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[完結]1-D 第七話 丙家ちゃんはあの部屋に 

 駅前通りにある、風変わりな骨董品店。

 右に左に流れ行く、人の波を横切って。昨日に続いて今日もまた、彼女はこの店の前に立つ。

 ショーウィンドウの前に立ち、中をのぞいてみれば


(うん、今日も元気そうだね)


 今日も変わらずあのハムスターだけが、けん命に段差を登ろうとしていた。


(どうしてこの子だけ他のハムスターと違うんだろう? 別に段差を登った先に、特別なゴハンとかもないのに)


 むしろ段差を登らずとも、何度もずり落ちるそのすぐ横に餌場えさばがあるではないか。

 ハムスターの目線で考えてみれば、自らの背丈よりも高い段差の上に、何があるのかなど分かるはずもない。


(他の子たちはたぶん、段差なんて登らなくたって食うに困らないことを知ってるんだよね。ならこの子だけ、そのことを知らないのかな? それともこの子だけ、段差の上に行きたい理由があるのかな? うーむ)


 このハムスターは登ろうとしている段差の先に、さらに高い段差があることを知っているのだろうか。知った上で、通過点にしかならない急斜面を登ろうとしているのか。


「もっと見ていたいけど……今日はここまでっ!」


 彼女は勢いよく首をあさっての方に向け、ハムスターを見ないようにする。その体勢のまま足は骨董品店の入り口へ。今日は誰に誘われるでもなく、自分1人で店の中へと向かっていく。入り口のドアノブに手をかけ、内側に向かって開こうとするが


「あっ」


 突然ドアが店の内側に開き、つんのめるようにこけてしまった。ちょうど店内にいた人が彼女と同じタイミングで退出しようとしたのだろう。なまじ勢いよくドアに体重をかけたところへ店の内側からドアを開けられてしまい、前につんのめる形になってしまった。

 彼女はその勢いのまま、店の中にいた人とぶつかってしまう。


「うぶッ!」

「うん? ……大丈夫ですか?」


 店の中にいたのは、1人の少年だった。髪の色は濃い茶色、年頃は自分とさして違わないくらいか。少年はくせっ毛気味な髪の間から、細い目を見開き彼女を見てつめている。


「たたたた……あっありがとうございます」

「すみません、外に人がいるとは思わずに」

「いえいえ! こちらこそすみませんでした」


 少年が差し出した手を取り、彼女は立ち上がるや礼を言う。思ったよりも少年の背は高くない。自分よりコブシ1つ分ほど高いくらいだろう。


「うん? ……すみません、ちょっとこれを見てもらえますか」

(?)


 何か気になるところでもあったのだろうか。少年はふところからガラスで出来たモモのようなモノを取り出す。そして手に取ったガラス製のモモを、彼女の目前につき出した。


(なんだろう、ガラスのモモ? 普通こういうガラスの置物ってリンゴなような……)


 彼女がそのモモを見据えると、どうやら少年は透明なモモ越しにこちらを見ているようだ。この動作にどんな意味があるのだろう。透明なモモを介して2人が見つめ合うこと数秒。


「? あのーこれは一体」

「……失礼しました。ぶつかった時にヒビが入ってないか確認したかっただけです」

「それではそろそろ時間なので、これで」

「あっそれじゃあ。本当にすみませんでした」

「いえいえ」


 何かを確認した少年は、その後すぐに店から出て行ってしまった。一体なんだったのだろう。


(また人とぶつかってしまった……このお店にくると毎回人にあたってる気がする……)


 思わぬことに時間を食ってしまった。

 彼女は気をとり直して店の奥へと進んでいく。前回この店に来た際買いたい物の目星はつけている。今回は迷うこともなく、買いたいものへ一直線だ。


「よかったあった」


 幸い他の誰にも売れておらず、彼女は目当ての商品を手に取ることができた。後は会計を済ませるだけと、彼女はレジが置いてあるカウンターへ。

 レジにいたのは昨日と同じく、この店の店長らしき初老の男性だった。


「すみませーん」

「いらっしゃいませ。おや、あなたは昨日の」

「はい。昨日買いそびれちゃったので、また来ました」

「そうですか。ですが無理に買っていただかなくても構いませんよ?」

「いえいえっちょうどコレいいなって思ってたんです。これください」

「かしこまりました」


 男性と話している内に気付いたのだが、昨日いた少年の姿が見当たらない。

 精算している間に、彼女はキョロキョロと店内を見回してみる。どうやら店内には目の前にいる店長らしき人と、彼女の2人だけしかいないらしい。


(店長さん? と仲良さそうだったけど、今日はいないのかな。なんだかいそうな気がするんだけどなぁ) 


 別に会いたいわけではないけれど、どうにも気がかりだ。彼女は精算を済ませ、包装している男性へ問いかける。


「……そういえば、昨日いた男の子いないんですか?」

「ああ、道家どうけのことですか?」

(道家って言うんだ。名字かな?)

「アイツはなにぶん気まぐれでして。用があるようでしたら、呼び寄せますが」

「いえ、いいです。ただちょっと気になっただけなので」


 店長は彼女が選んだ商品について何も問わず、たんたんと手続きを済ませていく。そして包んだ商品を彼女に渡す段階になって、はじめて彼女に問いかけた。


「さて。道家から話は聞いていると思いますが」

(きた)


 あの少年に聞いていた通りだ。彼女は事前に考えていた提案を、目の前にいる男性に投げかけた。


「ご存知の通り、この店で何か買われたお客様には1つサービスがございます。お客様が希望されるのであれば、店先にあるあの部屋へ、私が案内させて頂きます。それではこちらへ……」

「えーと、1つ聞きたいんですが」

「なんでしょう」

「『希望されるのであれば~』ってことは、あの部屋に『入らない』ってのもいいんでしょうか」

「…………はい?」


 店長はこちらの意図がつかめていないようだ。彼女の提案がそれほど珍しかったのか。とりあえず話を続けてみる。


「はい。一晩考えてみたんですが、やっぱり入らなくてもいいかなって」

「……すみませんがお客様はあの部屋に入るために、商品を買われたのではないのですか?」

「最初にこのお店に来た時は、それが目的でした。でもこうして商品を買おうとしたら、気が変わっちゃって。えーと、道家さん? に言われたからってワケじゃないんですけど、あの部屋に入るために必要だから買うっていうの。なんだかイヤなんです」

「ではこの商品を買った理由は、あの部屋に入るためではないと?」

「はい。『あの部屋に入るために物を買う』んじゃなくて、あの人にあげるためにコレを買おうかなって。思ったんです」

「……失礼ですが、別にそれは矛盾しないのでは? お客様が商品を買う。その付加価値として、あの部屋に入る権利を得られるのです。そこに負い目を感じる必要がどこにあるのです」


 店長はカウンターにあった商品を握ると、彼女に向かって差し出した。


「コレを誰かにおくる、そしてあなたが部屋に入る権利を得る。入るためだけにいらない物を買うわけではない。これは誰も損をしない、一石二鳥では? なぜ断られるのか、私にはせません」

「んー。別に損とか得とかじゃあないんです。なんとなく、とも違うんですけど……まあそれでも私は、あの部屋に入りたいわけじゃないです」

「ですが――」

「もらえるものはもらうっていうのもアリだと思いますよ? 道家さんに『あの部屋に入れるよ』って誘われて、興味を持ったのもホントです。でも私は、いりませんしはいりません。それだけです」


 そう言うと彼女は、少し恥ずかしそうに微笑んだ。

 場を少しばかり沈黙が覆ったのち


「……なるほど」


 男性の口から、納得の言葉が漏れた。


墨染すみぞめが気にいる理由が、分かったような気がします」

(すみぞめ? って誰?)

「分かりました。でしたらコレは、半額でお売りさせて頂きます」

「わかりました……ってえええ!? いいです悪いですそんなの」

「そういうわけにもいきません。コレはあの部屋に行くための権利込みでこの値段なのです。お客様はこの商品を買うことだけを望み、あの部屋に入る権利は必要ないと、先ほどそう言われました。そうですね?」

「それは、そうですけど」

「でしたら、この値段は適正ではありません。あの部屋に入る権利を必要としない人にまで、入室の権利分を上乗せするのは私の信条に反します」


 これには彼女の方が驚かされた。自分から権利を使わないといっただけなのに、まさか商品が半額になるなんて。


「そんな理由で半額とかにして大丈夫なんですか?」

「道楽でやっていることです。これくらいなんということもありませんよ」


 そう言いながら店長は口角を上げ笑みを作る。メガネの奥の瞳も、心なしか喜んでいるように見える。無茶な提案だと思っていたのに、こうも好意的な対応をされるとは。


(これは素直に従ったほうが良さそう、かな)


 申し出を断る理由が無い。そもそも最初に無茶を言ったのは自分だ。

 眉にシワを寄せ、それなり悩みはしたが……彼女は大人しく引き下がることに決めた。


「ワガママ言っちゃたかと思ったのに、こんな良くしてくれるなんて……ありがとうございました」

「こちらこそ、お買い上げありがとうございました」


 結局、彼女はあの部屋に入らなかった。

 入る権利を得ようとも、入るかどうかは本人次第。入りたくても入れないのではなく、『入れても入らない』という選択肢も、入る権利を得た者だけの特権だろう。


「なーんだろ、こんなに良くしてもらっていいのかなー……あ、いけないいけない。今日も用事あるんだし、ちょっと急がなきゃ」

  

 ハムスターウォッチが時間を知らせたのか。

 彼女は懐から取り出し時刻を確認するや、頭の中を切り替える。

 こうして彼女は店を出て、近くの駅へと走っていった。


――――――――――◇◇◇◇◇――――――――――


 そんな彼女と入れ違いになるように、1人の少年が骨董品屋にやってきた。

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