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[完結]1-A 第5話 求めた答えはミカンの上で 前編

 この大空洞に落ちてきてから、一体どれほどの時間がたっただろうか。ハジメは自分の置かれた状況を、いまだ受け入れられずにいた。

 彼女は何も言わない。ただとなりに寄り添い、ハジメの応答を待っている。


(夢だ。夢に違いない。これはただの出来の悪い夢で、そのうち目が覚めるんだ。俺がいるのは空飛ぶミカンの上なんかじゃない……そんなこと、あるはずがない。そう、俺が目を開ければ、いつもの部屋が広がって……)


 意を決して、ハジメは目を開いた。その眼前に広がる光景は――


(る訳ない、か)


 何も変わってはいなかった。ハジメが居るのは橙色にいろどられた、ミカンの群れの中。


 目をつぶって見たところで、ハジメを取り巻く環境は何も変わっていなかった。

「……はー……」


 ここで一つ、ハジメは大きくため息をついた。

 彼女はそれを聞きつけたのか、緩やかな動作でハジメのいる方へ振り向く。しきりにこちらの顔色をうかがっているあたり、どうやら心配されているようだ。

 口を開いたのは、彼女からだった。


「納得した?」

「……ここって、俺たちが乗ってるミカン以外にもたくさんミカンが浮いてるんだね」


 空洞内に浮かんでいるミカンたちは、それぞれが規則的な距離を取っていた。お互いにぶつかることなく、各々《おのおの》がバラバラなスピードで、空洞内を奥へ奥へと進んでいく。


「ミカンだもの。たくさんあるわ」

「そういうもん?」

「そういうものよ。ミカンだってたまには輝きたいし、理由ワケもなくただよいたくなる」

「そうハッキリ言われると、なんだかそうだった気がしてくるな」


 ハジメは腕を支えに上半身だけを起こし、改めて天を見上げた。

 上を見上げても、星も月もありはしない。あるのは無数の光り輝くミカンばかり。


(輝く星の下で、じゃなくて輝くミカンの下で、か。まったくもって意味が分からない)


 ミカンに乗り、ミカンに照らされて。ミカンに混ざって、ミカンに運ばれて。嫌気が差して上を向いても、視界の中にはミカンが映り込む。

 まぶたを閉じて寝転ぼうが、肌に感じるミカンの感触。鼻をくすぐるミカンの香り。

 どうあってもミカンからは逃げられないらしい。


「あー………………ったくよ。ミカン、ミカン。どこもかしこもミカンミカンミカンミカン! あーもう分かったよ俺がおかしいんだな!」


 ハジメはその場で飛び起きるや、自らの両頬を左右から挟み込むように叩いた。かわいた音が周囲の空洞に染み渡る。


「よし! 落ち着いた」


 彼女はハジメの奇行に目を丸くしている。そんな彼女にまっすぐ向き直したハジメは、どこか吹っ切れた顔をしていた。


「まずは、だ。ここはどこなんだ? もう異次元だって言われても驚かないからな!」


 本当は彼女が誰なのか聞きたかった。だが、今さら『あなたのことが分かりません』なんて言える雰囲気ではない。ならばもう諦めよう。今はそれよりも気になることをたずねる、そうハジメは考えたのだ。


「……あはははっ」


 返ってきた答えは彼女の笑みだった。決心したつもりだったが、今までにない彼女の表情を見ただけで、ハジメは簡単にとまどってしまう。

 出会ってからずっと彼女を困らせるばかりだったけれど、今度は笑っている。

 右も左も分からない状況なのに。ハジメは不覚にも浮ついた感情を持ってしまった。


「なんで笑うんだよ。なんかおかしいこと聞いた?」

「いや、ごめんなさい。私の知ってる高梨君と、同じ聞き方をするものだから」

(? 私の、知ってる?)

「やっぱりあなたは高梨君なんだなって」


 そこまで可笑おかしかったのだろうか。彼女は目尻に浮かべた涙を、ポケットから持ちだしたハンカチで拭う。当然のごとくハンカチの色はオレンジ色だった。

 もういい加減にハジメも慣れてきたのか。ハンカチについては反応せず、彼女の言葉を待つ。


「そうね。今のあなたなら、もう大丈夫だと思う」


 彼女は姿勢を正し、ハジメに向き直る。そして


「あなたが思っている通り、この世界は私達のいる『いつもの世界』とは、違う『ナニか』よ」


 疑問に対しての答えを、ようやく話しはじめた。


「この世界を、私は『ミカンセイ空間』と。そう呼んでいるわ」

「ミカンセイ、空間……」

「そう、ミカンセイ。この世界はおそろしく未完成なのよ……そうね、私達が普段いる、あの世界を仮に『いつもの世界』としましょう」


 彼女は右手の人差し指だけを伸ばし、ハジメの視線をいざなう。


「その『いつもの世界』を基準として考えるなら、このミカンセイ空間は明確に違う世界と認識できる。いっそおかしいとさえ言ってもいいわ。いつもの世界から、おかしな世界に。あなたは迷い込んでしまったの。そんなあなたを助ける案内人が、私」


 彼女は左手も人差し指だけ伸ばし、その伸ばした指を右手の人差し指に向かって動かしていく。左手の人差し指が右手の人差し指に触れると、今度は左手の人差し指を折りたたみ、右手の中指を新たに伸ばす。左手から右手へ、指が移動したとでも言いたげな動きだった。

 彼女の弁舌は止まらない。


「私が見てきた中だと、この世界に迷い込む人間は大きく分けて2種類に分類できる」

「2種類?」

「ええ。『内因性ないいんせい迷いビト』と、『外因性がいいんせい迷いビト』の2つ」


 彼女は右手をずい、とハジメの方につき出した。指を2本伸ばしたままなので、ハジメからだとピースサインに見える。


「簡単に言うと、自分が原因となってミカンセイ空間を創りだした人は、内因性。誰か別の人が創りだしたミカンセイ空間に巻き込まれてしまった人が、外因性。こうやって分けられるわ。 高梨君は外因性ね。ここまで大丈夫?」


 そこで彼女は腕をおろし、小首を傾げた。自分では気付かなかったが、どうやら分かってなさそうな顔をしていたらしい。


「なんとか」

「じゃあ続けるわね。私たち人間は、多少の違和感ならそれを正常化しようと補正をかけてしまう。『ん? なんだかおかしいぞ?』って思っても、気のせいだと流してしまう感覚だと思ってくれればいいわ。劇的な変化に比べて、私たちは少しずつ、少しずつ変化していくモノに気付きづらいのよ。例えば……」


 彼女はそこで一度言葉を区切り、頭上に光るミカンに手をかざす。するとミカンはひとりでに動き出し、宙を移動し彼女の手の中に収まった。そうして掴んだミカンをハジメに向け、手にしたミカンを点滅させる。


「こんな風に、光ったり消えたりする『1か0か』は認識しやすいけど」

(……なんか電球みたいだ)


 つづいて彼女はミカンを宙に置いた。置かれたミカンは落下せず、置かれた位置にとどまっている。続いて彼女が右人差し指で空中をつつくような動作を取ると


「違う場所への移動をゆっくりと……」

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