[完結]1ーC 第14話 狂ったリンゴが笑う時
一行はミカン《セイ》製の橋を渡りきり、再び家屋の上を渡り歩いていた。
とは言っても家屋の上を歩いているのはナルミとハジメの2人だけ。
彼女は空中にミカンを浮かべ、その上を歩いている。
(……『私が手を貸すのは最低限。できるだけ自分の足で歩くこと』、か。まったくもってその通りだな。頼りっぱなしじゃ駄目だし、間違ってない)
不安定な空中を歩いている最中でも、彼女は下を向かない。彼女が空中に足を踏み出すごとに、ミカンが彼女の靴の真下へ潜り込む。
彼女の歩みをナルミは見過ごせない。どうしても目がいってしまう。
(彼女の歩き方は……いや空中歩行の仕方は、が正しいか? ミカンで道を作りながら歩いているというよりも、彼女が歩くと決めたから、ミカンが勝手に道を作っているような……もどかしいな。何かが違うのは分かるのに、どう違うのかが分からない)
「……桃原さん? なあ桃原さん? 考えるのもいいけどまずは助けてくれねえ?」
「――あっすみません」
ハジメの声に引っ張り上げられ、ナルミは思考の底から浮き上がる。ナルミがハジメの方を見ると、ハジメは家の屋根に埋まっていた。勢いよく隣の家屋へ飛び移ったはいいものの、あまりに勢いを付けすぎて屋根をぶち抜いてしまったのだ。
ナルミはハジメを引っ張り上げようとし、そんな様子を見て彼女が笑う。
「……高梨さんは彼女みたいな力を使えないんですか?」
「俺助手だから無理。俺の梨じゃ迷いビトとの認識を補正するので限界」
埋まったハジメを助け出し、3人は脱出行を再開した。
――――――――――◇◇◇◇◇――――――――――
それはなんとも奇妙な光景だった。
人の気配を感じない、とても静かな夜の街並みを行く3人。
1人は光るミカンを空に浮かべ、ゆうゆうと歩いていく。まるで散歩でもしているかのようだ。
残る2人はそれぞれ助け合いながら、必死に先へ進んでいく。まるで山でも登っているかのようだ。
屋根の上を飛び移る2人と、空を歩く1人。まるで違う進み方をしていても、どちらも目指す先は同じ。
奇妙な3人組は、奇妙な歩みを進めていく。
「――そうだ。今のうちに…………」
「?」
彼女からの提案を受けて。ナルミは2人に出会うまでに、自分がこのミカンセイ空間で体験してきたことを話すことになった。
彼女いわく
「挑みビトから迷いビトになった人にも、同じようにしていいのか分かんないけど……まあ一応ね?」
とのことらしい。
どうやら彼女は迷いビトの案内人を務める時には、いつもこういった話をしているようだ。
「そうですね…………」
ナルミは一瞬、彼女に道家との出来事を伝えるべきか悩んだ。道家の名前を出したとたんに、また彼女の機嫌が悪くなるのではないかと考えたからだ。
結果としては、思っていた事態にはならなかった。
ナルミが道家の話をしている間、彼女は少し不機嫌そうな顔になったけれど、それ以外にはさして怒った様子もない。彼女は努めて冷静に、ナルミの話を聞いてくれた。
目指す家屋の上へ先に昇ったハジメが、ナルミに向かって手を伸ばす。ナルミは差し出された手を掴みながら、ハジメと会話を交わしていく。
「…………じゃあ、高梨さんは最初から案内人の助手だったわけではなかったんですね」
「ああ。最初にミカンセイ空間に来た時は迷いビトだった……んだけど、色々あってこうなった」
「そういうことってあるんですね。てっきり案内人やその助手というものは、最初からそういうものなのかと思ってました」
ハジメに引っ張り上げてもらいながら、ナルミは家屋の上へと昇る。そして胸に抱いた期待を、ぽつりとこぼした。
「なら……」
「うん?」
「僕も……僕も高梨さんみたいに、案内人の助手になれたりするんでしょうか?」
「――なれる、と思う」
ミカンの上を歩いていた彼女が、ナルミとハジメの会話に割って入る。ナルミが彼女に注意を向けると、彼女はすこし迷いがちに話し始めた。
「というか案内人になれる素質があったから声をかけたんじゃないかな。忠芳さんのことだし。桃原君の話を聞いた限りだと、あの人たちの思惑はそうとしか考えられない」
「? それは一体どういうことでしょう」
「んー。間違ってるかもしれないから、一応他にも聞いておくね。これ聞いたらハッキリするから」
「なんでしょうか」
「桃原君はさ、なんで挑みビトになろうと思ったの? 忠芳さんに誘われたってのは聞いたけど、挑みビトになろうと思った理由はまだ聞いてないから」
「ああ、なるほど。それはですね…………」
ナルミはできるだけ簡潔に、挑みビトになった経緯を語った。
「単純に言えば……自分で選んでみたかったんです」
自分を卑下することも、着飾ることもなく。
「これまで僕は、誰かが整えてくれている道を、期待に応えるように進んできたつもりです。もちろん、準備してもらった道だからって、自分で考えてこなかったワケじゃあありません。誰かの言いなりになって進んできただなんて思ってないし、通りたくない道を通ってきたとも、思っていません」
挑みビトになることを選んだ自分を、冷静に見つめ直しながら。
「ただ、誰かに用意してもらった道ではなく……すべてを自分で選んでみたくなったんです。すべてを自分の責任で、自分の足で進んでみたかった……それだけです」
ナルミはなぜ挑みビトになったのかを語り終えた。
ナルミは内心笑われるかと思ったが、2人はいたって真面目な表情だ。少しも茶化してこない。
彼女はナルミの話を黙って聞いた後、ぽつりと口を開いた。ハジメも軽く相槌を打つ。
「……やっぱり」
「なー」
「? なにがやっぱりなんでしょうか?」
「いや、バカにしてるワケじゃないんだよ? ただいろいろ理由があってね……」
彼女はナルミに向かって両手を振りながら話す。
「桃原君は知らなくて当然なんだけどね? 挑みビトって言うのは……特に墨染さんやアイツなんかが取り仕切るミカンセイ空間に誘われる挑みビトって、みんな似た理由で挑みビトになるんだ」
これは予想外だった。ナルミは案内人が管理している空間に、複数人の挑みビトを同時に集める仕組みだとしか、忠芳から聞かされてはいなかった。
自分でも不思議だが、いつの間にか多種多様な願いを持った人たちを一箇所に集めているものだとばかり思っていたのだ。
だがそれは自分の勘違いだった。ナルミは思わず声を失う。
「なんで挑みビトになる理由がみんな似ているのか。答えは簡単で、『同じような不満を持った人に、まとめて勧誘をかけているから』なんだよね」
「……そう、だったんですか」
「正直言えば、私はあの人たちがやってる、この挑みビトシステムって好きじゃない」
「? ではなぜ協力を?」
「協力というか……お節介? 厳密の言うとあの人たちとは違うチームって言うかなんというか……」
急に歯切れが悪くなった。彼女にも言いづらいことはあったようだ。
「うーんまあこの話は置いといて。なんで挑みビトシステムが嫌いかって話しね。なんでかっていうと…………」
こうして彼女は挑みビトについての裏話を語り始めた。
彼女が喋る事柄は、案内人だけしか知りえないような情報ばかりで。ナルミはただただ驚くことしかできなかった。
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いくつの障害物を超えてきたのだろう。ナルミはいつからか、飛び移る家屋の数を数えなくなっていた。彼女とハジメ、2人と話しているうちに、ナルミの考え方は明確に変わってきている。飛び越えていく道のりよりも、その先を見据え始めていた。
「――お疲れ様。コレ、見覚えあるでしょ?」
空に浮かんでいたオレンジ色の月も沈み、朝焼けが増していく最中。
一行はついに目的地にたどり着いた。
「これが……」
ナルミが見つめる先には、ある変わったポストがある。
通常ポストに備え付けられている投函口は左右に並んでいるのだが、このポストは違っている、投函口が上下に並んでいるのだ。
上の投函口の、さらに上には。オレンジ色のミカンが描かれている。
下の投函口の、さらに下には。赤いリンゴが描かれている。
ポスト全体の配色もおかしい。通常ならオレンジ色一色に塗られているはずなのに、このポストは赤色とオレンジ色がまだらに塗られている。
「挑みビトであろうと、挑みビトから迷いビトになろうと。目的地は変わらない。桃原君がたどり着かないといけなかったのはこのポストの前。やり方は分かるよね?」
「はい」
ナルミは自らの懐に手を入れ、あるものを取り出した。
それは手紙。ピンク色の封筒に入れられた、目に優しくない手紙だった。
「2色が混ざった奇怪なポストの中へ、コレを自らが望む先へ投函すること。僕が忠芳さんから聞かされた条件をすべて満たしています。間違いないです」
ここまで歩んでくる最中、ナルミはずっと考えていた。自分が望むのは何なのか、選ぶならどちらなのか。挑みビトであった頃はずっと悩んでいた2択。
今では答えは決まっている。もう迷う必要はない。
2人が見つめる中、ナルミはポストへと近寄っていく。
そしてポストの投函口へ、手紙を差し入れようとした、その時
「――ココガ」
「ッ!?」
ナルミの耳元に、聞きなれない声が刺さった。
急いで後ろを振り向くも、背後には誰もいない。
(誰っが!?)
「――ココガ」
だが声は止まない。たしかにナルミの耳の、すぐそばで。耳障りな声を発しているナニかがいるはずなのだ。
ナルミは首を左右に振り、辺りを見回す。
左を向いても何も異変はない。
次に右を向いた時。視界の端に、ありえないモノが映り込んだ。
「……なんだこれ」
自分の肩に、赤くて丸い果実があった。赤く丸い果実はナルミの肩に貼り付いて離れない。
赤い、赤いリンゴに見えるソレは、口を生やして笑っている。
「ココガッココガッ」
壊れたオルゴールのように、ひたすら同じ言葉を繰り返している。
ナルミはこのリンゴに見覚えがあった。リンゴがいる場所にも覚えがあった。
(こ、これはっ……道家さんが持っていたリンゴと、同じ!?)
リンゴが貼り付いている場所は、ナルミが道家に触れられた場所と同じだ。
ナルミが屋上で道家と話をしたあの時、あの時道家が肩に手を置いた場所に、今たしかに道家が持っていたリンゴがいる。しゃべっている。笑っている。
一体これはどういうことなのか。ナルミにはまったく理解できない。
「なんで道家さんのリンゴが――」
「ココガ臨期ッ!!」
リンゴが赤い光を放ち始める。辺りを赤で埋め尽くし、ナルミの視界は赤に染まるる。
「!? アイッツ!!」
この状況を正しく理解し、誰よりも早く動いたのは彼女だった。
異変に気付いた彼女はすぐさまミカンを取り出すと、ナルミに向かって投げつける。
だが彼女が投げ放たったミカンがナルミに届くよりも早く――リンゴが爆発した。




