幸運は思わぬところからやってくるものである
宮下が俺の自宅を訪れた数日後の放課後。
俺はある人物と会うため近所の回転寿司屋を訪れていた。
(まだか・・・もう何時間待ってると思ってるんだ?!全くアイツは本当に病的な遅刻魔だな・・・・・・)
何時間も待たされている日高は貧乏ゆすりをして
珍しく苛立っていた。
その苛立つ日高の隣には頭に可愛いハットを被った愛くるしいペンギンのぬいぐるみが座っている。
「ごめんな・・・るんるん・・・決してるんるんといるのに苛立っているわけではないんだ!!こんな・・・見苦しい姿見せちゃって・・・カッコ悪いよな・・・俺・・・え?カッコ悪い姿を見せてくれるなんて心を許してくれてる気がして逆に嬉しい・・・?るんるん・・・・・・!!」
眼を細めてるんるんの頭を優しく撫でる日高。
どうやらペンギンのぬいぐるみの名前はるんるんというらしい。
このぬいぐるみもちろん日高お手製である。
日高は通常運転だが端から見ると完全に狂気の世界に住む狂人である。
凛々にはあんなにぬいぐるみを見せるのを恥ずかしがっていた日高だが、凛々以外には恥ずかしいという感情はなくぬいぐるみを連れ歩くのは幼少の頃からの日課である。
一方、回転寿司屋の従業員たちも苛立っていた。
特に日高の前にいる板前、板前 寿司助は一番苛立っていた。
(三人連れだと聞いてはいたが一人はまさかぬいぐるみだとは!!・・・ぬいぐるみに席用意してんじゃねぇよ!!この男・・・狂人!!まさしく狂人だ!!そして痛い!!かなり痛い!!将来が心配になる痛さだよ!!親御さん苦労してるんだろうな・・・しかも何時間もカウンター席に座っているのにも係わらず何も注文せず狂気の一人芝居を見せられてお客さんも怖がってるしどうにかしてなんとかして狂人には帰っていただかないと・・・)
一方日高はますます苛立っていた。
眼にも止まらぬ速さで貧乏ゆすりをしている。
(アイツは一体いつまで待たせる気だ・・・?俺、今・・・所持金15円しかないんだよ・・・!!しかも寿司が大好物のるんるんがいる日に限って俺を苦しめるかのように寿司屋で待ち合わせしようなんて!!来るつもりはなかったが緊急事態ってメールに書かれてたから来てみたものの・・・本人来てないし!)
そんな所持金でよく店にはいったものである。
日高は今日11杯目となる回転寿司屋のお茶を飲み干した。
一方その頃帰宅途中の凛々は何気なく見た回転寿司屋の中に日高がいるのを発見すると迷わず入店し、日高から5つ離れたカウンター席に座った。メニューで顔を隠しながら日高の様子を窺っている。
「るんるん、俺さ最近ネットで自作の小説の販売を始めたんだけどさ全く売れないんだよね・・・世間はわかってないよ全く・・・るんるんもそう思うって?さすがるんるんわかってるなぁ!俺ほど文才がある人間、世界中探してもいないのにな?人生について説いた『その肉もう焼けてね?もういいんじゃね?つーか焦げてね?あ、すいませんお冷おかわりくださーい』、広がり続ける格差社会に異論を唱えた『え?またカレー?今週何回目?いい加減飽きたわ~』、恋愛のバイブルと名高い『ところてん・・・』、俺の処女作にして不朽の名作『ぬいぐるみが友達で何が悪いの?ねぇ、何が悪いの?!じゃあさ君が友達になってくれるの?ほらね、ならないくせにだったら黙ってエセリア充でもやってろ!!馬鹿が!!』とか名作揃いなのに・・・おかしいよね・・・多分さ時代がまだ追い付いてないんだよね」
(どっから湧いてくるんだよ?!その自信と変なタイトル!!恋愛小説で『ところてん・・・』って一体なんだよ?!特に最後の本にいたってはただのお前の愚痴じゃねぇーか!!売る気全然ないよね?!第一本の内容とタイトルが全くマッチしてないよ!!でもなんか一周して逆に・・・なんか逆に気になるけども!!)とこの時寿司屋にいた全員が心の中で思った。
「さっきからるんるんの大好物の納豆巻きがに回ってきている!!やめてくれー!!なんでなんの罪もないるんるんにこんな嫌がらせをするんだ?!頼むからやめてやってくれー!!」
『ペンギンなのに好きな寿司、納豆巻きなんかい!!』
とこの時寿司屋にいた従業員と客は皆心の中で思った。
もしかしたらるんるんさえそう思ったかもしれない。
悲痛な表情を浮かべる日高を見た寿司屋の板前は『これは使える・・・!』と納豆巻きを大量に作ると鬼のようにレーンに流し始めた。
「な!まただ!また納豆巻きが回って・・・ってこのみせ納豆巻きしか回ってない!!なんてことだ!!ここは回転寿司屋じゃない!!もはや回転納豆巻き屋だ!!」
ふと隣に座っているるんるんを見た日高は胸が締め付けられた。
るんるんの横顔は泣いているように見えた・・・
(るんるんを傷つけてしまった・・・きっと嫌われたに違いない・・・)
あまりのショックに日高は白眼を剥いてその場に硬直してしまった。
「るんるん・・・ぐすっぐすっ。傷つけてごめん・・・ごめんな・・・」
(ひ・・・日高君が泣いてる!!こ・・・これは緊急事態だわ)
「板前さん・・・!板前さん!!」
「はい?なんでしょうか?」
「私がお金を払うのであのペンギンのぬいぐるみのところに10皿納豆巻きをあげて下さい!!」
「どうしてあんな狂人・・・じゃなかったお客様にそんなことを?」
「彼の・・・彼の泣いてる顔なんて見たくないんです。彼は笑ってる顔が1番似合うんですよ?ふふ」
「ふっ。畏まりました。」
板前はこれまでで1番綺麗な納豆巻きを巻いた。
そう板前は大事なことを忘れていた。
自分は人を笑顔にするために板前になったのだと・・・
(お嬢さん・・・最高の納豆巻きを彼とるんるんにお届けしますよ・・・)
「お待たせいたしました。お客さん納豆巻きをお届けに・・・」
「え・・・?なんだって・・・?!るんるん実は納豆巻き嫌い?!そもそも回転寿司屋に連れてくるなんて非常識?!回らないほうの寿司屋に連れていかんかい?!そ・・・そうだよね!!こんな店の納豆巻きなんて食べれたもんじゃないからね。はははははは。るんるんは相変わらず面白いなぁ」
「・・・お前ら帰れー!!」
寿司屋にいる全員が立ち上がってつっこむと日高は気まずくなって慌てて店を出るとるんるんと家路に着いたのだった・・・
この時の日高はまだ知らないが、後日この寿司屋にいた客たちは日高の小説の内容が気になりすぎ日高の小説を購入する人が相次ぎ嬉しい悲鳴をあげることとなる。凛々にいたっては全ての本を5冊ずつも買い占めた。
「もう、閉店ですよ?」
「はい・・・帰ります・・・」
日高はすっかり忘れていた。
この寿司屋には待ち合わせに来ていたことを・・・