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[完結]1ーC 第16話 「僕は君の『色』が見たい」 後編 

「僕は君の『色』が見たい」

「そんな……」


 道家どうけが語った信条は、おそらく本音なのだろう。

 だが、本音だからこそ納得できない。道家の語る信条は、ナルミの価値観と大きくかけ離れている。たやすく飲み込めるモノではない。


「そんなことのためだけに、わざわざ僕をここまで連れてきたんですか?」

「君にとって『そんなこと』でも、僕にとっては『何よりも優先すべきこと』だったんだよ」


 ナルミから困惑の目を向けられても、道家は少しも嫌そうな顔をしない。仲間にならないかと誘った相手から理解されなくても、道家は少しもひるまない。


「この世界では自分の道を選ぶのは自分自身でなければならない……コレは桃原とうばる君自身、身をもって体験したから分かるよね?」

「それは……はい、その通りです」


 道家の言うとおりだ。ナルミはこのミカンセイ空間で一度、自らが選んだ道を違えた。そして挑みビトでいられなくなり、迷いビトになった。

 このミカンセイ空間において自身の選択は絶対だと言うことを、ナルミは身をもって学習している。


「だからこそ、こういったことをしてるんだよ」


 ナルミの反応を見てか、道家が一歩前に踏み出してきた。

 反射的に後ずさりしそうになったが、あいにくと後ろに下がれる余地はない。あと一歩でも後ろに下がれば、さえぎるものがないこの屋上から地面まで、あっという間に落ちてしまうだろう。


「案内人になるかどうかは、君が選ばないといけないんだ。だからこそ僕は案内人になることを強制しないし、彼女の介入もはばんだ」


 これ以上前に進むとナルミが落ちかねないと思ったか、道家は歩みを止めた。


「君の色を、僕に見せてくれ」

(……どうすればいい。いや、やることは簡単か。案内人になるかどうか。道家さんたちの仲間なるかどうか。YESかNOかの2択でしかない。だけど……)


 単純な2択なのに、ナルミには答えが出せない。なりたいモノになれる道を提示されてもなお、ナルミには心残りがあった。


(だけど……ここで道家さんたちの仲間になったら、彼女や高梨たかなしさんたちと同じ案内人には、もうなれなくなるんじゃないか……?)


 道家の言い分を聞く限り、彼女と道家は少なからず敵対している間柄のようだ。道中道家と彼女が似ていると言った瞬間に彼女が不機嫌になったことからみても、不仲なのはまず間違いないだろう。


(こうして彼女と引き離して『自分たちの仲間にならないか』と誘ってきたことから見て……彼女が道家さんたちと仲間でない、のは間違いなさそうだ……どうする……?)


 ナルミは踏ん切りがつけられない。目線を縦横無尽に動かし、なにかきっかけがないか探してみるが、なにも見つからない。

 自分の背後へ振り向いても、朝焼けに染まっていく空しかない。ナルミは背後の空を見つめているうちに――ナニかに引かれ、目線を下に下げた。


(なにか、なにかないか……ん? あれは…………そうか)


 いつもの世界と比べればおかしいことばかりなこのミカンセイ空間でも、ことさらおかしいものがあった。

 そんな、おかしな場所にあるおかしなモノを見た瞬間に。ナルミの心情は一変した。おろおろした態度はしだいに失せ、肩の力も抜けていく。


「……ナニか見えたのかな?」


 何秒ほど下を向いていただろうか。背後から道家の声がかかり、ナルミは道家の方へ向き直した。


「……答えがでたみたいだね」


 ナルミの口から返答はなかった。だが道家は察することができた。道家をまっすぐ見つめてくるナルミの顔から、以前までの迷いが消えてなくなっていたからだ。


「……答える前に、1つ聞いておきたいことがあります」

「ん? なにかな?」

「僕が案内人になりますと言ったとして……それだけでなれるものなんですか?」

「……桃原とうばる君、さっきまであの、色々ととんでもない彼女と一緒にミカンセイ空間を進んできたんだよね?」

「ええ、まあ」

「なのにまだこのミカンセイ空間の中で、いつもの世界と同じ考え方をしてるのかい?」


 だんだんと昇り来る朝日を背負いながら、道家は小さくため息をついた。どこか拍子抜けした顔で、ナルミに語りかけてくる。


桃原とうばる君、この世界においてはね――『確信こそが道を創る』んだ。」

「確信こそが、道を……」

「その通り。選んだ道を進むんじゃない。自分はこの道を進むのだと、確信を持つことこそが大事なんだ。このミカンセイ空間においては因果なんて簡単に狂う。これも桃原とうばる君は体験したよね?」

「……はい」

「どうせもう桃原とうばる君は挑みビトになれないから……いいやネタばらししちゃおうか」


 道家は一度上を向いた後、いたずらを思いついたような顔をした。


「……桃原とうばる君が挑みビトになって、このミカンセイ空間に来てすぐに。ゾメさんに上を進むか下を進むか聞かれた後、コイントスやったでしょ?」

「ああ、やりました……あれ? どうして知ってるんですか?」

「実はあれも試験だったから。あれはね、このミカンセイ空間での適正を測ってたんだ。ついでに言うとゾメさんが『正しい選択』とかなんとか言ってなかった?」

「あまり詳しくは覚えてませんが……似たようなことなら言っていたような」

「順を追って説明しようか。最初に上か下か選んだと思うんだけどさ。あれは挑みビトがどちらに進みたいか自分で選んでもらうため」


 道家は右手の人差し指だけを伸ばし、ナルミに向かって突き出した。


「次にやったコイントスは、挑みビトが自分で選んだ道に確信を持てているか調べるため」


 人差し指を伸ばしたまま、続けて中指も伸ばす。


「コインが表になったなら、選んだ道が正しいと挑みビト自身が思えている。コインが裏になったなら、挑みビトが内心『この道で合っているんだろうか』と自分で選んだ道に疑念を持っている証になる」


 Vサインだろうか。道家は手を伸ばしたまま、ナルミが以前行った不可思議なコイントスについて種明かしをしてくれた。


「さらに言えば……ゾメさんが『見どころある奴』って言ってたってことは、コイントスの結果表だったでしょ?」

「はい、表でした」

「やっぱりね……実を言うとね、上に進む道は確信を持てなくても進むことができる、あらかじめ用意されている道だったんだ」

「それは……初耳です」

「うん、だろうね。一応2択だって最初に言うことにしてるけど、実際は違う。挑みビトが下に進むことを自分で選び、確信してはじめて――下を進む道が確定する」

「? 選んでから道が確定する? 道があるからどちらに行くか選ばせているのでは?」

「このミカンセイ空間においては、下の道は挑みビトが選ぶ前には存在していない。道があるから選ぶんじゃない、選んだら道が出来上がるんだ」


 道家が言う言葉はナルミにとってとても難解だった。言っていることは理解できるのだが、どうにも上手く飲み込めない。


(……なんでに落ちないのかは、分かる)


 今ナルミが居るミカンセイ空間は、普段ナルミが生きているいつもの世界とは世界の仕組みそのものからして違っている。このことは理解できている。

 だがナルミはどうしても、この世界においてもいつもいる世界と同じ価値観で考えてしまう。いつもの世界で自分が抱えていた『常識』が、ミカンセイ空間における『常識』を受け入れさせてくれない。

 ナルミは暴走する常識を押さえつけようと、自らに言い聞かせるようにこう言った。


「あのコイントスにはそんな意味があったんですね……自分の行動に確信が伴えば、必ずコインは表になるってことですか?」

「なるね。ここはそういう世界だ」

「なるほど……やっぱりこのミカンセイ空間は、いつもいるあの世界とはまったく違う世界なんだな」

「何を今さらって感じだけどね、僕からすれば。桃原とうばる君も分かってるものかとばかり思ってたんだけどなー?」

「あははっ、申し訳ないです……そう言えば墨染すみぞめさんは、今どこに?」


 コイントスが話題に挙がり、ナルミはこの場にいない案内人のことが気になった。同じ案内人仲間である道家なら墨染すみぞめの場所を知っているのではないかと思い、問いかける。


「ゾメさん? ゾメさんなら今見回りしてるよ」

「見回り?」

「もうこのミカンセイ内にいる迷いビトは桃原とうばる君だけ。挑みビトも全員選定し終わってるから、後は桃原とうばる君がこのミカンセイ空間から脱出したのを確認した後、このミカンセイ空間を閉じるだけ……なんだけど」

「なにか問題でも?」

「万が一見逃してる迷いビトがいるかもしれない。そんな万が一をなくすために、挑みビト全員がいなくなった後、ゾメさんはミカンセイ空間内を巡回してチェックしてるんだ」

「なるほど」

「だから巡回が終わったらゾメさんもここに来ると思うよ? どうする? 案内人になるかどうかゾメさんにも相談してみる?」

「いえ……今すぐ答えることにします。墨染すみぞめさんに会ったらまた迷ってしまいそうですから」


 道家からの提案を、ナルミはきっぱり断った。


「……そ。なら、聞かせてもらえるかな?」


 日を背負う道家からの問いかけに、日に向かうナルミはこう返答した。


「僕は――」

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