[完結]1ーE 第8話 おじさんとゆかいな仲間たち 後編
「私から見ても、正直言ってダメそうでしたもん。道家さんが見たらもっとダメに見えると思うんです」
「うーんそうだね。確かに正常な判断が出来そうかって言われると、僕から見て彼はギリギリだった。あのままだと、ちょっと危ういかも、ね」
「なら、止めてあげた方がいいですよ!」
「どうして?」
「どうしてって……失敗しそうなんですよ? むしろなんで止めないんです?」
「ははぁ、なるほどね」
道家さんは何に納得したんだろう。口元に笑みを浮かべ、目の前で一度、両手を叩いた。なんだか楽しそうな口調で、何を言うつもりなのか分からない私に向かって、こう答えた。
「それは出来ない」
「……えっ?」
「君はやっぱり、彼女に似ているね。言うことまでそっくりだ」
いつからこうなっていたんだろう。私が気がついた時には、もう道家さんの瞳は真っ赤になっていた。
真っ赤な目でまっすぐ見られると、なんだか気分が落ち着かない。
そんな道家さんから目線を外そうとして気がついた。私の周りを回り続けてるリンゴも、いつの間にかスピードを上げているような……?
「君も彼女も、勘違いしているよ」
それに、あの駅前にある骨董品屋さんで会った時よりも。なんだか存在感が増したって言うのかな。目の前のいるハズなのに、いつの間にか消えていなくなっていそうな。あの不安定さが無くなっている。
「……勘違いなんて、してないと思うんですけど」
「してる」
「何をです!?」
「彼は『まだ失敗していない』じゃあないか。なぜコトが起こる前に止めさせたがるんだい?」
「それは……どう見たって失敗しそうだったからですよ」
「どう見たって? それは君が見た限りでは、だろう?」
「違います。きっと他の誰が見たって、あのままじゃダメそうだって思います」
「いいや、違うね」
「どうしてですか!? 意味が分かりません」
なんだか押し潰されそうな空気を感じて、ついつい口調が怒りっぽくなってしまう。何が違うのか分からなくて、ぶつけるような言い方をしてしまう。
そんな私とは対照的に、道家さんは面白そうに顔を歪めながら、私の反応を楽しんでいるみたい。道家さんがタメにタメて数秒ほど黙り、列車内が静かになった頃。突然口を開く。
「それはね…………僕はそう思わないからさ」
「……は?」
「アハハハハッ。どうだい? 僕は『甲賀君が失敗しそうだって思わない』、だから誰が見たって、は成立しない。単純な話だろう?」
そう言いながら、道家さんは楽しそうに笑うけど。私にはうまく伝わってこなかった。道家さんが言っていることは正しいんだろうけど、なんでそう思うのか私には分からない。
だってさっき、自分で甲賀さんは危ういって言ってたのに。
「分かんないです……どうして道家さんが、あんな状態の甲賀さんを止めないのか」
「僕が止めない理由はね。彼は自分で選んだからだよ」
「……? すみませんちょっとよく意味が――」
「分からないのはこっちの方さ。これは彼女にも当てはまるんだけどさ……進退を賭けて挑みビトになった人に向かって、『今のあなたじゃ失敗するだけです。今すぐ止めた方がいい』なんて言ってさ。それで一体、どうするつもりなんだい?」
「もちろん止めるつもりです。そのつもり以外に何があるんですか?」
「ソレだ。ソレなんだよ丙家さん。君は彼の立場に立てていない。そんな事を言ってもね、逆にムキになって挑むだけなんだよ?」
道家さんはまた手を叩き、私に向かって指を差してきた。ついに見つけたと言いそうに、嬉しそうに目を開きながら。
「彼は挑むことを選んだんだ。一度失敗した上でね。慢心して自分を過信して、成功だけを確信して失敗した最初の時とは違う。何が違うか分かるかい?」
「……わ、かりません……」
「それはね。『覚悟が違う』んだ。自分がやっても必ず成功するか分からない事実を、分かった上で。失敗する可能性だって分かった上で彼は選んだんだ」
道家さんから感じる圧力がさらに強くなった。口調は決して強くないのに、じわじわと回りから迫ってくるみたいに。道家さんは私を否定してるわけじゃないのに。なんでだろう、どんどん押し潰されているような気分になる。息が苦しくなってくる。
「そんな人間に『止めておけ』なんて言うのは、逆にやる気を与えているだけなんだよ。言ってる側は止めてるつもりでも、結果は背中を押しているのと変わらない。なんで気が付かないのかな? 僕にはそっちの方が分からないなぁ」
この人の言葉を聞いていると、どうしても怖くなってしまう。
追い詰められていた、昨日の甲賀さんよりも。
私は楽しそうに話す道家さんの方が怖かった。
「僕は自分が担当する人に対しては、いつも公平であろうと思ってる」
目線をそらしたくて、私が道家さんの手に、目線を流したのが分かっているようなタイミングで。
道家さんは右手を動かして、何かをすくうようなジェスチャーをした。私はついビクリと肩を跳ね上げてしまう。
でも道家さんは何も言ってこない。私の動作には触れずに、右手で物をすくい取るような仕草をして、それから右手をギュッと握り込む。
そして赤い目で、私をじっと見つめながら、こう続けた。
「チャンスが欲しいと願うなら。必ず上手くいきそうな人以外にだって、僕は手を差し伸べる。コレが救いになるだなんて思い上がったりはしないさ。掴み取るのは、彼ら彼女ら自身だからね」
こうして話をしてみて、私には分かった事がある。
道家さんと私は、同じモノを見てなんかいない。さっき言ってた、立場が違うって言葉。たしかにその通りなのかもしれない。
「でも助言はしない。自分で掴まないと、自分のモノにはならないからね。ミカンセイ空間は、そういう場所だから……納得してもらえたかな?」
「…………あっハイ! なんとなく、ですけど……」
「アハハハハ。まあそんな人もいるよね。まったく、君も彼女も、人が良すぎるなぁ……」
道家さんが見えている景色は、私とは違う気がする。何か違う立場で、物事を見ている気がする。
私がそんな思いを抱いた時、列車が突然跳ねた。上下に揺れた列車の中で3つの影が好き勝手に揺らめく。
慌てた影は私のだけ。何が起きたのか分からず、私はつい首を振って辺りを見回してしまう。
すると列車がだんだんと減速している事に気がついた。突然の揺れからほんの数秒で列車は止まり、閉まっていたドアが開く。アナウンスは聞こえなかったのに。
「えっなんで? アナウンスなかったのに……」
「おや、もう着いたんだ」
驚いているのは私だけ。道家さんからすればこれは当たり前なコトなのかな。
窓ガラス越しに外を見てみると、止まっているのは見たことのない駅だった。
赤い夕陽に染まった、赤い駅のホームから。列車に向かって近寄ってくる人影がある。
そうして列車の4両目に、見知った2人が乗り込んできた。それは――