[完結]1-C 第15話 暁に 道化が笑い 道化が告げる
ナルミの肩で笑っていたリンゴが突然爆発した。
赤い光が辺りを包み、ナルミの視界も赤一色に染まる。
「なっ――」
ナルミはとっさに目を強くつむり、両手を顔の前へ動かした。少しでも光から遠ざかりたかったからだ。
赤い光は数秒ほどで弱まった。ミカンが爆発した時とは違い、身体に衝撃などは感じない。一瞬フワッとした浮遊感はあったものの、足元にはちゃんと地面がある。ナルミは何度も踏みしめ確認した。
(一体何が起こったんだ!?)
状況に追いつけないナルミがおそるおそる目を開けた時には――ナルミは見知らぬ屋上に立っていた。
「!? アナタは……」
どこかのビルの屋上だろうか。平らな屋上の周囲にはフェンスがなく、うかつに端に寄ろうものならあっけなく落ちてしまえそうだ。
ナルミの目が淡い光を感じ、光の出どころを見る。するとちょうど朝陽が昇ろうしている最中だった。
不自然に大きかった月はどこかへ消え、今では地平線から朝陽が顔を覗かせようとしている。長かった夜は少しずつ薄れ、ミカンセイ空間に朝が来ようとしていた。
「やぁ桃原君。元気そうでなにより」
ナルミの目が1人の少年を捉えた。
少年は夜明けを迎える屋上に立ち、朝陽が昇り来る方向を向いている。
少年はナルミに背を向けたまま話しかけてきた。
たとえ顔が見えなくても、ナルミは声だけで少年の正体を察することができた。
「……どうも、道家さん。さっきの爆発したリンゴはあなたの仕業、ですよね?」
「その通りだよ。察しが良くて助かるなぁ」
朝焼けに向かい、屋上立っていた少年は。ナルミが知る案内人の1人である、道家だった。
道家は軽く言葉を返すと、ナルミの方へくるりと振り向いた。右手に握るリンゴをナルミへ差し出しながら、嬉しそうに笑う。
「ゴール手前で水をさしてごめんね。ちょっと用事があってさ」
(――飛ばされたのは僕だけ、か)
朝焼けの空を背に、道家はナルミに対面した。
光源を背にすることで、道家の顔に影が増した。ナルミの立ち位置から見る道家はとても怪しげで、油断ならない存在に見える。
一体自分は何をされるのかと身構えるナルミを見てか、影を増した道家の顔が不敵に歪む。
「……僕と一緒にいた、あの2人はどうしたんですか? だいたい、僕の案内人は道家さんではないハズですが」
「ああ、大丈夫大丈夫。僕には彼女をどうにかすることは出来ないよ。僕と彼女が持ちうる力は同一だからね。あの2人は無事だよ」
「なら、どうして僕を1人だけここに連れてきたんですか? あのリンゴを仕掛けたのはいつ?」
「僕が必要としているのは君だけだから。あのリンゴを仕掛けたのは……君の肩に手を置いた時だよ」
主導権を握られないように、ナルミは矢継ぎ早に質問を続ける。道家の底知れなさに飲み込まれないように、ナルミは頭を落ち着けようとする。
「黙って仕掛けたのは謝るよ。でもさ、あの時僕らにはどうにもできないからって、君を他の案内人に丸投げしちゃったワケじゃない? さすがにそれだけだと無責任すぎるからね。万が一がないように、君の安全のために『保険』をかけておいたのさ」
道家は両手を広げ、友好をアピールしてきた。足を1歩前に踏み出し、ナルミとの距離を縮めようとする。
ナルミは道家に近づかれないように、道家の動きに合わせて後ろへ1歩下がる。後ずさることで距離を一定に保とうとする。
「嘘、ではなさそうですが……真意でもなさそうですね」
「ふぅん? どうしてそう思うんだい?」
「僕の安全のための保険だったとしても、あの状況でソレを使う必要はなかったでしょう。あの状況で危険なんてどこにもなかったし、あとは僕がポストに投函するだけで、ミカンセイ空間から抜け出すことができていた。違いますか?」
「なるほどなるほど」
「なのにアナタは『保険』を使い、僕だけをココに連れてきた……つまり、道家さんには彼女たちと僕を分断し、ミカンセイ空間内で僕と1人だけで、何かを話す必要があった。だから『保険』を使った。違いますか?」
今度は返答が遅い。ナルミの問いがまずかったのか、道家は黙り込んでしまった。
少しだけ目を見開いたまま、ナルミを眺めること数秒。道家は手に持っていたリンゴを宙に置き、浮かべた後――急に態度を変えた。
「……合格!!」
「――は?」
「合格だよ! いやー良かった良くなった!」
道家は両手を叩いて喜んでいるが、ナルミには何が喜ばしいのか分からない。
困った顔になりながら、ナルミは道家を問いただす。
「いえ、あのすみません。なにが合格なのかさっぱり――」
「桃原君の案内人が彼女になった時は心配だったんだよー彼女の思想はどうしても僕と相容れないから。どうなるかハラハラしながら見守ってたんだよ。気付いてた?」
「見守ってた……と言われれば、たまに誰かからの視線を感じてはいましたが……あの、聞きたいのはそこではなく――」
「いいね! 彼女のムチャクチャぶりに触れたのがいい方向に作用したみたいだ。最初に会った時と今とでは落ち着き方がまるで違う。頭の回転も良くなったよホント」
道家は自らの指を鳴らす同時に、にこやかに笑いかけてくる。
不敵な態度はどこへやら。年相応の無邪気な少年のような仕草を取られると、ナルミにはさっぱり意図がつかめない。
(……ハッ。いけないこれじゃ道家さんのペースじゃないか落ち着け)
ナルミは我に返ると頭を振り、思い直した上で道家を問い詰める。
「あのですね! 道家さん、僕が聞きたいのは『何が合格なのか』なんです。誤魔化さないでください」
「あーそうだったね。何が合格かって? それはね……桃原君、君に隠れてしていた試験の結果が合格ってことさ」
「試験? 一体なにが」
「案内人としての適正があるかどうかの試験さ。まあ気付かれないようにやっていたんだから、気付かなくて当たり前なんだけどね」
(試験? 僕に案内人適正があるかどうか? 一体どういうことだ?)
道家からの返答は、ナルミの想定のはるか外だった。自分が試験されていたなんて思いもよらず、問い詰める口が鈍ってしまう。
「試験……ですか? 一体いつから??」
「最初からさ。君がこのミカンセイ空間に来てからずっと。忠芳さんが君を誘った時点で、僕たちは君に案内人の素質があることを見抜いていた」
道家は笑いながらナルミに近付いてくる。反射的にナルミは後ずさる。
「君が挑みビトになろうと思ってくれたのは好都合だったよ。案内人になれる人はそうそう見つからないし、見つかっても別の組合に取られちゃうし……いやー正直困ってたんだよね」
(組合? 他の? 何を言っているんだ!?)
「さすがに普通の挑みビトには、あそこまで理不尽な状況を突きつけたりはしないよ。あれじゃ落とすために仕組まれてるレベルだし。落ちても構わない桃原君だけの特別仕様だったのさ」
「……それじゃあ、僕が知らない事が多かったのも……?」
「もちろんわざとだよ。情報を削って、未知の状況での判断力を試験してたのさ」
道家は少しずつナルミに近付いてくる。両手をナルミの向けて伸ばし、こう続けた。
「最初から不条理な状態で、不完全な道を提示して。不可解な状況に置かれてなお、君が君でいられるか。それを僕たちは見ていたんだ」
「僕たち……? それはまさか、彼女や高梨さんも――」
「ああ、あの2人は別だよ? 別のとこの人たちだから。僕たちってのは、君が関わった人だと忠芳さんとゾメさんと僕の3人だけかな?」
(忠芳さんと、墨染さんもなのか。最初に会った3人の案内人全員が、僕を試していた?)
ナルミは信じていいか迷ってしまう。3人の案内人が自分を試していたと言われても、はいそうですかと受け入れることができない。
(3人が僕の試験官だったとでも!? まさか……しまったっリンゴが、どこにいった??)
知らない情報の濁流に、ナルミは置いて行かれそうになる。理解しながらついていくのに精一杯で、道家が宙に浮かべたリンゴの行方を完全に見逃してしまった。
いくら道家が友好的な態度を取っていたとしても、そうやすやすと信じるわけにはいかない。
ナルミはあくまで警戒を解かず、道家との距離を保とうとする。
「んーそうだな。まあ警戒されるのも仕方ない、か」
「道家さんに悪いですが、さすがに今までは試験でした、なんて急に言われても信じる気にはなれません……動機がまだ見えてこないので」
「動機? どういうことかな?」
「それはですね。僕に案内人としての素質があったからといって、そんな僕を道家さんたちが試験したとして。それで道家さんたちに何か得があるんですか?」
「なーるほど。桃原君は分かりやすくて助かる」
「何をしたかったのかはわかりましたが、なぜこんなことをしたのかが分かりません。これが分からない限り、僕はあなたに近付きません」
ナルミは道家を視界に捉えたまま、なんとかリンゴを探そうとする。
どうせ瞬間移動されるんだから諦めろと、脳内で語る声が聞こえても。だからといって抵抗しないわけにはいかない。
「……うん、まったくもってその通りだ」
ナルミの言葉を、道家はどう受け取ったのか。
「君の言い分はもっともだ。僕が逆の立場だったとしても同じことを言っただろう」
笑みを消し、態度を改めた上で。道家はナルミをまっすぐ見つめてくる。
「疑っている相手から『実はこうでした』なんて打ち明けられても、『なんでこんなことをしたのか』分からない、動機に疑問を持っていてはとても受け入れることなんてできないよね。分かる分かる」
道家は肩の高さまで両手を上げた。降参、のポージングだろうか。
「だから、こうしよう。まずは桃原君の言うとおり、僕たちの動機を話す。その上で桃原君の抱える疑問点に、1つずつ僕が答える。これでどうだい?」
次に道家は左手を下げ、右手だけを前に伸ばす。ナルミに向かって手を伸ばしてくる。
「正直に言うと、僕たちは案内人の仲間を増やしたい。だから案内人の素質を持っている人を探していた。そんな時に桃原君、君を見つけた」
伸ばしている右手の指を、人差し指だけ伸ばし他は握り込む。
「君は私情に流されず、合理をもって事にあたれる人材だと思っている。とても有望だ、僕らとしては逃したくない」
右手の人差し指でナルミを指差しながら、道家はこう言う。
「だから僕は。君にこの手を取ってほしいと思ってる」
道家は右手を広げ、ナルミに握手を求めてきた。
僕たちの仲間にならないか、案内人の一員にならないかと。
「桃原君――案内人になってみる気はないかい?」
道家はナルミに選択を持ちかけた。




