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第2章 旅路の中で~アドリアン

アドリアンside


『控えめな美しさ、女性らしさ』


 遥か彼方の大陸に咲いているツバキという花の花言葉だそうだ。ツバキとは、こちらに生えている薔薇と似たような植物らしい、とアドリアンは母親に教えてもらったことを思い出していた。

(まるで彼女のようだな)

 と、目の前に座って窓の外の風景を見ている彼女に対してそう思った。


 船旅は快適だった。船を使うときは、普段は男2人旅のためあまりいい部屋に泊まらず、その分陸路の時にふんだんに使っているのだが、今回は彼女――エルミールがいたため、アドリアンとエルミールは特等室に泊まっている。


『君ってはっきりとした素性はわからない。でも、君の仕草を見ていると絶対に王族かその親戚って言われた方がすんなりと納得するんだよね――ああ、勘違いしないでほしい、本来の身分を言えってことではないし、言いたくなければ言わなくていいからさ。俺は弟のレオンと違って細かい政治のごたごたしたことは苦手だからさ、君みたいな細かいこともできるけれど、外の世界に興味を持っているたくましいお嬢さんを手放したくなくなるんだよね』

『だから、胸を張ってついてきてほしい。リューバルト大公に望まれているってな』


 リンデン王国から最初の宿場町に到着するまでの間、エルミールは自分がアドリアンの旅についてきてしまってよかったのかと悩んでいる様子だったから、そう言ってしまった。エルミールは明らかに上流貴族の出である。ただ、何故か国王があまり寄り付かないあの離宮に奉公に出されているみたいだが。故王妃は彼女と同じ蜂蜜色の髪をしていたが、オイドリヒ国王の血のつながっている親族は全て男子のみ――女性は現国王の方針のもと除籍されたのだ――なので、王族という事はないし、何より年齢が合わない。あの国王は45歳だが、あの娘は自分と同じくらい――20から25歳だと思われた。長男の王太子が20歳なので、それより先に娘がいたとは考えにくかった。なので、王妃と血縁があるのか、も惜しくは全くの他人――ただしどこかの貴族、という結論に至った。

「エル」

 背後からアドリアンはエルミールを愛称で呼び、抱き寄せた。

「――っ。アドリアン様っ」

 薄い青のドレスを着た彼女の顔は真っ赤になっていた。

「何を見ていたんだい?」

 アドリアンは抱きしめたまま尋ねた。

「あちらの大陸を」

 と、進行方向の大陸を指さした。

「今から向かうリンデン王国、北方のリスタアーシャ共和国とミゼルスツァ帝国、西方のクエナント王国、南方のデオラディゼル王国があるのでしたっけ?」

「うん。本当は全部見て回りたいけれど、直前にリンデンに渡るって決めちゃったから、あんまり長居出来ないんだよね。レオンにあんまり負担掛けられないし、なによりあちらの情報が入らないのが怖いし」

 アドリアンはエルミールを抱いたまま、そう言った。

「もしエルさえ良ければ、俺の婚約者としてみんなに紹介したいんだけれど、いいかな?」

 そう尋ねた瞬間彼女の体がびくっと震えた。

「――」

「エル?」

 アドリアンは答えなかったエルミールの顔を見た。彼女は、無言をつづけた。


「――嬉しいです。私もアドリアン様のことが好きです。だから、嬉しいですけれど、私は父親に見捨てられた娘で、実家の身分なんかありません。大公であるあなたには、同じ家格か、せめて、ええ、せめて伯爵家から奥さんを迎えなければいけませんよね?」

 彼女はアドリアンに今まで、抱かれてたのを利用して彼の腕にしがみつき、泣きながら、そう答えた。

「私には、私にはそんな後ろ盾なんかありませんし、あなたの役に立てることはありません」

 そう続けた。アドリアンは、いつかの夕方と同じようにエルミールの頭をなでながら、

「エル、俺は君のことを気に入って連れ出したんだ。そんな君を君自身(・・・)が貶めるのはだめだよ。後ろ盾?そんなのいらないさ。もし、必要になったら、国内のパワーバランスがあるから、俺の実家は難しいかもしれないけれど、レオンの実家の分家筋だったら養女として受け入れてくれると思うし、他の貴族でもいい。大公国以外――なんだったら今から行くリンデン王国の貴族に掛け合ってみてもいい。家格はエルが気にすることじゃない」

 と答えた。アドリアンのその答えに、エルミールは呆然となった。

「え…?」

「うちの母親たち――レオンは異母弟だからね――は、政敵同士の娘たちなんだけれど、幼いころから仲が良かったらしくてね。2人がタッグ組んで親父の政敵どもを葬ったり、それぞれ互いの子供に、自分の子供の足りない部分補え、って煩かったし。レオンは、自分の性格的に面倒な大公位いりません、だから兄上お願いしますね、って言ってた引きこもり思想のあいつが視察に行ったと思ったら、その土地で男勝りなザザを拾って恋人にしているんだよね。大公家(うちの家族)も反対することない」

 とんでもない家族の暴露を終えたアドリアンにエルミールはポカンとした顔を見せていた。

「あはは、不思議だよね」

 彼は、灰色の眼を細めて笑った。


「だから、心配することなく俺について来いって、エルミール姫」

 彼はエルミールの前に跪き、手を取り、キスをした。


「はい。どこまでもついて行きます、アドリアン様」

 嬉し涙を浮かべながら、エルミールはそう答えた。




 その後、間もなくしてリンデン王国に上陸し、王都まで馬車で向かった。


 結婚式後――

「綺麗でしたね」

「ああ」

 2つ下の王太子――グスタフ・ハイレンドンと黒髪の女性――ユーリア・ロンデンブルクの結婚式は次期国王としての式であり、かなり豪勢なものだった。大国ならではのお金の賭けようにエルミールもアドリアン自身も圧倒されていた。


 結婚式から数日後、2人は国賓としてお祝いを持っていき、新婚の2人とお茶を飲む機会があった。

 結婚式での参列者の噂から、王太子妃――ユーリア・ロンデンブルク改め、ユーリア・ハイレンドンは騎士の家系で女伯爵という地位を持っているのに、なぜか王立騎士団も経験したことがあるらしかった。アドリアンは一回手合わせしてみたいとさえ思ってしまった。ちなみに、彼女の『喪服の女伯爵』と呼ばれていたらしかった。そんな彼女は、幼いころに王太子と会う機会があったらしく、その時から互いに一目ぼれだったらしいが、大国らしく、燻り続けた陰謀に巻き込まれ、紆余曲折あったらしい。

「そういえば、アドリアン大公も灰色の眼をしているのですね」

 最初に気づいたのはユーリア王太子妃であった。アドリアンはハハッと笑って、

「お気づきになられましたか」

「ええ。グスタフ様は王妃殿下の血をひいて碧の眼をされていらっしゃいますが、デトン公爵――アウグスト様は灰色の眼をなさっていて、それがリンデンの王族に(・・・・・・・・)のみ現れる眼(・・・・・・)だとおっしゃっていたので」

 彼女は不思議そうな眼をしていた。エルミールもアドリアンの眼を覗き込んで、アドリアンはくすぐったい気持ちになっていた。

「よくご存じで。実は私にもリンデンの王族の血は混ざっているのですよ」

「え?」

 その事実はグスタフも知らなかったらしい。


「ええ、ご存じはないと思いますよ。大公国(うち)に嫁いできたのは、現国王から見て先々代の国王の妹姫様だそうで、何よりその先々代の国王陛下のお妃の一族がちょっと王族を粛正しようとしたらしく、難を逃れさせるためにこの国では死んだことにして、こちらの大陸に渡ったらしいので。で、その時に拾ったのが俺の曽祖父――当時の大公で、結婚したらしいですよ。ただ、その当時大公国(うち)愚か(アホ)なことに血みどろの争いをしていまして、結局、当時の大公も大公妃もそんなに長生きしなかったんですよね。で、巡り巡って、現大公である俺と弟のヨハンの母親達はその時生まれた政敵同士の娘ながらも周り――主に敵対していたものなんですけれど――がドン引くくらい仲良くなっているから、世の中どうなるかわかりませんよねぇ」

 アドリアンのその発言に、一同は沈黙した。

「こないだの陰謀がかわいく思えてきたぞ。というか、先々代王妃(例の女)の一族は他国まで巻き込んでいたのだな」

「全くだ。うちの王族に手を出しているのは知っていたが、そんなことになっていると、他の国の君主から聞くとは思わなかった」

 王太子妃と王太子は顔を見合わせて呟いていた。エルミールも口には出さなかったが、聞いていたものの、改めて聞くとこの大公国はとんでもない国だと感じていたのがわかった。



 茶会が終わり、晩餐も招待され、アドリアンはエルミールとともに出席した。エルミールのマナーは完璧で、人目を引いたが、やはり手元に残しておきたい存在だった。

 その後、すべての公務が終了し、王太子と私的な会談があったが、アドリアンはラウルから情勢の変化を聞きたかったし、次の行き先を決めなければならなかったので、一度、王宮の一室に割り当てられた部屋――未婚なのでエルミールとは部屋は別だ――に戻り、休息をとることをした。


(なんだかくすぐったいな)

 茶会でのあの瞳を見つめたまなざしによって、他国の王族の目の前で唇奪いそうだった。

(絶対に離さない。どんな手段を使ってでも、彼女を大公妃にしてみせる。彼女を迷わせる存在は全て排除する)

 ラウルが来るまでの刹那、改めてエルミールに誓った。

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