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[完結]1-D 第八話 乙坂くんはあの部屋へ 後編 

「面白いものを選んだね」

「うぉっ」


 耳元に突如とつじょ湧いた声に、彼は思わず声を出してしまった。驚きながら振り返ってみれば、すぐ後ろに銀髪の少年が立っているではないか。

 少年はモノクルに顔を近づけ、面白そうに笑っている。


「……なんだよ」

「いや、面白いなって。コレ大事にしたほうがいいよ。迷った時にかざしてみれば?」

「なんだだよ」

「自分が見えているモノと他人が見えているモノは違うかもよって事さ。自分と他人じゃあ、立つ位置が違うからね」


 そう言うと少年は後ずさり、店長の横へと歩いて行った。


「なんだったんだよ……」


 何かと気にかかる行動ではあったが、どうやら選んだモノはいいものらしい。彼はますますモノクルを気に入り、早速レジへ向かう。

 そして手早く会計を済ませていると、ふいに店長からある選択を迫られた。


「入るかどうか、ですか?」

「はい。必ずしも、強制ではありませんから」


 これには首をかしげてしまう。彼にとって『あの部屋に入るかどうか選べ』とは、なんともよく分からない質問だ。入るために買ったのだから、あの部屋に入らない理由はないだろう。

 彼は何の迷いもなく、あの部屋に入ることを選んだ。


「そりゃあ入る、入りますよ。そのために買ったんだし」

「なるほどなるほど。でしたらこちらへ。あの部屋の中に案内させていただきます」


 彼の選択を受け、店長は彼を先導しはじめた。さあこれからお目当てだと、彼は気分よく後ろをついていく。

 しかし導かれる先は、彼の思っていた方向とは真逆なようだ。

 どうにもこれから向かう先は、レジがあるカウンターのさらに奥らしい。ただの客である彼が立ち入ってもいいものだろうか。


「あの、なんでそっちに? 部屋にドアがあったし、表にいくんじゃあ――」

「いえ、あの部屋とこの店は直接繋がっているわけではありません。専用の通路が裏にありますので、これからそちらに案内致します」

「そうなんすか……(ならあのドアは何のために作ったんだ?)」


 進んだ先にあったのは、小さな空間だった。これといって目立つ装飾品もなく、客を案内するような部屋には思えない。唯一目を引く点があるとすれば。部屋の床があの店頭にある部屋と同じ、白黒二色パネルが敷き詰められたような市松模様なことくらいか。

 いぶかしむ彼を知ってか知らずか、店長はたんたんと動作をこなしていく。なにやら壁に1,2度触れた後、膝を折り床に手を伸ばした。すると、触れた床のパネルがひとりでに動き出したではないか。


「は!?」


 ぱたん、ぱたんとパネルが横にスライドしていく。動くパネルはどんどん数を増し、やがて部屋の床全体が動き始めた。

 予想を外れた様相を見て、彼が目を点にしていると。

 ほどなくして部屋の中に、地下に続く階段が現れた。

 

「それでは、こちらへ。これより案内人をつとめさせていただきます」

(これってアレだろ? 抜け道ってやつだよな。なんでこんなもんが店の地下にあるんだか。なんか凄いことになってきたな……) 


――――――――――◇◇◇◇◇――――――――――

 

 陽の光が当たらない、地下に伸びる通路の中で。

 彼は店長に導かれるまま、窓のない通路を進んでいく。通路はとても暗く、狭く、長く感じる。明かりを持ち先を行く、店長の背中だけを道しるべに。彼は暗路を歩み続けた。

 自分はどこに向かっているのか。誰とも知らない人物の背中だけを追いかけて、暗い道を歩いている。

 どこまで歩いてきたのだろう。普段の自分は、自分の位置をどうやって把握していたのか。一方通行の地下通路だと、いろいろなものが不確かになっていく。認識がにじみ、ぼやけていく。

 歩いた道のりを振り返って確かめたい気持ちと、振り返っている間に先導している誰かがいなくなるような不安両方を抱えてしまう。

 日なたの中では考えもしないことに思考を巡らせ、ありえないことに恐れを抱く自分に戸惑いながらも、前だけを向いて歩いていく。どうせ今の自分では、振り返ったところで歩んだ道程も測れはしない。

 暗路を歩み、3度ほど角を曲がった辺りでまた階段が見えてきた。上り階段のようだが、階段を進んだ先は真っ暗で、出口なんてどこにも見えない。


「これ行き止まりなんじゃ――」


 彼が言葉をつむぎ終わるよりも先に、階段の続く天井に変化が見られた。この通路に入ってきた時と同じように、天井がひとりでにスライドしていく。

 スライドしていくうちに、どんどん目の前が開けていく。彼の目にも行き先に光が差しているのが見て取れた。


(やっと光が! ……っと)


 彼は階段を上る内に、ふと後ろを振り返りたくなった。ついさっきまで歩いてきた道だ。なぜ振り返る気になるのだろう。


(今になって考えてみれば、あの暗い通路を歩いた時間って、あっという間だったんだろうな)


 だが歩いている最中は、とても長く感じられた。終わってみれば不思議なものだ。こうして階段を上りきってしまえば、もう後ろを振り返る気にはならないのに。


「道中お疲れ様でした。ここがお客様が望まれた、あの部屋の中です」

「ここが――」 

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