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202X年、フルダイブ型VRゲームの販売が始まった。
圧倒的なグラフィックに、実際にその場にいるような没入感を誇るこのシステムは爆発的な売り上げを記録し、各国のゲーム会社は競うように新型のゲームソフトを開発。多くのヒット作を送り出した。
その内の一つがMMORTS(大規模多人数型リアルタイムストラテジー)であるNations Warfare Online、通称NWOだ。。そのゲームはプレイヤーが自らの国を建国し、あらゆる手段を講じて自国を発展させて行く事を目的としている。
今日もゲーム内の仮想世界では各国がしのぎを削り、戦争を繰り広げている。
「やれやれ、3週間ぶりのログインか」
アメリカの大統領執務室をモデルにした、巨大な総帥執務室で呟いたのはNWOのプレイヤーの1人である高校2年生の青年、奈良原渉だ。現実世界ではしがない高校生だが、このゲーム内では有数の強国として認知されている『日ノ本帝国』の総帥を務めている。
ようやく終わったテスト期間から解放され、久しぶりの執務室を渉が眺めていた時、扉がノックされた。
「入れ」
「失礼します」
入室して来たのは日ノ本帝国副総帥と近衛師団長を兼任している女性、古賀榛名だ。ゲームを始めた時から渉を副官として支えている榛名は、海軍の艦隊運用のプロフェッショナルと呼ぶにふさわしい技量を持っている。
「総帥が留守だった間の出来事を報告書に纏めておきました。ご覧下さい」
「ありがとう。3週間も留守にしてすまなかった」
「いえ、お気になさらないでください。勉学は学生の本分ですから」
榛名は微笑を浮かべ、ファイリングされた報告書を手渡した。
受けとった渉は中身を確認したが、殆どが当たり障りのない報告だった。しかし、所々に敵国からの侵攻とそれを撃退した部隊との戦闘詳報の記述がある。
「一番規模の大きい侵攻はどれだ?」
「12ページに記述があります。アドミラル・クズネツォフを中心とする空母機動艦隊でしたが、航空優勢を確保した後、第2航空団所属のユーロファイター40機、F-2A30機が空対艦ミサイルによる飽和攻撃を実施、殲滅しました」
報告書によれば、旗艦は空母『アドミラル・クズネツォフ』、護衛艦がスプルーアンス級駆逐艦3隻と広州級駆逐艦2隻、3万トンクラスの輸送艦が2隻であり普通に考えれば決して小さな戦力ではない。
だがユーロファイターとF-2はそれぞれ6発と4発の空対艦ミサイルを搭載可能であり、防空駆逐艦を擁する艦隊と言えども一たまりもなかった。
「相変わらず軍が優秀で何よりだな。他には特筆することはあるか?」
「特にありません。ですので、次はこちらの書類に決済をお願いします」
「こんなにたくさんか…」
榛名が新たな紙の束を取り出した。0.5mmほどの厚さがある書類を見た渉は、こんな面倒な作業までリアルに再現したNWOの製作者達の妙なこだわりに半ば呆れ半ば感心した。
テストから解放されたと思ったら今度は決済か、と思いながら手を伸ばした瞬間、突如周囲が黒一色に塗りつぶされた。
自身の指先すら見えない闇の中で榛名の声が響いた。
「これは一体?ご無事ですか総帥⁉︎」
「俺は大丈夫だ。それより榛名、無闇に動くと危険だ」
「は、はい」
渉が落ち着いているのは訳がある。
NWOは今でこそ改善されているが、発売当初はバグが多かった。古参プレイヤーの渉はその事をよく知っていた。今回も間もなく復旧すると考え、実際すぐに明かりが戻った。
「今のは一体何でしょうか?」
「分からん。取り敢えず運営に報告はしておこう」
渉が右手人差し指と中指を揃えて空中で横滑りさせると目の前に空中投影型メニューが現れた。
メニューの[各種設定・その他]項に[GMコール]の表示があるはずであったが…
「[GMコール]が無い。いや、それだけじゃない」
VRゲームから最も消えてはいけない筈の表示も消えていた。
「[ログアウト]も消えている」