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1ーF 第2話 乙坂くんはトマト好き

「……いや、どこだよココ!?」


 1人の少年が叫び声を上げた。

 しかしその叫び声は誰にも届かない。

 なぜなら少年がいる場所に、少年以外誰もいないから。

 少年はトンネルの中を歩いていた。特に行くアテもなく、少年はトンネルの奥へと進んでいく。

 自分はなぜ、こんなトンネル内をただただ歩くことになってしまったのか。


(っかしーなー。たしかあの、駅前にある骨董品屋っぽい店の前まで行った)


 少年はオレンジ色の照明に染まりながら、これまでの行程を思い起こす。


(行った、けど店の前には人だかりができてて、んで店は閉まってて。仕方ねえから人だかりで話してるオバサンの話を立ち聞きして……)


 あまり良くない頭をフル稼働させ、記憶の確認に注力した。


(誰かが事故にあったっつー話を聞いて……それからが思い出せねえ。なんで気がついたらこんなトコにいるんだ?)


 しかし記憶がうまく繋がらない。なぜ自分がこんなトンネルの中にいるのか。知りたかった部分の記憶がない。思い出せないのだ。


(あー頭重いしだれもいねえし。なんだってこんなことに)


 気がついた時にはもう、少年はこのトンネルの端にいた。背後には白黒2色の市松模様に統一された壁があるのみで、どうやって自分がトンネルの端にたどり着いたのかさえ分からない。

 仕方がないのでトンネルを進んでみたものの、誰にも会えないままだ。


(まあ道ばたにトマト落ちてっから、腹空いたりしねえのはありがてえけどよ)


 ストレス過多の環境に放り込まれた時。

 トンネル内に敷かれた道路の上に、トマトがたくさん落ちていた時。

 少年の脳が出した結論は――『とりあえずトマト食いながら先に進もう』だった。

 少々、少年には危機意識が足りていないのかもしれない。


(まあアレだ。落ちてるトマト辿たどっていけば、落とした人に出会えるだろ)


 いや、かなり足りていないのかもしれない。


「お、これアタリだな。美味いわ」


 少年はトマトの表面を手でこすり、トマト表面の汚れを落とす。

 そしてトマトを食しながら、誰にも会えないトンネルを進んでいく。トンネル内は天井付近に並んでいるオレンジ色の照明に照らされているため、先が見えずに困ることはない。

 しかしこのオレンジ色の照明だけがずっと続いていると、ずっと同じ光に照らされたモノばかりを見ていると。なんだか不思議な感覚を覚えてしまう。


(……トマトだよなコレ。ミカンじゃないよな?)


 少年は自らが握る、道に落ちていたトマトを注視した。

 トマトは赤いハズだ。少年が知るトマトは青か赤の2色しか有り得ない。

 だがトンネル内を占領する、オレンジ色の照明に照らされたトマトを見ていると。少年にはトマトの色が、そもそもオレンジ色だったのではないかと思えてならない。

 見るもの見るものすべてがオレンジ色に統一されていると、こうも自分の記憶に自信が持てなくなるものなのか。


(いやいや、ありえないって……ありえないよな!? うーむ……うむ?)


 頭を何度もひねりながら、少年がトンネルを進んでいると。目の前に分岐点が現れた。

 トンネル内で分岐点を見たのは、なにもこれが初めてというわけではない。これまでにも何度か分岐したトンネルのどちらに進むか選んできている。

 だが今回の分岐点には、今までになかった変化があった。


「なんで……」


 右に進むトンネル。左に進むトンネル。どちらにも道路上に落ちているモノがある。少年の目にもハッキリと分かる、場にそぐわないモノが落ちている。

 だが落ちているモノが、右のトンネルと左のトンネルとでは違っていた。


「なんで片方はトマトなのに、もう片方はリンゴが落ちてるんだ??」


 右の道路にはトマトが落ちている。しかし左の道路にはこれまでと違いリンゴが落ちている。

 今までになかった変化に直面し、少年の足が止まった。分かれ道の手前で立ち止まり、どちらに進むべきか思案する。

 トマトが落ちている道か、リンゴが落ちている道か。


「うーむ……」


 一応確認だと、少年はトンネルの上部を見た。

 どちらのトンネルもオレンジ色の照明に照らされている。トマトもリンゴも、少年の目にはオレンジ色に見えている。

 トマトとリンゴ。どちらを選ぶべきだろうか。少年は深く思案した。


(リンゴ拾えるだけ拾って、トマトが落ちてる道を進むか? いや逆にするべきか?)


 やはり少年には、危機意識が足りていないようだ。

 状況の異常さなどどうでもいい、大事なのは自分がどちらを食すかのみ。

 少年の思考は、胃袋が決定権を握っていた。


「……よし!」


 脳内で決着がついたのか。少年は大きく胸を張り、自らが進む方のトンネルへ足を向けた。

 もはや迷いは晴れたと言わんばかりに、大股歩きでずんずんと進んでいく。

 少年が選んだのはトマトが落ちている道か、それともリンゴが落ちている道か。


「いやー考えてみれば俺甘いモンあんま好きじゃなかったわ。このトマトうめえしなー」


 少年が選んだのは――トマトが落ちている道だった。

 道の危険度など少しも考慮せず、少年は自らの嗜好しこう最優先で思考しこうした。

 甘そうなリンゴより、自分はトマトの方がいい。

 深く考えることもせず、あくまで胃袋目線で。

 少年はトマトが落ちている道を選び、進んでいった。

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