[完結]1-E 第2話 1日目は、特にナシ
1日目。この日の空は雲ひとつない快晴だった。
おじさんからの頼まれごともあって、私はいつもより少し早めに駅に着いた。誰がいるか分からないけど、一応トイレに寄って身だしなみをチェック。うん、普通だと思う。
駅のホームに着いたのもいつもより遅かったけど、私以外は誰もいない。今日も1人で乗ることになりそうだ。
お目当ての列車が、遮るものがない夕日を一身に浴びながら、いつもの時間に流れ来る。
「なんかワクワクする」
列車に乗り込んだのは私だけ。おじさんに言われた通り、いつも通り5両目から列車に乗って、そのまま待機。時間いっぱい駅に止まっていた列車は、私を取り込み先へ進み出した。
「さーてさて。誰がいるんだろ」
5両目からすぐには4両目に移動せず、窓ガラス越しに4両目の様子をうかがってみると……
「あ」
梨を持った少年がいた。
「なんか変な人がいる!」
少年はどこかの制服を着ていた。学ランみたいだけど、一体どこの生徒なんだろう。年齢は同い年か、誤差プラマイ1くらい? 学生だろうし、たぶんそんなには違わないと思う。
その少年は野球ボールより大きい梨を片手で掴み、目線の高さまで持ち上げていた。
列車の中で梨を夕日に向け、いつもおじさんがいる席に座っている。おそらく、いや間違いなくあの人がおじさんから頼まれた話し相手に違いない。
「こんにちは!」
気がついたら自分から話しかけていた。我ながら驚きの大胆さ。突然話しかけられてビックリしたのか、少年は肩をびくつかせながらこちらを向いた。
「うわぉうビックリした」
「あなたがおじさんが言ってた人ですか?」
「おじさん? いや違うと思うけど」
あれ?
「えっと……あれ? もしかして何も聞いてなかったり?」
「色んな意味でなにがなんだか。気が付いたらここにいたってくらい。おじさんって誰」
あれ?? もしかして間違えた? いや早とちり?
「ああ、おい大丈夫?」
「えっあのごめんなさいたぶん一人で舞い上がっちゃったのかも」
頬が熱い。そういえばおじさんから何か合言葉みたいな確認する手段聞くの忘れてた!
「おじさんはおじさんで、えっと今日ここで知らない人が待ってるって言うから、その人の話し相手になってくれって頼まれて……」
あまりの恥ずかしさに口がもつれてる。自分で言ってても笑えてくるよ。知らない人と待ち合わせって言われて誰が納得するんだろう。もし違ったら私知らない人に話しかけちゃったアイタタな子ってことになるし一体どうしたら
「まあとりあえず、『細かいことはナシにしよう』ぜ」
そう言いながら少年は、手に持っていた梨をこちらに投げ渡した。突然のことに思考が止まる。反射だけであわててキャッチすると、梨から大量の光があふれ出した。
「わっ」
目の前が緑色の光でおおわれ、なんだか不思議な感覚になる。驚いて梨を手放すヒマもなく、ほんの数秒で発光は収まっていった。何が起きたのか分からないけど……なんだか急に気分が落ち着いたような。
「安心しろって言っても無理だろうけどさ、一応これでもこういったおかしな事には慣れてるつもりでさ。落ち着いた?」
「……はい」
「んーとさ。たぶんだけど大丈夫だと思うわ。そのおじさんって人から何を頼まれたのか、オレに教えてくれないかな?」
私は少年に向かって、昨日あった出来事を話した。おじさんという人がいたこと、ここで話し相手になるよう頼まれた事、その他もろもろ。初対面の人なのに、なんだかスラスラ伝えられるようになったのはどうしてなんだろう。
「よっしゃ大体わかった。こいつは間違いなくミカンセイだな」
「みかんせい?」
「ああ、あんたは知らなくても大丈夫そうだし、無理に覚えなくていいよ」
「はぁ」
「たぶんだけど、あんたが話し相手になることを望まれてる人がいるんだと思う。オレはそのおじさんって人に心当たりがないし、そもそもオレは迷いこんじまっただけだから、あんたを必要としているのは、オレじゃない。これは確かだ」
どうしよう。さっぱり分からない。するとこっちの顔色から察してくれたのか、目の前の少年は明るい笑顔になりながら
「ざっくり言うとだ。オレであってオレじゃなかったって事なんだろうさ。人違いだけど人違いじゃないっていうのかな」
うん、余計に分からなくなったよ。とりあえず人が良さそうってのは分かったけど。
「大丈夫大丈夫。違うってことだけ分かればいーから……話は変わるんだけど、ここに来るまでに、変わった女子学生見かけなかったか?」
「変わった?」
「そう、変わった。そりゃあもうひと目見るだけで『こいつはやばい』って感じに異彩を放ちまくってる感じの」
誰だろう。もしかしてその人がおじさんに頼まれた話し相手ってやつなのかも。
「うーんどうだろう。髪の色とか、服装とかは?」
「髪は真っ黒で結構長い。服装は学生服なんだが、たぶん見かけたことねーだろうから分からないだろう。あとはそうだな……とにかくオレンジ色だ」
「オレンジ色」
「ああ、いつもなにかしらオレンジ色のものを持ってる。ハンカチだったり、時期が違うけどマフラーなんかもオレンジ色だな。それとだ、もしあんたがミカンセイ内でそいつに会ってたとしたら……」
そこで突然声のトーンを落として、こちらの注意を促してくる。なになに、もしかして会ってたらなんだかマズいことでもあるのかな。
「したら?」
「たぶんそいつの頭には、ミカンが乗ってたハズだ」
「…………は?」
「信じられねえとは思うけど、これ真面目な話。頭の上にミカン乗っけた女子。見かけなかったか?」
少しばかり沈黙の後
「……あははははははは!!」
ついつい我慢しきれず吹き出してしまった。真面目な調子で、ミカンって。
「あー意味分かんない……そうだなーそんな面白い人に会ってたら絶対忘れないと思うし、たぶん会ってないと思う」
「そうか。まああいつは一度会ったらそうそう忘れられねーしまず間違いないだろう。変な話しちゃったな」
「ううん、面白かったよ」
「笑わせたかったんじゃないんだけどなぁ」
お互いが笑顔になった頃、列車内にアナウンスが響き渡る。
「お、それじゃあオレはここで降りるわ」
彼はすぐに席を立ち、開かれるドアの前へと移動する。どうやら人違いだったみたいだけど、丸く収まってよかった。
「あーそうだ。もしよ、さっき言ってた頭にミカンのせた女子学生に会ったらよ」
「なに?」
「こう伝えてくれねえか。『お前にとって違うオレであるように、お前が会うオレにとってもお前はお前じゃないお前に混ざり合ってる』ってよ」
「なにそれ長いって無理だよ。今メモ取るからちょっと待って」
「おっしゃ、ならもう一回……あーやばいもう着いちまうよ」
結局、彼に言い直してもらいながらメモを取ることになってしまった。駅についてドアが開き、またドアが閉まる音が鳴り始めた頃になって、やっと完成する。
「ギリギリだったな。なんかおかしな出会いだったけど、もし会ったら頼むぜソレ」
「わかった。こっちこそへんな事になっちゃったけど、楽しかったです、ありがとうございました」
「いえいえこちらこそ」
なぜか交互におじぎをしてしまう。でもあいさつナシじゃ、しまらないよね。
最後までどこかおかしいまま、私と少年との不思議な相乗りは終了した。
これにて1日目おしまい。