第3章 邂逅~アドリアン
2話目です
アドリアンside
リンデンを立ってから、早3か月――
アドリアンたち一行は、都市国家ベルヒリク・ツァーブルにいた。今回、不正にまみれた前総督をクーデターによって追放した新総督の就任パーティーが開かれる。基本的に多くの人との接触を避けるエルミールだが、今回は場所が場所だけに参加することを決め、アドリアンがリンデン王国で購入した若草色のドレスを着て参加していた。
「素敵ね」
エルミールは、都市国家らしく内部は質素だがモダンな造りをしている建物に感銘を受けていた。
「そうだね。海洋国家らしく、白色を基調にしているね」
そんなエルミールをアドリアンはまぶしそうに見ていた。流行の化粧や服飾だけでなく、よく見る植物から地方独自の建築物や離れている国の歴史まで把握しており、以前訪れた帝国の君主から気に入られ、引き抜きされかけたほどの博識ぶりだった。それでいて、それを鼻にかけるわけでもなく、以前にも増して側にいてほしくなった。
(俺の隣にはもったいないくらいだな。俺は建物になんか興味を持たないが、彼女は興味を持ってくれる。いろいろなところに連れて行くかいがある)
アドリアンは、その輝かせた目はシャンデリアよりも美しいと感じ、そして、目を輝かせながら建築を眺めているエルミールに目を奪われた。
(ああ、早く彼女を手に入れたい)
幾度となくそう思ったことをまた、アドリアンは心の中でつぶやいた。
パーティーの開始時間近くになり、だいぶ人がそろってきた。その中には、以前3人で訪問した国の君主やその代理もおり、2人を見かけると手を振ってくれたり会釈する者もいて、2人も手を振り返したり、会釈し返した。
「エル、緊張している?」
アドリアンはエルミールの手の震えに気づいた。彼女は顔では余裕を保ちながらも、手は震えていた。
「ええ。やはりパーティーは苦手なのです」
「そっか。新しい総督に挨拶したら、帰ろう」
エルミールの手の震えを落ち着かせるように、アドリアンは彼女の手を撫でた。もちろん、このパーティー会場を出るまでは緊張がほぐれないことも知っていたが。
「ほかの方々とはお話にならなくて良いのですか?」
「ああ、構わないさ。エルの方が大事だから」
すっと、彼女を抱き寄せた。ちょうどその時、濃紺色の軍服を着た4人の青年が会場に入ってきた。4人とも金髪の髪とは対照的に黒い瞳の持ち主であるものの、全員未婚なため、玉の輿を狙う女性から歓声が上がった。
「どうやら、リンデン王国から王子様達が現れたみたいだ」
少し震えたエルミールを安心させるためにそう言ったが、反対にエルミールは意識を飛ばし、ガクッと膝から崩れ落ちた。
アドリアンはすぐさまエルミールを抱え、会場を抜け出でた。その時に、出入り口付近にいた4対の視線を感じながら。
「…ごめんなさい」
近くの控室に運んでから数十分、エルミールは目を覚ました。
「エル」
アドリアンは水差しから水をグラスに注ぎ、エルミールに渡した。
「ありがとう」
彼女は水を少し口に含んだ。
「あの」
彼女はグラスから口を離した後、アドリアンに何かを告げかけた。しかし、アドリアンは口に指をあてて、扉の外にいる人物を手招きした。
「っ」
悲鳴にならない叫びをあげた後、エルミールはシーツを持ち上げたが、部屋に入ってきたのはエルミールが思っていたのとは違う人物だったらしく、何とか落ち着いた。
「驚かせましたね、姫様」
入ってきた人物――ラウルは、柔らかく微笑んだ。しかし――
「なんで、エルミールがここにいるんだ、そして、その男は何者だ?」
と入ってきた4人の男が部屋に入ってき、エルミールに詰め寄ろうとした。エルミールは先ほどと同じく、真っ青になり、いまにも倒れそうな雰囲気を醸し出していた。
「あなた方こそ何者のおつもりなのですか?いくらオイドリヒの王太子殿下とそのご兄弟と雖も、婦女子を怖がらせてはいけませんよ」
エルミールを落ち着かせているアドリアンに代わり、ラウルがそう言った。
しかし、4兄弟は出ていく気配がなかった。しばらく膠着状態が続くかと思われた。
「勝手に離宮を出てきて申し訳ありません、お兄様方」
その膠着状態を破ったのは、エルミール張本人だった。しかし、アドリアンとラウルは別の言葉に引っかかっていた。
(お兄様、っていうことは、つまり――)
「ああ、全くだ。心配した。離宮へお前に会いに行こうと思ってもお前には会えない、『身分の高そうな方と出ていかれましたよ。離宮にはすでにおられません』って、離宮全ての使用人や俺らの乳兄弟たちに聞いても言うし、行き先もよくわからないっていうからな。だからと言って、あのクソ親父は絶対に探すはずないから、表立って探せなかったんだ」
部屋の奥から2番目にいた一見チャラそうな男――王太子・クレマンがそう言った。ほかの兄たちも心配かけやがっていう顔をしており、だれ一人迷惑だ、という顔をしていないのが、アドリアンには不思議だった。
「で、そこの《遊び人大公》は、なんでエルミールと一緒の部屋にいるんだ?まさか襲おうとなんかしていなよな?」
そうクレマン王太子が言うと、両隣にいた顔立ちがとてつもなく似ており、仕草が左右対称になっている双子――確か、デニス王子とエリック王子――が殺気を込めて剣を抜こうとした。
「待ってください」
双子の気配に、ラウルが止めた。
「あなた方だって今の今まで、2人が何も音をさせていない、しかも、扉が半開きだったのご存知でしょう」
その言葉に、扉に一番近く4人の男たちの中では一番若い学者風の男――ジェラール王子が、
「兄上方、エルミールがかわいいのはわかっていますが、アドリアン大公がそのような方ではないの知っているでしょう」
とヒートアップしかけていたのを止めた。その言葉に3人の男たちは、無言で目を逸らした。
「アドリアン様」
従者と乱入者たちの攻防?の後、エルミールにアドリアン声をかけられた。
「うん?」
彼はエルミールが言い出す真実を待っていた。
「私は、オイドリヒ王国、現国王の娘――エルミールです」
そう言って、彼女はあるものをベッド脇のポーチから取り出した。ちなみに、彼女は『王女』ではなく『現国王の娘』と言った。それが、彼女としての今の立場なのだろう。確かに現国王に『王女』が生まれた、という話は聞いたことがなかった。
彼女が出そうとしている物は小さく、光るものみたいだった。
「もしかして、それは――」
『それ』に最初に気づいたのは、王太子の右側にいた男――エリックだった。
彼女がポーチから取り出したもの、それはオイドリヒ王国の国花ともなっている百合をあしらった指輪だった。この大陸の国家を治める君主の一族は、何かしら国の象徴もしくは家紋をあしらった指輪を持っている。アドリアンも家紋である蛇をあしらった指輪を身に着けている。
「もちろん、お兄様たちに無断で国を出てしまったので、この指輪はお返しいたします。ですが、まずアドリアン様、ずっと身分を隠していて申し訳ありません」
彼女は俯いていた。そんな彼女でさえ抱きしめたかったが、今は妹大好きの兄たちの目の前だ。どんな目に遭うかわからなかったので自重した。
「気にするな」
そっけない態度になってしまったが、しょうがないだろう、と思った。
「アドリアン大公、妹を幸せにしてくれるならば兄として歓迎しよう」
クレマン王太子は鷹揚に言ったことにアドリアンは驚いた。ほかの王子たちを見渡すと、彼らも頷いていることから同意見らしい。
「ただ、妹を必ず『王女』にするからそれまで待ってほしい。エルミール、アドリアン大公は良い方だと思う。だが、今のお前にはアドリアン殿下との地位は雲泥の差だ。だからと言って、養女に出すなど御免だ。あの親父のことは何とかする。だから一度、国に戻ってこい」
それには、エルミールも少なからず驚いていた。アドリアンといつもいるときも、少なからず影があったが、無断で国を出奔していたことをかなり気にしていたみたいだった。
「…ありがとうございます、『お兄様』」
彼女は目に涙を浮かべていた。
「心配しなくてもいいさ。親父があんなんでも、俺らはエルミールのことが好きだ。決してお前の不利になることはしない」
ジェラール王子はそう言って、エルミールの近くまで来て、頭を撫でた。近くで見てみると、やはり兄妹だ、目元だけでもかなり似ていた。
「「おい、ジェラール」」
双子のデニス王子とエリック王子が末の弟王子を咎めるように声をとがらせた。
「ハイハイ」
ジェラール王子は、そう言って去ろうとし、その際に低い声でアドリアンだけに聞こえるように、
「お前、エルミールに何かあったら許さんぞ」
と言った。
その後、4人の王子はラウルを無理やり連れ出して、部屋を出て行き、残されたアドリアンは、
(大したシスコンぶりだ)
と、思った。
(あの4人だけは、敵に回したくないな)
と、エルミールの手を強く握った。