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「"漂流者"?それは何ですか」
「不思議な話だがな、この世界には150年から200年くらいの期間で妙な格好をした連中がどこからともなくやって来るんだ。出現する場所はだいたいが陸地。全員言葉は通じるし、向こうで字が読めたらこっちの字も読める。そんな連中を俺たちは便宜上"漂流者"と呼んでいる。ただ、お前たちくらいの規模で来たのは初めてだろう」
私たちは艦隊どころか国家ごと来てます、と返す余裕はなかった。そもそも彼が当たり前のように言うことは予想外にもほどがある。
「では、前回に"漂流者"が来たのはいつですか?」
「記録では170年だったか180年くらい前だったと思う。まあ記録に残る前に死んだ場合も多いと思うがね」
男が切り出した。
「それより、あんたらは何の為にここに来た?」
「私たちは友好国を求めてきました」
わざわざ灰色の船を降りてここに来たのはそういう訳か、と納得した。侵略するつもりなら大人数で来るし、そうでなくとも問答無用で攻撃を仕掛けるからだ。一旦こちらを安心させる為に嘘をついている可能性もあるが、それを判断するのは軍人である彼の職務ではない。
「とりあえず俺達で判断できる問題じゃない。友好を結ぶ交渉に取り掛かるにしろ、王城にこの事を知らせて指示を仰ぐ必要がある。1日だけ待ってほしい」
「それくらいなら構いません。明日の現時刻に再び伺います」
「そうしてくれ。あと、一応聞くがこの"漂流者"のトップはあんただろ?」
「いえ、後方の艦隊に国家元首の総帥がおられます」
「嘘だろ…今回はとんでもない規模じゃないか」
渉が座乗するジョージ・ワシントンがこの場にいないのは理由がある。一つは水深の調査が不十分な為、下手をすれば10万トンの空母が座礁する危険があったからだ。1万トン程度の駆逐艦ならともかく、原子力空母が座礁すれば曳航するにも大きな手間がかかる。
もう一つはより深刻な理由で、攻撃を受けた場合に日ノ本帝国の首脳陣を一度に失う可能性が指摘されたからだ。
「とにかく俺はお偉いさんにこの事を伝える必要がある。あんた達も船に戻ってくれて構わない。ただしあの船はもっと沖にやってくれ。貿易に来た船が通行出来ない」
「わかりました。あと一応ですが無断で私達の艦に乗り込む、攻撃を仕掛けるなどの敵対行為をとれば当該人物の安全は保証しかねます。どうかお忘れなきように」
その言葉を聞いた男は、"漂流者"のトップがどうしてこの湾内に4隻も巨大な船をよこしたのか理解した。
地球ではかつて砲艦外交の言葉があった通り、軍艦はその国の力の象徴とされる。日本が受けた例を挙げるとペリーの黒船、清国北洋艦隊の『定遠』・『鎮遠』の長崎来航、アメリカのグレート・ホワイト・フリートなど。
つまり第2駆逐隊のイージス艦は、日ノ本帝国の国力を示す無言の圧力なのだ。
海面に航跡を残しながら艦隊に戻るコールマンを一瞥した警備隊長は、背中を汗がつたっている事に気付いた。
結局、次の日にやって来た王城の役人との間で友好条約の締結に向けた予備交渉を始めることが決定された。
この予備交渉で一悶着起き、艦載戦闘機が飛来する事態に陥ったが、何とか合意。その合意日から12日後に王城で本格的な交渉を始める事を確約した。