[完結]1-E 第6話 5日目 薄暗い雨の日に その2
いつもの世界じゃ見たことのない、おかしな事に気がついてしまった。
「……あれっ?」
「どうした? 今の説明で、何か分からない事でもある?」
「あっイヤ、えっとすみません。大丈夫ですよく分かってます」
「おいおい、ちゃんと理解してくれよ? ……ああ、何で落ちたら失敗か知ってるのが気になる?」
気になったのはそこじゃないけど、たぶんコレは触れちゃいけない。
何だか嫌な予感がする。コレは、言っちゃいけないやつだ。気付いたことにも、気付かれちゃいけない。
私は誤魔化すために、甲賀さんの話に合わせることにした。
「えーと、そうですね。なんで知ってるんですか?」
「なぜかと言えば、こうしてまた挑みビトになった時に思い出せたんだ。自分は過去にも挑みビトになっていたんだって」
「過去にも? 自分が挑みビトだったことを忘れていたってことですか?」
「断片的には覚えていたさ。でも自分が『何をして』失敗したのか、という記憶を忘れていた」
「はぁ」
「落ちて終わったことだけは覚えているけど、いまだに何をして落ちたのかは思い出せないままだ。たぶん僕があの時願いの対価に賭けたモノの中に、挑みビトに関する記憶もあったんだろう」
「対価?」
なんだか危なそうな言葉が出てきちゃったよ。
鳴り止まない雷と、どんどん強くなる雨音に混ざりながら。私は甲賀さんと会話を続けていく。
「そうさ。願いの対価が大きければ大きいほど、願いが叶った時のリターンも増える。そう道家さんは教えてくれた……まあ、賭けた結果、大失敗したワケなんだけど」
「ドウケさん?」
「なんだ知り合い? まあ案内人の代理人だもんな。むしろ知ってて当然か」
「いや、そう呼ばれてた人を知ってはいるんですけど、甲賀さんが言っている人とは違うかも」
「なるほど。そうだな……僕が知っている道家さんは、髪が真っ白い少年だな。僕と同い年くらいで、ちょっと細身だな」
これにはビックリ。だって、私が知ってる道家って人も、髪が白くて私と同い年くらいの少年だったから。
もしかして同じ人物なのかな。でもまだ良く似た別人って可能性も……。
「アンタが知ってる道家さんは、違う格好をしてたのかい?」
「どう、なんでしょう。私が知ってる道家さんも、そんな見た目なんですけど、このミカンセイ空間では会ったことない……です」
「そうなのか。まあどっちでもいいか……とにかく、僕は道家さんに再びチャンスをもらったんだよ…………」
甲賀さんの話を聞いている内に分かったことがある。甲賀さんにとって大切なのは、私と甲賀さんが言う道家って人が同じ人かどうかじゃないんだ。自分が知っている道家って人を、私に説明することが大切なんだ。
道家さんの話を始めてから、どことなく甲賀さんの目に光が増した気がする。熱にうかされているような、どこか夢を見ているような。私の方を向いているけど、私を見ていない。そんな目をしている。
話を聞く限りだと、私が知ってる道家って人の特徴と一致している。うーん、でもなー。
「…………以前の僕は、挑みビトとして失敗した。ミカンセイ空間で失敗して、その状況をいつもの世界で無理に覆そうとした結果……さらに追い詰められた」
甲賀さんは表情がコロコロ変わる。いや、ずっと眉間にシワを寄せて、焦っている風なんだけど、態度がいろいろ変わるって言うのかな? 言葉に出さなくても見てればすぐ分かる。
道家さんの話をしている時は、あれだけ楽しそうな目をしていたのに。
自分の失敗について語りだしたら、いきなり目に光が無くなった。目を開けているのに、どこを見てるのか分からない。
「傷口を自分で広げてしまったんだ……くやしいけどアイツが言っていた通りだった。傷つけた傷は穴になってしまった。このままじゃ僕に未来は無くなる」
「アイツ?」
「案内人でいるだろう? 頭の上にミカンを乗せてるアイツさ」
「あ、あーいますいます! つい昨日もこの列車の中で会いました!」
たぶんお姉ちゃんであろう、どこか別の世界から来たあの人のことだ!
初日からずっとあの人の関係者ばっかりだったもんね。今日は違うのかと思ってたけど、甲賀さんともなにかあったみたい。
初めて聞く話ばかりの中に、知ってる人の情報が混ざってきた。それだけでついついテンションが上がってしまう。声の調子も上向いてしまう。
「それで、あの人がなんて言ったんです?」
「僕がムカつくことさ。直接何かを言わないくせに、本題の回りだけをぐるぐるなぞるような言い方をして、何度イラつかされたか」
「あー……」
「ハッキリ言ってくれと何度言っても、アイツは口調を変えやしない。僕が何かミスをすれば、すぐに『だから言ったじゃない』だと!? 何を言っているのか分からないと、僕が何度言ったと思ってるんだ!?」
「あ、アハハ……私も似た経験あります」
たぶんコレ、ちょうど自分が昨日体験した事だ。私もあの人と話していると、いつもどこかズレが生じていたし。
甲賀さんにも同じような認識のズレが起きてるってことは。
もしかして、甲賀さんは私といつもいる世界が一緒なのかな? それで、違う世界のあの人と話そうとすると、認識にズレが起こるとか?
うーん、たぶんこれで合ってる気がする。
「だろう? アイツは一体何なんだ。例え言ってることが正しくたって、アイツを信じるなんて僕には無理だね」
「ああ見えても嘘は言ってない人ですよ? まっすぐ伝わってこないのは……それって。甲賀さんとあの人の、認識がズレてたんじゃないでしょうか」
「認識?」
私は自分の考えを、甲賀さんに打ち明ける。
昨日、例のミカンを頭の上に乗せた人と出会った話。
その時教えてもらった、別の世界の人間とミカンセイ空間に会った時に起こるっていう、認識にズレについての話。
あの人はまっすぐ伝えているつもりでも、別の世界の人だっていう話も。だから私たちにまっすぐ伝わってないだけだって。
そう甲賀さんに伝えたつもりだったけど。
「……悪いが信じられないな。アイツが? 正直に話していた? はっ」
「そんな怒らなくても……ここってミカンセイ空間じゃないですか。いつもの世界とは違うことばっかり起きるし、別に不思議でもないと思うんですけど」
「たしかにおかしな事が起こる世界だけど、さすがに違う世界の人間だどうとかは飛躍しすぎとしか思えない。嘘つかれただけなんじゃない?」
「違いますよ! うーんなんでおかしなコトが起こるってのは分かるのに、違う世界の人ってのは分からないんです?」
「分からないんじゃなくて、信じないだけだ。悪いけど、僕は自分で確かめるまで簡単には信じないタチでね」
甲賀さんになかなか信じてもらえない。腕を組んで片目をつむり、話半分で聞いているのを態度にあらわしてくる。
うぬー意外と頑固な人なのかな。自分の考えをなかなか改めない人らしい。
「別にアンタが嘘を言ってるって言いたいんじゃない。代理人が嘘を教える利点がないしな」
「それなら――」
「でも、だ。アンタもアイツからそう聞いただけなんだろ? それじゃあ、アイツが嘘を言っていない根拠にはならない。常に正直なことしかしゃべらないなんて、逆にうさん臭いじゃないか」
「それは……そうですけど」
「僕はアイツが信用出来ない。嫌いだからってだけじゃなく、色々考えた上で、だ。僕がこうなったのだって、アイツがちゃんと教えてくれなかったからだ。今さら誤解でしたなんて、納得出来ない」
ダメだ、私には甲賀さんを納得させることが出来ないや。
この時になってやっと気が付いたよ。甲賀さんは今、余裕が無いんだ。完全に余裕が無くなって、今まで自分が考えてきたことを変えることも出来なくなってる。
たぶんこのまま、あの人の話をしても。甲賀さんから冷静な答えは返ってこないんだろうな。
うーん、こうなったら仕方ない、話題を変えてみよう。
私は別の疑問点を先に聞いて、まずは甲賀さんに落ち着いてもらう事にした。




