[完結]1-E 第7話 6日目は、赤い少女と、赤いリンゴと
6日目。今日の空はとても赤い。昨日は大雨で夕陽が見えなかったから、余計に赤く見えるのかな。
そんなことを考えながら、私はいつものように駅前通りを歩き、骨董品屋の前を通り過ぎる。
通り過ぎる途中に、ちらりと横目で見てみると。ショーウィンドウの前にはブルーシートがかかったままだった。
あーあ、この調子だと今日もお店には寄れないなぁ。
「今日も人がいっぱいだなー」
それに店の前に集まっている人の数が、昨日よりも増えている気がする。まあ雨が降ってた昨日より、晴れてる今日の方が集まる人は増えるよね。
少し悩んでみたけれど、2日続けて野次馬する気にはならなかった。私は店の前で立ち止まらず、まっすぐに駅を目指すことに。
一昨日のように早く駅に着けば、向かいのホームに誰かいるんじゃないかな。 一昨日いたあの子がまた、列車を待っているんじゃないかな。
そんなことを考えながら、私はすこし足早に駅を目指した。
「……えっ誰!? 誰誰誰?」
昨日より早く駅のホームに着いてみると。願ったとおり、向かいのホームにはあの子がいた。向かいのホームに備え付けられたベンチに座り、今日も下を向いたまま。時々ページをめくっているから、何かを読んでいるのかな。
でもそれよりも、私はあるコトに驚いていた。
なんとこっち側のホームで、列車を待ってる人がいる。私以外にも、あの列車に乗ろうとしてる人がいる。
こんなことは今までなかったから、どうしたらいいのか分からない。
ついついホーム内にある柱の影に隠れてしまった。私は顔だけを柱の影から出して、ホームの前に立っている誰かを観察してしまう。
「……誰だろ?」
待っている誰かは1人だけ。
色々と赤い女の子が、ホームの白線前に立っている。赤い髪で、赤い両縁メガネをかけて、赤い服を着ている。
そんな少女が、赤い夕陽に染まった駅のホームに立っている。あまりにいろんなものが赤すぎて、ついつい目をこすってしまった。
私がジロジロ見ていることに気がついたのかな。赤い少女は辺りをキョロキョロと見回し始めた。あわてて柱の影に隠れ直す。いやバレちゃいけないってワケじゃないと思うんだけどね。一度隠れちゃったから、つい。
私が赤い髪の少女に対して一方的なかくれんぼをしていると。
「わっ」
いつの間にか、向こう側の線路に列車が走り込んできた。ブレーキ音をホームに響かせながら、すこしずつ減速し停車する。
やっぱり向こう側の列車は唐突だ。
一昨日と同じで、私には駅に入ってくるアナウンスも、列車が進んでくる音も聞き取れなかった。気付かない内にやってくる列車が、こっち側とあっち側のホームを遮ってしまう。これじゃあ向こう側にいるあの子が見えないよ。
「あの子は……?」
列車が走り出した後、向こう側のホームを注視しても。そこにはもうあの子の姿は見当たらなかった。
こっち側にいる赤い少女に気を取られているうちに、向こう側に着いた列車に乗り込んじゃったのかも。
結局、今日も私は向かいのホームにいる子の顔を見ることは出来なかった。
「あーあ。もう見えなくなっちゃった」
あまり間を置かずに、こっち側のホームにも列車がやって来た。いつもの列車も、今日はやけに赤く見える。
赤い少女は列車の3両目に乗り込んだ。私はやらなくてもいい『ついさっきこのホームに着きました』みたいな顔をしながら、少女の後に続く。そして少女より1つ後ろの車両へ。
「ふぃ!?」
いつもと様子の違うホームから、いつもと同じ列車に乗ったつもりが。
車両の中はいつもと違うことになっていた。
赤い少女が乗り込んだ3両目のさらに前、2両目の中には黒いもやのようなものが充満している。あまり黒いもやが厚すぎて、2両目より前がまったく見えない。
一瞬火事かと思ってビックリしたけど、何かが燃えている臭いはしない。じゃあアレは、一体……?
注意しながら見ていると、なんだか黒いもやがおかしいナニかだって気付けた。
黒いもやのようなものは、2両目からこっちに向かって流れてこない。空気中に漂っているように見えるのに、ずっと2両目の中に留まったまま。気体のように見えるけど、気体じゃないのかも。
「何アレ? 黒い綿毛? そんなわけないよね……」
私が首をかしげていると、赤い少女はフラフラと歩き始めた。なんだか何かに導かれてるみたいな歩き方だ。今にも倒れそうな怪しい歩き方で、2両目に向かっていく。黒いもやを目指しているのかな?
私にとっては黒いもやは怪しいモノに見えるけど、少女にとっては怪しくないモノなのかな。どうしよう、とっても興味をひかれるよ。
そんな少女につられて、私もついつい前の車両へ。思えば4両目より前の車両に乗ったことなかったかも。
いつもの列車でありながら、どこか新鮮な気分になる不思議。
新たな領域を、初めて会う少女を後を追いながら。私は黒いもやに近付いていく。
私が近付く音が聞こえてないのか、少女は後ろを振り向かない。
周りを一切気にしていないのか、黒いもやしか見えていないのか。
そして先を行く少女は、ついに黒いもやの中に入っていった。
黒いもやに包まれても、赤い少女は進み続ける。
そのままどんどん、どんどんと奥へ進んでいき、ついに私からは姿が見えなくなってしまった。いったいあの先は、どうなっているんだろう。
「うーん……近くで見ても、やっぱり分かんないな」
少女の後を追って、私は黒いもやの前まで来た。なんとなくおかしなモノだって事は分かるんだけど……ちょっと触ってみようかな。
好奇心を優先して、私は黒いもやへ手を伸ばす。
「――ちょっと待って」
「!? ひぅ――」
そんな私の肩を、誰かが強く掴んだ。後ろから掴んできた手は力を入れ、私を黒いもやから引き離す。急に後ろに引っ張られて、口から変な声が出てしまう。
あわてて後ろを振り向くと――そこには1人の少年がいた。
自分と同じくらいの年頃で、全体的に細身。中性的な整った顔立ちをしている、白髪の少年。
この人には見覚えがある。あの駅前にある骨董品屋の前で、そして店内で。会話を交わした、あの少年だ。
「え、えっと……道家、さん?」
「おや? 君に名前言ってたかな?」
「あの、駅前にあるお店の中で……店長さんにそう呼ばれてたから、そうなのかなって」
「なるほどなるほど。合ってるよ。どうも道家です」
道家さんは私の肩から手を放し、わざとらしく手を叩いた。
あーびっくりしたー。黒いもやと少女に気を取られていたから、まったく気がつかなかったよ。こうやっていきなり背後に立たれたのは2度目だけど、やっぱり慣れないなぁ。
「あーびっくり。いきなりすぎて、一体誰かと思いましたよ」
「アハハ……いやーごめんね。でも君が気がついてなかっただけだしなぁ」
「え?」
「だってさ、君がいきなり4両目に乗り込んできたかと思ったら、僕の前を素通りしていったんだよ? もしかしてまったく気が付いてなかった?」
そう言われて、私は始めて気が付いた。
今までにないことが起きてついつい忘れていたけど、今日は5両目からではなく、4両目から列車に乗り込んでしまっていたらしい。
いつもと違う車両から乗り込んだから、4両目にいたらしい道家さんを見逃したのかな?
確かに赤い髪の少女にばかり気を取られてて、4両目に誰かいるなんて、まったく気にしてなかったかも。
「あっそうだったんですか。ごめんなさいぜんっぜん気がつかなくて……」
「アハハ。そんなに存在感ないかなー僕。まあこうして引き止めることは出来たし、それでいいか」
自分でもかなり失礼なことを言っている気がする。
けど道家さんは気にしていないのか、明るく笑いながら4両目へと歩いて行く。そして私を手招きして、4両目に移動しようと伝えてきた。
たしかに私が代理人やるって決めたんだし、4両目で話を聞けっておじさんに頼まれた。
けど、今は2両目を埋め尽くしている黒いもやがどーしても気になる。
後ろをチラチラ振り返っていると、道家さんに釘をさされてしまった。
「――君は駄目だよ。さっき入っていた子と君は違うんだから」
「あっえっ。今私口に出してました?」
「顔に書いてあるよ。『私、アレに触ってみたいです!』って」
「あ、あーなるほど。私そんなに顔に出るかな……それなら、ちょっと待ってもらえ――」
「ません。普段迷いビトの意志を尊重している僕だけど、君は今代理人でしょ?」
「ハイ、そうです……けど、けどけどちょっと触るくらいなら?」
「ダメ」
「えー」
「君がどこに『飛ぶ』か分からない以上、触れさせるわけにはいかないよ。君にもしもの事があったら、僕がゾメさんに何されるか分からないからね」
「ゾメさん……えーと、それって髭がモジャモジャしてる、あのおじさんのことですか?」
「そ。君に代理人を依頼した墨染さんのことだよ。ささ、早く4両目に移動して移動して」
道家さんはどうしても私を黒いもやから引き離したいらしい。それに4両目に移動させたがってる。うん? 4両目に道家さんが乗っていたってことは……?
疑問が顔に出ていたのか、私の顔色を見て察した道家さんが
「……その通り。本日の話し相手は僕、道家臨悟が努めさせていただきます」
って言いながら頭を下げてきた。どこか芝居がかった、大げさな動きで。
そしてポケットから、何だか赤い、丸いナニかを取り出した。アレは……リンゴ?
なんで今リンゴを出したのか、そもそもなんでリンゴを持っているのか分からない。私はついつい首をかしげてしまう。そんな私を見て、道家さんはまた笑う。
「ほんっと、分かりやすい子だなぁ……まあ色々聞きたいことはあるだろうけど、話は4両目でね?」
私を4両目へ誘導しながら、道家さんは言葉を連ねる。
「ひとまず代理人はここまでってことで。これまで連日お疲れ様。後でゾメさんが来るから、それまでは大人しくしててくれると助かるよ」
「おじさんも今日来るんですか!?」
「そうそう。ゾメさんが来るまでは……そうだな、これまで代理人として会ってきた人たちについて、キミがどう感じたか。まずは聞かせてもらおうかな?」