[完結]1ーC 第16話 「僕は君の『色』が見たい」 前編
道家はナルミに『案内人にならないか』と誘いをかけてきた。
「――実はね、桃原君につけていた『保険』を通じてさ。いろいろと分かった上で君を誘っているんだ。君が案内人になりたがっている確証があるからこそ、こうして誘ってる」
道家から保険という言葉を聞き、ナルミは先ほど爆発したリンゴを思い浮かべた。とっさに自分の肩を確認する。
そんなナルミの様子を見て、道家は笑いながらこう言った。
「あ、今はもうないよ。君をココに飛ばした時点でアレの効果はなくなってるから」
(……どこまで信用できる? 僕はあのリンゴを取り付けられていたことにまったく気付けなかった。そしてさっきまで宙に浮いていたリンゴの姿も見えなくなっている。これはもしかして、またリンゴを貼り付けられたんじゃないか……?)
道家の言葉を受け、ナルミの脳内に疑念が渦巻き始めた。
以前道家がナルミに保険を取り付けたことに、ナルミはまったく気付けなかった。
そして目の前で宙に浮いていたリンゴが消えた。
ということは。自分は今また新しく、自分が気付かない内に保険を取り付けられたのかもしれない。
最悪なことに、ナルミには自分に保険が取り付けられているかどうか確かめる術がない。道家の言うことを信じるしかない。
だがどうにも道家は信用ならない。ナルミには道家の真意が見えないのだ。
「君が彼女やその助手に感化されて、さらに自分に案内人の素質があると知らされて――」
悩むナルミを知ってか知らずか。道家は少しずつナルミに近寄りながら話を進める。
「内心揺らいでるよね? なれるのならなりたいと思ってるよね? 案内人に」
今道家を近付けるのはまずい。なぜだか分からないが、ナルミは本能的に道家を恐れている。
未知のものから離れたい一心で、ナルミは道家と距離を取ろうとする。
じりじり、じりじりと後退を余儀なくされ。
「おっと、ストップストップ。それ以上下がると危ないよ」
道家の言葉で足を止め、ナルミは背後を確認した。
するといつの間にか、ナルミは屋上の縁に立たされているではないか。少しずつを少しずつ後退を繰り返した結果、もう背後に下がる余地はない。
フェンスのない屋上の縁に立たされたナルミの背後には、遮るものがなにもない。あとほんの数歩後ろに下がれば、あっという間に地面に落ちることができる。できてしまえる。
「この高さから地面まで落ちたら……桃原君終わっちゃうよ?」
道家はナルミに歩み寄ってくる。しかしナルミに逃げ場はない。
「せっかく挑みビトから迷いビトになってゴール寸前まできてるんだからさ、今落ちて傷を生むのは損しかないと思うなぁ」
道家の言っていることは正しい。内情も分からぬまま、ここから地面まで落ちるのはバカげている。疑っている相手とはいえ、それでも相手の考えを知らなければ話にならない。
ナルミは意を決し、道家に疑問を打ち明けることにした。
「……僕がここで道家さんたちの仲間にはなりませんと言ったら、僕はどうなりますか?」
「別になにも? それならそれで、彼女と助手の元に送り届けるだけだよ?」
「……?? ごめんなさい。僕には道家さんの意図がまったく分かりません」
「それは困ったなーどこが分からない?」
「道家さんは僕が断れない状況を作りたくて、僕だけをココに連れてきたんじゃないんですか!? なのに断ってもいい、断ったら大人しく彼女の元に帰すって……意味が分かりません」
ナルミには、本当に道家の考えが読めなかった。
目の前にいるこの少年は、一体どんな意図を持って自分をここに連れてきたのか。ナルミは道家に問いかけた。
「そうだな……僕は別に、君をここに連れてきたからといって『僕の提案を断るな』とは言ってないよね? 君が僕たちの仲間にならないというのならそれでいいんだよ? 僕は君の選択を尊重する」
「答えになってません。それだと彼女と高梨さんを、僕から引き離す必要がない」
「なぜ君を1人だけここに連れてきたのかと言えば、彼女たちを君から引き離したかったからであって、君に断れない状況を作りたかったからじゃあない」
道家は真顔で答えてくる。特に隠す様子もない。自分のとって当たり前であることを、ナルミにまっすぐ伝えようとしているだけのようだ。
「僕は桃原君よりも彼女の性格を良く知ってる。彼女は僕とは考え方が正反対だから、逆に予想も簡単でね。君に『案内人にならないか』なんて言ったら、彼女は君が僕たちの仲間になることを全力で邪魔してくる。間違いなくね。賭けてもいい」
だがナルミには、道家の当たり前が受け入れられない。当然であるかのように話す内容が、ナルミには理解しがたい内容ばかりだった。
「彼女からの横槍をなくしたかった。僕は他の誰でもなく、誰からの邪魔も入らない状況で――君自身に決めてもらいたかった。だから1対1で話せる状況を作った。これで通じたかな?」
(……僕に決めてほしかったから? それだけのために、わざわざ僕を読んだだって?)
「んーまだ伝わりきってないかな?」
当惑するナルミを見て、道家は少し困った顔をした。少しだけ口を尖らせたあと、すぐに笑みをつくると
「ならこれならどうかな? これは僕の信条なんだけどね……」
そう切り出した。
「僕は挑みビトになり、願いを叶えようとした人たちをできるだけ尊重したいと思ってる」
「尊重、ですか?」
「そう。それは桃原君のように挑みビトから迷いビトになった、イレギュラーな人だって例外じゃない。失敗する可能性がある上でなお、挑むことを選べた人たちだからね。何も選ばない奴らよりよっぽど好感が持てる」
道家は両手を広げ、両の瞳を赤く輝かせながら。
「僕はね、自分の道を自分で選ぶ人の姿を見るのが好きなんだ」
ナルミをまっすぐ見つめてくる。
「誰かに頼れない、選ばないことも許されない。そんな限界環境で出した答えこそ、個々人の『色』が出る」
ナルミを値踏みするような、底を見ようとしているような。
「僕はその人が人ごとに持っている『色』を、誰よりも近くで見ていたい。だから僕は挑みビトの案内人をやっている。だからね、桃原君――」
燃える瞳に意志を乗せてこう言った。
「僕は君の『色』が見たい」