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5日後
"大陸"の最南端に位置する港町アルザスは人口およそ5万人、地理的条件を生かした交易で栄えた地方都市だ。
岬には巨大な灯台があり、港では各国からやって来た交易船から舶来品がひっきりなしに降ろされている。
船の行き交いが激しいとは言え昼下がりの時間では灯台の役人達も暇を持て余し、あくび混じりに外洋を眺めていた。
「おいミハエル、何か珍しい船でも来てないか?」
「あのなダミアン。そんな船が来てたまるか。少し前にカールデン王国の国王一行が来た時にどれだけ手間がかかったと思っているんだ。やれ早く市場を見せろだの、やれ王妃のために船酔いの薬を持ってこいだの注文が多すぎだ。挙げ句の果てにエドマンド宰相との会談の時間が短かったとか言って文句を言って帰りやがって。少しは感謝の心を持ってみろって話だろ」
「あー、そういえばそうだったな。邪魔してすまない」
同僚の嫌な思い出を掘り出した事を詫びて自分の持ち場に戻ろうとしたが、遥か彼方の水平線上に微かな動きを見た。気のせいかと思ったが、近づいているのか少しずつ大きくなっている。
しかも、人一倍視力が良い彼の目にはその船が灰色に見えた。
「噂をすれば何とやら。灰色の変な船が近づいてるぜ」
「灰色だぁ?」
訝しげな声を上げたミハエルが、教えられた奇妙な船の方向を見る。
「本当だ。何であんな色をしてんだ?…それよりどうしてあの図体で、あんな速度で近づいている?」
近くに来るにつれて奇妙な船の異常な大きさと、この世界の主流である帆船ではあり得ない速度で近づいている事がわかる。
更に1隻だけではなく、4隻も向かって来る。
「こりゃただ事じゃないぞ。ダミアンはすぐに釣鐘を鳴らして市民を避難させるんだ!それとそこのお前!狼煙を上げて王城に異変を知らせろ!」
指示を受けた役人達が一斉に走り出した。
鐘が背後でけたたましく響く中、ミハエルは己の目線を灰色の船団から離す事が出来なかった。
第2駆逐隊旗艦 イージス艦『ステザム 』CIC
ミハエル達が目撃した4隻はいずれも第4艦隊の露払いを務める第2駆逐隊所属の艦だった。
露天甲板の1階下(米軍はNo.2デッキと呼ぶ)のCICに陣取る第2駆逐隊司令官サラ・コールマン大佐は、データリンクを通じて送られる情報を表示する多数のモニターのおかげで現状が手に取るようにわかった。
コールマンが急遽製作された海図を前に今後の展開を予測していた時、艦内電話を切った船務長が声を上げた。
「コールマン司令、複合艇の準備が完了しました。警護要員の選抜も完了しています」
「わかりました。では艦長、あとを頼みます」
「お任せ下さい」
そもそも今回の派遣の目的が大陸の調査、友好国の確保だ。
相手が先制攻撃を行うつもりなら第2駆逐隊が湾内に侵入した時点で砲台が砲撃している。それを行わないのは、相手も対応を決めかねているからだと考えた第2駆逐隊司令部と各艦の艦長は、リスクを承知で代表者と若干名が上陸を行う事を決めた。
当然、万が一の備えは怠らない。
「砲雷長。全艦に対水上、対空目標の接近に備えて戦闘配置を。ただしこちらからの攻撃は禁止よ」
「了解」
艦内に放送が流れ、クルー達が持ち場に向かう。砲雷長の命令を下す声を背にコールマンはCICを出て、右舷側の露天甲板にクレーンで吊るされた複合艇に向かった。
同乗者は操縦士、艇首に備え付けられたM134ミニガンの機銃手、警護要員としてM4カービンとP228で武装した2人の水兵だ。
全員が乗り込んだ事を確認し、クレーンの操作を担当する1等兵曹が声をかけた。
「降ろして構いませんか」
コールマンが「ええ」と応じると、複合艇がゆっくり着水。機銃手がクレーンのフックを取り外した事を確認した操縦士がエンジンをかけ、複合艇が海上を進み始めた。
少しずつ増速を続け、やがて最高速度に達した複合艇は海面を跳ねるように前進。
たちまち桟橋付近まで接近したが、案の定と言うべきかそこにボルトアクション式ライフルで武装した警備隊が駆け寄ってきた。
先頭を走っている部隊長らしき男が声を張り上げた。
「貴様ら、何者か!?」
「日ノ本帝国海軍第4艦隊第2駆逐隊司令官サラ・コールマン大佐です」
脇を締めた海軍式の挙手の敬礼を行う。だが、隊長は探るような目線と詰問口調を崩そうとしなかった。
「そのような国は聞いた事がないぞ。それにあの灰色の船にお前たちの服装は…」
沖に待機するイージス艦と、ブルーのデジタル迷彩の戦闘服を着たコールマン達を交互に眺めていた隊長が急に言い淀んだ。
しばらく顔をしかめた後、ゆっくりと言葉を発した。
「まさかお前たち…"漂流者"なのか?」