[完結]1-E Reverse最終話 朝焼けのホームにて 前編
自分はいったい、いつからここにいるのだろう。何を待っているのだろう。
「……そろそろ日が昇るのかな」
とある駅のホームに、1人の少女が立っていた。東の空がだんだん白んではきているものの、まだまだ辺りは薄暗い。暗い駅のホームにて、彼女を照らすのはオレンジ色の灯のみ。
少女は寒さに息を白くしながら、いまだ来ぬナニかを待っていた。
どこか夢でも見ているような、焦点の合わない呆けた顔をしながら。
(何でこうしているんだろう)
ナニかを待っているハズだけど。ナニが来るのか分からない。何度思い出そうとしても、頭はうまく動いてくれなかい。考えがまとまらない。頭が冴えない。
そんな状態でも、少女はぼやけた思考を巡らせる。
もやがかかった頭の中で。自分がここに至るまでの、記憶の断片を整理していく。
(……たしか、気が付いたら、知らない場所にいて……)
――――――――――◇◇◇◇◇――――――――――
今から何時間ほど前だろうか。今ではぼやけている少女の頭が、少しはマトモだった頃。
身体の芯に刺さる寒さに頬を叩かれ、少女は目を覚ました。吐く息が白い。
辺りを見回しても、見覚えがない建物ばかり並んでいる。
ここは一体どこなのか。どうやら夜の住宅街にいるようだが、どうして自分はこんな所にいるのだろう。
しかし、何度頭をひねろうと、ここに至るまでの記憶が思い出せない。
頭を抱えようと上げた手に重さを感じ、目線を下に向けてみれば。気づけば手にはビニール袋が握られていた。自分は何を持っているのかと、袋の中を覗いてみると――
「なにこれ?」
中に入っていたのは小さく丸い果物だった。ミカンのような大きさをしているが、表皮の色は黄色い。1つ手にとって触ってみると、ミカンより表皮が硬く感じられる。
次に臭いをかいでみると、これはちゃんと柑橘系の香りがする。この謎の果物は、ミカンに近い品種なのだろうか。
少女は『グレープフルーツがミカンくらいの大きさになったナニか』と考えることにした。
自分が持ったビニール袋の中には、謎の黄色い果物だけがぎっしりと詰め込まれている。なぜ自分はこんなものを持っているのか、そもそもコレは何なのか。それすらも分からない。
「……待って待って。ぜんっぜん意味が分からない」
空いている片手でずれたメガネを直しながら、少女はなんとか現状を把握しようとする。
自分の身体を見て回ると、ちゃんと厚手のコートを着ているし、マフラーも巻かれていた。どうやら外出する準備は整えてあるようだ。
「どうしよう、分からないことしかないんだけど……ってあれれ!?」
いぶかしむ少女を、ナニかは待ってくれなかった。少女が首をかしげていると、足がひとりでに動き出したではないか。驚く少女の意思に反し、何かに導かれるように。見知らぬ街を足が勝手に進んでいく。あわてて足元を見てみるも、道路に変わった様子はない。ならば一体、自分は何に引っ張られているのだろう。
「何!? なになに!?」
異変はこれだけではない。ナニかに突然引っ張られだしたのと同時に、コツコツ、コツコツと。混乱する少女の耳に、何やら聞き慣れない音が響いてきた。音の発生源を探してみると、どうやら自分の足元から響いているようだ。
この時少女は気がついた。これは自分が履いている靴に問題があるのだと。
(なにこれ!? っていうかヒール高っ、こんなの履いたことないよ!?)
普段履いたことがないくらい、ヒールの高い靴。見覚えのない真っ赤な靴がひとりでに動き出した結果、靴を履いている自分の足も連動して動かされている。
普通ならありえないことだが、実際に身をもって体験している以上仕方がない。
今、自分はありえないことに巻き込まれているのだと、少女はやっと理解した。
歩く方向は靴任せ。歩く速さも靴任せ。
はたから見れば、少女が踊っているように見えるかもしれない。決められたステップを踏むように、少女は足を動かしていく。真っ赤な靴に導かれ、知らない夜道を歩いて行く。
(どうなってるの~? ……う? あれって)
少女の視界に、1人の少年が映り込んできた。何度目かの右折の末、少女は初めて自分以外の人と出会うことが出来たようだ。
(良かった! まずは何から聞こう。いや先にこの靴を脱ぐのを手伝って、もらえな……)
少年の顔を見て、少女は不思議な既視感を覚えた。目の前にいる少年には会ったことはないけれど、『この少年』には会ったことがある。自分でもよく分からないが、なぜだかそう思えてならない。
「……?」
気付かぬうちに、ジロジロ見てしまっていたのだろうか。こちらの目線に気付いたのか、意図せず対面の少年と目が合った、その途端。
真っ赤な靴は片方を軸にその場で180度向きを変え、元来た道へかけ出し始めてしまった。
(え? えっ!? ええええ)
内心で叫びはするものの、突然の事態に声が出ない。靴は進むスピードを上げ、今では小走りに近いスピードを強要してくる。
結局、せっかく出会えた少年と一言も話せなかった。
「あーもう、どこいくのー……」
愚痴をこぼしたみたものの、誰の耳にも届かない。
少女は何も分からぬまま、靴に運ばれ夜を行く。




