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12日後、バイエンス王国の王城中庭では国王ペトラ・エマ・バイエンスと、まだ11歳と幼い彼女の実質的後見人でもある宰相エドマンド・コ・マックレガー、閣僚達が儀仗兵を従えて待機していた。
紆余曲折の末、この日に友好条約の条項を決める交渉が行われることが決まったが、バイエンス側の出迎えの式典を城門で行う提案に対し日ノ本側は「道路状況や橋の強度が不明ゆえに空路で向かいたい」と返答した。
かの国ではどれほど重い馬車を使っているのだろうか、と囁かれたが’とある事情’で日ノ本帝国に航空戦力がある事を知っていたバイエンス王国の交渉担当者は、道中の宿泊施設や警備の心配もさほど考えなくて良いことも相成って了承した。
「それにしても、宰相は"漂流者"がどのような方法でここにやって来ると思われますか」
「それが分かれば苦労は無い。違うかね、外務卿」
話しかけた外務卿は「確かにそうですな」と思い直した。
そもそも、いくら国家元首が来るとはいえ国王と宰相、閣僚までが揃って出迎えることは相手が余程の大国でない限り滅多にない。
ではどうして今回これだけの規模になったかと言うと、バイエンス王国のある役人の失言が原因だった。その役人は予備交渉の際「灰色の船とか言っているが、どうせただの虚仮威しだろう。それだけの力があるなら悠長に交渉なぞする訳がない」と日ノ本側に面と向かって言い放った。
以前から言葉や視線の端々に侮蔑を含んでいた人物が複数いたこともあり、渉は更なる示威行動を決意。結果、その役人の目の前でアフターバーナーを使用したF-35C、F/A-18Eの大編隊が海面スレスレを超音速で飛行。改めて圧倒的な力の差を認識し、今回の厚遇の要因となったのである。
ー閑話休題ー
到着予定時刻が間近になった頃、バイエンス王国首脳陣の耳に聞き慣れない音が入ってくるようになった。空気を叩くようなその音は徐々に大きくなり、何かが近づいている事を認識させられた。
一同が空を見上げると、最初に護衛を務めるAH-1ZとUH-1Yが4機ずつ猛スピードでフライパス。後から来たEC-225LPシュペルピューマが高度を下げて着陸。
周囲に騒音とダウンウォッシュを撒き散らすターボシャフトエンジンが止まると、キャビンドアを開けて日ノ本帝国首脳陣と近衛兵が降り立った。
当然、渉が先頭に立っている。
「日ノ本帝国ワタル・ナラハラ総帥に対し、敬礼!」
バイエンス王国の儀仗兵が一糸乱れぬ敬礼を捧げ、ペトラが前に進み出た。
「初めまして。バイエンス王国国王ペトラ・エマ・バイエンスと申します。ペトラとお呼び下さい」
「こちらこそ。日ノ本帝国総帥ワタル・ナラハラです。私のことも渉とお呼び下さい」
2人は握手を交わした。傍らでは、榛名とエドマンドの間でも同じように自己紹介が行われている。
両首脳のファーストコンタクトはつつがなく完了した。
所変わって、王城内大会議室では友好条約の詳細な会議が始まったが、一筋縄では終わらなかった。
互いに大使館を設置することや官民の交流促進は早々と決まったが、特に難航したのはバイエンス王国が強く求めた安全保障関係の確立と、日ノ本帝国が強固に主張した地下資源の採掘許可だ。
後に渉は「軍事は政治の延長ってことがよくわかったよ」と苦笑混じりに振り返った交渉の結果、安全保障関係の概要は
①日ノ本帝国及びバイエンス王国の一方が侵略戦争を受けた場合、もう一方の国は相手国に宣戦布告し共に戦う(侵略戦争の定義は別項に定める)
②両国は5年ごとに延長の是非を問う協議を行い、一方が破棄を宣言した場合は1年後に効力を失効する
③バイエンス王国は日ノ本帝国が軍基地を国内に建設し、兵力、兵器及び物資を駐留させることを認める。ただし新たに基地を建設する場合は事前協議を行う
④両国軍は定期的に共同訓練及び情報交換を行う
地下資源関係は
①石油やレアアースのほぼ制限無しの採掘と警備部隊の駐留を許可
②鉄鉱石、石炭、銅その他の地下資源採掘を一定の制限下で許可
③記述外の地下資源採掘は個別に交渉する
と決定した。
かくして日ノ本帝国は資源の枯渇から逃れ、バイエンス王国は強力な後ろ盾を得ることになった。