表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
80/90

[完結]1-E 第6話 5日目 薄暗い雨の日に その3 

「うう……それなら、ちょっと話変えてみましょう!」


 私は別の疑問点を先に聞いて、まずは甲賀こうがさんに落ち着いてもらう事にした。


「そう言えば、挑みビトってどうやってなるんです? 迷いビトみたいに、気が付いたら迷い込んでた~的に気が付いたらなってた~みたいな?」

「NOだ。挑みビトになるには案内人と対話をした後、自分で選ぶ必要がある。僕の場合は道家どうけさんに誘われて、自分で挑みビトになるって選んだな」

「ふむふむ。ならなんで挑みビトになろうと思ったんです?」

「なんでって……そうだな……」


 おや? どうやら予想外の質問だったみたい。甲賀こうがさんは下を向いて、何か思い出そうとしている。

 そうして少しだけ口を閉ざした後。甲賀こうがさんは昔話を始めた。


「……ただ。そうただ、今を変えたかったんだ」

「今を」

「彼に――道家どうけさんに初めて会った時に言われて気付いた事なんだけど。それまで僕はなんとなく、色々な事が上手くいっていた。なんで気が付かなかったのかって言えば……特に困ることもなく、ちょっと頑張れば、大抵のことは上手くいってたからだろうな」

「上手くいってたらそのままでいいじゃないですか。なんで変えようと思うんです」

「自分で選んでないって気付いたからさ。なぜか最初から上手くいっていて、大体の人より上手く出来た。そんな時に道家どうけさんに『自分で選んで勝ち取れば、違う世界が待っている』って誘われて。その時自分で選んで努力してみるってことに、興味が湧いたんだ」

「うーん分かんないなー。やらずに上手くいくならそれでいいじゃんって思っちゃいますねー私なら。えーと確か、選んだけど最終的には失敗した。ですよね?」

「……YESだ。僕はそれまでずっと上手くいっていたからな。自分で選んでしまえば、また上手くいく。そう思ってたんだよ……」


 甲賀こうがさんは悔しそうに顔をゆがめた。本当に、失敗するなんて考えてなかったんだろうな。ずっと上手くいっていたから、次も当然上手くいくって。考えてしまう人だったんだろうな。


「でも結果は失敗だ、失敗したんだよ僕は。最初から僕の事を止めようとしていたアイツの言う通りになった。これにはムカついたね。選ぶためにミカンセイ空間に来た僕に、アイツはずっと選ばずに帰る道を案内しようとしてきた。何様だよ。そんな言い方で、こっちが納得出来るか」


 だんだん甲賀こうがさんの口調がヒートアップしてきた。昔のことを思い出している内に、あの人との出来事まで思い出しちゃったのかな。不快感を隠さず、どんどんイライラが増していく。


「あー……失敗した原因が思い出せないから、余計にイライラする! もしかしたら、アイツのせいでイライラしたから失敗したんじゃないないか? そう考えだしたら冷静でなんかいられない……ッ」

甲賀こうがさん、落ち着いて、落ち着いて。さっき自分で言ってましたよ? 『自分で確かめるまで信じない』って。それって確かめようがないじゃないですか。そんなことに怒っても、どうしようもないですよ」

「そうか……そうだな……ありがとう」


 怒り出したかと思ったら、今度は急に静かになる。うーんコレじゃ駄目だよ。

 初対面の私が見たってすぐ分かる。甲賀こうがさんはあまりにも追い詰められすぎてる。後がない人って、こんなにも冷静じゃいられなくなるのかな。


「話が脱線したな……僕は挑みビトとして失敗した。そんな時、道家どうけさんがまた僕の前に来てくれたんだ」

「同じ人が2度来るなんて事もあるんですね」

「あるみたいだな……それで、『今ならまだ今を変えられる。もう一度挑みビトになってみないか』って、希望を与えてくれたんだ。だから今、僕はこうしてここにいる」

「2度目の、挑みビトになるために?」

「YESだ。アイツと違って、道家どうけさんはとてもシンプルだったよ。まっすぐに伝わる言葉をくれる。失敗して自滅した僕にだって、再びチャンスをくれた。これがラストチャンスだ」


 たぶん、私が会う前から甲賀こうがさんは決心してたんだと思う。また挑みビトとして挑むために、こうしてこの列車に乗り込んでいるんだから。

 でも私には、甲賀こうがさんが成功するようには思えない。今のこの人をこのまま送り出したって。きっとうまくいきっこないよ。

 半分無駄だと分かってはいても、つい私は甲賀こうがさんを止める提案をしてしまう。


「言っても無駄かもですけど……もう、挑みビトをやらないって選択肢は無いんですか? 私が見たって甲賀こうがさん、相当まいってるように見えますよ?」

「……NOだ。僕にはもう後がない。この状況を変えるためには、もう一度挑みビトになるしかないんだ。だから僕は焦っているのさ……アンタが見て分かるように、自分でも余裕が無いことくらい分かってるよ」

「そうですか……」


 どうしよう。今の私には、この人に何も言ってあげることが出来ない。分かってあげることも、止めてあげることも出来ない。

 私がやるせない気持ちを抱いた頃、列車内にアナウンスが響き渡った。


「よし! どうやらこれで良かったみたいだな」

「……そうみたいですね」


 私にはもう、この人に何を言ってあげたらいいのか、分からないよ。

 列車が駅に止まり、閉まっていたドアが開く。雷鳴をさえぎってくれていたドアが開いたら、雷の音が強くなる。

 そう私は思ってたんだけど。ドアが開いた先には、静けさが待っていた。

 ドアが開いた空間から見える外は、列車内の窓ガラス越しに見える景色とは違ってる。雷は鳴っていないし、雨も降っていない。


「思ったよりも早く済んだな。再確認も出来たし、個人的にはありがたかったくらいだ」


 機嫌を良くした甲賀こうがさんが列車の外へと歩んでいく。

 それと同時に、列車内に外の空気が入ってきた。外の空気はとても冷えていて、鼻の奥によく刺さる。

 私は自分の目で見て、臭いを感じて確信を得る。

 甲賀こうがさんが降りた先は夜だった。

 とても静かな、夜だった。


「――これから、どこに行かれるんです?」

「ここじゃない、違うミカンセイ空間にさ。挑みビト専用のね……アンタにとっては、ずいぶんと面倒な相手だっただろうな、僕は」

「そう思ってたなら、少しは態度に出してくださいよ」

「NOだ。そう思われてようと、僕は自分を変える気がないのさ……まあでも」

 

 そこで言葉を一度止め、なにやらためらった後。

 甲賀こうがさんは初めて見せる笑顔で、私に向かって謝ってきた。

 謝る時になってやっと笑うなんて、困った人だ。


「無駄な時間を取らせて悪かったね」

「いえ、こちらこそなーんにも出来ずにごめんなさい」

「謝られてもこっちが困る」

「謝ったのそっちが先ですからね!?」

「ハハハハハ」

「なんて言ったらいいか分からないけど……上手くいくと、いいですね」

「言われなくても、そのつもりだよ」


 列車の内と外。居場所は違っても、今だけは会話が成立してる。

 でもそんな時間はすぐに過ぎた。列車はひとりでにドアを閉め、先に向かって進み始める。

 甲賀こうがさんが降車すると。あれだけうるさく鳴り響いていた雷の音が止んだ。雨もどんどん弱くなり、雲の合間から夕陽が顔を出してくる。これじゃ、まるで甲賀こうがさんが雷雨を引き連れていたみたいだよ。


「……引き連れてくるモノ、選ぶモノを間違えてるよ甲賀こうがさん……」


 私には伝えられなかったこと。それは雷が鳴り、雷光が列車内を埋めた時に気付いた、あるコト。自分のことなのに、甲賀こうがさんが気付いていなかった、あるコト。

 それは列車内に雷光が広がる度、浮かび上がっていた2つの影。

 片方は私だったけど、もう1つの影は――()()()()()()()()()()()()()

 最初は見間違いかと思った。でも何度も雷が光って、何度も影が強調されて。その内に気付いてしまった。

 影が見えない甲賀こうがさんの隣に、影だけしかない『誰か』が座っていた……んだと思う。だって雷が鳴り、光が列車内を貫いた時。誰も座っていない位置に影だけが浮き上がっていたから。

 列車内の影は2つだけ。1つは私で、もう1つは誰も座っていない席に影だけが浮き上がっていた。

 本当なら、列車内に影は3つないといけないのに。

 私の目の前にいた人の影は、ついに1度も見ることが出来なかったんだ。


甲賀こうがさんは――いったい、どこで影を忘れてきちゃったんだろう」


 たぶん私が、この列車に乗り込んだ時からずっと。

 甲賀こうがさんには影がなかった。

 この世界で――ミカンセイ空間で影がない事が、何を意味しているのか。それは私には分からない。もしかしたら悪いことじゃないのかもしれない。

 けど、良いことでもなさそうだって、私はなんとなく思ったんだ。直感だけどね。

 これにて5日目おしまい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ