[完結]1-E 第5話 4日目は、ミカンなあの子 その1
4日目。この日の空は特別キレイだった。
昼下がりまで降り続いていた雨が止み、夕焼けに混じって空には虹がかかってる。ほどよい風が頬をなで、雲を小さく散らしていく。
オレンジ色っていうほど濃ゆくはないけど、黄色というのもまた違う。どこか緑っぽいところもあるし……
「うーん……みかん色?」
自分で口に出して言ってみると、思いのほかしっくりきた。
今日はみかん色な空ということで。そんな色につつまれる駅へ、今日も私は歩みを進める。
昨日桃原さんに言われた通り、骨董品屋に長居はしなかった。表のショーウィンドウをちょっと眺めただけで、店内にも入っていない。これでいいんだよね?
寄り道する時間を減らした分、駅に到着するまでの時間が早くなった。こんなにも早く駅に着いたのはいつ以来だろう。私は昨日よりも早く駅に着いて、今日も今日とて誰もいない駅のホームで列車を待つ……ハズだったのに。
向かいのホームへ備え付けられているベンチに、誰かが座っていた。
「あんれ?」
2本ある線路を挟んだ向こう側に1人の女の子が居る。
驚いてキョロキョロ辺りを見回すと、こっち側のホームからあっち側のホームへ繋がる陸橋があった。ここを通っていけば、向こう側のホームにたどり着けるんだね。そうだよね、別に入れない場所なワケないよね。
でも、向こう側のホームに誰かがいるのを見るのは初めてな気がする。
「この時間帯に誰かいるなんて珍しいな~」
女の子は下を向いて、何かを読んでいるのかな。みかん色の夕陽が眩しくて、ここからじゃ顔がよく見えない。
私はこっち側にもある、線路近くのベンチに座ろうとする間にも。物珍しくて女の子をジロジロ見てしまう。ついつい観察してしまう。
年格好は自分とすっごく似てる。というか同じ制服にしか見えない。
今日の髪型や持ってるカバンまで一緒だし、なんだか鏡を見ているみたい。
思わず変なポーズを取ってみたけど、当然向こう側にいる子は自分と同じポーズなんて取らない。
ずっと下を向いたまま、何かを読んでいるまま……あ、今ページめくった。
「そうだよねー。鏡なワケないよね」
ここ数日変な事ばかり体験しているせいなのかな。まだ列車に乗ってもいないのに、ミカンセイ空間の中にいるような気分になってしまう。
あー早く列車来ないかなー。
早くホームに着いたとしても、列車が定刻より早く来てくれたりはしなかった。
ただ待ってるのもアレだし今のうちに、例の頭の上にミカンを乗せた子に伝えてくれって頼まれた伝言でもチェックしとこうかな。
そう思いカバンからメモ帳を取り出し、ページをめくる。
「……あれっ」
この時になって、ふと気付くことがあった。
真似するつもりはないけれど、今私がやってる動作って。
もしかしなくても、向こう側のホームにいる子と同じ……?
「ッ!?」
どうしても気になって、私は目線を前に向けた。向こう側のホームにいる、自分によく似た姿をした子を探して。
でもその行為は叶わなかった。いつの間に駅に入ってきたのか、向こう側の線路に列車が走り込んできた。ブレーキ音を出しながら、向こう側の線路に停車する。
一体、いつの間に。
駅に入ってくるアナウンスも、列車が進んでくる音も。私にはぜんぜん聞こえなかったのに。
「えええ? いつの間に?」
止まった列車が進み出す。そして列車が去った後には、もうあの女の子はいなくなっていた。いつも通りの、誰も何もいない向こう側のホームになっていた。
あの列車に乗って行ったん、だよね……?
「……わっわっ! なんか寒気が」
いつもと違うことをしたら、いつもと違う事が起きた。何だか不思議な事を体験して、よく分からない鳥肌を立ててアタフタしていると。
ホームにアナウンスが響き渡った。どうやらこっち側のホームにも、いつもの列車がやって来るみたいだ。ほどなくしていつもの列車がやって来た。
こっち側のホームはいつも通り。列車が完全に止まっても、降りてくる人は誰もいない。そして列車に乗り込むのは私だけ。
いつも通りに5両目から列車に乗って、いつも通りに発車時刻を待ってみる。
そして私だけを取り込んで、定刻通りに列車は進み始めた。
「なーんか、不思議体験だったなー……って、今からするのも不思議体験か」
自分で自分に突っ込みをいれてしまった。なんだか頭の中がモヤモヤする。
切り替えていかないと! 私はモヤモヤを払いたい一心で、5両目から4両目の中を覗く。
すると、4両目の中には――1人の女の子がいた。
「あ」
見知らぬ学校の制服? みたいな服を着ている女の子は、いつも誰かが座っていたあの席には座ってない。
列車の真ん中にある通路に、足を肩幅まで広げて立っていた。両腕を胸の下で組んで、身体の正面を私がいる5両目に向けていた。
これだけならまだ普通のカテゴリーなんだけど。なんだけど……
「あーーーーーー!!」
4両目の中にいる女の子は、なぜか顔全体をマフラーでぐるぐる巻きにしていた。オレンジ色のマフラーを何重にも巻きすぎて、頭が丸い球体になっちゃってる。
制服の首からオレンジ色の球体が生えてるみたい。それに、ぐるぐる巻きにしたマフラーの上に。おそらくマフラー越しに――頭の上に。
「ミカン乗せてる!!!!」
頭の上にミカンを乗せた女の子がいた。
「……突然人を指差しながら叫ぶなんて……ずいぶんと非常識ね」
あなたには言われたくないんですけど!? ……ってついつい叫びそうになったけど必死にこらえる。
いくら変な人だからって、初対面の人相手に乱暴な事は言えないよ。なるべく落ち着いて、冷静な言葉で話していかないと。
「ひ、非常識、ですかー。さ、さすがに頭にマフラーぐるぐる巻いて顔隠してる人に言われるとは思ってなかったなー、なんて……」
ああっダメだ! どうしてもイライラが隠せない! 言ったそばから後悔するような事なんで言っちゃうかなああ!
絶対機嫌悪くなるよ、これから話し相手になるのにもう。
そんな、自分のミスに頭をかかえている私を見て。彼女は予想外のことを告げてきた。
「……そう。そう見えているということは、あなたとは相当認識にズレが起きてるみたいね」
彼女が言った言葉は、私にはよく理解出来ない。認識にズレ? カワイ子ぶるつもりはないけど、つい口元に指をあてて小首をかしげてしまう。
「ズレ?」
そんな私を見て、彼女はふぅっと息を吐いた。マフラーでぐるぐる巻きになってなかったら、死んだ魚みたいな目が見えたに違いない。
続けて両手を広げ、『やれやれ』とでも言いたそうなジェスチャーを取ってくる。頭全体にマフラーをぐるぐる巻きしてる人からこの動作をやられると、なぜだか無性に腹が立つなぁ!
でも駄目だ、落ち着かないと。とりあえずは5両目から4両目へ移動して、彼女との距離を縮める事にした。こんなに離れてちゃ話するのも大変だしね。歩み寄りは大事、歩み寄りは大事。
そう心のなかでつぶやきながら、私の方から話しかける。
「ええとですね。たぶん座席に手紙があったと思うんですが――」
「とりあえず。ココにきて座ったら?」
でも彼女は最後までしゃべらせてくれない。私の言葉を叩き切るように言葉を挟んできた。思っていたよりもグイグイくる人なのかも。断る理由は見当たらない。
私は彼女が右手で指差す座席へ、しぶしぶと腰を下ろす。それに合わせて彼女も座席へ飛び乗るように座った。
彼女が座った席は、いつも誰かが座っているあの席。やっぱりみんなそこに座るんだね。
「では、ですね。ではなんですけど、あの――」
「説明は必要ないわ。ワタシ案内人だから。別に迷いビトでもないし、あなたに話すことも何も無いし」
しゃべらせてくれない! この人自分のなかで結論出しちゃうタイプの人だ。
「で、でもですね? 私一応おじさんに頼まれて――」
「オジサン? 墨染さんの事かしら?」
「スミ、ゾメ……」
「こんな事する案内人だと、あの人くらいしか心当たりがないもの。まったく何でワタシがこんな――」
「スミゾメってオジサンの名前ですか!?」
「え、ええ。そうだけど。墨染さんから聞いてないの?」
「いいえ全ッ然! いつの間にか名前聞くタイミング逃しちゃってて、おじさんで通じるからいつもおじさんって読んでて……そうなんだスミゾメさんって言うんだ……漢字は!? どんな漢字ですか!?」
「墨汁のボクをスミって読んで、ものを染めるのソを漢字一文字でゾメって読んで――」
「なるほどなるほど。コレって名字ですよね? 下の名前はなんて言うんで――」
「ちょっと。ちょっと、近いから。一回落ち着いて」
彼女に両肩を押されて、初めて気がついた。
いつの間にか私は座席を離れ、彼女に息がかかるくらいまで顔を近付けていた。マフラーのせいで顔が見えないけど、態度で困っているのは分かる。なんだかさっきと立場が逆になっているような。
「あ、ゴメンなさい」
「まったく……気になる事に夢中になったらすぐに周りが見えなくなる。変わってないのね」
「よく言われます……ってアレ? もしかして知り合いだったりします?」
「ええ。あなたとは知り合いじゃないけれど、あなたとは違うあなたとは知り合いだから」
「……私、今からかわれてます?」
「正直に話しているつもりよ? まっすぐ伝わってないのなら、それだけあなたとワタシの認識にズレが生じているんでしょうね」
「うむぅ。さっきも言ってましたけど、その『認識にズレ』、って一体なんなんですか?」
「言葉の通りよ。あなたとワタシでは元いた世界が違う。だからミカンセイ空間に来てお互いが接触しても、同じ世界同士の人と同じようにはいかないの。どうしてもお互いの認識にズレが生じてしまう」
コノ人ハ何ヲ言ッテイルンダロウ。
ああいけない一瞬思考が飛びそうになってしまった。
「認識にズレが生じている場合、『コレ』が補正をかけてくれるんだけど……あなたの『ソレ』は、まだ未完成みたいね」
彼女は右手で自分の頭の上にあるミカンを指差しながら、『コレ』と言う。
そして左手で私の頭の上を指差しながら、『ソレ』と言う。
まるで自分の頭の上に乗せているモノと似たナニかが、私の頭の上にも乗っているような言い方だ。
「ソレ? いやいや、私頭の上になんか何も乗せてませんよー」
「……見えてないようね。とりあえず触ってみたら?」
否定してみても、彼女の目線は私の頭の上のまま。うーん仕方ないなぁ。
何も乗っていないことを確認するために、私は自分の頭の上に手を伸ばした。
「ほら、やっぱり乗ってな…………あれ。アレ???? なんかある!?」
指先に、なんだかブヨブヨした感触があった。あわてて両手とも頭の上に伸ばす。
彼女が言っていることを冗談だと笑い流すためだったのに。
彼女が言っていることを本当だと認めないといけなくなってしまった。
彼女が頭の上にミカンを乗せているのを変だ変だと思っていたのに。
私の頭の上にも! 何か乗ってる!?




