お袋の味は永遠である
回転寿司屋の次の日、日高はご機嫌だった。
ご機嫌のあまり廊下ですれ違う人全員にウインクを飛ばしターンを決め投げキッスをするくらいだった。
「俺はなんでもできる超絶イケている男として知らぬものはいない日高・・・日高・・・日高・・・・・・・・・紗輝・・・」
無駄に溜めて名前を言った日高は学校の廊下の窓辺で空気イスに座り足を組んでカッコつけてはいるが全てエアのため滑稽さは計り知れない。
(特に最近は文才があまりにすごいと巷で評判だ。(※3話参照)小説はせいぜい趣味に留めておこうと思っていたが・・・才能がこんなに早く開花するとは・・・さすが俺!!)
日高は昨日から徹夜で本の発送の準備をしていた。
そのため今日は一睡もせず学校に来た。日高は一睡もせず何を準備していたのかというとサインをひたすら書いていたのだ。『もういいよ!!勘弁して!!』というくらいに本のどのページを捲ってもサイン・・・サイン・・・サイン・・・と1にサイン2にサイン3、4、5もサイン!!とにかくサ・イ・ン!!といった具合でありウザさ100%仕様であった。しかも日高の直筆サイン入りブロマイド&日高の1枚1枚写真が違う写真付き手作りしおりが全ページに挟まっているという衝撃の痛さ。全ページにしおりって普通にいらなくね?って感じだが本人は『全ページにしおりを付けてあげる俺って本当に優しいなぁ』と思っているだけでその無駄さに全く気付いていない。そんな無駄な作業をしているうちに太陽が『おはよう!』という時間になっていたのである。
「俺にはまだまだ自分の知らないまた気付いていない才能があるはず・・・呼び覚ませ!!眼を覚ますんだ!!日高!!」
その時日高の視界に1枚のハリ紙が目にはいった。
驚きのあまり眼を見開いてハリ紙を凝視する日高。
ハリ紙にはこう書いてあった。
『君は本物の天才にたりたくないか?君にはまだまだ自分自身でさえ気づいていない才能があるとしたら?眠っている才能を今解き放て!!演劇部 部員募集中!!初心者歓迎☆週1、1時間~でOK!!みんな仲良く笑いの絶えないアットホームな部活です☆場所は第2体育館だよ☆本物の天才のみ来たれ・・・』
この上ないほど鬱陶しく、『え?求人募集?これ求人募集だよね?!』とツッコミたくなるビラであったが、今まさしく才能を呼び覚ましたい度MAXだった日高は一瞬で心を捕まれた。
(お・・・俺にドンピシャだー!!今の俺にドンピシャすぎるー!!演劇部か・・・)
「わるくない・・・」
カレーパンを口にくわえタップダンスを踊るとターンを3回決めドヤ顔をした。そして日高は回れ右をし演劇部の部室へと走りだした。カレーパンどっからでてきた?!って感じだが、日高の瞳はメラメラと燃えやる気で満ち溢れている。
「第2体育館到着~第一印象が大切だからな身だしなみを整えるとしよう」日高はポケットから鏡を取り出して身だしなみを整えること45分・・・
「もう俺・・・カッコよすぎ!!誰だよこの世界一カッコいい男はWho are you?!もう45分前の俺に戻れないぜ・・・」
端から見れば45分前と何一つ変化してないが満足した日高はようやく鏡をポケットにしまい第2体育館の思い扉を開けた。
「ビラを見て馳せ参じました!日高紗輝と申します入部希望です!!」
「誰・・・なの?」
そこには小柄な一見女子にしか見えない愛らしい顔立ちの美少年がいた。黒色の髪は艶やかで、眼はこの世の汚れを知らないような透き通っていて、鼻は高く美しく、唇は薄く色気があり、肌は驚くほど白い。まるで人形のようだ。
「君こそ誰だ!!」
「えーそっちから来ておいてなんて横暴な態度なの・・・」
口に両手をあてて大袈裟に驚いて見せる美少年。
「ごめんなさい・・・」
「あら、意外と素直なの。驚きなの」
「あの・・・」
「何なの?」
「その『なの』ってなんですか?男子高校生にもなって語尾に『なの』とかなんなの?!一体なんなの?!痛すぎるなの!!」
美少年は少しムッとした顔をした。でもその表情はとても愛らしかった。ムッとしても可愛いとか羨ましいかぎりである。
「『なの』うつってるし・・・それに・・・痛いと有名なあなたにだけは言われたくないなの・・・僕の名前は美綺本 香梛人なの・・・ところでさっきからあんたの後ろにピッタリくっついてるストーカーは一体誰かななの・・・?」
「ご挨拶遅れてすいません!!私も入部希望です!!」
「み・・・宮下なんでここに?!」
(ずっとこの日を待ってたのよ・・・日高くんが部活に入部する日を!!私が日高くんと同じ部活じゃないなんて日高くんが常識人になるくらいありえないから!!まさか今日訪れるなんて!!日高くんのカレーパンの臭いを辿っていたけど、愚か者たちが今日に限ってカレーパンやら、カレー肉まんやらを食べるから何度も日高くんのカレーパンの臭いを見失いかけたけど、その度に日高くんが奇声をあげてくれるからなんとか辿り着くことができたわ!!)
日高のカレーパンの臭いを辿って第2体育館に辿り着くとは警察犬並みの嗅覚である。
「か・・・勘違いしないでよね?!私はもともと演劇部に入部したかったんだから!!だから別に日高くんの後をつけてきた訳じゃなくて・・・日高くんと同じ部活に入部してもっと仲よくなりたいとか、一緒に過ごす時間を増やしたいだとか、心の距離を縮めたいとか、そんなこと・・・あるわけ・・・あるわけないんだからね!!」
「彼氏さんスマホに夢中で全然聞いてないなの」
「話は最後まで聞きなさいよ!!」
「じゃあ今からオーディションをするなの。勝ったほうが入部ってことでなの」
「二人とも入部じゃ・・・」
「ダメなの」
「二人・・・」
「ダメなの」
「二・・・」
「ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメなの」
「わかったわよ!!でも部員は多いほうが何かと・・・」
「じゃあ俺からいかせてもらう・・・」
「お前も話聞く気ないんかい!!」
俺の母さんが作るビーフシチューには肉の代わりにウインナーが入っている。俺はそれが当たり前だと思っていたしなにより母さんのビーフシチューが大好きだった。母さんは俺が小学1年生の時父さんと離婚した。それからは女で1つで俺を育ててくれた。そのため母さんは仕事で朝から晩まで働きづめで、1人で夕飯を食べることもあった。急がしい中いつも作ってくれている夕飯には必ず母さんの下手な犬の絵とメッセージが付いていた。俺はそれを見ながら夕飯を食べると不思議と心が暖かくなって寂しくなくなった。俺が小学四年生の寒い冬の日俺はその日クラスの人気者の僕君の家に遊びに来ていて夕飯をご馳走になることになっていた。
「さぁ召し上がれ~!!」
京一君のお母さんがビーフシチューの入った皿を僕君と俺の目の前に運んだ。ビーフシチューからは湯気が発っている。
「わぁ~ビーフシチューだ!!僕の母さんのビーフシチューは世界一なんだ!!とろけるような牛肉が口の中でほろほろ溶けて・・・もう本当に絶品なんだ!!はじめ君も絶対好きになるよ!!」
「わぁ~すごい美味しそう!!俺ビーフシチューに入っているウインナーが大好きなんだ!!」
「え?ウインナー?ぷぷ。はじめ君の家のビーフシチューってウインナーが入ってるの?まさかウインナーが肉の代わり?ぶぷ。なんだか貧乏くさーい」
「はは・・・だよね!!・・・・・・」
そのあとのことはよく覚えていない。
俺はただビーフシチューをスプーンでひたすら口に運び続けた。
その日の夜、俺が京一君の家から帰宅すると母さんは珍しく早く帰ってきていた。
「おかえり」
「・・・ただいま」
俺は母さんに素っ気ない返事をした。
「何かあった?」
「別に・・・」
「あ!そうだ明日久しぶりにはじめの大好きなビーフシチューを作ろうと思ってるんだけど俺いっぱい食べるからなたくさん作らなきゃ!!ウインナーも大サービスで・・・」
「・・・やめろよ」
「ん?」
「・・・やめろよ!!肉の代わりにウインナーなんて!!今日友達に笑われたんだよ!!俺ん家のビーフシチューは貧乏臭いって!!恥ずかしいんだよ!!みっともないんだよ!!」
「・・・ごめんね・・・ごめん・・・・・・」
母さんは悲しそうな顔を見て俺はなんてことを言ってしまったんだと一瞬思ったが俺は1人になりたくて自分の部屋へ駆け込んだ。
次の日俺が学校から帰ると母さんはいなかった。
代わりに夕飯のビーフシチューと手紙が置いてあった。
「またウインナービーフシチューか・・・」
俺はビーフシチューなんて食べたくなかったが腹が減っていたので暖めて食べることにした。
「いただきます・・・」
スプーンでビーフシチューを口に運んだ時に気づいた。
ビーフシチューには牛肉が入っていた。ウインナーは何処にもなかった。昨日あんなに嫌だと思ったウインナーじゃなく皆と同じ肉が入っているのに俺は全然嬉しくなかった。
俺は母さんの手紙を読んだ。
『はじめへ 母さんのせいでつらい思いをさせてごめんなさい。母さんはじめにいつも甘えてた。ごめんね。いつも『いってらっしゃい』って笑顔で見送ってくれてありがとう。はじめは文句1つ言わないで、いつも『いってらっしゃい』って見送ってくれたね。本当は寂しいはずなのに。いつも夕飯を残さず食べてくれてありがとう。母さん仕事で疲れて帰ってきた日にも空っぽのお皿を見ると母さんすごく嬉しくて疲れもぶっ飛びました。はじめウインナーは嫌でもビーフシチューは好きでしょ?これからはビーフシチューには牛肉をいれるからよかったら食べてね。母さんははじめの笑ってご飯を食べる顔が大好きです。母より』
隣にはいつもの犬の絵じゃなくて笑っている俺の顔らしきものが書いてあった。
俺は涙が止まらなかった。手紙の字は涙で滲んだ。
「ふふ。母さん絵、下手すぎ・・・・・・ご・・・ごめん・・・母さん。俺なんてひどいことをいったんだ!!母さんごめん・・・ごめんなさい」
俺はしばらく泣いた。こんなに泣いたのは生まれて初めてだった。その時俺はあることを思い付いた。俺は泣き止むと作業にとりかかった。
「よし・・・やるか!!」
「ただいま・・・って起きてるわけないか・・・あらこんな所で寝ちゃって・・・」
俺はすっかり疲れて椅子に座って眠っていた。
母さんは俺に自分の来ていたカーディガンをかけた。
「全部食べてくれたのね。よかった。あれ?鍋がもう1つある・・・蓋に手紙・・・?」
蓋を開けるとそこにはウインナーがたくさん入ったビーフシチューがあった。実は俺は泣き止んだ後ビーフシチューを作っていたのだ。それもウインナーが入ったとびきりの世界一美味しいビーフシチューを。
「鍋2つもビーフシチュー・・・ふふ。これからはしばらく毎日ビーフシチューになりそうね」
俺の手紙をもう一度読むと母さんは幸せそうに笑った。
『母さんへ 母さんと母さんのビーフシチューが大好き』
隣には俺が書いた下手くそな母さんが笑っている顔が書かれていた。
「いかがですか?」
日高がドヤ顔で二人を見ると二人とも号泣していた。
「な・・・なんて泣ける話なの?!本当に日高くんが考えたの?!こんな泣ける話・・・ず・・・ずるいわよ・・・」
凛々はハンカチで眼を押さえながら鼻声で言った。
香梛人はさっきから手で涙を拭い続けている。そんな香梛人を見て日高がすかさずハンカチを差し出した。
「ありがとう・・・なの」
「どういたしまして」
(日高くん・・・やっぱり紳士だわ・・・)
「本当にずるいなの・・・まさか泣かせられるとはお前なかなかやるなの・・・じゃあ次はお前なの」
香梛人は凛々を指差した。しかし凛々は首を横にふった。
「わ・・・私はいいです。辞退します・・・本物の天才が現れたから」
「お前・・・わかる女なの」
「ん?」
日高はこうして演劇部への入部が決まったのであった。
しかし日高には二人に伝えていないことがあった。というか二人が盛り上がっていて伝えられなかったのだ。
(どうしよう・・・あれ妹の書いた小説のパクりだって今さら言えないなぁ・・・)