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魔族の騎士  作者: らつもふ
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激突!サラミス平原

 ソイマンの背後には、自軍を左右に隔てる炎が燃えており、まだ薄暗いサラミス平原を煌々と照らしていた。その目前には一人の東方人が立ちふさがっていた。

 くせ毛の黒髪はボサボサで白髪が混じっており、右の頬には斜めに刀傷の痕が目立つ。胴と籠手、脛当てくらいしか防具は無いようで、陣羽織という赤地に金色の刺繍がされた派手な袖なしの上着を着た男だ。

 バンシーによる東方人への怯ませ攻撃はあまり成果は出なかったが、東方人らの炎による奇襲攻撃もスケルトンにはほとんど効果が無く、そういった意味では、お互いの先制攻撃はどちらも不発だった。

 魔族はスケルトンを前面に出して突撃を敢行する。

 迎え撃つ東方人らは、スケルトンに対して投石で対抗していたが、完全に足止めするには至らず、敵は最前線の空堀に迫っていた。

 ここで東方人は、空堀に身を潜めていた者たちが立ち上がると、一斉にロープを引き始めた。

 すると、地面に埋まっていた丸太で作られたフェンスが立ち上がって行き、遂にはスケルトンの目前に立ち塞がった。

 高さが3メートルほどのフェンスは、すぐに補強のために丸太を空堀の淵にかまして斜めに支えとしてフェンスに掛けた。

 これでしばらくの間は、魔族軍を足止めする事ができるはずであった。

 これによりソイマンは完全にフェンスの内側、つまり東方人側に孤立する形となった。

 「ほう……僅かな時間でよくぞここまで対応した」

 ソイマンは他人事のように感心した。

 「まあな。だが、実はある程度事前に準備はしてあったのだがな……さて、これで一騎打ちに集中できるというものだ」

 時宗としては、ソイマンが魔族軍と分断され一騎打ちを行っている間は、魔族軍の指揮を取る事はできないと考えていた。従って、本来であればこの状況をできるだけ長く維持させるべきで、そのためには一騎打ちをダラダラと長引かせる必要があるのだ。

 しかし、時宗にはそれが出来なかった。

 ソイマンはたった一人で約束の一騎打ちをするために、こちらに乗り込んできたのだ。その高潔なる意志を汚すようなマネは断じてする事はできない。正々堂々の勝負でこれに応えるのが筋というものだ。

 「いざ!参る!」

 時宗は意を決すると、一気に間を詰め疾風の如きスピードで槍を突き出した。

 ガキィーン!

 ソイマンの肩のアーマーを槍が掠め、金属音が鳴り響いた。

 時宗は更に何度も突きを繰り出した。

 ソイマンはフルプレートの甲冑でありながら、時宗の攻撃を上体移動だけで避けつつ、体の中央への攻撃だけは大斧でこれを受けた。

 時宗はジャンプして後方に下がり距離を取ると口を開いた。

 「そんな重そうなものを着こんでいるのに、俺のスピードについてこれるとは、全く、世の中にはすげぇ奴がいるものだな?」

 時宗は半分呆れながら言うと、ソイマンはそれに答えた。

 「ふふふ。魔族軍には私よりも強い者は沢山いるぞ?人間であれば5色騎士団の4人………その中でもボッシュという者は、私ごとき足元にも及ばないほどの猛者だ」

 「何と、貴殿よりも強い者がいるのか!?」

 「当然だ。私などただの年寄に過ぎん。もしも戦場で私以外の5色騎士団に出会ったら気を付ける事だ………だが、今は私が相手だ!」

 ソイマンは地面を蹴って時宗との距離を一気に詰めると同時に、大斧を振りかぶった。

 ──まだ距離がある。

 時宗は一瞬そう感じたが、前回の戦いを思い出し、咄嗟に大きくジャンプをした。

 ソイマンの大斧は凄まじいスピードで振り下ろされると、そのまま地面に激突した。地響きと共に衝撃波が発生し、地面が陥没する。

 間一髪、空中に逃れた時宗は、前方に1回転すると、その遠心力を使って槍をソイマンへ振り下ろした。

 唸りを上げて打ち下ろされる槍に対して、ソイマンは地面に突き刺さった大斧から離した右手を上げ、瞬時に槍の柄を手で掴むと、すぐにがっしりと脇に抱え込んだ。

 「!!!」

 時宗も慌てて槍を脇に挟んだため、ソイマンに高々と槍で持ち上げられているような形となった。

 このままでは地面に叩きつけられると感じた時宗は、柄を挟んだ脇の力を抜いた。

 すると、時宗は槍の柄を伝って勢いよく滑り下りながら右脚を前に出して蹴りを放った。

 ソイマンはすぐに脇に抱えた槍を離したため、支えが無くなった時宗は、蹴りが当たる直前でバランスを崩した。

 この時、時宗はソイマンが握りしめた左腕を振り上げ、まさに振り下ろそうとしている光景を目にした。

 時宗はバランスを崩しながらも、右足の裏でソイマンが振り下ろす左腕を受けた。同時に膝を曲げてショックをなるべく吸収する。

 だが、そのまま地面に背中から激突した。

 「うぐっ!」

 小さく呻くが、すぐに槍を拾い上げて立ち上がると、ジャンプして間合いを取る。

 ──何たる反応速度……!

 ソイマンは驚きを隠せなかった。

 この時宗と申す者……もっとしっかり武術を習う事が出来たら、今よりももっと強くなれたはずだが、生まれ育った環境が悪かったのか、本人よりも強い存在が無かったことで、更なる高みを目指して教えを乞うことが出来なかったか……。

 ソイマンは地面に突き刺さった大斧をゆっくりと引き抜くと両手で構えた。

 その頃にはすでに魔族軍のスケルトンはフェンスを破らんと力任せに押し寄せており、それを東方人らが必死に抑え込んでいる状況だった。

 この一進一退の状況は、疲れを知らないアンデッドであるスケルトンに分があり、徐々にフェンスが傾きつつあった。

 ──時間的にもこの一騎打ちはそろそろ決着をつける必要があるだろう。

 ソイマンはそう考えると、一歩ずつ甲冑の音を鳴らしマントを翻しながら前進を始めた。

 時宗も次の攻撃で決着がつくだろうと感じ、槍を構えた。

 

 ──その時。

 夜明け前の空が輝き始めた。

 

 ソイマンもそれに気付き上を見上げると、そこには前の戦いで見たものが描かれつつあった。

 「逆五芒星!!」

 それは確かに星型を逆さまに描かれたと思われる図形が、空という巨大なキャンバスに描かれていた。

 「私が索敵した時は輿に乗った女の姿は無かったはず……!」

 ソイマンは記憶を辿ったが、現実に今、逆五芒星が空に輝いている。これは何処かにあの女がいたと考えるべきだろう。

 過去の記憶を蒸し返す行為は止めて、その女がどこにいるのかを思案するソイマン。

 ──逆五芒星は術者から見て、完全なる逆さの五芒星だとしたら、星の頂点……この場合は真下の方向に術者がいるはず……!

 ソイマンは一騎打ちだという事も忘れてヒポグリフを呼ぶ。

 時宗はこの機を逃さず、ソイマンとの距離を詰めるとすぐに槍を突いた。

 耳を劈く金属音と共に、時宗の槍はソイマンの左脇腹に当たると、貫通することなく火花を散らしながら横に逸れた。

 「何と!俺の渾身の突きでもあの装甲を破る事が出来ないのか!?」

 時宗は愕然とした。

 今の攻撃が通用しないのであれば、これ以上戦っても、どうすることも出来ない事を意味するのだ。

 ソイマンは何事も無かったように時宗に視線を送ると口を開いた。

 「今の突きは見事であった。だが、時宗。そなたは槍が本来の武器ではないな?攻撃が甘かった」

 ソイマンはそう言うと、大斧を横に薙ぎ払った。

 時宗は反射的にバックステップでこれを避けると、半円状に地面が抉れ、土砂が吹き飛び土煙が立ち昇る。

 ソイマンはその隙にヒポグリフに飛び乗ると大きな声で叫んだ。

 「一騎打ちはまたの機会とする!」

 ソイマンはそう言い放つと、逆五芒星の真下の方向へヒポグリフを向かわせる。

 時宗も急いで愛馬に飛び乗ると、その後を追った。

 フルプレートの装甲に覆われたソイマンは、外見上は無傷に見えるが、実は、先ほどの時宗の一突きで脇腹を痛めていた。

 どんなに頑丈な甲冑であろうと、強烈な衝撃までは止める事はできない。

 「重ね重ね惜しい男だが……」

 今は術師の女を何とかするのが先だ。

 ソイマンは東方軍から見て左翼、魔族軍から見て右に展開している敵軍に向かっていた。

 すると、ある一画に光輝く場所があった。

 「一般兵に紛れておったか!?」

 これではさすがに上空からでは術者であるか判断するのは難しい。

 ソイマンは超低空で光り輝く場所へ侵入を試みる。

 ヒポグリフが通過すると、衝撃波で地上の兵士たちはなぎ倒され、土煙の中に次々と消えて行った。

 その中を、時宗はソイマンを追って馬を走らせていた。

 土煙が立ち昇っている方向にソイマンがいる。

 「道を空けろ!!」

 時宗は叫びながら馬を走らせた。

 だが、ヒポグリフのスピードについて行くことは出来ず、どんどんその距離は開いて行った。

 ソイマンが前方に目を向けると、光の輝きが一層増した。

 「まずい!アンデッドが消滅するぞ!」

 ソイマンが叫ぶや否や、逆五芒星は真っ二つに割れると一瞬にして粉々となり、光の粒子が地上に降り注いだ。

 魔族軍のスケルトンとバンシーはピタリと動きを止め、一切の音も無く静寂が訪れた。まるで時間が停止したと勘違いをするような光景だ。

 やがて空からの光の雨が収まると、今度はアンデッドの体から光の柱が天に向かってゆらゆらと立ち昇り出す。

 同時に体が透き通るように現世から消えてゆく。

 「ちっ!間に合わなかったか!」

 ソイマンは舌打ちをしたが、ここまでは作戦として織り込み済みだった。

 あとはアスモデウス率いる本隊が到着するまで、残存兵力で支える必要がある。

 「だが、その前に……!」

 ソイマンは徐々に輝きが消えていく東方人らの後方の一画へ雪崩れ込むと、輝く両手を持つ一般兵の姿をした術者を見つけたが、すぐに御付きの者に両脇を抱えられながら後退していく。

 すると、それに取って代わって前に出てきた兵士らがソイマンの行く手を阻む。

 「造作も無い……」

 ソイマンは呟くと、そのままヒポグリフを突入させる。

 立ち塞がろうとしていた兵士らはヒポグリフによって吹き飛ばされ、折り重なるように倒れ込んだ。

 ソイマンは持っていた大斧を振りかぶると、術者目がけて投げつけた。

 凄まじい風切音と共に、回転しながら大斧は飛んで行くと、警護する兵士たちはその身を投げ出して斧を防ごうとした。

 斧は一人の兵士の肩口に命中すると、次々とその後ろに重なるように身を投げ出す兵士たち。

 悲鳴と共に血しぶきと肉片が舞い、一気に5人もの体が大斧によって砕け散ったが、尚も斧は術者に襲いかかると、術者の背中に命中して地面に落下した。

 術者は吹き飛ばされ、長く黒い髪を振り乱しながら人形のように地面を転がると、仰向けのままピクリとも動かなかった。

 ソイマンは術者を仕留めたと確信したが、それよりも、自分の身を挺して術者を守ろうとする東方人の姿を見て、何とも言えない恐怖にも似た感情が湧きあがった。

 術者のためであれば、自らの命を差し出すのに躊躇する事が無い民族………術者への絶対的な忠誠と信頼──これがバンシーの叫び声にも耐える事ができる力の源なのか!?

 そのような事に思いを馳せていると、ヒポグリフが大きな声で叫んだ。

 「!!!」

 我に返ったソイマンはヒポグリフに斧を拾い上げてもらうと、手綱を引いて再び中央へ引き返した。

 「今はアスモデウス様の到着まで戦線を維持しなければ……!」

 ソイマンはゴーレム2体を左右に展開させ、敵を背後に回り込めないように牽制し、コボルドとドワーフには中央でフェンス越しに現状を維持するよう指示を出した。

 ちなみに魔族には『メッセージ』のスキルが付与されており、離れていても魔族間で自由に自分の言葉を伝える事ができた。

 これ自体は補助系魔法であったが、魔族だけは特殊スキル扱いとして能力を獲得でき、他にも『夜目』や『毒耐性』があった。

 ソイマンは更にネクロマンサーに、いつでもゾンビを召喚できるように準備を命じた。

 おそらく、これである程度前線を支える事ができるだろう。

 ソイマンは自らも低空飛行で敵陣を掻き乱しながら中央へ戻って行く。

 一方、やっと左翼の巫女の元までたどり着いた時宗は「どけ!」と叫びながら人垣を抜け、倒れている巫女を自分の馬に乗せると、一目散に町の門へ向かった。

 その門の前では、総大将である影千代が必死に指揮をとっていた。

 時宗は影千代に馬を並べて大きな声で叫んだ。

 「影千代!代行の巫女様がやられた!まだ息が御有りなので、すぐに屋敷で診てもらいたい!」

 「何だと!?代行様が!?……おそらく我が巫女様は目覚められたばかりで、これから出陣の準備をされるはずだ!」

 「そうか!行ってみる!後は任せたぞ!?」

 「わかった!」

 簡単な言葉を交わした時宗はすぐに馬を走らせ、門を通過して、町の奥にある小高い丘の上にある屋敷へ駆け込んだ。

 「我が巫女様は何処におわす!?」

 屋敷の玄関から叫びながら廊下を進み、襖を足で開けて座敷に上がる時宗。

 そこへ「何事ぞ!?」と女の声が響いてきた。

 座敷の奥の障子から現れたのは、巫女の御付きである小梅<こうめ>であった。

 御付きとは、巫女の身辺のお世話から警護まで行う、小さい頃から共に生活してきた女子であり、巫女が移動する時に使用する輿を担ぐのも御付きの仕事であり、巫女に謁見するには、御付きの長である小梅の許可が必要だった。

 時宗は畳に代行の巫女をゆっくり横に寝かせながら口を開いた。

 「代行の巫女様が戦場で重傷を負ったのでお連れした。すぐに我が巫女様に診ていただきたい!」

 小梅は代行の巫女の姿を見て息を飲むと「しばし待たれよ」と言って、すぐに部屋を出て行こうとした。

 それを時宗は制止して、桶と水、それに手拭いを用意して欲しいと頼んだ。

 小梅はすぐに別の者に用意させる、と言って部屋を出た。

 しばらくして別の御付きの女子がやって来ると、水が入った桶と手拭いを持ってくると、防具を脱がし濡らした手拭いで顔や体を拭きはじめた。

 「時宗殿は部屋の外でお待ちくだされ」

 御付きに言われてハッとした時宗は、慌てて襖を開けて板張りの廊下に出ると、そこに正座をして待った。

 その間も御付きが代行の巫女の背中の傷を中心に、汚れを落としていた。

 すると、慌てた様子で白い小袖に緋袴姿の巫女が座敷に入ると、すぐに上半身を脱がされ横向きで寝かされている代行の巫女の枕元へ行く。

 「代行様!ご無事ですか!?……代行様!」

 巫女が耳元で言葉をかけると、代行の巫女は薄らと目を開けて、囁くように言った。

 「……皐月……今、すぐに……戦場へ行きなさい……」

 「代行様!酷い傷……小梅!『治癒の儀式』を執り行います!準備を!」

 「……いけません!……そんなことに……皐月の『神の力』を……使う訳にはいきません………」

 代行の巫女は息も絶え絶えに言葉を発した。

 「し、しかし!このままでは代行様のお命が……!!」

 「……私は……もういいのです……それよりも……早く戦場へ行き……予定通り……皆を……助けるのです……」

 「代行様!!私は……私は……!」

 皐月と呼ばれた巫女は床に突っ伏して泣いた。

 代行の巫女は優しく微笑み、震える手で皐月の頭を撫でながら言った。

 「……私一人の命よりも……戦場にいる……何千、何万もの……我らの民の命を……救うのです……それこそが……私達……巫女の……」

 そこまで言うと、代行の巫女の手が床に落ちた。

 「代行様!」

 皐月は顔を上げて代行の巫女を見ると、優しく微笑みながらゆっくりと瞳を閉じると一筋の涙が流れた。

 「代行様!……代行様……!」

 皐月は代行の巫女の体を揺すりながら何度も叫んだ。

 そこに小梅が近づくと、皐月の肩に手を置き軽く首を横に振った。

 ──皐月は悟った。

 代行の巫女は死んだのだと。

 そして、自分は代行の巫女に対して何もしてあげる事は無いのだと。

 皐月は涙を拭うとスッと立ち上がった。

 「小梅。私の御付き衆を集めて代行の巫女の体を清めたのち祭壇を作って頂戴。帰還後『弔いの義』を執り行います」

 「承知しました……さすれば御身の警護ならびに移動はどのように?」

 「心配はいりません………時宗!そこにいますね!?」

 「はっ!ここに!」

 襖越しに時宗の返答が聞こえてきた。

 皐月はつかつかと歩いて行き襖をそっと開けると、そこで頭を下げて控えている時宗をみて言った。

 「時宗。私を馬に乗せて戦場まで連れて行ってください。その後の私の守りもお任せします」

 「承知しました。それでは我が巫女様、お急ぎ下さい」

 時宗は立ち上がって皐月を先導しようとする。

 「皐月の巫女様!お待ちください!せめてこの私が……!」

 小梅が慌てて制止する。

 すると皐月は振り返って言った。

 「心配しなくても大丈夫です。それよりも、あなたは代行の巫女のお世話をお願いします」

 「承知しました……」

 そう言って頭を下げて皐月を送り出す小梅。

 これまで皐月が行く所には必ず自分がお供をしており、まして男に巫女様をお任せするなど、御付き衆の長として納得できない部分があったが、巫女の意向であるのなら仕方ないし、代行の巫女をこのままにしておくことも出来ないため、今回だけは納得するしかなかった。

 

 

 国松は矢倉の上で焦っていた。

 中央で敵を分断していた炎の壁はすでに鎮火しており、敵の行動の制約は無くなっていた。

 本来であれば、代行の巫女が『不浄なる者ども』……魔族側で言うところのアンデッドを浄化した時を境に、攻撃に転じる手筈だった。

 しかし、左右の自陣の前で立ち塞がる岩の巨人<ゴーレム>によって、思うように敵を包囲できない状況であり、そればかりか、中央もフェンスを倒して敵に攻勢をかけるはずが、敵がフェンスを外されないようにガードするため、こちらも動きを封じられていた。

 「簡単に柵が突破されないように強固な作りにしたことが裏目に出たか……」

 国松は呟くと、すぐに伝令を呼んで次の指示を出した。

 「柵に火を放て。そうすれば味方も近づけないが、敵も退かざるを得ない。そこへ投石器を使って巨石を柵にぶつけ排除せよ」

 「承知しました」

 伝令はすぐに前線の又二郎と元親のもとへ指示内容を伝えに行った。

 おそらく敵は、中央が劣勢と見るや、左右の岩の巨人を中央へ寄せるだろう。そこで左右の軍を回り込ませ敵を包囲し各個撃破する。中央に来た岩の巨人は、投石器で巨石を当てさえすれば倒れる可能性がある。あの重量だ……おそらく一度倒れれば起き上がる事は困難だろう……。

 国松の計画では敵の後続部隊が来る前に、今の兵力はある程度削っておきたいと考えていたのだが、どうしても拭いきれない不安要素があった。

 ──ソイマンという空飛ぶ化け物に乗った敵将の存在だ。

 我が陣営を自由自在に飛び回り、誰一人として対抗できる者はおらず、こちらの行動を先読みして単騎で襲いかかってくる。あの者がいる限り、どのような策も先に潰されてしまうだろう……。

 国松はソイマンを排除するための策を必死に考えていたが、現状ではあまりにも選択肢が無さ過ぎた。

 「今は何とかやり過ごすしかない……」

 国松はソイマンとは戦わず、来たら退き、去ったら押すよう指示を出した。

 すると、中央の陣から火の手が上がった。

 東方人と魔族を分け隔てていた丸太のフェンスに火が放たれたのだ。

 途端にフェンスから距離を取るように、両軍がさっと後退する。

 「うむ……やはり火を放ったか……」

 この状況を見ていたソイマンが呟いた。

 このままでは東方人らに中央を突破される……そうなると我が軍は包囲・殲滅される……。だが、今、両翼を支えているゴーレムを中央へ動かせば、敵は間違いなく両翼を我が軍の背後に動かすだろう……。

 戦死者の数は想定よりも少ないが、こうなってはやむを得ないだろう……。

 ソイマンはネクロマンサーに対して『ソンビ』の召喚を命じた。

 最後尾にて召喚の準備を行っていたネクロマンサーらは、一斉に召喚呪文を唱え始めた。

 すると、戦場で戦死していた者……東方人、コボルド、ドワーフに関わらず、命を落とし、そのまま倒れていた者が突然その場でノソノソと動き出した。

 手足が欠損していようが全くお構いなく、真っ赤な瞳を輝かせながら死者が動き出したのだ。

 ゾンビは正確には召喚されたのではなく、ネクロマンサーによって操られていると言った方が良いだろう。ネクロマンサーは、本戦場の亡骸に対して単純な命令を与えた。

 それは『東方人を食らえ』である。

 ゾンビには知能は無く、食欲という欲求を満たすためだけに動き回るのだ。また、アンデッドであるゾンビは、その特徴通り不死であり、疲れを知らず、術者がその呪いを解くまで永遠に求め続ける。

 これに一番驚いたのは東方人だった。

 敵に殺された仲間が突然起き上ったかと思うと、次々と味方に襲いかかって来たのだ。

 「おい……なんだよ……どうなっていやがる!」

 「まさか、生き返ったのか!?……俺だ!?わかるか!?」

 東方人らは混乱し、単に生き返ったものだと思い込み、ゾンビに対して親しげに話しかける者が続出した。

 「うわあああ!」

 ゾンビらはそんな東方人を次々と食らって行った。

 ソンビに食われ死んで行った者は、新たなゾンビとなって徘徊を始めた。これにより、中央付近で爆発的にゾンビの数は増えて行った。

 一番の被害を受けていたのが、又二郎の配下であった。

 又二郎は、ゾンビには知性は無く、死んだまま動き回っていることや、噛まれるとゾンビ化する事を認識していた。

 そこで自ら先頭に立って槍を振るったが、どんなに槍で体を貫いても、平然とこちらに向かってくる。

 「不浄なるものか……」

 又二郎は舌打ちして槍を水平に薙ぎ払うと、ゾンビの首が宙を舞い地面に落下した。

 すると、首なしのゾンビは動きを止め、その場に崩れ落ちた。

 これを見た又二郎はすぐに大きな声で叫んだ。

 「不浄なるものは、首を刎ねれば動きが止まる!!皆の者!首を刎ねよ!!」

 『首を刎ねよ!』

 『首を刎ねよ!』

 瞬く間に全軍にこの事が通達された。

 ゾンビは動きが遅く、武芸の心得がある者であれば、ゾンビの首を刎ねるのは容易いと思われた。これで犠牲者は減るはずだと又二郎は考えた。

 ──しかし。

 又二郎は驚愕した。

 自分の目の前で、全く抵抗することなくゾンビに襲われる者がいたのだ。

 又二郎はギリギリの所でゾンビを槍で突いて男から引き離すと、間髪入れずに首を刎ねた。

 ゾンビはすぐに動きを止め、その場に崩れ落ちた。

 又二郎は振り向くと、その男の肩を掴んで怒鳴った。

 「何故首を刎ねない!?何故黙ってやられるままなのだっ!?」

 男は涙を流しながら又二郎の手を振りほどくと、地面に転がる首を拾い上げて抱きしめながら泣いた。

 「……ううう……この首は……尊敬する私の父です……」

 「!?」

 又二郎は言葉を発せず固まった。

 「……そんな実の父を……歩いてこちらにやってくる父を……手に掛ける事なんてできません!」

 「……!」

 又二郎はその男にかける言葉が見つからなかった。


 たとえ目の前にいるのがゾンビだと頭では理解していても、血を分けた親兄弟、あるいは仲の良い親友であればどうしても躊躇するのが人という生き物だ。しかも、首を刎ねるという残酷なマネを誰ができようか……。

 ソイマンは自分が人であればこそ、人の弱点をよく知っていた。

 「人の弱さは力に非ず心にあり」

 頭と心が一致しない唯一の動物である人間は、頭では首を刎ねなければならないと理解していても、心がそれを許さなければ行動できないのだ。そして、人はどういう訳か心の方を優先する動物なのだ。

 まさに、魔族に身を落とす以前の『本来の人』というものを知っているソイマンならではの作戦だった。

 「これでアスモデウス様は、何の心配もなくおいでになる事ができる」

 ソイマンは満足そうに頷くと、アスモデウスの到着を出迎えるために、自陣の後方へ移動を開始した。


 だが、ソイマンは知らなかった。

 東方軍の右翼で、太陽が昇らんとする空に向かい、印を結ぼうとしている者がいる事を……。




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