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[完結]1-A 第4話 オレンジ色に、彩られ

「お目覚め?」 


 彼女の声にいざなわれ、ハジメが目を開けると。、目の前にはミカンがあった。


「#$%!?」


 ハジメの口から言葉にならない声が漏れ出る。反射的に手足をバタつかせたかと思えば、横へ転がり2回転。

 視界が定まらない中何かにぶつかることで勢いが殺され四つんばいになるも、それでもその視界は橙色に染まったままだった。


(み、ミカンがこう……こう……寝起きにミカンってこんなに怖いものだったのか……っていうか地面までオレンジ色なんだけど何だこれ)

「見たところ、目立った怪我はないようだけど……」


 ハジメは顔を上げ、声の出どころへと顔を向ける。そこにはハジメへ流し目を送る彼女がいた。ハジメの安否を確かめていたようで、目が合った途端とたんに前を向いてしまう。


「何が一体……いやごめん、まずは自分で考えてみる」


 まずは自分で整理してからと、ハジメはその場であぐらをかき記憶の海に潜る。


(えーと確か近くにあった街灯を蹴った。その後いきなり地面が砕けて、それから――そうだよ落ちたんだよ!)


 自らが崩壊した地面から暗闇へ落下したことに思い至るやいなや、ハジメは急いで自分の体を注視する。目立った外傷はないし、痛みも感じない。

 そこまで考えてから気付いたのだが、彼女は大丈夫だったのだろうか。


「あの、あれだ。大丈夫?」


 彼女はと言うと、何もなかったかのように涼しげな顔を向けてくる。何の心配されているのか分からないのか、小首を傾げ、あごに手をやる。


「? ……ああ」


 何かを察したのか、彼女はぽん、と手を叩くや言い放つ。


「ミカンよ」

「いや何が!?」

「元気そうでなにより」

「そっちもね……ここは一体?」


 ハジメは周囲を見渡そうとするも、なにか大きなものが壁になっていて視線が通らない。先ほどはこの壁にぶつかったのだろう。その壁を注視し、直接触れてみる。


(この壁、もしかしてダンボール?)


 辺りを見渡すと周囲は同じようなダンボールに囲まれている。天井は低く、立ち上がろうとすれば頭をぶつけてしまいそうだ。


(何かの箱の中、なのか? だとしたら何が光って――)


 そうなのだ。ハジメのいる場所が何か大きな箱の中だとしたら、その箱の中を照らしているこの光は何なのか。光源を探し頭上を見上げたハジメの目が――点になった。

 確かに頭上に光源はあった。天井から吊るされているでもなく、四方の壁から支えられているわけでもない。ハジメの真上でまぎれもなく宙に浮いた、光を放つ物体が。

 だがその物体を、ハジメは受け入れることが出来ない。


「いや、そんな馬鹿な……」


 ハジメは下を向き自らの指で両目をこする。ごしごしと、数度に渡ってこすった上で頭上を見上げ直した。

 だが、それでもそこには。

 ミカンがあった。宙に浮かび煌々と光を放つ、ミカンがあったのだ。


「……っ……!?」


 口をつく叫びは言葉にならない。ハジメは何かを言おうとし、何度も自分の目をこする。

 しかし何度こすろうが、何度目を見開こうが。やはりミカンは変わらずに、ハジメの真上で光を放ち続けていた。


(いや、これはいくらなんでも) 


 もはや一人ではどうにもならぬと、ハジメは彼女に助けを求めた。


「な、なあ! ミカン、ミカンだよなコレ?? ミカンが光って浮いてるんだけど!?」

「ミカンだもの。浮くこともあるわ」

「いやないだろ! いや、あるのか……? じゃなくて!」


 ハジメは頭上のミカンを指差しながら、声を荒げる。


「何だよこれ!? 浮いてる上に光ってるんだけど!?」

「知らなかったの? 私のミカンは光るのよ」

「知らねえよ! どこの世界でミカンが空に浮かんで、こんなに眩しく光るんだよ!」

「何をそんなにうろたえてるの? 大体、ミカンが浮かぶも何も」


 彼女は握った右拳を目線の高さにまで上げ、ハジメの方へと向けた。その体勢から人差し指だけを上へ伸ばし、ハジメの視線をさらう。さらにそこから腕を180度回転させ、二人の真下、橙色の地面を指差しながら、こう続けた。


「あなた、気絶している間からずっと、その浮いてるミカンの上にいるのよ?」

「……えっ」


 ついにハジメの思考は完全に停止した。彼女が何を言っているのか理解出来ない。いやしたくない。


「ずっとミカンに乗っていたのに、いきなり『ミカンが浮いてる!』だなんて。一体何に驚いているのよ」

「今、ミカンに乗っている……?」

「だからさっき答えたじゃない。『あなたが今乗っているのは』ミカンよ、と」

(いやそんな、そんな)


 おかしい。何かがおかしい。いや何かじゃない、おかしくないことがない。おかしいことしか起こってない。これまでも何回か噛み合わないと思ってはいたが、事ここに至ってハジメは自分の置かれている異常な状況を、否応なく思い知らされる。


(でも、でもこんなの) 


 これは違う。自分の知っている、そう自分の知っている世界の常識じゃない。手品でもない限り、ミカンが宙に浮かぶわけがない。光るわけがない。


「……位置も確認したかったし、ちょうどいいわ」


 彼女がつぶやくのと同時に、その右手が橙色の光を放つ。ハジメが驚愕きょうがくに目を開く間にも、さも当たり前であるかのように彼女はその光を人差し指の先へと集約させた。

 まるで指示棒を握り、楽団を指揮するように。彼女が腕をふるったその後には、光の軌跡が筋となり、輪となり、意味を成す。

 周囲をおおうダンボールの壁に光る亀裂が入るやいなや。花が開くように壁は外へと展開され、折り畳まれ、一所ひとところへと集約されていく。ハジメが壁だと思っていたものは、あっという間に一つの潰れたダンボール箱へと形を変えた。


(これって、自動販売機の前にあったあのミカン箱……!)


 これだけでもハジメの常識を揺さぶるには十分過ぎたが、事態は情け容赦なくハジメに対応を求めてくる。カン箱が収納され、壁が取り払われたその先には。

 ハジメが今まで見たことのない光景が広がっていた。

 ハジメの脳裏には、幼き頃の大玉転がしが思い起こされる。自らの身の丈以上にもなる大玉に、先生の注意をかいくぐり乗ろうとしていた過去。あの大玉の上から見た景色と、今自分が見ている景色が重なる。そうだ、弾力のある大きな球体の上に乗ると、自分が体重をかけている部分だけ、足の形にそって少しだけ沈み込むのだ。

 大玉に乗りながら見た情景と、いつもと違う地面に感じる不安、恐怖。

 今自分が居る地面は、あの時とどこか似ている。

 続いて地面から周囲へと視点を動かして見ると。ハジメが乗るこの橙色の球体は、得体の知れない空間を突き進んでいるではないか。


(丸い、空洞……?)


 一体直径は何メートルあるのだろう。地面を円柱形にくりぬいていったかのような、大きな穴。穴の壁面は波打ち、ぜん動しているように見える。まるで大蛇の腹の中にでもいるようだ。


「あまり身を乗り出すと危ないわよ」


 彼女の言葉はハジメには届かない。自らの常識を超えた情景に、ハジメの意識は釘付けになっている。

 壁面には街路灯や電柱、ガードレールに信号機。崩れてバラバラになったアスファルトや、煩雑はんざつに絡みあった電線、それにオレンジ色のカーブミラーなどが半分飲み込まれるように乱立していた。

 電源はどうなっているのだろう。信号機や街路灯は、それぞれが好き勝手に明滅している。

 元は何色に光っていたのだろうか。今となっては、どれもこれもが橙色の光を放っているばかり。明滅する橙色に照らされた大穴は、壁面以外目を凝らしても暗闇しか見通せない。


(トンネルの中にいるみたいだ)


 そのうち、一つのカーブミラーがハジメ達をその鏡面に映し出した。ハジメは鏡を通して、自らが置かれている状況を再確認する。


(ああ、本当に)


 たしかに自分が乗っていたのは、大きなミカンの上だった。直径は10メートルほどだろうか。ほどよく潰れた、ハジメのよく知るミカンの形状をしていた。ただ、その大きさだけは、ハジメの常識から外れていたけれど。


(何が何だか分からない。分からない事しか分からない)


 あまりに自らの常識から外れすぎている。ハジメはその埒外らちがいな事態を受け止めきれず、ミカンの上で大の字になって寝転んだ。

 もう何も見たくない、考えたくないという心の表れか。その目は固く閉じられていた。


「人間、誰だって見慣れないものくらいあるわ。分からない事だって、たくさん」


 ハジメにだって、彼女が気を使ってくれている事くらいは分かる。

 それでも今は、何も答えたくなかった。


「……目的地に着くには、まだかかりそうね」

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