プロローグ
「僕と一緒に、庭の外を見に行かないか?」
オイドリヒ王国の離宮――通称:花の宮殿で開かれた夜会。参加者と思しき男性は、一人の女性に跪き、そう声をかけた。それは、まるで絵のような光景――あくまでも、公認のカップルだったら問題はない――であったが、その男女は初対面であった。しかも、男性は参加者であったが、女性は、参加者ではなく、この離宮の住人――正確に言えば、彼女が生まれたことすら公表されていないため、使用者と言ったところが妥当か――ともかく、人目を忍んでいる状態なため、あまりロマンティックな雰囲気ではなかった。
リューバルト大公国のトップは25歳の若きシャルマン家当主――アドリアンであるのだが、彼は、動いていないと済まない系男子――体育会系男子であり、人を惹きつける技術も持ち合わせていた。その見た目と技術は、国内の貴族とのやり取りよりも他国との交渉の方が遥かに有効活用されると本人は考え、偶々、内政向きの異母弟がいたため、彼に内政のことは丸投げして近隣諸国をめぐっているのだった。
ちなみに、大公国は2大派閥(シャルル派とフィリッパ派)に分かれており、2人の母親は、それぞれの派閥の最上位の公爵家から出ていた――すなわち、女性同士の――それも後宮という場において、血で血を洗えるくらいの戦いが起きてもおかしくなかったのだ。
しかし―――2人の母親は、周りがドン引くくらい仲が良く、『片方の敵は自分の敵、大公様の敵はこの国の恥』である認識を互いにしており、次々と父親の先代大公の敵を葬ってきたのだった。
また、年を近くして生まれた息子たちに対しても、
『アドリアンくん、レオンは内政方面で役に立つから、彼に貴族の相手は任せておきなさい』(レオン母)
『レオンくん、アドリアンは外交に関して優れるから、国外の相手の相手は彼に任せておきなさい』(アドリアン母)
という具合に、互いの息子に対する将来の手綱の引き締めを行っていた。
そんな状況で育ってきたため、異母兄弟はかなり仲良く、弟の方も大公位などには全く興味がなかったので、安心して外遊に出かけられたのだった。
(蛇足だが、当然、外遊中に怪しからんことを考えている輩はいるもので、そういうのに対して存命中の母親たちも動く上に、弟自ら鉄槌を下すので、臣下たちも怪しからんことを考えることはできなくなった、という話もある)
ある日、外遊中の宿泊先に、本国からある一通の手紙が届いた。緊急を示す色の封蝋が押してあったので、急いで封を開けると、さらにその中に招待状が入っており、それを確かめてみると、北に位置するオイドリヒ王国から離宮《花の宮殿》での舞踏会の招待状だった。
彼は、一通り読んで、短い銀色の髪を掻き上げた。
「なんかこの招待、出会いがありそうなんだよねぇ」
ある一王国の王族に伝わる灰色の眼を細めて、彼は宿の外を眺め、そう独り言ちた。
それが、本当になるとは露知らずに――