[完結]1-D 最終話 椅子の上には
昼下がりまで降り続いた雨は止み、今では空に虹がかかっている。
丙家は夕焼けに染まる駅前通りを眺めながら、駅に向かって歩いて行た。
(今日はちょーっと早めに着きたいかな)
今日は店内には入らず、ショーウィンドウの前でハムスターを眺めるだけにしよう。そう彼女は彼女は心に決め、いつもの骨董品屋に立ち寄った。
いつもと同じ、いつもの習慣。けれども今日は、いつもと違う『変化』があった。
「あれ? すごい! 登ってる!」
彼女が勝手に応援している、1匹だけ段差を登ろうとしているハムスター。そのハムスターが、なんと段差を登りきっているではないか。いつ来ても登れずに、何度も何度もずり落ちていたあの急斜面を、このハムスターはついに登り切ったのか。
だがハムスターは段差を登ったところで満足していないようだ。登った段差に興味はないのか、まだ目指す先があるのか。すぐに登った段差の先にある、次の段差を登ろうとしている。今度の斜面は先ほどよりも角度がゆるいのか、それとも何度も挑むことで、斜面を登るコツでも覚えたのか。
この段差を乗り越える日も、そう遠くはなさそうだ。
「一歩前進だね!」
自分には大した関係はないはずなのに、彼女はどうしても嬉しくなってしまう。
抑えきれない笑顔をこぼしながら、彼女は駅へと去っていった。
「今日は誰がいっるのっかなー」
――――――――――◇◇◇◇◇――――――――――
夜を通して降り続いた雨も息切れしたのか、昼過ぎには空が明るくなりはじめた。
乙坂が歩くこの駅前通りにも、風に散らされた雲の切れ間から、こぼれるように光が差してくる。
彼が見据える先には骨董品屋があった。ちょうど店の辺りだけ雲が晴れ、光の柱が降り注いでいるように見える。
(なんか、あそこだけスポットライトが当たってるみてえだな)
あの部屋の中に入ってから。ハッキリ明言は出来ないが、だが確かに『ナニか』が変わった。
(最近肩が軽いっつーか、ムカつくことも減ったような)
それに関連しているのか、彼のまとう雰囲気も変わったようだ。今ではこうして歩いていても、誰かに避けられることはない。
駅前通りを流れ行く人たちにとって、彼は異物ではなくなったのだろうか?
「……ま、他人の考えてることなんて分かんねーよな普通」
どこかゆとりが出来たのだろう。今の彼には余裕がある。
分からないことを分からないと認め、自然と笑える余裕がある。
「でも、それでいいのかもな」
今日もあのショーウィンドウに立ち寄り、中にいる黒犬に挨拶してやろう。そう彼は考えた。事あるごとに立ち寄ってきたせいか、もはや日課といってもいいほどだ。
「よっポンコツ犬! 俺よ、なんかツキが回ってきたっつーかよ……おろ?」
そこには彼が見慣れた、覇気のない黒犬はいなかった。いつもなら椅子の下で寝そべっているハズなのに。
今日に限ってはあの憎たらしい顔がどこにも見当たらない。
「お前……」
黒犬の代わりだとでも言うのか、部屋の中には違う生き物がいる。
同じ黒色でも別のナニか。
その生き物は大きくあくびを1つ。
椅子の下に寝そべらず、椅子の上にたたずんでいたのは――
「猫、だよな?」
1匹の黒猫だった。
黒猫は彼の顔を見つめながら、何かを語りかけるように声を上げた。
「――――――」
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