[完結]1-E 第6話 5日目 薄暗い雨の日に その1
5日目は雨模様。
空は雲におおわれ、夕日はどこにも見当たらない。今日は朝から雨がずっと降り続いている。
私は駅のホームに備え付けられたベンチに座り、どんよりしている空を見上げた。屋根の下から見える空は狭い。そんな限定された空でも、空に光る雷が見て取れた。
「うひゃー。雷が鳴る前に駅に着けてラッキーだったかも」
思えばさっきまでより雨足も強くなり、空もどんどん暗くなってきている。今日はもう夕日は見れそうにないなー。
私は流れていく雷雲を見ながら、さっきまで見てきたことを思い返していた。
「……すっごい人だかりが出来てたなぁ……」
今日の駅前通りは、昨日までとは様子が違っていた。いつも立ち寄る骨董品屋さんの前には人だかりが出来ていて、ショーウィンドウにはブルーシートがかけられていた。
しとしと雨が降っているのに、みんな傘を差しながら。どんどん、どんどん店の前に人が集まっていく。
人が集まっているから、そこに何があるのか気になる人もいる。気になった人たちの一部は、人の集まりに加わりたがる。そうしてどんどん人混みが増していく。
集まりたがる人たちが、進入禁止用に巻かれたテープの前に集まって。いつの間にか人の壁を作り出していた。
店の前に集まった人たちはみんながみんな、それぞれ得た噂を、別の誰かに広めていく。どこまでがホントで、どこまでウソか。誰も分からなくなっていく。
今日はショーウィンドウの前に立ち寄れそうもないかな。そう思った私は店の前を通り過ぎるついでに、人の壁からもれてくる声に耳を傾けてみた。
耳に入れた情報を、自分なりに解釈して、分類して。組み替えながら駅に向かい、こうして駅についた今。
私は列車を待ちながら、ベンチに座って考えている。
「聞いた話をまとめると。昨日の夕方頃、骨董品屋さんに軽トラが突っ込んだ。それに巻き込まれた人がいて、入院している。ここまでホントなんだと思う。桃原さんが言っていたのは、この事故のことだったのかな……」
誰に聞かせるでもない言葉をつぶやきながら、私は考えをまとめていく。
事故が起きたのは夕方ってことは。一昨日、桃原さんからアドバイスされて、私が早めに駅に着いた頃に起きたのかな。もしいつも通りあのお店に寄っていたら、どうなっていたんだろう。考えるだけでゾッとするよ。
「あのハムスター、無事かなぁ……」
ショーウィンドウの中にいたハムスターと言えば。よく分からなかったのは、みんなショーウィンドウの中にナニがいたのかって部分。この部分がぜんっぜん噛み合ってなかった。
まるでみんな、ショーウィンドウの中にいるものが違って見えていたような話し方だった。どう見たってハムスターだったと思うんだけどなー。
「……っと」
色々考えているうちに、列車が到着する時刻になっていたみたい。アナウンスが流れた後、駅の中にいつもの列車が走り込んできた。やっぱり今日も、この列車に乗るのは私だけみたいだ。誰もいないことを確認して、私は傘を振って水滴を払う。それから、いつも通り5両目から列車に乗り込んだ。
列車が駅を離れ、だんだんと進む速度を上げていく中。私は4両目に居るであろう人を観察する。
いつも誰かが座っている、いつものあの席に。やっぱり今日も、誰かがいた。
「んー」
座っていたのは……同年代の少年に見える。顔の前に両手を組んで、常に足を貧乏ゆすりさせている。なんだかイライラして、落ち着かない印象。
不機嫌そうだけど、悪い人には見えない。嫌な予感もしないことだし、今日も話しかけてみようかな。そう考えた私は、5両目から4両目へ。
「こ、こんにちは~」
「……こんにちは」
私から話しかけると、少年はちゃんと返事をしてくれた。話は通じそう、かも。
こっちを向いた少年は、なんだか暗い顔をしていた。目の下のクマも凄くて、とても寒そう。貧乏ゆすりをしているせいなのかな。
こうして4両目に入ってみた気付いたけど、列車内が薄暗い。雨が降っているからってだけじゃなく、列車内の照明自体が暗く感じる。
いつもと違う雰囲気を感じながら、私は少年の対面座席に腰をおろした。荷物を置きながら、とりあえず間を持たせようと話しかけたけど――
「えーとですね。その席に座ってるってことは、何か手紙が――」
「悪いけど、僕には時間が無いんだ。前置きは止めて欲しい」
いきなり話に割り込まれた。少年の表情は真剣そのもので、なんだか昨日まで話してきた人たちとはまとう雰囲気が違う。ちょっと考え直さないと駄目かも。
「僕は君が代理人だと言うことも、ここがミカンセイ空間の中だと言うことも知っている。次に行く条件は『君の質問に答える』だ。そうだろう?」
「え、えーとそうなんです、か? ゴメンなさい私イマイチそこのところよく分かってなくて」
「しっかりしてくれよ……僕は迷いビトなんかじゃない。挑みビトとしてこの世界に来たんだ。出来るだけ急ぎたいんだよ」
そう言われても……挑みビト? そう言えば前に桃原さんもそんなこと言ってた。昨日いたあの人にはすっかり聞き忘れてたけど、そうだよ挑みビトだよ。謎の言葉で気になってたんだよね。
「じゃあソレ! 挑みビトって私よく知らなくて。ソレについて聞きたいです!」
「分かった。他には?」
「じゃあ先に、一応お名前を聞いてもいいでしょうか……?」
「他は?」
「とりあえずはそれくらいで」
「なら、手早く終わりそうだ。まずは名前からだったか……」
少年は組んでいた手を解き、ずっと続けていた貧乏ゆすりも止めた。上半身を起こして背もたれにもたれかかりながら、私の方をまっすぐ見てくる。そして
「僕の名前は甲賀。名字だけでいいよね?」
目の前の少年は、自分の名字はコウガだと伝えてきた。一応漢字でどう書くか聞いて、メモに残してみる。
「次は挑みビトについてか。迷いビトについては知ってるんだろう?」
「まあ、大体は。甲賀、さんは今挑みビトなんですよね?」
「YESだ。迷いビトは――」
「%#$」
甲賀さんが返答した、ちょうどその時。空一面に光が走り、列車内も閃光につつまれた。続けて、空間全体を揺らすくらい大きな音が飛び込んでくる。
思わず変な声を出しながら、私は耳を抑えてしまう。光ってから数秒遅れで大きな雷鳴が耳に届いたってことは……すぐ近くに雷が落ちたのかな。
「……うん?」
視界の端っこで動くナニかが見えて、そっちを向いてみると。甲賀さんが呆れた顔で手を振っていた。そうだった話の途中だった。あわてて私は耳から手を離し、話を聞く体勢へ。
「……しゃべっていいかな。」
「あっはい、すみませんもう大丈夫です」
今は代理人! しっかりしないと。私は改めて甲賀さんへ向き直る。
「迷いビトはその名の通り、このミカンセイ空間に迷い込んでくる人たちのこと。挑みビトもその名の通り。ミカンセイなこの世界で、自らが望むナニかを得るために挑む人のことさ。今の僕みたいな人間のことだと思えばいい」
それにしても雷が鳴り止まない。さっきよりは遠くで鳴ってるみたいなんだけど、それでも空がピカピカピカピカ光りっぱなし。雷鳴が届くたび、列車の窓ガラスが震えているのがよく見える。
「運、とでも呼べばいいのかな。流れといってもいいかもな。ミカンセイ空間でならいつもの世界の自分を取り巻く、色々な流れを変えることが出来るんだ」
あんまりにも雷が光るから、なんだか目がチカチカしてきた。私は目を細めながら、甲賀さんの話を聞いていく。
「アンタも経験あるだろう? 突然運が良くなったり、悪くなったり」
「運勢ってやつですね。私も……信じてます。一応」
でも私、自分にとって都合のいい部分しか信じないタイプなんです……なんて言える雰囲気じゃないよね。それに甲賀さんが言う『流れ』ってミカンセイ空間が関連しているみたいだし、いつもの世界基準で考えちゃっていいのか分からないし。一応信じている事には間違いないんだし、嘘は言ってないよ、嘘は。
「そういった流れを、自分で選んで変えるために。僕は挑みビトになった」
雷が外で光る度に、甲賀さんの顔が暗くなる。何度も光る雷のせいで、目を細めてしまうからなのかな。なんだか甲賀さん全体が、黒い影みたいな人に見えてきた。
「挑みビトは事前に目的地を案内人に教えられ、自らの意志で道を選び、進んでいく」
空で雷が光る度に、2つの影が際立つ。
雷が止んでる暗がりの時よりも、影がよく目立つ。
「そして目的地にたどり着けば成功。途中で落ちれば失敗。簡単だろう?」
そうした変化を見るうちに。私はある異変に気が付いた。
いつもの世界じゃ見たことのない、おかしな事に気がついてしまった。




