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[完結]1-E 第1話 おじさんからの不思議な注文

 私にはあまり人に言えない楽しみがある。でも悪いことじゃないよ。ただ人に言っても理解されなくて、逆に困らせてしまうようなこと。相手が困っているのに、分かって欲しいだなんて言うつもりもない。だからあまり人に言えないだけ。


 学校終わりの帰り道。影がどんどん伸びていく、赤が深まる夕暮れ時にて。


(今日は赤色ってより、オレンジ色って感じかな?) 


 時間帯は同じ夕暮れでも、日によって感じる色合いは違って見える。たぶん今日はオレンジな日。

 駅前で友達と別れた後、私は一人で駅に向かう。まわりの人たちはそんなに早く帰りたいのか、みんな走るように階段を登っていく。


(そんなに急がなくても)


 私はそんな人たちの赤く染まった背中を眺めながら、今日はあの人いるかな? なんてことばかり考えている。

 人は人、自分は自分。自分なりのペースで改札を抜け、誰もいない駅のホームに向かって歩いて行く。


(たぶん今日は、いる気がする) 

 

 私のお目当ての列車は、いつもの時間に、いつものホームにやってくる。西の空に沈んでいく、赤くにじんだ夕日を背負って、いつもの時間にやってくる。

 目の前にとまったのは、5両編成の各駅停車する鈍行列車。駅のホームを見渡しても、乗り込もうとしているのは私だけみたい。毎回そうなんだけど、なんでだろう?

 こんなに人がいないのは、みんなもうちょっとだけ早く来る、別ホームの快速列車に乗っちゃうから……だと思うことにした。あっちに乗ったことないから、たぶんだけどね。

 目の前に停止した鈍行列車。この列車の一番後ろから乗り込んで、前から4両目に移動する。いつもの習慣を、そこにあの人がいるかどうか考えながら、いつものようにこなしていく。

 今日はなんとなく居る気がしていた。キレイな夕日が見える日だから。


「よぉじょーちゃん。また会ったね」

「こんにちは、おじさん。たくさん今日も汚れてるねー」


 4両目に乗っていた客は、1人だけ。5両目から4両目に向かった私から見て左側、夕日に向かい合ういつもの位置。そこに足を広げて席に座り、窓へもたれかかりながら座っている。そんなおじさんがいるだけだった。これも、望んだ通りの、いつも通り。

 おじさんはいつも汚れたツナギを着ていて、目深にツナギと同じような色の帽子を被ってる。髪はボサボサで長く、ヒゲもモジャモジャ。どこからが髪かヒゲか、同じ黒色だから全然分かんない。前髪は鼻にまでかかっちゃってるし。あれでちゃんと前が見えてるのかな。

 おじさんは、同じ車両に入ってきた私を見つけると、あごをしゃくって視線を夕日にうながした。


「今日も夕日がキレイだぜ」

「知ってるよ。見えてるし」

「そいつは良かった。最近は見えてるハズなのに、見落としちまう奴ばかりでよ」

「? とんち?」


 おじさんはたまに難しいことを言う。今日はむずかしいおじさんだ。


「違う違う。こうよぉ、先を急ぐことばっか考えちまってる奴についてさ。目当てのものに一直線、速さばーっか求めちまってる奴。」

「ふんふん」

「走ってる時を思い浮かべてみてくれよ。なんかこう、ぐーっと見えてる部分が狭く感じたことないか?」

「言われてみれば、そうかも?」

「それなんだよ」


 おじさんの言葉に熱がこもってきた。髪の間からちらつく瞳が、まっすぐにこちを見つめている。


「人間ってよ、早く動けばそんだけ視界がせばまるだろ? 視界が狭まっちまってるからよ、どんだけ周りに落とし穴があろうが、そいつらにゃ遠くのお目当てしか視界に入ってねえ」


 おじさんは自分の両手で囲いを作ると、自らの顔に当てつつおどけて見せる。双眼鏡そうがんきょうのぞいている人、みたいなジェスチャーなのかな? 


「ふんふん」

「そんでよ、目の前の落とし穴に気付いてねえから、穴に向かって全力疾走よ。最短距離に道はねえのに、それでも突っ走っちまって……」


 ぱん、とおじさんは手を叩く。ちらりと見えたその瞳は、遠くのどこかを見ているみたい。こっちの視線に気付いたのか、こちらを向き直した時には、もうその瞳は見えなくなっていた。


「……ワケも分からず落っこちまうのさ。はたから見てりゃ何やってんだとしか思えねえよな。足元がお留守ってどころじゃねえし、いっそ笑えてくるだろ?」

「……んーそうかな」

「うん?」

「なんか、かわいそうだよ。悪いことしてるわけじゃないのに」

「可哀想か」

「そう、かわいそう。その人には危ないよ、って言ってくれる人がいなかったのかな」

「……」

 

 私の答えがそんなに予想外だったのか、おじさんは黙ってしまった。いつもと違ってなんだか落ち込んでたみたいだし、何かあったのかな。とりあえず続けてみる。


「穴に落ちたくて落ちたわけじゃないんだよね? なら、横で誰かが助けてあげることもできたんじゃないかな」

「自分から落ちていくバカを助けろと?」


 違うよ、なんでそうなるかな。


「違うよ。『落ちる時に誰かいれば、助けてあげられたかも』だよ。だから、かわいそうなの」

「俺には同じに思えるがね」

「少なくても笑ったりはしないよ、私なら」

「……そうか、第一に損得じゃあねえってことは、そういうことなんかね」


 そう言うとおじさんは、また目深に帽子をかぶり直した。どこを見ているか分からなくなったけど、たぶん今はどこも見てないんじゃないかな。そんな気がする。


「しっかし」

  

 おじさんは上を向きながら、ぼやくようにつぶやいた。


「今日は一段と眩しく見えるわ」

「?……ああ。今日の夕日、キレイだよね」

「ははっだよなー。しっかしおじょーちゃんよ」

「うん?」

「よくこんな見てくれの俺に話しかけてくれるよな。他の客はよぉ、俺の方を見てはすぐさま他の車両に行っちまうぜ?」


 おじさんはそう言いながら両手を広げ、首をすくめておどけてみせる。なんで? 何が悪いって言うんだろう?


「なにがいけないの?」

「いやそりゃよお」

「おじさん悪い人に見えないよ。今ここでさ、悪いことしてるの?」

「んぉ? いや、まあこの列車に限れば乗ってるだけだな」

「ならそれでいいよ」

「そういうもんか?」

「それにおじさんってさ。歯、白いよね」

「……は?」

「それに見えにくいけどさ、大きくてキレイな目してるし……一回さ、ヒゲってみない? たぶんそのヒゲが悪いんだよ。誤解されてるだけだよきっと」

「……」


 少しの間、沈黙が続いた後

 

「……あははははは!!」


 おじさんがいきなり笑い出した。そんなにおかしいこと言ったかな? でもひとしきり笑った後は、いつも通りの穏やかなおじさんに戻ったから、まあいいか。

 

 それからもたわいのない話を続けているうちに、次の到着駅案内が車内を包む。あぶないあぶない、この駅で降りないと。


「それじゃおじさん。私ここで」

「おう。そんじゃ……ああそうそう、じょーちゃんよ」

「うん?」


 いつもと違う。珍しくおじさんは私を呼び止めると、不思議なことを頼んできた。


「明日から何日かよぉ、たぶん5、6日くらいか? 俺が座ってるここに、俺じゃねえ奴らが誰かしら来ると思うんだわ」

「へー」

「じょーちゃんが良ければだけどよ、俺ン時みてえに適当に話し相手をやってくれねえか? もちろん、俺より安全でマトモそうな奴ばかりだから」

「んーまあ、見てから決めていいなら、いいよ」

「OK。んじゃよ、じょーちゃんはいつも通りこの車両に入ってくる前に、5番目の車両から覗いてみる。そんで『話してやってもいい』と思ったらよ、この車両に来て話し相手になってやってくれよ」

「わかった」

 

 よく分からないけど、なんとなく面白そう。良いか悪いか分からない時は、とりあえず自分で見て決めよう。そんなくらいの気持ちで、私はおじさんの頼みを受け入れた。


「それじゃおじさん、またね」

「おう。ご縁があれば、また今度」

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