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[完結]1-D 第三話 乙坂くんにハジメまして 


「なんで頭の上に梨が乗ってるんだ……!?」


 彼が凝視ぎょうししすぎたからなのか、相手の学生もこちらが見ていることに気付いたようだ。わざとらしく視線をそらし、下手な口笛もどきを吹こうとしている。


(……気付かれてないとでも思ってるのか? いくらなんでもバレバレすぎるだろ)


 顔をそらしたところで、視線を何度もこちらに向けていることは明らかだ。不自然に歩みを止めたことも合わせて怪しいことこの上ない。


(いや、もしかしたらってことも……)


 学生から目をそらすのは嫌だったが、もしかしたら勘違いということもある。彼は前を向き直し、ショーウィンドウへの映り込みで背後を見ることにした。するとどうだ。

 彼が自分から注意を外したとでも思ったか、背後の学生がこちらに急ぎ足で迫ってくるではないか。

 彼も急いで後ろを振り向く。すると学生もまたぴたりと歩みを止め、下手な口笛もどきを再開して知らないふりをする。もう間違いない。彼が前を向くと、学生が迫ってくる。彼が後ろを向くと、学生が歩みを止める。前を向く。迫り来る。後ろを向く。すぐさま止まる。


(ダルマさんが転んだかっての!)


 なにが楽しくて骨董品屋の店先でダルマさんが転んだをしなければならないのか。何がしたいのか分からないが、こんな事には付き合っていられない。

 彼は前を向き、知らない振りをすることにした。後ろにいる学生は『勝った』とでも思ったのか、自らの腕を叩きガッツポーズを取っている。


(見えてんだよこっちから!)


 それでも学生の接近は止まらない。あくまで知らないふりをよそおいつつ、彼に向かって歩み寄ってくる。学生はついに彼の背後にまで迫ると、自らの頭の上に乗せていた梨を掴み取った。


(あ、それ取れんのか)


 いつの間にか彼はショーウィンドウ越しに対面している黒犬にではなく、背後にいる学生に釘付けになっている。このおかしな学生は、一体どうするつもりなのか。

 学生は掴み取った梨を両手で掴むと、その体勢のまま両手を高く上げた。


(まさか……いや、嘘だろ……)


 学生はさらに後ろにのけ反り、タメを作る。そして一気に彼目がけて梨を――力いっぱい投げつけた。


「っせい!」

「ぬおおおお!!」


 まさか梨を投げてくるなんて。彼はすんでのところ首を曲げ、なんとか梨を避けることができた。彼は急いで振り向き、学生と目線を同じくする。


「ああっぶねーだろうが! なに考えてんだよ!」

「あれっバレてる?」

「気付かない方がどうかしてるだろ! 大体なんで梨なんだよ、意味が分からね……」

「まあまあ。細かいことはナシにしよう……ぜっ」

「えよってうわっ」


 いつの間にか学生の手には再び梨が握られていた。今度は右手のみで素早く投げつけてくる。彼もあわてて横に飛び、梨の直撃を避ける。その後も続けて梨を投げてくる学生。なんとか避け続ける少年。 

 骨董品屋の前で繰り広げられる面妖めんような争いに、なぜかか行き交う人たちは反応を示さない。

 まるでそこには誰もいないかのように両者の間を素通りしたり、ぶつかってくる人ばかり。


「一体何が……ってぇ!」

「よっしゃもらった!」


 大きく後ろへ飛んだ拍子に、彼は通行人にぶつかってしまう。それを好機と見た学生が一気に駆け寄ってくる。もう投げる気すらないのか、右手に梨を握ったまま近づき、思い切り梨で殴りつけてきた。なんとか振り落とされた手を掴み、彼は梨との接触を避ける。


「うおおお……」

「大丈夫だって! ちょっと触るだけ、ほんとチョンって触るだけだから!」

「すこしも信用ならねえよ!」 


 両者は顔と顔が当たりそうなほど近づき、こう着状態に入る。まるで組み合った相撲取りのように、お互い一歩も譲らない。

 状況は長く続かなかった。どちらともなく片側に体勢が崩れ、横歩きが止まらなくなる。だんだん加速していくが、お互いが前に押し合っているせいで体勢を立て直すこともできない。

 そのまま勢いを増した二人は、もつれ合いながらショーウィンドウ横にあった骨董品屋の入り口に激突した。


「わっ!」


 彼と学生がぶつかった衝撃で、骨董品屋の入り口は大きく開け放たれる。

 外から衝撃を受けたことで一気に内側へ開き、ドアに備え付けられていたベルがちりん、ちりんと快音を鳴らした。その時店内に、いやドアの近くに運悪く1人の少女が立っていたようだ。

 ドアにぶつかってもなお勢いに流される彼は、倒れこむように店へなだれ込んだ。彼がなかば少女に飛びかかるような形でぶつかってしまったせいで、少女の顔からメガネが跳ね飛ばされる。

 店の入り口で倒れこむ2人に、店内すべての人から視線が向けられる中。店の外に転がっていた梨は、誰に知られるでもなくすうっとその姿を消していった。

 真っ先に動いたのは彼だった。彼は急いで立ち上がると、尻もちをつく少女に駆け寄り


「てて……あ悪い! 大丈夫か!?」

「あっはい、なんとか。でもメガネが……」

「メガネ……これか?」


 彼は落ちていたメガネを拾い、まわりの床をさするように探している少女へと差し出した。


「ああこれですこれです」 

「うわっ」


 少女は視界がぼやけているのか、メガネを持つ彼の手ごと包み込むように掴もうとした。彼はいきなり手を掴まれたことに驚いてしまい、とっさにその手を振り払ってしまう。


「ああっメガネが……」


 また宙を舞うメガネ。あわてて拾いに行く彼と、うろたえる少女。店の中にいた店長らしき人物は、それが微笑ましいのだろうか。にこやかな笑顔を保ちつつ、銀ぶちの丸メガネを通して二人を見守るだけだった。そのかたわらにいた少年も、同じように笑っているだけ。


「っっすまん……ほら、コレ」

「はい。なら今度はこれで……」

 

 今度は渡し方を変えてみる。彼女には両手を揃えて差し出しもらい、その上に少年が置くようにした。これなら直接触れることもない。

 2人は立ち上がり、お互いに向き合う。彼は『こういう時は手でも差し出せばいいんだろうか』と思いながらも、思うだけで行動にはうつせなかった。


「ふう。お待たせしました」


 少女が立ち上がり、ほこりを払いメガネをしっかり着けなおすまで待った後、彼の方から話しかける。まっすぐ見るのが気まずくて、ついつい伏せ目がちになってしまう。


「あの……その、なんだ……」


 うまく言葉が出ていかない。ぶつかったのは自分の方なのだから、まずは謝らないといけない。そう頭では分かっているが、ここのところ荒れていたからだろうか。すっかり謝り方を忘れてしまった。


(あーあ。やっちまったなぁ……)


 いきなりぶつかってこられた上に、メガネまで飛ばされたのだ。少女は怒っているに違いない。これが逆の立場なら、自分なら殴りかかってしまうかもしれない。最低でも罵倒の一つでもあるかと思って反応を待っているのだが、不思議と少女からは何の言葉も返ってこなかった。たまらずこちらから話しかける。


「あ、あんたさ。どうなんだよ、好きに言ってもらっていいんだぜ? これでも悪いって事くらいは分かってるしよ。別に怒ったりはしねえよ?」


 しかし、少女から返ってきた言葉は予想外の一言だった。


「えーと、それなら。『お怪我はありませんか?』」 

「そうだよな、そりゃそうだ。こんなクソにはボロクソ言いたくも……って……今なんて!?」

「ですから、怪我はありませんか? おもいっきり入り口にぶつかってましたよねさっき」

「あ、ああまあ丈夫なくらいしか取りねえし。いや違うって。他には?」

「何がです?」


 どういうことだろう。今までされたことのない反応に、どう返していいのか分からなくなる。別に怒られたいわけでもないのに、なぜ怒らないのか問い詰めてしまう。


「もっとこう、あれだ。何かあるだろ? なにしてくれてんだボケ、とか信じられないんですけどこのゴミ、とか……」

「なんで?」

「いやなんでって」

「私がここにいるって分かるわけないだろうし。好きであんな固そうなドアにぶつかるとも思えないし。何かあったんですよね?」

「まあ、そうだけどさ」

「ならいいじゃないですか」


 なんなのだこの子は。彼が今まで生きてきたなかで、こんな不思議な応答をする人には会ったことがない。なぜ怒らないのか、理解できない。


「怪我がないなら、それならいいです。まー、こんな事もありますよ」

「こんな、こと……」

「はい。たまたまな事故なんて、誰にだってありますよ」


 そう言いながら、彼女はよりにもよって彼に向かって笑いかけてきた。

 事ここに至って、ついに彼の思考が止まる。あまりにも異質な彼女の顔から、目が離せなくなる。

 彼のかわりに声を上げたのは、ナニかから鳴り響くアラーム音。彼女のポケットから、何やら音が漏れ出しているようだ。 


「あっまずっもうそんな時間!?」


 彼女は急いで制服のポケットから何かを取り出す。彼が注視すると、それは手のひらに収まるぐらいの小さなぬいぐるみに見えた。ハムスターが時計を抱えたまま、ひまわりの種を両手に掴み、今まさに食べようとしている姿勢。そんな造形のぬいぐるみが、今彼女の手の中にある。ぬいぐるみはせわしなく振動し、小さめながらも確かなアラーム音を辺りに響かせている。

 彼女がぬいぐるみの裏に指をまわし、スイッチを切るまでほんの数秒。たしかにその間、店内はハムスターを中心に回っていた。


「ごめんなさい! 私もうすぐ列車が来る時間みたいで、なんだか途中みたいですけど、これで。……店長さんも! すみませんこれで失礼しますー!」


 彼女は彼に断りを入れると、店の奥にいる店長らしき人に向かって振り返る。声を張りながら軽く会釈えしゃくをすると、店長らしき人はその場で軽く腰を折り、隣に立つ銀髪の少年は片手を上げ、軽く手を振っていた。

 何がなんだか分からないまま、少女が立ち去っていった。1人ぽつんと取り残された彼は、いまだその場に立ち尽くすのみ。


「…………あっそうだあの梨野郎は」


 少女にばかり気を取られていたが、そういえば一緒に倒れこんだあいつがいるはずだ。ずいぶん静かになりやがってと、彼は店の入り口を向き直すが――誰もいない。

 いつの間にか彼に梨をぶつけようとしてきた学生は、この場から影も形もなくなっていた。


(一体なんだってんだよ今日は)


 怒ろうとした相手にも逃げられ、怒られることを覚悟した相手にも立ち去られ。この感情をどうしたらいいのかと、彼はやるせない気持ちになる。

 結局その日は、店長らしき人にひたすら謝った後、彼も店を後にすることになった。


(……また来たら、さっきの子に会えっかな……)


 何やら新しい想いを、いだきながら。

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