貴方のために私たちは奮闘します(後編)
遅くなって申し訳ありません…
そして、候補者選抜の日。
会場の大公の屋敷には、2人のほかに10名の女性がいた。その中には、2人ほど南のオイドリヒ王国からやってきた女性もいた。ジゼルたち以外のリューバルト大公国出身の女性はどれも中立派の貴族の娘であり、どうやら、それぞれの派閥の貴族の娘は、2人が候補にいると知るや身を引いたらしい。しかし、中立派の娘たちは1人を除いて2大派閥筆頭家の娘を押さえて正妃に立とう、という気概が見え見えだったので、2人とも内心では勝手に貴女方で争ってください、と思っていた。
やがて時間になり、選抜はお茶会形式で行われると、若い側近と思しき男性から告げられたジゼルたち候補者は庭園に仮設された茶会の会場へ移動した。
2人は、当然表面上は仇敵の家の娘同士。そのため、通常のお茶会ならば席は離れたところに置かれるはずだ。しかし、何故か今回の試験では隣同士で、同じテーブルに着くのはもう一人、先ほど2人を押さえて正妃に立とう、という気概があまり感じられなかったリューバルト貴族の娘だけだった。
サッとジゼルに視線で促され、オルガはその娘のことをずっと視ていたが、彼女からは何も感じられなかった。そのことを秘かにジゼルに告げると、
「先ほどから見ていましたけれど、あなたは正妃になろうとは思わないのですか?」
と、ジゼルは彼女にあまり嫌味に聞こえないように尋ねた。すると、淡い金髪の彼女は、
「ええ」
と控え目に答えた。ジゼルはリューバルト貴族の年頃の娘にもこのように、自分を控え目に演出する娘がいるんだな、と思った。
「どうしてですの?正妃になったら国を動かせるものだと、思いませんの?」
ジゼルはわざと意地の悪い言い方をした。すると、彼女はその紫色の目を一瞬丸くしたが、
「そうですわね、でも、私には時間がないから」
と、すぐに落ち込んだ。
「時間がない、とはどういう意味?」
今度はオルガが彼女に尋ねた。
「私は、今はこうやって外に出られますけれど、体調を崩しがちなので、普段はあまり外に出れませんの」
と、肩をすくめながら答えた。ジゼルたちは顔を見合わせ、
「では何のために、何故、貴女のご両親はここに来ることを許可されたのですか?」
とオルガが尋ねた。すると、彼女はフッと笑って、
「遠い昔ですけれど、ジル殿下と一緒に遊んだことがありますの。だから、もうすぐ大公になってしまうのですから、婚約者候補に残って一目見れば、悔いはないな、と思いまして」
彼女は指でおくれ毛を遊びながら、そう言った。
「そうでしたの。嫌味を言って申し訳ありませんでしたわ」
ジゼルは彼女に微笑み、謝った。オルガもジゼルにつられて頭を下げた。
「いいえ、アンリミ公、グロリアス公家の方々に声をかけていただけるだけでなく、このような馬鹿らしい理由を言って申し訳ありません」
彼女も2人に頭を下げた。そういえば、と彼女は何かに気づいたようだった。
「お二方のご実家は仇敵同士だと有名ですけれど、お二方自体がこのように近くにいられて、喋られるのはよろしいのですか?」
その言葉に、2人はあたりを軽く見まわして、頷きあい、
「今は誰も見ていないから言うけれど、私たちは仲良いわ」
とジゼルが言った。
「そうね、私たちの秘密を共有してしまったことだし、私たちの仲間に加わってもらおうかしら?」
オルガが目を細めながらそう言った。
「えっ」
彼女が言葉に詰まると、
「え、じゃありませんよ、お嬢さん」
ジゼルはその瞳を輝かせながら、そう返した。
その後、大公と次期大公が会場に現れ、候補者一人一人に声をかけていった。
しかし、ジゼルたちのテーブルに来た時に2人は気づいてしまった。
次期大公、ジルは彼女と一緒のテーブルの少女――アリアナ・バレルト子爵令嬢と目が合った瞬間、すぐさま駆け寄りたい衝動を押さえつけ2人に挨拶したこと、を。
その瞬間を見た2人は、すぐに頷きあい、次に自分たちがすることを決定した。
帰宅後、2人ともそれぞれの家長にこう言った。
「アリアナ・バレルト子爵令嬢を正妃に、私を側妃に。おそらく向こうの家が側妃を立ててくるだろう」
と。
そして、ジル次期大公に、2人の候補者である令嬢からその話が出た、と互いの家長から話が行った。
彼は各当主のその言葉に驚き、すぐさま2人を自分のもとへ呼ぶように言った。
「お前らは何を企んでいる?」
謁見の間に入った2人を、ジルは問いただした。薄い青色の瞳は細められており、くすんだ銀色の髪色も相まって、かなり冷たい印象がもたれていた。
「なにも、とは言いませんわ」
いつも通り人懐っこい笑みでジゼルが答えた。その言葉と笑みにジルは苛立ちが募ったようだった。
「ふざけるな」
「ふざけておりませんわ」
彼女は今までの相手のようにいかないとわかったのか、笑みを消して答えた。オルガもまた、彼女の言葉に頷いていた。
「では、なぜ?」
その2人の態度にジルは怪訝そうな顔をした。
「いい加減、この国の膿を出したいと思いませんか」
ここからはジゼルの一人舞台だった。
「ああ。だが、お前は2大派閥の娘だろう?そんなことができるのか?」
「出来る、出来ないの問題ではないわ」
「どういう意味だ?」
「しなくてはなりませんわ。そのために、今までグロリアスの娘であるオルガと仲良くしてきたんですもの」
「ほう?」
次第にジルは興味がわいてきた、という顔をし始めた。
「表面上は仲が悪いから、互いの家の弱点を教えまくってくださっていますのよ。それに、私たち自身も互いの派閥の茶会で、互いの弱みやライバルの強みを知っていますので、それを使って貴族社会を綺麗にしていけますのよ。正妃だと相手の家から日々暗殺者が送られてくるわ、子供を産まないと、それはそれでせっつかれたりして面倒くさい立場ですの」
「なるほど」
ジルはジゼルの言葉に納得し始めていった。
「それに、正妃だと動けない場合が多いので互いに何かと不便なのです」
それまでジゼルに任せていたオルガが、続けた。
「不便?守られていれば良いのでは」
ジルは素直に尋ねた。
「私には人の弱点や突かれると困るところがなぜか、視えるのです」
「ほう」
「だから、視えたものを使ってすぐに動けるような立場が、私は欲しいのです」
彼女にしては、珍しく意思をはっきり言葉にさせた。
2人に続けて言われたジルは少し考えたのち、
「分かった。私としてはアリアナを妃とし、お前らを側妃とする」
その言葉に2人は手を取り合って、喜んだ。
「ただ」
ジルは続けた。
「アリアナは体が弱い。だから、彼女との間には子供を作らない。その代り、彼女に万が一があったらお前らの2人に子供を作ってもらうつもりだ。最初の内、お前らは俺の戦友として遇する」
「万が一がなかったら?」
オルガが尋ねた。ジルはその質問に目を細めて、
「その時は俺を不能にして、誰か近い血縁の者を養子とする」
その言葉に、2人は満足気だった。
1週間後――
ジル次期大公殿下の正妃に、異例で侯爵以上の家ではなく、子爵令嬢のアリアナ・バレルトを迎え入れるとし、側妃に2大公爵家の令嬢、ジゼルとオルガが迎え入れられることになった。
それぞれの家の者はたかが子爵令嬢に、と言って悔しがったものの、互いの家の娘が正妃にならなかったために、正妃にならなかった代わりとして子供を産むことを期待されたが、当然当の本人たちはどこ吹く風であった。
そして――
後宮に入った2人は大公家の戦友として働き、2大派閥の抗争に関わった数多くの貴族の粛正を行った。当然実家や自派閥も含み、助命の声も聞こえてきたが、公正に裁ききった。
これは、数年後に正妃アリアナが急逝し、その後2人がそれぞれ男児を産んだ後も続けられた。
さらには、十年近くたった後、大公位を継いでいたジルも早くに逝去し、ジゼルの息子、アドリアン大公とオルガの息子、レオン補佐の代になっても続けられ、それはレオン補佐によって継承された。
どんな時であっても、2人がジルに言う言葉は、
「貴方のために私たちは戦います」
だった、という。