表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/90

[完結]1―C 最終話 虚空に橋を架けるがごとく 後編 

 道家どうけに笑いかけたまま、ナルミは一度も振り返ることなく背後の空へと身を乗り出し――まっすぐ落ちていった。


「っ……」


 ナルミの不可解な行動を見て。道家は目を丸く開き、ぽかんと口を開けた。


「……僕を驚かせたい? たったそれだけのために、ここまで積み重ねてきた行動全てを台無しにしたのか?」


 どこかほうけたまま、道家は屋上の縁へと歩いて行く。


「あーあ。また駄目だったかー……やっぱり僕じゃ駄目だな。今度誰かを勧誘する時はゾメさんに頼もうっと……」


 ナルミの行動が、自らが招いた結果ならば。道家にはナルミの最期を見届ける義務がある。

 道家はナルミへの興味を失いながらも、自らの行動を変えない。ナルミの最期を確認しようと、ナルミが落ちていった場所に立ち、下を覗き見た。


「なっ――」

「――ずいぶん良い顔してるじゃん」


 その瞬間。道家の目は驚きに染まった。限界まで見開かれた両眼で、眼前に広がる異常を把握しようとする。


「普段のムカつく顔とは大違い」


 道家が立つ、ビルの屋上。その直近に――空の上に。

 頭の上にミカンを乗せた少女が居た。宙に浮かべたミカンの上に立っていた。

 空の上に居るのは彼女だけではない。先ほどビルの屋上から落ちていったナルミも、彼女が浮かべるミカンの上に立っていた。

 彼女は自分とナルミが乗るミカンを操り、徐々に高度を上げていく。

 そして道家が立つビルの屋上と同じ高さまできた時、ミカンを静止させた。


「道家さんは、気付いてなかったと思いますが……」


 立つ場所を変えた上で、道家と同じ目線の高さに立ち。

 ナルミは道家に声をかけた。


(そうか。僕と彼女の力は同一。お互いに接触しない限り、お互いに感知できない。だから――」

「彼女は僕にだけ知らせてくれた。道家さんに気付かれないように『ソコから飛び降りろ』って。ミカンを空に浮かべて、文字を作ってくれていたんです」

「……それでか。君が下を見た瞬間、態度を変えたのは」

「ええ。そうです」


 彼女が宙に浮かべるミカンの数は100を超えている。夜が溶け、朝が増していくミカンセイ空間に。彼女が操るミカンが放つ、オレンジ色の光が混ざり合っていく。

 空に並んだミカンたちは、そのすべてが一定の距離・高度を保っている。ミカンの上を歩いていけば、中空にミカン製の橋ができているのと変わらないだろう。

 虚空に橋を架けるがごとく。彼女が生み出すミカン製の橋は、たしかにミカンセイ空間に架かっている。


「アンタに関わらない限り、アンタが私の行動に気付くことはない。えっらそうにベラベラしゃべっている間に、こっちは準備万端ってワケよ」

「……僕に気付かれないように、息を潜めてビクビクしながら作っていたクセに」


 彼女が道家に勝ち誇れば、道家は彼女を挑発する。決して存在していないハズなのだが、なぜだかナルミには両者が交わす視線に、大きく火花が散ったように見えた。


「そんなに僕に気付かれるのが怖かったのか。君って案外……」

「……はぁ? リンゴアンタ本気で言ってんの?」

(やっぱり何か飛んでる……?)


 見間違いだと思ったが、もしかすると見間違いではないのかもしれない。

 もしかすると、ミカンセイ空間で睨み合うと、火花が生じるのかもしれない。

 不思議なことに、ナルミには飛び交う火花が見えた……気がした。

 などと考えている場合ではない。我に返ったナルミは、あわてて両者の仲裁に入る。


「ま、まあまあ2人とも。そんなイライラしなくても……」

「……ごめん無理。リンゴの顔見てるだけでイラっとくるから」

「あ、アハハ……道家さん」


 彼女に譲歩を求めても無駄らしい。ナルミは考えを改め、道家に話しかけることにした。


「うん? なんだい桃原とうばる君」

「僕が選んだ、このミカンでできた道は。彼女が用意してくれた道です。道を無くした僕が自分で創ったワケじゃない」


 ナルミは再度、道家をまっすぐ見つめる。


「でも、この道を進むって決めたのは僕自身です。半人前な答えかも知れませんが……僕は誰かが作った道でも、自分の意志で進んでいきたい」


 今でも道家には負い目を感じている。頭の上にミカンを乗せた彼女に誘われ、道を提示してもらって。やっと選ぶことができた自分では、やはり足りていないのかもしれない。


「……この答えに、この答えで。道家さん」


 でも今道家には、いや道家にこそ、この答えを示したい。


「道家さんに、僕の色は見えますか?」


 だから今、ナルミは道家に自らの色を問うた。

 道家は数秒ほど動きを止めた後、満足そうに笑いながら。


「……ああ、文句なしに」


 惜しみない拍手を添えて。ナルミの色を認知した。


 ――◇――◇――◇――◇――◇――

 

 ナルミと彼女はミカン製の橋を渡っていく。


桃原とうばる君さ、別に盗み聞きするつもりはなかったんだけどさ。下で待機してたら、リンゴと話してるのが聞こえたって言うかさ……」

「なんですか?」

「えーとね……本当に私たちのチームでいいの?」


 終点に向けて、ゆるやかな橋を下りながら。彼女はナルミに話しかけてきた。


「そりゃ、ウチは今私と高梨たかなし君だけだし。桃原とうばる君に手伝ってもらえるなら嬉しいんだけどさ……リンゴの誘いを蹴りたいってだけなら、無理に私たちの仲間にならなくても――」

「違います」


 彼女の言葉を最後まで聞かずに、ナルミは自らの意思を示した。


「僕は僕がそうしたいから。本心でそう思ったから、◯◯さんの仲間になることを選んだんです」

「……ホントに?」

「ホントに、です」

「そっか……なら、基本無計画で無茶苦茶なチームだけど、よろしくね」

「それは……大変そうですね……頑張ります。こちらこそ、よろしくお願いします」


 2人して頭を下げ合いながら、ナルミと彼女はミカン製の橋を下りていく。

 そして下りきった先には、ナルミが見知った2人が待っていた。


「よお」

「お疲れさん」

高梨たかんしさんに……それに墨染すみぞめさんまで。どうしてここに?」


 高梨たかなしは分かるが、なぜ墨染すみぞめまで待ってくれていたのだろうか。墨染すみぞめは道家と同じとばりの一員であったはずだ。


「あー大丈夫だ。『コイツ』越しに話は聞かせてもらってたから」


 墨染すみぞめはナルミに手を突き出した。突き出した手には赤いリンゴが握られている。

 このリンゴには見覚えがある。道家が宙に浮かべていた、あのリンゴに違いない。


「このリンゴ……そうか、どうりでいつからか姿が無くなったと思ったら……」

「ま、アイツはこういうことするヤツだからよ。なんだかんだ言って自分だけじゃなく、俺にも話を聞かせたかったんだろうよ……ヒン曲がってはいるけどよ、アイツ悪気はないんだわ。許してやってくれ」

「悪気がないから最悪なんだよ……」


 墨染すみぞめの言葉を受け、彼女はボソリと悪態をついた。ほんの一言ではあるが、ナルミには誰についてしゃべっているのか見当がついてしまう。苦笑いするしかない。


「あ、アハハ……消えたリンゴの理由は分かりましたけど、墨染すみぞめさんがここにいるのはどうしてなんですか?」

「リンゴ越しに話聞きながら、この世界に迷い込んでる人がいないかチェックしてたら、お前さんが下りてくるのが見えたからよ。見送りでもしようかと思っただけだ……やっぱりお前さんには、見込みがあった」


 墨染すみぞめは長い前髪の合間から、綺麗に澄んだ瞳をナルミに向けてくる。


「なるほど……色々お世話になりました。僕の最初の案内人が、墨染すみぞめさんで良かった」

「俺は大したことはしてねえよ……俺がしたことと言えば、『コレ』だけさ」


 墨染すみぞめは口をにやりと歪ませ、ポケットからあるモノを取り出した。


桃原とうばるよ、本当に本心でこの道を選んだってんなら――」


 取り出されたのは1枚のコイン。このミカンセイ空間に来た時、ナルミが墨染すみぞめに持ちかけられたコイントスで使用した、あのコインだった。


「当然、当てられるよな?」


 墨染すみぞめはナルミを見ながら不敵に笑う。下手な言葉よりも、結果を示せとナルミを挑発した。


「……はい! 表です。絶対に表が出ます」


 ナルミはすかさず返答する。前に選んだ時とは違い、今度は一切迷わなかった。


「なぜなら今、僕がそう決めたから……違いますか?」

「……いい答えだ」


 墨染すみぞめは帽子を深く被り直し、目元を隠した。どこを見ているか不明なまま、コインを自らの手の上に乗せる。

 そして1呼吸置いた後――墨染すみぞめの手から、1枚のコインが打ち上げられた。


「さて、表が出るか裏が出るか……」


 ナルミはコインを目で追わなかった。答えに確信があるから、結果を追わなかった。

 答えが出るまでにだって、すでに答えは決まっている。

 その答えに、確信があるから。

 だからナルミは、コインの行方を追わなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ