[完結]1-E 第4話 3日目は、モモをお供にそもそも論 その1
3日目。今日の空はというと雲がまちまち。ほどほどに青色で、ほどほどに灰色。
「ここはいつも通りだね」
やっぱり今日も、列車に乗り込んだのは私だけ。昨日と同じく、5両目から列車に乗って、発車時刻を待つ。この間、4両目の方は見ない。おじさんに見てはいけないなんて言われてないけど、なんか見ない方がいい気がするから。
本日も決められた時刻通りに、決められたレールの上を進み出す。真面目な列車は、私だけを加えて発車した。
「さーてさて。今日はどんな人でしょう」
昨日は上手くいった(と自分では思ってる)から、今日も昨日と同じように行動しよう。いきなり4両目には行かず、5両目から4両目の中をうかがってみる。
すると中には、1人の少年がいた。座っているのは、夕日に向かい合ういつものあの席。
昨日も一昨日も、そしていつもおじさんがいる席も。みーんな同じ、あの席だ。
(この人も、昨日の人みたいに手紙もらってその指示に従ってるのかな?)
うん? よく見ると少年の顔に見覚えがある。なんだかさっきすれ違った人に似てるけど、似てないぞ? どういうことだろう。
少年は……やや細め? でいわゆる中背。年頃は自分と同じくらい。
くせ毛気味の髪をしているだけで、特に変わったところはない……んだけど、髪の色がさっき会った時と違ってる。あのお店の前で会った時は濃い茶色だったのに、今は髪の色が桃色になってる。
(うーん気になる)
聞いてみたいことはある。嫌な予感はまったくしない。なら、いいか。
私は今日も、4両目で待つ誰かの話を聞くことにした。
「こんにちは。さっきは、どうも」
「――おや、あなたはいつぞやの」
少年は細い目をすこし開いて、こっちを見てきた。やっぱりさっき会った人と同じように見える。手にはガラスで出来たモモみたいなオブジェを持っているし、間違いないと思う。
「いつぞや? あれ、ここに来る前に会いませんでしたっけ? その、駅前通りにある骨董品屋? みたいな『帳』っていう店の前で」
「ふむ……それは、いつ頃あったことでしょうか」
「いつ頃って。ホント数十分も経ってないと思うんですけど……お店の前でぶつかったじゃないですか」
忘れるにしたって早すぎるよ。もしかしたら双子だったりするのかな。少年は下を向き、少しのあいだ考え込んでいた。
「確認したいのですが、僕があなたに会ったのは駅前にある『帳』という骨董品屋で、つい先ほどだと。それで間違いないでしょうか」
「……? はい、そうですけど」
当たり前なことを確認されると、なんだかどう答えたらいいのか迷う。
「そうですか。だとすると、あまり迂闊なことは言えませんね……」
「??? え、えーと分からないならいいですよ。それよりもその席に座ってるってことは、何か、手紙とかもらってませんか?」
「ああ、そちらについては大丈夫です。手紙に書かれた手順通りにあなたがこの場所に来た時点で、あなたが代理人だと言うことも理解しました」
「そうなんですか(うーん頭の回転は早そう、かな?)……なら、ミカンセイ空間って言う世界のことも?」
「ええ。それなりに把握しています。どうぞ、そちらにおかけになってください」
「え? あ、ああゴメンなさい」
少年に促され、私は少年が座る席の対面に腰をおろした。
「えーと、それでは。私はこの車両にいる人の話を聞いてやれって、おじさんに頼まれてるんです。だから、なにか話があればジャンジャン言ってください。あとその、もうちょっと砕けた喋り方をしてもらえると、助かります……」
少年にじっと見つめられ、声のトーンがどんどん尻すぼみになっていく。なんだかこっちが緊張してきた。
「分かりました……そうですね。そう言われても特に話したいことが思いつきませんね。むしろといろいろと聞いてみたい。ただ、それにはいろいろと不可解な点がありまして……」
少年はそこで一旦言葉を止め、下を向いてしまった。
何が分からないんだろう。ついつい身体が前のめりになってしまう。
「失礼ですが、先にお名前をうかがってもよろしいでしょうか」
「私の名前ですか? いいですよ。あともうちょっと砕けた喋り方を……」
そう言えば名前言ってなかったっけ。ぶつかった時のことを思い出すと、たしかに名前を言っていない。これはいけない。
「えーとですね、名字が丙家で、名前が来夏って言います……どうかしました?」
少年は私の名前を聞いたとたん、目を大きく見開いた。背もたれから腰を浮かし、大きく前のめりになってこっちを向いて。
何かとんでもないモノを見たような視線をこっちに向けてくる。何か駄目なことしちゃったかな。
「……いや。なんでもないです」
「えーとそれじゃ、こっちも名前聞いても……?」
「もちろんですよ。そんなに固くなられると、なんだか悪いことをしているみたいでこっちまで緊張しちゃいます」
そう言いながら少年は態度を戻し、軽く笑う。座席に座り直し、元の細目に戻ってくれた。こっちならまだ話しやすい。
「ご、ごめんなさい。それじゃ、名前を」
「はい、それでは。僕は――桃原成実って言います」
「とう、ばる?」
「ええ。桃に原っぱと書いてトウバル、成功の成をなると読んで、木の実の実でナルミ、です」
「なるほど……ええとそれじゃ、とうばるさん。聞きたいことってなんでしょう」
「それはですね……」
そう言うと、桃原さんは手に持っていたモモみたいなガラスのオブジェをポケットの中にしまった。
次に内ポケットから手帳を取り出して、何かをチェックし始める。手帳には付せんシールがいっぱいついていて、なんだかマメなのかな。
「すみません、確認になりますが。丙家さんにとって、今日は何月何日でしょうか?」
「(私にとって? どういうことかわからないけど)……◯月◯日ですよ?」
「……やっぱり」
何かを調べ終わったのか。桃原さんは手帳をたたむと、またポケットの中へしまいこんだ。そして目線をこっちに向けながら、こう切り出した。
「丙家さん、驚かないで聞いてください。実はですね、僕からすれば、あの『帳』の店先であなたとぶつかったのは、2週間ほど前の出来事なんです」
「…………え?」
「ですから、驚かないでください。ココがミカンセイ空間だということは知ってますよね?」
「えっ……あっはい。この列車の中はミカンセイ空間だっていう変な場所だってことなら」
「でしたら話は早い。このミカンセイ空間内だと、お互いの住む世界すら違うことがありますからね。僕と丙家さんの場合、この列車内に来るまでの時期が違うだけです」
「時、期?」
「ええ。丙家さんからすれば僕とぶつかったのはついさっきかも知れません。ですが僕にとってその出来事は2週間前に起こった出来事なんです」
桃原さんの話は難しい。簡単な言葉で伝えてくれているハズなのに、まったく理解できない不思議。聞いていうちに自分の思考が完全に止まったのが分かる。頭の中がピタッと止まった感じだ。言ってる言葉は聞き取れるんだけど、何を言っているのか理解出来ない。
「この世界では因果が狂うんです。僕とあなたが迎えるであろう『明日』は、同じ日付じゃない。あなたが迎える明日は、僕にとっての13日前なんです」
「えっ、えっ??? ごめんなさい難しくてよく分からないです」
「無理もありません。いきなりこんな事を言われて信じろという方が難しい。ですがこの世界を知っている丙家さんなら分かってもらえるハズです。僕が言っていることが嘘ではないと言うことが」
「そう言われても……」
うーん、たしかに桃原さんから嫌な感じはしない。騙されている気もしない……んだけどハイそうですかって飲み込めもしない。いくらこの場所がおかしな世界だからって、『私は未来から来ました』なんて言われる日が来るなんて……。
どう答えたらいいか分からず困っている私を見て、桃原さんがある行動に出た。




