[完結]1-E 第6話 5日目 薄暗い雨の日に その3
「うう……それなら、ちょっと話変えてみましょう!」
私は別の疑問点を先に聞いて、まずは甲賀さんに落ち着いてもらう事にした。
「そう言えば、挑みビトってどうやってなるんです? 迷いビトみたいに、気が付いたら迷い込んでた~的に気が付いたらなってた~みたいな?」
「NOだ。挑みビトになるには案内人と対話をした後、自分で選ぶ必要がある。僕の場合は道家さんに誘われて、自分で挑みビトになるって選んだな」
「ふむふむ。ならなんで挑みビトになろうと思ったんです?」
「なんでって……そうだな……」
おや? どうやら予想外の質問だったみたい。甲賀さんは下を向いて、何か思い出そうとしている。
そうして少しだけ口を閉ざした後。甲賀さんは昔話を始めた。
「……ただ。そうただ、今を変えたかったんだ」
「今を」
「彼に――道家さんに初めて会った時に言われて気付いた事なんだけど。それまで僕はなんとなく、色々な事が上手くいっていた。なんで気が付かなかったのかって言えば……特に困ることもなく、ちょっと頑張れば、大抵のことは上手くいってたからだろうな」
「上手くいってたらそのままでいいじゃないですか。なんで変えようと思うんです」
「自分で選んでないって気付いたからさ。なぜか最初から上手くいっていて、大体の人より上手く出来た。そんな時に道家さんに『自分で選んで勝ち取れば、違う世界が待っている』って誘われて。その時自分で選んで努力してみるってことに、興味が湧いたんだ」
「うーん分かんないなー。やらずに上手くいくならそれでいいじゃんって思っちゃいますねー私なら。えーと確か、選んだけど最終的には失敗した。ですよね?」
「……YESだ。僕はそれまでずっと上手くいっていたからな。自分で選んでしまえば、また上手くいく。そう思ってたんだよ……」
甲賀さんは悔しそうに顔を歪めた。本当に、失敗するなんて考えてなかったんだろうな。ずっと上手くいっていたから、次も当然上手くいくって。考えてしまう人だったんだろうな。
「でも結果は失敗だ、失敗したんだよ僕は。最初から僕の事を止めようとしていたアイツの言う通りになった。これにはムカついたね。選ぶためにミカンセイ空間に来た僕に、アイツはずっと選ばずに帰る道を案内しようとしてきた。何様だよ。そんな言い方で、こっちが納得出来るか」
だんだん甲賀さんの口調がヒートアップしてきた。昔のことを思い出している内に、あの人との出来事まで思い出しちゃったのかな。不快感を隠さず、どんどんイライラが増していく。
「あー……失敗した原因が思い出せないから、余計にイライラする! もしかしたら、アイツのせいでイライラしたから失敗したんじゃないないか? そう考えだしたら冷静でなんかいられない……ッ」
「甲賀さん、落ち着いて、落ち着いて。さっき自分で言ってましたよ? 『自分で確かめるまで信じない』って。それって確かめようがないじゃないですか。そんなことに怒っても、どうしようもないですよ」
「そうか……そうだな……ありがとう」
怒り出したかと思ったら、今度は急に静かになる。うーんコレじゃ駄目だよ。
初対面の私が見たってすぐ分かる。甲賀さんはあまりにも追い詰められすぎてる。後がない人って、こんなにも冷静じゃいられなくなるのかな。
「話が脱線したな……僕は挑みビトとして失敗した。そんな時、道家さんがまた僕の前に来てくれたんだ」
「同じ人が2度来るなんて事もあるんですね」
「あるみたいだな……それで、『今ならまだ今を変えられる。もう一度挑みビトになってみないか』って、希望を与えてくれたんだ。だから今、僕はこうしてここにいる」
「2度目の、挑みビトになるために?」
「YESだ。アイツと違って、道家さんはとてもシンプルだったよ。まっすぐに伝わる言葉をくれる。失敗して自滅した僕にだって、再びチャンスをくれた。これがラストチャンスだ」
たぶん、私が会う前から甲賀さんは決心してたんだと思う。また挑みビトとして挑むために、こうしてこの列車に乗り込んでいるんだから。
でも私には、甲賀さんが成功するようには思えない。今のこの人をこのまま送り出したって。きっとうまくいきっこないよ。
半分無駄だと分かってはいても、つい私は甲賀さんを止める提案をしてしまう。
「言っても無駄かもですけど……もう、挑みビトをやらないって選択肢は無いんですか? 私が見たって甲賀さん、相当まいってるように見えますよ?」
「……NOだ。僕にはもう後がない。この状況を変えるためには、もう一度挑みビトになるしかないんだ。だから僕は焦っているのさ……アンタが見て分かるように、自分でも余裕が無いことくらい分かってるよ」
「そうですか……」
どうしよう。今の私には、この人に何も言ってあげることが出来ない。分かってあげることも、止めてあげることも出来ない。
私がやるせない気持ちを抱いた頃、列車内にアナウンスが響き渡った。
「よし! どうやらこれで良かったみたいだな」
「……そうみたいですね」
私にはもう、この人に何を言ってあげたらいいのか、分からないよ。
列車が駅に止まり、閉まっていたドアが開く。雷鳴を遮ってくれていたドアが開いたら、雷の音が強くなる。
そう私は思ってたんだけど。ドアが開いた先には、静けさが待っていた。
ドアが開いた空間から見える外は、列車内の窓ガラス越しに見える景色とは違ってる。雷は鳴っていないし、雨も降っていない。
「思ったよりも早く済んだな。再確認も出来たし、個人的にはありがたかったくらいだ」
機嫌を良くした甲賀さんが列車の外へと歩んでいく。
それと同時に、列車内に外の空気が入ってきた。外の空気はとても冷えていて、鼻の奥によく刺さる。
私は自分の目で見て、臭いを感じて確信を得る。
甲賀さんが降りた先は夜だった。
とても静かな、夜だった。
「――これから、どこに行かれるんです?」
「ここじゃない、違うミカンセイ空間にさ。挑みビト専用のね……アンタにとっては、ずいぶんと面倒な相手だっただろうな、僕は」
「そう思ってたなら、少しは態度に出してくださいよ」
「NOだ。そう思われてようと、僕は自分を変える気がないのさ……まあでも」
そこで言葉を一度止め、なにやらためらった後。
甲賀さんは初めて見せる笑顔で、私に向かって謝ってきた。
謝る時になってやっと笑うなんて、困った人だ。
「無駄な時間を取らせて悪かったね」
「いえ、こちらこそなーんにも出来ずにごめんなさい」
「謝られてもこっちが困る」
「謝ったのそっちが先ですからね!?」
「ハハハハハ」
「なんて言ったらいいか分からないけど……上手くいくと、いいですね」
「言われなくても、そのつもりだよ」
列車の内と外。居場所は違っても、今だけは会話が成立してる。
でもそんな時間はすぐに過ぎた。列車はひとりでにドアを閉め、先に向かって進み始める。
甲賀さんが降車すると。あれだけうるさく鳴り響いていた雷の音が止んだ。雨もどんどん弱くなり、雲の合間から夕陽が顔を出してくる。これじゃ、まるで甲賀さんが雷雨を引き連れていたみたいだよ。
「……引き連れてくるモノ、選ぶモノを間違えてるよ甲賀さん……」
私には伝えられなかったこと。それは雷が鳴り、雷光が列車内を埋めた時に気付いた、あるコト。自分のことなのに、甲賀さんが気付いていなかった、あるコト。
それは列車内に雷光が広がる度、浮かび上がっていた2つの影。
片方は私だったけど、もう1つの影は――甲賀さんのモノじゃなかった。
最初は見間違いかと思った。でも何度も雷が光って、何度も影が強調されて。その内に気付いてしまった。
影が見えない甲賀さんの隣に、影だけしかない『誰か』が座っていた……んだと思う。だって雷が鳴り、光が列車内を貫いた時。誰も座っていない位置に影だけが浮き上がっていたから。
列車内の影は2つだけ。1つは私で、もう1つは誰も座っていない席に影だけが浮き上がっていた。
本当なら、列車内に影は3つないといけないのに。
私の目の前にいた人の影は、ついに1度も見ることが出来なかったんだ。
「甲賀さんは――いったい、どこで影を忘れてきちゃったんだろう」
たぶん私が、この列車に乗り込んだ時からずっと。
甲賀さんには影がなかった。
この世界で――ミカンセイ空間で影がない事が、何を意味しているのか。それは私には分からない。もしかしたら悪いことじゃないのかもしれない。
けど、良いことでもなさそうだって、私はなんとなく思ったんだ。直感だけどね。
これにて5日目おしまい。




