[完結]1-E 第3話 2日目は、ミカンジュース 前編
2日目。
この日の空はくもりがちで、駅に着く前から『いつも通り』とはいかなかった。まあタイマーが鳴ってから急いだおかげで、駅に着く頃には同じような時刻になってたけど。
駅の施設内に入ったからにはもう大丈夫なハズ。ゆっくり歩いて乱れた呼吸を落ち着けつつ、ホームへ向かう。
相変わらず私以外、ホームには誰もいなかった。ひと目もないことだし、今のうちに服はたいたりメガネに傷いってないか見ておこう。
「わぁー」
到着した列車が、今日はいつもよりキレイに見えた。雲の合間から見える夕日が、ちょうどタイミングよく光の筋になって列車を照らしているせいかな。なんていうんだっけ? 天使の梯子、だっけ?
結局列車に乗り込んだのは私だけ。時間いっぱい駅に止まっていた列車は、私を取り込み先へ進み出した。
「今日は誰がいるのかなー」
昨日と同じように、5両目から4両目の中をうかがってみる。やっぱり乗客は1人だけ。だけど昨日と違って席に座っていたのは、すこしスーツがよれてる大人の男性だった。
それでも男性が座っている位置は、夕日に向かい合うあの座席。なんでみんなあそこに座っているんだろう?
「ふーむ」
窓際にもたれかかり、何をするでもなくボーっと外を眺めてる。その手にはアルミ缶みたいなものが握られているけど、それが何の飲み物かまでは分からない。
嫌な感じはしないし、あれが今日の話し相手なんだと思う。特に気負うこともなく、私の方から話しかけてみる。
「こんにちは」
「うん? ……やあ、こんにちは。君が、『代理人』ってやつなのかい?」
代理人? 何のことだろう。
「どうなんでしょう? これから毎日ここで……ちょうど今あなたが座っている位置に、誰かいるから、その人の話を聞いてやってくれって、私おじさんに頼まれてて……」
「あーなるほど。ならたぶん合ってる合ってる。いやさ、このメモ紙に書かれてたんだよ」
そう言いながら男の人はポケットから小さな紙を一枚取り出した。そして紙に書かれた言葉を読み上げ始めたのかな。
「えーとだな、『ようこそ、再びのミカンセイ空間へ。2度目とあれば、もうさしたる説明もいらないことでしょう。この用紙が置かれていた場所へ座り、1人の少女が来るのをお待ちください。その少女が案内代理人です。あとは代理人に、以前のミカンセイ空間で感じたこと、得たこと、学んだこと。それらを伝えるだけで構いません。降車するタイミングは、事が終わり次第です。最後に1つだけ。代理人が来るまでの間、決してこの車両内から出てはなりませんよ。 此度の案内人より』って書いてあってさ。これって君のことじゃないかなと」
あー、なんだかそうかも。でも分からない言葉もちらほらと。案内人がおじさんだとして、代理人?
「そう、かもしれないです。いやたぶんそうです。おじさんに頼まれた事と合ってます。ただ、代理人とかそういうのは全然聞いてなくて、ただ話を聞くだけでいいとしか……」
「まあ、そんなもんなのかね。この空間が変なのは前と変わらずか」
「その、前とか、この空間とかって?」
「ああ、そこも知らないのか。いやー俺もよく分かってはいないんだけど、まあいつもとは違う変な場所なんだと思う」
変な空間。そう言われてみれば、昨日いた人も光る梨持ってたりしてたっけ。たしかに変な出来事だったような気がする。といろいろ考えている間にも、男の人は話を続けた。
「前にもこんな感じに、突然迷いこんじまったことがあってさ。君と同じくらいの年の子にさ、いろいろ助けてもらったんだよ。そん時この空間は『ミカンセイ空間』って言うんだって教わったんだわ。だから俺も、詳しいことは知らない」
ミカンセイ? なんだかそんなことを昨日いた人も言ってたような……?
うーん分かったような、余計に分からないことが増えたような。でも知らないのは確かみたいだし、そんな人に聞いても答えなんて分かるはずないよね。
とりあえず分からないことは置いといて、おじさんに頼まれたことをこなしてみよう。
私は男の人と対面する座席に座り、まずは分からないことから聞いてみた。
「えーと、それじゃその、あなたは『ミカンセイ』? 空間から無事に助かって、けどまたここ……ミカンセイ空間に来ちゃったってことですか?」
「そうみたいだな」
「迷い込んだ理由とか、分かります?」
「いやまったく。前に巻き込まれた時に助けてくれた女の子に、お前の考え方が原因で巻き込まれた、だから変えろって言われたんだわ。それからは自分でも考え方変えていこうって心に決めて。すこしずつ変わっていってた、と自分では思ってたんだけどなー……」
そう言いながら男の人は自分の首に右手を当て、困ったように眉を細めた。
「えーと、じゃあここに来た時の状況とかは……?」
「それなら分かる。いつものホームで列車待ってる間に、このミカンジュースを買って飲むことにしてんのさ」
男の人は手に持っていた缶を目線の高さまで上げ、缶の銘柄が分かるようにしてくれた。
「今日も同じように列車を待ってた。そしたら今日に限ってアナウンスもなく急に列車が来るもんだから、このジュース買うだけ買ったけど飲む暇もねえ。仕方ないから持ったまんま急いで乗り込んだら……なぜだかここに居た。ワケが分からなくてまわり見渡してたら、小さなメモ用紙? みたいなモンが座席の上に落ちててよ、拾い上げてみたらさっき読んだ事書いててよ、ああそういうことかーってことで今に至ったワケですよ」
「なるほど」
男の人が言ったことも気になるけど、それよりも気になっていた事が一つ解決した。
「あ、それミカンジュースだったんですね」
「うん?」
「あーえーと、この車両に入る前に、ナニか手に持ってるのには気付いてたんですよ。けど遠目にはアルミ缶なのかスチール缶なのか分からなくて、てっきりコーヒーかなにかだと思ってました」
「ああなるほどね。実際、俺もあの子に会うまでコーヒーくらいしか自販機で買ってなかったからな。ミカンジュースを飲むようになったのは、あの子に助けてもらってからなんだ」
男の人は照れくさそうに笑う。別にミカンジュース飲んでても、悪いことでもないような?
「何か理由とかあるんです? 助けてもらった時に、このジュースを飲むように、とか言われたとか?」
「いや、そうじゃねえけどさ。いろいろあった最後に、あの子にコレと同じやつ渡されて飲んだっただけ。でもそれからは、あの時の考え方を忘れねーようにするために飲んでる感じかな」
「へー」
「なんでミカンジュースくれたのかは……たぶんあの子がミカン好きだったんだろうな。変わった子でよ、頭の上にミカン乗せてて……」
ん? 頭の上にミカン? たまらず私は話に割り込んでしまった。
「それってもしかして頭の上にミカン乗せてる女の子ですか?」