[完結]1-E 第4話 3日目は、モモをお供にそもそも論 その2
どう答えたらいいか分からず困っている私を見て、桃原さんがある行動に出た。
「……ふふっ。まさか自分がこれを言う側になるなんてな」
じっとこっちを見てたと思ったら急に笑いだした。何を思い出したのか分からないけど、いきなりすぎてビックリする。
「どうしたんです? いきなり」
「失礼、関係ない話でした……丙家さんは、パラドックスって知ってますか?」
「ぱらどっくす? あの、タイムパラドックスとかで聞くパラドックスですか?」
「それで合ってます。単純に言えば、僕がこれからすることがタイムパラドックスに当てはまるかもしれません」
「はぁ」
「これを伝えることが正しいのかどうか、正直僕には分かりません。これから僕が告げる事は、あなたの未来を変えてしまう行為なのかもしれない」
桃原さんはアゴに手をあてて、考えながら話を進めていく。
「でもですよ、丙家さん。そもそも僕には、なぜあなたと遭うことになったのか理由が見当たらないんです。あの店の前でぶつかりましたが、それだけです。以前僕が迷いビトだったからと言って、今になって呼ばれるのも何か違う」
「だったってことは、今は迷いビトじゃないんです?」
「ええ、何度もミカンセイ空間に行き来していますが、今は迷いビトではないんです……すみません話を戻しますね。丙家さんに遭う理由が見当たらない僕がこうしてあなたの話し相手に選ばれた。しかも同じ時期にいるあなたではなく、僕にとっての過去である時期を過ごすあなたに伝える事柄」
細い目を開きながら、じっとこっちを見つめてくる。真剣そのものな目つきだし、冗談を言うつもりもなさそう。
なんだか凄いことになっているような気がする。私はよく分からないまま、流されるまま桃原さんの言葉を待った。
「コレこそが今日この日に、僕がこのミカンセイ空間であなたに出会う理由なんじゃないかと。コレを伝えることが正しいんじゃないかと。僕はそう思うんです」
「なんだか怖いぁ……なんでしょう?」
「明日あの駅前の骨董品――『帳』に寄るのであれば、店内に入らないでください。店頭にも、決して長居してはいけません。必ず今日と同じ、この列車に乗り込んでください」
桃原さんは明日、あのお店に寄っても店の中には入るな、すぐに立ち去れ。そう私に伝えてきた。
「……それだけですか?」
「ええ、これだけです」
「はぁ~」
「拍子抜けしました?」
「正直言うと、はい……なんだか凄い話になってたから、てっきりもっと凄いこと言われるのかと思っちゃいました。君は何日後に死ぬ! みたいな」
「さすがにそんな大層なことは知りませんよ。そもそも、僕があなたに会ったのは2週間ぶり……丙家さんからすればついさっき、あの店の前で会ったきりですから」
身構えていた分、身体から一気に力が抜けた。思わずため息がもれてしまう。そんな私を見たせいなのか、桃原さんの声に笑いの成分が混じってる。
「なーんだ、そうだったんですか。未来から来た人だって言うから、明日から私とトウバルさんが色々あったことを知ってて、その事について言われるのかと思っちゃってました」
「勘違いしやすいですもんね、そこ。未来から来た人っていう前提が、そもそもミカンセイ空間くらいでしか起こり得ない。だから未来から来た人=自分の未来を知っている人だと勘違いしてしまうんです」
「? それって何が違うんでしょう」
未来から来た人がこうして明日なになにをするな~って伝えにきた。なら、その人は私の未来を知ってるってことなんじゃ?
つい首をかしげていると、桃原さんは私に理解させようと話を掘り下げてきた。
「未来から来た僕は、丙家さんにとっての未来にあたる明日、何が起こるか知っているかも知れない。でも『何が起こるか知っている』と『誰に、何が起こるか知っている』とは=にならないんですよ」
「うーん???」
「そうですね……これならどうです? 僕は丙家さんから見て2週間先から来た。つまり丙家さんにとっての2週間先を経験している。これは分かりますか?」
「それなら、まあ」
「なら、僕が丙家さんにとっての2週間先を経験している人間だとしても、丙家さんにとっての2週間後――『今の僕が居る時期』に至るまでの、丙家さんが過ごす2週間を、僕が知っているわけじゃあありません。これでどうでしょう」
「……なんだか頭が痛くなってきました」
今鏡見たら顔に?マークがいっぱい浮かんでる気がする。何をどう理解すればいいのかも分からない。
うんうんうなっている私を見て、桃原さんが笑ってる。ごめんなさいバカで。
どうにも飲み込めず、理解が遅い私に合わせて桃原さんが伝え方を変えてくれた。
「なら言い換えましょう。明日から、あなたが送る13日間を、僕はほとんど知りません。知っているのは、明日あの店である事が起こるという事くらいです」
「ああそれなら分かります……ってあの店? あの骨董品屋さんですか?」
「ええ。明日、あの店である事故が起こります」
「事故……」
「その通り、事故です。僕は明日起こる事故の事を知っている。そしてぶつかった時、あなたがあの店の中に入っていったことも知っている」
「見てたんですか!?」
「ええ、珍しい人だったので、つい。それでなんですが、もしかしたらあの店に良く通われているんじゃないかと思いまして」
なんで分かるんだろう。これって推理とかいうやつなのかな。
私を首をブンブン縦に振りながら、当たっている事を桃原さんに伝える。
「ソレ当たってます。私毎日ってくらいあのお店の前を通るので、帰る途中はだいたいお店の前のショーウィンドウに寄り道しちゃってます」
「それは良かった。なら話は簡単です。僕がこうして、これまで喋ってきたことは――」
「ことは?」
「あの店によく行かれる丙家さんが、明日あの店で起きることに巻き込まれないように。僕が勝手に、お節介な事をしただけなんです。」
「……なるほどー」
自分ながらなんてテキトーな返事だろう。正直言って話の半分も分かってない気がするけど、とりあえずやっちゃいけない事くらいは分かったよ。
「えーと、それじゃあ……ホントに明日、ココに早く来るだけでいいんですか? 誰々に会え! とかそういうのも無く?」
「大丈夫なハズです。今日と同じ時間に来さえすれば、何の問題もない、と思います」
「あはは……(そこは言い切って欲しいな! なんだか不安になるから!)」
なんて初対面に近い人に言えるハズもなく。
なんとなく燃え切らないまま、未来から来たって話は終わりになってしまった。
「――さて。すみません先に時間を取らせてしまって」
「あっいえいえこちらこそ。頭悪くてゴメンなさい。えーと、次はなんでしょう?」
「僕が丙家さんに話をしておかないといけないことは終わったハズです。ですから……そうですね。これまで誰と、この列車内で会ったかなんて聞いてもいいでしょうか?」
私がココで誰に会ったか、かー。おじさんから今まで会った人の事を話しちゃ駄目だなんて聞いてないし。たぶん大丈夫だよね。
「それは……大丈夫だと思います。えーとですね…………」
ちょっと悩んでみたものの、私は桃原さんにこれまで会った人たちのことを話し始めた。なんて言っても、昨日と一昨日の2人だけなんだけど。
昨日会った、ミカンジュースを握ってた男の人の話をして。
それから一昨日会った、梨を持った少年の話をした。
最後に2人が共通して話題にしてた、頭の上にミカンを乗せた女の子の話。
あとは……話し忘れてる事がないか、私が頭の中で確認していると。桃原さんがこう切り出してきた。
「ああ、彼とも会ってたんですか」
「知り合いです?」
「ええ、このミカンセイ空間内で、光る梨を持っているのは彼くらいなモノですから。彼――初君とは一緒に案内人の手伝いをしています。話題に挙がっていた、頭の上にミカンを乗せた彼女のね」




