[完結]1-E 第5話 4日目は、ミカンなあの子 その2
「えっ何!? 何コレ!?」
頭の上に手を乗せてみると、何やらブヨブヨとした『ナニか』が乗っている。
私はあわてて後ろを向いた。列車の窓ガラスに反射するであろう、自分の頭の上に乗っているナニかの姿を確認するために。
でもそれは叶わなかった。窓ガラスに自分は映っていたけれど、頭の上には何もない。頭の上に伸ばした手の中には、何も見当たらない。
「たぶん今のあなたには見えないわよ?」
「見えないですけど、でも何かあるんですよ!?」
何も見当たらないけれど、私の手にはナニかに触れている感触がある。ブヨブヨとした、小さな丸いナニかがある。
混乱している私に向かって、マフラーで顔を隠した彼女はこう言った。
「未完成だもの。触れることは出来ても、まだあなたからは見えないのよ」
「そんなことってありえるんですか!?」
「ありえているじゃない。今あなたのが体験している通りよ。別に危険はないから、そのまま放っておきなさい。」
「言われてみれば……でも気になります」
「色々教えてあげたいけど、多分今のワタシが何を言ってもあなたにはまっすぐ伝わらない。ココってそういうところよ?」
「そんなこと言われてもぉ~……コレ! コレって何なんです? 今何が乗ってるんですか?」
私は自分の頭の上を指差した。私には見えないナニかだけど、彼女には見えているナニか。
なら、彼女に何が乗っているのか聞けばいい。そう考えたんだけど……
「あなたに見えていないなら、今は知らない方がいいってことじゃない?」
彼女はイジワルだった。イジワルだし上から目線な人だこの人。今は知らなくてもいいって言われても、そう言われると逆に気になっちゃうよ。
私は頭の上にある謎の物体を、取り外せないか試しに揺すってみた。しかし頭の上に貼り付いてるのか、少しも離れる気がしない。
頭の上のナニかを揺すっている内に、ある変化があった。
「!?」
目の前が暗くなるというか、ノイズが走るというか。座りっぱなしだった時にいきなり立ち上がった時のような、目の前が歪む感覚と共に。彼女がぐにゃりと曲がって見え始めた。
私はビックリして何度もまばたきをする。でも焦点が合っていないのか、なんだか彼女がおかしく見えてきた。
「う、うん?」
右目には、頭にマフラーをぐるぐる巻きにしている彼女が見える。こっちはさっきまでと同じ。
だけど左目には、マフラーを首に巻いている、素顔を隠していない彼女が見えた。
彼女をハッキリ見ようとしても、2つの像が目の前で半分重なってて、半分外れてて。彼女の顔が見えているようで、うまく見えない。
「……見たところ……半人前って感じかな? コナツにこうやって代理人やらせてるのも、墨染さんなりの修行代わりなのかもね……」
それに聞こえてくる声も変わった。マフラー越しに発せられるくぐもった声から、ハッキリとした声に。しゃべり方も高圧的な雰囲気から、どこか砕けた感じに変わってる。
右目から見る彼女は足を組み、背もたれに体を預けて威圧的な感じだけど。
左目が捉える彼女は、右手で自分の右頬をかきながら苦笑いしてる。
2人の彼女が発する声は1つにまとまっていて、私にはこう聞こえた。
「…………未完成でも、そうやって自分を持ってるのは確かだから安心してね……しっかし、そうなるとマズったっぽいなー。こっちじゃなくてあっちだったか~~。あーあ、乗る列車間違えたなぁ…………」
同じ人を見て、同じ人の声を聞いているハズなのに。話し方も声の感じもまるで別人だ。理屈は理解出来ないけど、なんだかコレはこういうものなんだって、実際に体験して納得している感じなのかな。
ハッキリしない視界にモヤモヤして、私は目を強くこする。
すると、次に目を開けた時には彼女の姿が1つになっていた。頭にオレンジ色のマフラーをぐるぐる巻きした、怪しい姿に戻っちゃってる。
「あ、あれ???」
「? どうかしたの?」
しゃべり方も元に戻ってしまった。いや、彼女のしゃべり方は変わってなくて、私への聞こえ方? がさっきまでと同じように戻ったってこと?? これが認識がズレてるってこと??? うう、頭が痛くなってきた。
「ミカンセイ空間って難しいです……」
「いつもの世界と同じように考えるから難しく感じるの。慣れてしまえば簡単よ。まあ伝わらないものはしょうがないから、話題を変えましょう。ワタシから話してもうまく伝わらない。なら、逆にしてみない?」
「逆に?」
「そう。あなたが頼まれたって事をワタシに話してみて欲しい」
「えーと、それなら、ですね。今日まで色々な人に会ってきて。その人たちからあなたに伝えてくれ、って言う伝言も聞かされてて。ついでなので、今から伝えてもいいでしょうか?」
「いいわよ。なに?」
分からない事に悩んでてもしょうがない。まずは頼まれた事をこなさないと。
私は気分を切り替えて、昨日まであった事を彼女に話し始めた。誰から頼まれた伝言か伝えて、その時何があったかも簡単に伝える。本人は伝言なんて無いって言ってたけど、一応昨日会った桃原さんについても伝えてみた。
「…………それで、桃原さんに言われた通りにしてみたんですけど。桃原さんが言ってた事件らしい事は何も起こってなかったんですよ。正直言うと何が変わったのか、よく分からなくて」
「……2つ、確認しておきたいことがあるわ」
そう言うと彼女は握りこぶしを作った状態で、右手をまっすぐ伸ばしてきた。その形から人差し指と中指だけを伸ばし、ピースサインを作る。
「あなたは今日もここに来るまでに、『帳』の前に寄ってきた。そうよね?」
「ンー、『帳』ってあの駅前にある骨董品屋の事ですよね。はい、今日も寄ってきました。でも桃原さんに言われた通り、中には入ってません。ショーウィンドウの前に立って、中にいる子たちを眺めただけです」
「眺めただけ……つまりショーウィンドウの中にナニかが見えたワケね?」
「? はい、そうですけど」
「そのショーウィンドウの中に、『あなたは何が見えた』の?」