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[完結]1-E 第9話 おじさんからの真面目な提案

 空が赤に染まった夕暮れ時。列車に乗り込んできた2人の来客。

 そして列車に乗り込んできた人は、私が知ってる人たちだった。



「あーあの、駅前にあるお店の店長さんですよね!?」


 1人は背筋がまっすぐしてる初老の男性。銀ぶちの丸メガネ越しに見える、人の良さそうなタレ目が特に印象に残ってる。

 この列車に乗り込む前に、いつも私が立ち寄っているお店――あの骨董品屋さんの中で会ったことがある人。あのお店の店長さんだ。

 この列車の中で会ったのは初めてだけど、こうして会ってみるとなぜだか納得してしまった。そうか、ミカンセイ空間の関係者だったんだーってすんなり飲み込めてしまう。


「これはこれは。覚えて頂けて何よりです」

「いえいえそんな……そうだったんですね……」


 私は店長さんと話しながら、視線をもう1人の男性に向けた。こっちは間違えようがない。

 いつもの汚れたツナギを着て、同じような色の帽子を目深に被って。境界があいまいなモジャモジャなヒゲも、ボサボサの髪も。何も変わってないおじさんだ。

 馴染みのおじさんを見つけて、ついつい手を振ってしまった。おじさんは私の方を向いて、いつもの調子で話しかけてくる。


「よぉじょーちゃん。元気にしてたかい?」

「……まぁねっ」


 ここ最近には無かった、いつものやりとり。馴染みのある人とこうして話しているだけで、なんだか安心していく私がいた。


「……じゃあゾメさんたちも来たことだし、後は任せてもいいよね?」


 声が聞こえた方を向くと。道家どうけさんが立ち上がり、おじさんの方に近寄っていくところだった。いつの間にか私の回りを旋回していたリンゴも、道家さんの手の中に収まっている。


「おう。お前はさっさと行っちまっていいぞ」

「いやー冷たいなぁ……それじゃあね丙家さん。後はごゆっくり」


 道家どうけさんは後ろを向いたまま、私に向かって手を振ってきた。そして前の車両に向かって歩いて行く。あの方向はもしかして……


「あ、あのっ」

「うん?」

「あの黒いモコモコの中に入ってた人の所に行くんですか?」

「そうだよ? 僕は案内人だからね。君の安全を確保出来たから、次の対象――迷いビトを案内しにいく。簡単な話さ」


 やっぱりそうだった。2両目にまだただよい続けてる黒いもやみたいなもの。あの中に進んでいった赤い少女を案内しに行くんだと道家どうけさんは言う。

 私は去っていく人たちに向かって、何かかける言葉はないか考える。

 ミカンセイ空間についてはまだまだよく知らない私だけど、立場が違う人との違いを知れたのは道家どうけさんのおかげだし。

 それに昨日追い詰められてた甲賀こうがさんと話していても、どこか安心感があったのも。きっとあの人がいたからだと思うから。

 だから私は、2人に感謝を伝えることにした。


「それじゃ道家どうけさんも――《《影の人も》》。色々ありがとうございました」


 私が言葉を発したとたん、列車内にいた人たちが一斉にこっちを向いた。

 みんながみんな驚いた顔をして、じいっと私を見つめてくる。あれ、なんだか言っちゃダメなこと言っちゃった?


「……一つ、聞いてもいいかな?」


 最初に声を上げたのは、影――道家どうけさんの影に重なるように立っている、影だけしかない人。

 いや、この考え方も間違ってるのかな。私からは影だけしか見えない人? うん、これで合ってる気がする。

 意外と渋い声だった。思っていたより年配の人なのかな?

 どうやら影だけしか見えない人は、結構年のいった男の人みたい。そんな、影だけしか見えない人が話しかけてくる。なんだか何もないところから、声だけが響いてくるみたいで慣れないや。


「いつから気がついていたんだい?」

「昨日からです」

「昨日か」

「はい。最初は見間違いかと思ったんですけど……甲賀こうがさんが動いてないのに、影だけが動いてるのを見つけちゃって。それからはさりげなく影を見てました」

「ふむ。まったく気付かなかった」

「そのうち甲賀こうがさんに影がないのにも気付いて。影がない人がいるんだし、もしかしたら私にだけ、影だけしか見えてないだけで、誰かがいたんじゃないかなーって、思ってて……」


 みんなが静かすぎるのが気になって、ちらりと辺りを見てみると。道家どうけさんも、店長さんも。立ち止まって私の話を聞いている。

 さらにおじさんが長い前髪の間からじっとこっちを見てくるし。なんだかみんな真剣で、私は間違ったことを言っている気分になってしまう。このことって、気付いちゃいけなかったのかな。


「それから? 続けてくれて構わないよ」

「あっはい。えーとですね……それで今日もこの4両目に来たら、同じ感じの影を見つけたんです。今日は昨日よりハッキリ見えたから、これは今日も誰かいるんだなって気付きました。ミカンセイ空間(ここ)が変わった空間だって知ったから、影だけしか見えない人がいても、別に変じゃない……です、よね……?」


 不安になって最後は声がしぼんでしまった。誰も喋ってくれないし、列車の中にまた沈黙が流れる。

 私だけがキョロキョロと辺りを見回す数秒間。それが過ぎた後――


「素晴らしい」


 どこからか拍手の音がしてきた。

 ビックリして道家どうけさん・店長さん・おじさんの方を向いても、誰も拍手していない。次に影の方を見てみると、音が聞こえてくる方向と一致した。

 なんだか影が揺れ動いているから、たぶん影だけしか見えない人が拍手してるのかな。拍手している人はわかったけど、拍手している理由は分からない。なんでいきなり?

 私が首をかしげていると、影だけしか見えない人がまた喋りだした。


「いや実に素晴らしいよ丙家へいけ君。君には私が見えているのか」

「影だけ、ですけど。これって言っちゃマズかったです?」

「いやいや、むしろ喜ばしいことだよ。思っていたよりもずっと冷静に物事を捉えることができるんだねぇ君は。まだ半人前かと思っていたが……どうやら目で見た物事だけでなく、直感で本質をとらえているのかな?」

「? えっあっ……はぁ」


 イマイチ言っていることが理解出来ない。これってまた認識がズレてるからなのかも。とりあえず愛想笑いで誤魔化そうとしてみたけど、効果があったのかは分からない。姿が見えない人と話すのって大変!

 そうこうしている内に、なんだか時間が迫ってきたのかな。道家どうけさんが何もない空間に手を伸ばした。

 いや違う、たぶんあそこに影だけしか見えない人が立っていて、その人に手を伸ばしたのか。夕陽が当たって影が出来てるから、影が伸びてる位置を見てても分からないんだ……なんだか混乱してきた。


「……忠芳ただよしさん、そろそろ行かないと」

「ああ、そうだったそうだった。丙家へいけ君」

「はい! なんでしょう?」

「そんなに身構えなくてもいいよ。名残なごり惜しいが、これから別件があるんでね。先に失礼させてもらうよ」

「えっ、えっ……こちらこそ、お構いもせず?」


 見えない誰かに拍手されたり褒められたのは初めてで、どう受け止めたらいいのか分からない。そんな私を見て道家どうけさんが笑い出す。なんだか頬が熱くなってきた。


「アハハハハ――ゾメさん。忠芳ただよしさんが見えたってことは文句無しなんじゃない?」

「……ああ。そうだな」


 そんな私をほうっておいて、道家どうけさんとおじさんがなんだか2人にだけ分かる会話をしている。タダヨシ、さん? 影の人の名前なのかな。


「????」

「それでは悪人2人は、そろそろ迷いビトの所に向かうことにするよ。しかし驚いた。君とはまた、ちゃんとした形で出会いたいものだね」

「じゃあね、丙家へいけさん……いやお仲間になるのなら、『またね』かな? まあいいか。バイバイ」

丙家へいけ君、最後にアドバイスだ」

「はい、なんでしょう?」

「分からないことはいいことだ。出来るだけ楽しむといいよ。では、仲間になったらまた会おう」

「あ、忠芳ただよしさん僕の真似したでしょ」

「さて、なんのことかな?」

「あ、ありがとうございます……うん、お仲間……?」


 道家どうけさんは手を振りながら、影の人はよく分からないアドバイスをくれながら。2両目内の黒いもやに向かっていった。次の目的地に向かった……のかな? うーん最後まで置いてけぼりだった。


「さーて、悪どい2人も行ったことだし……」


 おじさんの声を聞いて、私は声の出処を探す。

 するとおじさんがちょうど、いつものあの席に腰を下ろすところだった。背もたれに寄りかかりながら、長い前髪の合間から、私の方を見ながら。対面の席に座れと、手を伸ばしてジェスチャーしてきた。


「ねえおじさん。お仲間って何?」

「まあその話は後にしようや。順序ってもんがあるからよ」


 私がいつものように座ると、おじさんの隣に店長さんも腰を下ろした。

 おお、座ってても背筋がピンとしてる。両足を目一杯広げてくつろいでるおじさんの隣に座ってると、違いがハッキリ分かる分かる。態度って性格が出るんだなー。


「さて、改めてっと。じょーちゃんよ。まずは連日お疲れ様」

「ホントだよー。毎日毎日知らない人と話してばっかりで疲れちゃった」

「にしては、顔がにやけてるじゃねえか」

「……まあ、楽しかったかな?」


 おじさんとなんてことのない会話を交わす。なんだか『いつも』が戻ってきた感じがする。

 自分でも不思議な安心をしていると、横に座っていた店長さんが口を開いた。


「こうして無事に過ごされているところを見るに、どうやらあの事故には関係されてないようですね」

「あっはい。事故ってあの、駅前の骨董品屋さんに車がぶつかったっていうヤツですよね? なんだかお店の前にすっごい人が集まっててビックリしました」

「ええ、その通りです」

「んじゃ、その事も合わせて話していくか…………」


 そして。

 夕陽で赤く染まった列車の中で。私とおじさんと店長さん、3人で話をした。

 私がここ数日間会ってきた人たちの話。頭の上にミカンを乗せた、私の昔から知ってる人に似た人の話。

 あのお店であった事故の詳細。私があのお店のショーウィンドウの中に、何が見えていたかの話。そしてあのお店の裏側と、案内人についての詳しい話。

 聞かされた話はどれも私の予想外で、知らないことばかりが一気に増えていった。

 でも、それが楽しい。分からなかったことの裏側を知れて、なんだか得した気分になる。

 ごとん、ごとん。列車が規則的な音を立て揺れる。列車内で会話が弾む。

 どれだけ話していたんだろう。そのうち、おじさんが真面目な顔をして、ある提案を持ちかけてきた。


「――あのよ」

「なに?」

「まあよ、案内人って大変なワケだわ。迷いビトになるヤツは何かしら迷いを抱えてる奴だし、挑みビトは不満を解消するために挑みビトになってる奴らだし」

「ふんふん」

「ただ巻き込まれただけの奴もいるっちゃあいるが、俺たちゃそういう奴の案内人じゃねえしな。管轄外かんかつがいってやつだ」

「へー」

「だからよ、俺たちの担当する範囲だと……健全な奴ってのは、ほっとんどいねえんじゃねえかな」

「大変そうだね」

「ああ、大変さ。面倒な奴も多いしな……こんな事言っといてなんだけどよ」

「うん?」

「話聞いた感じだとよ、案外じょーちゃんって案内人に向いてると思うんだわ」

「……そう見える?」

「ああ、ピッタシだって言い切るね。それで、だ。良ければで、良ければでいいんだけどよ?」

「なに? 歯切れ悪いよ?」

「……じょーちゃんが、良ければだけどよ、よかったら、これからも案内人の手伝いを続けちゃあくれねえかな」


 実のところ、こう聞かれるのは分かっていた。だって話してる最中、おじさんはずっと『私が迷いビトと接して、どう思ったか』や『嫌じゃなかったか』や『私がどれだけ前向きか』とか。分かりやすいことばっかり聞いてきてたから。続けて欲しそうな顔もしてたし。


「私が、案内人かぁ」

「もちろん最初は今とおんなじ、代理人でいいからよ」

「それさっき聞いた」

「あ? マジか!? そうか道家どうけの野郎だな――」

「違うよおじさんが言ってたじゃん」


 それに、店長さんから聞いた裏側の話からも、誘われるのは分かりきってた。人手が足りてない、才能を持ってる奴がほとんどいないとか色々聞かされたし。

 トドメにもし私が案内人になったら、なんて話までしてさ。そこまで来たらさすがに気付くから。この列車内で起こる事にだけ関わってくれたらいいなんてさ、もう言っちゃってるのと同じだよ。

 話を聞いてて何回笑いそうになったか覚えてないくらい、おじさんの意図はバレバレだった。


「俺が? いや言ってねえよ?」

「いやバレバレだったし……そうだなー……」


 少しの間、考えて。

 それから少し、ためらいがちに。

 私は自分で答えを出した。


「……そうだね、私は――」

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