らつもふ
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悪魔の力

 東方人の陣営はソンビによって混乱しており、特に中央の備えが崩壊寸前となっていたが、影千代・又二郎兄弟や元親らの活躍でギリギリの所で踏み止まっていた。だが、それもそう長くは持たないだろう。

 ソイマンは戦場の上空を一回りすると、本隊のアスモデウスを迎えるため、自軍の後方へ移動していた。

 太陽はもう東の水平線の上にその姿を覗かせようとしており、ヒポグリフの翼を眩しい光が照らし始めていた。

 「日の出か……」

 ソイマンは無意識に呟いた。

 魔族は基本的に昼よりも夜を好む種族が多いが……そもそもこの大陸では、日中を好む種族の方が少ない。人間やリザードマン、あとは一部の昆虫系種族くらいだろうか。むしろ人間も、魔族となってからは夜に行動するようになっていた。

 アスモデウス率いる本隊は、すでに目と鼻の先まで到着しており、先鋒であるゴブリンとオークの姿をはっきり目視できるほどの距離であった。

 ソイマンは進軍するゴブリン隊とオーク隊の頭上を通過し、リザードマンとミノタウロスの部隊の横をすり抜け、ゴーレムが守るアスモデウスが乗る巨大な2本の角を持つ牡牛の前に降り立つと、ヘルムを取り大斧を地面に置いて片膝をついた。

 「お待ちしておりました。アスモデウス様」

 ソイマンの目前で牡牛は歩みを止めると、アスモデウスは牡牛に乗ったまま声をかけた。

 「出迎えご苦労。戦況はだいたい把握している。このまま本隊も突入し一気に踏み潰そうぞ」

 「承知しました」

 「久しぶりに私も自ら出撃し、敵陣を火の海にしてくれる!」

 「アスモデウス様の手を煩わせるまでもございません」

 「いや、久しぶりの戦争なのだ。少しは私にも楽しませてくれ」

 「なるほど。承知しました……」

 ソイマンはそう言って頭を下げると更に続けた。

 「……我が軍は中央をほぼ切り崩し、このまま進めば敵の両翼を孤立させる事が可能です。また、敵の術者はこの私が打ち倒しましたので術に対する脅威も取り除かれました。町は門や建物、そのほとんどが木製であるため、アスモデウス様の炎が非常に有効……!?」

 ソイマンは話の途中でアスモデウスの異変に気が付いた。

 アスモデウスは空を見上げて目を見開いており、ソイマンの話はほとんど聞いていない様子だった。

 「どうなされました!?」

 ソイマンはそう言いながら振り返ると、アスモデウスが見つめる先に目を向けた。

 そして目を疑った。

 「な……なん……だと……!?」

 戦場の真上には、不気味に輝く逆五芒星が浮かび上がっていた。

 「ソイマン。あれは何なのだ?」

 「……!」

 ソイマンはアスモデウスの問いに即答できなかった。

 ──なぜあの図形が朝空に描かれているのだ!?確かにあの術者は私がこの手で殺したはずだ……!

 空を良く見ると、逆五芒星の頂点は東方人から見れば右翼、魔族軍からみれば左の敵陣を指していた。

 「……まさか……術者は二人いたのか!?」

 ソイマンは唇を震わせていた。

 その様子を見て、全てを察したアスモデウスは、一度目を閉じるとゆっくりと目を開け再び逆五芒星に目を向けた。

 「そうか……あれが例の術か……」

 アスモデウスがそう言うや否や、逆五芒星は真っ二つに割れると、粉々に砕け光の粒子となって地上に降り注いだ。

 光を浴びたゾンビたちは、まるで光の雨が止むのを待つようにその動きを止めた。

 「おお……」

 アスモデウスは初めて見るこの光景を食い入るように見つめていた。

 やがて光の雨が止むと、今度はゾンビから光の粒子が立ち昇り始め、何百、何千という光の柱が天を目指して登って行き、パッと四散した。

 平原にはゾンビの姿は消えて無くなっていた。

 「申し訳ございません、アスモデウス様。どうやら敵には術者が二人いたようです」

 ソイマンは頭を深く下げて畏まった。

 アスモデウスはソイマンに視線を移す。

 「どうやらそのようだな………だが、たかがゾンビがいなくなっただけの事。このまま一気に中央を突き崩すぞ!」

 「はっ!全軍突撃!……私は前線へ戻ります!」

 ソイマンはそう叫ぶと、ヘルムを被り大斧を拾い上げてヒポグリフに飛び乗り、先ほど術を使ったであろう方向にヒポグリフを向かわせた。

 まだかなり遠くてはっきりした事はわからないが、左の陣の後方が慌ただしいように見える。これはたぶん、術を使った術師を後退させようとしているのだろう………。

 

 ソイマンの読み通り、まだ幼さが残る卯月の巫女と御付き衆らは、術後の強襲を恐れて大急ぎで戦場から撤退していた。

 東方人の軍には皐月、卯月、そしてソイマンに討たれた如月(代行の巫女)の三人の巫女がおり、如月の巫女と卯月の巫女が両翼に潜伏して術のタイミングを計っていたのだった。

 12人いる巫女の中で、この遠征に選ばれた三人の巫女は皆優秀だったが、特に『天才』と呼ばれているのが卯月の巫女であった。

 

 ソイマンは当分の間は、術の類は心配ないと判断し、中央へ針路を変更した。

 中央にはコボルドとドワーフが残っているとはいえ、大量のゾンビを失った事でかなりの空間ができており、数の上では東方人の方が圧倒している。このままでは敵に態勢を整えられてしまう。

 ソイマンは上空で後ろを振り向くと、本隊の先鋒がこちらに向かってくるのが見えたが、最前線に到着するには、もう少し時間がかかりそうだ。

 「コボルドとドワーフは一つとなって突撃せよ!私が道を作る!」

 ソイマンはそう叫ぶと、超低空で敵陣へ突撃した。

 ヒポグリフの衝撃波で吹き飛ばされる東方人たち。

 「空飛ぶ敵将とは戦うな!」

 国松が矢倉の上から大声で叫ぶ。

 ソイマンは易々と本陣である影千代隊にまで迫ってきたが、その前に元親の隊が立ちはだかった。

 手にはラウンドシールドを持っており、ソイマンのヒポグリフに対して、シールドを前面に出しその場に密集して迎え撃つ。

 その上をソイマンが通過しようとした時、元親隊は盾の壁の後方から一斉に槍を投げかけた。

 「!!!」

 ソイマンは咄嗟に急上昇し、そのまま後方へ大きく輪を描くように宙返りしてこれを避けた。

 これまで逃げ回っていた東方人が、突然組織的に行動し攻撃してきたので、さすがのソイマンも少し慌てた様子だった。

 「ちょっと驚きはしたが、私を倒すまでには至っておらぬ」

 ソイマンは再び前進を開始したが、投槍を警戒して先ほどよりもやや高度を取るようにしていた。

 だが、元親隊にとってはソイマンを一時的にせよ後退させ、さらに高度を取っていることで衝撃波の脅威からも解放されたとあって、士気が大幅に上がっていた。

 それを見ていたソイマンが苦笑する。

 「やはり人とは感情に流される生き物よ。だったら、次は絶望してもらおう」

 魔族軍のコボルド隊とドワーフ隊に、後続のゴブリン隊とオーク隊がやっと追いついたのだ。

 これにより魔族軍は4種族の競演となった。

 コボルドは短い体毛がびっしり生えた二足歩行の亜人で、頭部は犬に似ており知能はあまり高くなく、残忍だが太陽光はあまり得意ではなかった。武器は棍棒である。戦力としてはあまり期待できないが、命令を忠実に遂行しようとするので使いやすい種族である。

 ドワーフは顔中髭に覆われた土の妖精で、身長は150cmほどだが、知能は高く力も強い。人間よりもはるかに腕力があるため、魔族軍では先鋒を務める事が多かった。フルプレートの鎧にラウンドシールドとバトルアックスを装備している。後続部隊が来るまでは、このドワーフが前線を支えていたと言っても良いだろう。

 ゴブリンは知力は高くないが簡単な武器であれば使う事が出来る亜人。茶色の素肌に腰布を巻いただけの姿で、槍を装備していたが、戦力としてはあまり期待できない。

 一方、オークは猪の顔に長く黒い髪の毛を持つ亜人であり、ある程度の知能はあるため人の言葉を話す。頑丈な体を持ち、繁殖力があるため数を揃えやすく、自分達を世界で一番勇猛な戦士と自負しているほど好戦的であるため、魔族軍の主力となっている。スモールシールドにメイスを装備していた。

 ──これほどの戦力が揃った今、たかが人間ごときに敗れるはずもない。

 ソイマンは突撃を指示すると、魔族軍の4種族は一斉に東方人へ襲いかかった。

 少しずつ押され始める東方人だったが、思いのほか踏み止まっていた。

 ソイマンの当初の思惑では、一気に門まで攻め上がった所でアスモデウスが登場し、東方人らの町を炎で灰塵と化してもらう予定だった。だが、想定外の接戦を繰り広げていた。

 ソイマンは首を捻った。

 「何故攻めきれない!?相手はひ弱な人間だぞ!?」

 上空を旋回しながら戦いの様子を見ていたソイマンは、ある人間とオークの戦闘に注目した。

 人間が刀で切りつける。オークがシールドで受ける。オークがメイスを振り下ろす。人間がそれをひらりとかわすと再び刀で切りつける……。

 「こ、これは………!決定打が……無い……!?」

 そう、基本的に集団戦の時は目の前の敵を次々と薙ぎ倒して行くのだが、眼下で繰り広げられている戦いは、お互いに決定打に欠け、延々と一騎打ちのような事をしているように見えた。これでは時間がかかるのも無理はない………だが、どうしてこうなった!?

 さらに戦況を観察すると、ソイマンはある事に気づいた。

 「東方人の攻撃は盾で防ぎ、魔族軍の攻撃は簡単に避けられる………そうか!……武器か!?」

 ソイマンは思わずヒポグリフの上で一人叫んだ。

 「……使用する武器が、お互いに適正ではないのだ!」

 東方人らが使用する武器は片刃の剣でそれほど質量はない。基本的には「切る」ことに特化したスピード重視の武器に見える。

 対して、魔族軍は斧やメイス、棍棒のように「殴る」ことを意識した武器だった。

 これはそれぞれの文化の違いとも言えるのだが、東方人らは基本的に必要最小限の防具だ。そのため、肌の露出が多く『切る』事が有効なのだ。逆に魔族軍はソイマンを筆頭に、基本的には重装騎兵が主力であるため、重い武器で『殴る』ことが有効となるのだった。

 この両者が激突すると、お互いのストロングポイントが打ち消されるため、このような泥仕合となっていたのだ。

 「何という事だ……」

 ソイマンは絶句した。

 人間は4種族の亜人に対して、体力、腕力、精神力、忠誠心の全てが劣っている。だが、唯一、俊敏性だけは互角以上だった。だから、魔族軍は破壊力重視の重い武器で攻撃しても当たらないのだった。

 「……今頃このことに気づくとは……」

 ソイマンは自分の考えが浅かったことを悔いたが、中央で残っている敵兵も、かなり訓練された精鋭と言える部隊で、敵ながら良く統制が取れた良い軍であり、それもこの状況を作り出している一因であると考えていた。

 とは言うものの、実際は有利に戦いを進めているのは魔族側であり、アスモデウスが灼熱の炎で焼き尽くせば、それで終わりだ。つまり、現状のままでは魔族側の勝利は間違いないのだ。

 ソイマンは戯れに、眼下で勇戦している一人の敵将に向かって大斧を投げつけた。

 すると、完全に死角から放たれた斧であるにも関わらず、その敵将は斧を間一髪避けて見せたのだった。

 「ほう……よけたか……!」

 ソイマンは前のめりになって眼下の様子を眺めた。

 突然攻撃された当人である元親は衝撃波によって吹き飛ばされていたが、何とか無事だった。

 すぐに起き上がり、足元の槍を拾い上げる。

 元親は、時宗・影千代に並ぶ重臣で、常に先陣を預かりながら絶対に生きて帰ってくる事から『不死身』と呼ばれていた。

 見た目は東方人としては珍しく短めの髪で、オールバックにしていた。本人曰く「邪魔」という事らしい。

 そんな元親はすぐに空飛ぶ敵将ソイマンと感じ取り、大声で叫んだ。

 「上空に注意しろ!空飛ぶ敵将がいるぞ!だが、無理に相手をする必要はない!」

 元親はそう言うと、再び目の前のゴブリンと戦い始めた。

 「私のことは完全に無視、という事か……」

 ソイマンは苦笑しつつ高度を下げ、大斧の回収に向かった。

 「ヒポグリフよ。斧を拾ってくれ」

 地面に突き刺さる斧に向かって降下を続けるヒポグリフ。

 斧の周辺だけ敵も味方もおらず、完全に避けられているように見える。

 ──何もそこまで嫌わなくとも……。

 などと考えながら降下を続け、ヒポグリフの前足が斧の柄を握って引き抜こうと上昇を開始する。

 その時、真上から凄まじい速度の突きがソイマンを襲った。

 「くっ!」

 反射的に左腕でカードするソイマンに対して、連続攻撃を仕掛ける元親。

 左腕に何発も槍の突きを受けるソイマンは、左腕の装甲を破壊され、更には肉まで削られて血飛沫が空に舞った。

 ソイマンはそんな左腕には構わず、ヒポグリフが空中へ放り投げた大斧を右手で受け止めると、そのままの勢いで振り下ろした。

 元親は槍を突きながら落下していたが、ソイマンの攻撃に何とか反応して、槍を構えて斧を受け流そうとする。

 斧は僅かに槍を掠めただけであったがその威力は凄まじく、元親はそのまま地面に叩きつけられた。

 「元親殿!大丈夫ですか!?」

 又二郎はすぐに助け起こすと、味方に命じて後方に下がらせた。

 ソイマンは上空で左腕の装甲を全て剥ぎ取ると、マントを破って傷口を強く縛り止血した。

 「全く……時宗と言い、今の者といい、敵には油断のならぬ者が多いものだな……」

 裂けたマントを外しながら呟く。

 「……だが、やはり戦い方を知らぬようだ……」

 ソイマンはそう言うとため息をつき、外したマントを上空で投げ捨てた。

 これが東方人ではなく、魔族の者が相手であれば、私は死んでいた……か……。

 5色騎士団の団長でありながらこの失態……。若干自己嫌悪となるソイマンであったが、すぐに頭を切り替えると、再び敵陣に切り込んだ。

 

 一方、元親が退いた穴を埋めようと、又二郎は奮戦していた。

 だがここにきて、再び空飛ぶ敵将の痛撃に晒され、隊が総崩れになるのを必死に食い止めていた。

 国松からは合図するまで耐えるように言われていた。しかし、それはいつまでなのか!?

 馬上で最後の矢を射終えると、弓を肩から斜め掛けにし、すぐに槍に持ち替えて敵を薙ぎ倒し始めた。

 「国松の指示がいつになろうと、それまでは俺がここで踏ん張るしかねぇ!」

 又二郎は槍を振り回し、ゴブリンやドワーフを次々となぎ倒していく。

 それを見ていたソイマンは、今後は又二郎に興味を持ち始めた。

 「ほう……あの男。見どころがあるぞ……」

 ソイマンは槍をあのように使う者を東方人としては初めて見た。

 おそらく、当人も意識した槍の使い方ではないのかもしれないが、少なくとも、槍本来の使い方という意味合いでは正しい使い方であった。

 これまでの東方人の槍の使い方は、とにかく『突く』の一点張りだった。だが、これではフルプレートの装甲にはあまり役に立たない。

 たしかに槍は『突く』という使い方もあるが、実はそれ以外に魔族では『殴る』という使い方が一般的であった。勢いよく振り下ろすと、遠心力で威力が数倍となった槍頭が直撃した時の破壊力は、フルプレートをも変形させる威力だった。

 外見ではフルプレートの甲冑が凹んだだけに見えても、内部へ伝わる衝撃は凄まじく、体が破裂することがあるほどであった。また、金属製の甲冑は内部で音が反響し、その影響で鼓膜が破れたり、脳にダメージを与えたりするほどの威力があるのだ。

 そのような戦い方を独自で見出し、戦場において実践する若者を見て、ついソイマンは目が奪われるのだった。

 「何と素晴らしき素質を持つ若者だろうか……あれが魔族であったなら、この私がしっかりと鍛え上げてやると言うのに……!」

 ……全く惜しい男だ。だからこそ今の内に討っておく必要があるのだ。

 ソイマンは又二郎目がけて急降下した。

 瞬時にそれに反応した又二郎は、ソイマンを視界に捉えて槍を構えた。

 「こちらの殺気を感じ取ったか!」

 ソイマンは何故か嬉しそうに言うと、大斧を右手に持って振りかぶる。

 ヒポグリフは勢いよく地面に着地すると同時に、ソイマンは大斧を振り下ろした。

 又二郎は体を捻って斧の直撃はかわしたが、ヒポグリフの衝撃波と大斧の衝撃波の両方をまともに食らい、人形のように地面を転がった。

 すぐさま部下たちが集まり、又二郎を運び出す。

 ソイマンはその又二郎の動きに違和感を覚えた。

 ──私の殺気に気づいた彼であれば、今の攻撃はもっと上手く避ける事ができたはずだが………それとも私が彼を買いかぶり過ぎたのか!?

 あまりにも呆気なく決着がつき、ソイマンは拍子抜けしていた。

 だが、突然ヒポグリフが尋常ではない叫び声を上げたため、ソイマンは瞬時に事態を把握した。

 槍はソイマンのすぐ左横を掠めるようにヒポグリフを貫いていたのだ。

 又二郎は急降下して来るヒポグリフの力を利用して、槍を地面に立ててヒポグリフを貫いたのだ。

 装甲で守られているヒポグリフを人の力で貫くことは出来ない。だが、猛スピードで落下してくる力を利用する事で不可能が可能となる。

 空が飛べなくなったソイマンは最前線に取り残される形となり、自由に移動することは出来なくなった。

 「やるではないか」

 ソイマンは又二郎を賞賛した。まさに敵ながら天晴である。

 しかし、長年苦楽を共にしてきたヒポグリフを倒されたのは痛手だった。ソイマンにしてみれば半身を失ったに等しい。

 ソイマンは負傷していた左腕を気にも留めず、ヒポグリフを貫いた槍を握りしめると、一気に引き抜いた。そして、その槍をくるりと持ち替えると、思いっきり投擲した。

 槍は矢倉の手摺を貫通して支柱に突き刺さった。

 そのすぐ横には震える国松の姿があった。

 「外したか……」

 ソイマンは呟くと、斧を肩に担いでヒポグリフから飛び降りた。

 かなり弱っているヒポグリフはその場で横たわり、ソイマンへ首を擡げる。

 ソイマンは優しくそのクチバシを撫で、これまで自分と共に戦ってきてくれたことを感謝する。

 ヒポグリフはそれに応えるように低い声で喉を鳴らした。

 ──この人間らを討ち滅ぼしてくれる……!

 ソイマンは苦しむ相棒の姿を見て、初めて同じ人間に対して怒りを覚えたのだったが、同時に「どうしてこんな無謀な戦いを仕掛けてきたのだ?」という疑問も湧いてきた。

 彼らを見ていると、どうしても綿密に計画された行動とは思えず、そもそも目的すらも読み取れないのだが、その割には、命がけで戦っており、同じ人間でありながら理解できないこのモヤモヤした気持ちを晴らしたいと思っていた。

 ソイマンは振り返り東方人らを見渡す。

 「ここに総司令官はいないか!?少しだけ話がしたい!」

 ソイマンは叫んだが、戦いの喧騒の中で声はかき消されていた。

 仕方なくソイマンは近くにいた東方人兵士を斧の柄の部分で組み伏せると、大きな声で尋ねた。

 「お前たちの総司令官に伝言を頼めるか!?」

 すると、兵士は恐れおののきながらも何とか声を発した。

 「そ……そう……しれいかん……?」

 どうやら総司令官という単語を知らないらしい。

 「一番偉い奴に伝言できるかと聞いている!」

 「は……はい……!」

 ソイマンの圧力に押され悲鳴のような返事をする兵士。

 「では、少しだけ話を聞きたいから姿を現してくれないか、と伝えてくれ!勿論、その間は安全を約束する!」

 「は、はい!行って参ります!」

 兵士はソイマンから解放されると、持っていた武器を投げ捨てて一目散に自軍へ走り去った。

 「あいつ……本当に大丈夫なのか……?」

 ソイマンは一抹の不安を覚えたが、すぐに馬に乗り槍を右手に持った軽装鎧姿の男が姿を現した。

 乱戦の中にあって毅然とした態度、敵であるソイマンの話を信じ堂々と現れた器の大きさ、なかなか良い司令官に見える。

 男は馬から降りると歩いてソイマンに近づいてきた。

 「私は総大将の影千代と申す者。話し合いがしたいと聞きましたが?」

 「私はソイマン。いかにもその通り」

 すると影千代が苦笑しながら言った。

 「この喧騒と殺戮の中で話し合いとは、そんな無礼な事がありますか?」

 「……!」

 ソイマンは言葉を失った。

 影千代は、先ずは話し合いを持ちかけた側が、それ相応の誠意を見せるべきだとソイマンに諭しているのだ。

 自分達が圧倒的に不利な状況だと言うのに、それでもしっかりと筋を通そうとする……なるほど、確かに総司令官の器である。

 「これは失礼した……」

 ソイマンは素直に謝罪すると、全軍に攻撃を一時中断するよう命じた。

 魔族軍は攻撃を止め、100メートルほど後退して待機する。

 「これでいかがか?」

 ソイマンが影千代に問う。

 「結構」

 影千代は頷くと「それで、要件とは?」と続けた。

 ソイマンは自分の疑問を素直にぶつけた。

 「貴公たち人間はどこからやって来て、どうしてこのような戦争を始めたのだ?」

 すると影千代も直球で答える。

 「私達は神のお告げに従い、東の島国より海を渡ってやって来た」

 「神のお告げ?」

 「いかにも。人とは神に創られし神の子であり、神の声を聞き、神と共に生きている。従って、神のお告げは絶対であり、それを達成する事こそ人の喜びであり営みだと考えている」

 「神に言われたから攻め込んだと!?……では、なぜ神はそのような事を命じたのだ!?」

 「神意まではわからない……だが、今なら何となくわかる……」

 「何故だ!?」

 「では、逆に問うが、どうしてあなたは人だというのに、魔族の側に与しているのだ?」

 「!!!」

 ソイマンは答えられなかったが、影千代は更に続けた。

 「神に愛されし私達島の人間は『大陸の邪悪なるものを討て』と命じられたが、まさかそこに人間が含まれているとは思いもしなかった」

 「………」

 ソイマンは何も言えなかった。

 その昔、大陸の人間も神より知恵を授かり悪魔を討とうと立ち上がり、あと一歩という所まで追い詰めた。だが、結果的に大陸の人間は敗れた。そして『血の盟約』を結び、魔族に堕ちたのだ。

 その時点で大陸の人間は神から見離され、そして、違う人間にそれを託したと……。

 つまり、この戦争は神の意向ということになる。

 『血の盟約』を結んだ当人であり、今でもその選択は間違ってはいないと信じているソイマンだったが、こうして神によって選ばれた人間に討たれる立場になると、やり場のない感情が湧き上がってきた。そういった意味では、魔族となった今でも人間らしい感情は残っているのだと、改めて再認識するソイマンだった。

 「……時間がある時に反論も含めてもっと話をしたかったが、戦争が始まってしまった現状では、もうどうする事もできぬ……これは神の名を騙り一方的に攻め込んできたそちらに非がある問題だ。この大陸から消されたとしても文句は言えまい」

 ソイマンは論点を変えて東方人のやり方を責めた。

 「神の名を騙ったかどうかは別として、実際にこちらから攻め込んだことに違いは無い。この地で生きるも死ぬも天命である」

 影千代は面と向かって言い切った。

 「なるほど。国を発ったその時から覚悟は出来ているという事か……」

 ソイマンはそう言って頷くと、更に続けた。

 「東方人よ。そなたの考えは良くわかった!これより5分後に攻撃を再開する!そちらも準備されよ!」

 「承知!」

 二人は背を向けて分かれると、お互いに攻撃の準備を行った。


 ──その時、戦場にいる魔族全体に声が響き渡った。


 『ソイマン。何をしている?何故攻撃を止めた?』

 ソイマンは驚いて振り返ると、アスモデウスがこちらに向かって飛行していた。6枚の大きな漆黒の翼をゆっくりと羽ばたかせ、3面ある顔の全ての眼がソイマンを射ぬく。

 「はっ……!」

 ソイマンはすぐにその場で跪くと、魔族スキル『メッセージ』を使い更に続けた。

 「敵の司令官から情報を得るために、しばし攻撃を中断しておりました。しかし、話は済みましたのでこれから攻撃を再開しようとしておりました」

 『ふん……ソイマンよ。これから滅びゆく者の情報を得てどうなると言うのだ!?』

 「サタン様へ報告する時に、敵の目的やどこから来たのか等も合わせてお知らせすべきと存じまして……」

 ソイマンはある意味、本当にそう思っていた事を素直に言ったのだが、全軍を止めてまで行う必要があったかと問われれば、反論はできないと考えていた。

 『ほう……それで、得た情報とは何だ?』

 意外にもアスモデウスは入手した内容を知りたがった。

 「はい……」

 ソイマンは手短に東方人から得た情報を伝えた。

 『……なるほど。つまり、われわれを滅ぼすために、わざわざ海を渡ってやって来たというのだな!?』

 アスモデウスの言葉には怒りが込められていた。

 「はい」

 ソイマンがそう答えるや否や、アスモデウスは大きな声で叫んだ。

 『何と不遜な虫けらだ!この私が焼き滅ぼしてくれる!!』

 アスモデウスは3つある口から同時に3方向へ炎を吐いた。

 灼熱の炎は東方人の中央と左右に展開していた軍へ向けられ、瞬時に辺りは火の海と化した。

 一度燃え上がった炎は、三日三晩消えることなく燃え続ける悪魔の炎である。

 東方人は次々と生きたまま炎に包まれて行き、あちこちから絶叫が響き渡った。

 サラミス平原は夜が明けばかりだというのに、黒煙で辺りは夜のように真っ暗となり、炎の明かりが逃げ惑う者達を不気味に照らしていた。

 「ふははは!見ろ!私の力を!命乞いをする間もなく死んでゆくがいい!虫けらめ!」

 アスモデウスは上空をゆっくり飛びながら、死を宣告する炎を吐き続けた。

 火の粉が舞い、熱風が吹き荒れ、黒煙が立ち昇る。

 この戦場にはもう逃げ場など無いが、それでも東方人は右往左往し、この地獄から逃れようと必死だった。

 ソイマンは重体の相棒であるヒポグリフに寄り添い、この地獄絵図を見つめていた。

 これこそが、人間には太刀打ちできない絶対的な悪魔の力だ。何も知らず、言われるまま力で攻めて来たものが払う代償は、あまりにも大きいという事を身を持って知る事だろう。だが、知った時にはすでに遅く、等しく死が待っているのだ。

 壁のようにそびえ立つ業火に焼かれ、同じ種族である人間が死んで行く光景を、ただただ見つめるソイマンだった。





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