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[完結]1―C 第8話 彼は背後の暗闇に 

 お前は出口にたどり着けない。

 そう墨染すみぞめから告げられ、ナルミはつい最悪を想像してしまう。

 出口にたどり着けないのなら、自分は一体どうやって出ればいいのだろう。ナルミは湧き上がる疑問を墨染にぶつけた。


「出口がなくなったってことは……もしかしてここから出られない、ってことですか?」

「いや、階段を下りても出口にたどり着かないってだけだ。出ようと思えば出ることは出来る」


 ナルミは内心ほっとした。どうやら最悪の事態だけはまぬがれたらしい。


「出るだけなら簡単だ。だが良い結果をともなって出ようとすると、かなり面倒になる」

「なぜかというとね! ……あゾメさん待って待って。ちゃんとするからさ……ええとね、トウバル君。君がこのミカンセイ空間から今すぐ出たいのなら、これまで君が見てきた人たちのように、このビルから飛び降りるといい」


 道家はにこやかに危ないことを言う。ナルミに落ちて終わった人たちと同じになれと言うのか。

 墨染からにらまれながら、道家は説明を続けた。


「結果的に傷をのこすことになるけど、ミカンセイ空間から出ることは可能だよ。でもこれはオススメしないし、君も好んでしたくはないよね? だから僕たちから1つ、提案がある」


 そう言うと道家は拳を握り、ナルミに向かって突き出した。そこから指を1本だけ伸ばし、ある提案をする。


「ハッキリ言うよ。君はもう挑みビトじゃない。迷いビトだ」

「迷いビト……」


 道家が突き付けた言葉を、墨染が受け継ぎ話を続けた。


「そうだ。桃原とうばるが何かを望んでこの世界に来たのは知ってる。だが自分で選んだ道を違えた時点で、もうお前さんは挑みビトじゃなくなっちまった。進む先を失い、どこに向かえばいいか分からない。そんな迷いビトになっちまったのさ」

(迷いビト……たしかこの世界に来る前に、忠芳ただよしさんが言っていたな)

「挑みビトが道を違えて迷いビトになるなんざ、そうそうあることじゃねえ。あったとしても、そうなったヤツはいつも忠芳ただよしさんが案内人になるんだが……」


 墨染は一度言葉を切り、視線を斜め上に向けた。何かに気が付いたようだ。


「トウバル君を自分が案内することが、忠芳ただよしさんの目的だったのかもねー」


 そんな墨染とは打って変わって。両手を首の後ろで組みながら、道家はあくまで気楽に言葉を重ねていく。


「かもな……桃原よ、なんか今回の話を聞いた限り、今回はこっちがわの不手際が原因みてえだし、出来る限りいい結果でお前さんを元いた世界に帰してやりたい」


 墨染は大きく息を吐きながら、後頭部を右手でかく。


「出来るなら俺たちがお前の案内人になってやれたらいいんだが……」

「何かそう出来ない理由が?」

「理由? そうだな……」

「!?」


 突然、ナルミは身体中に謎の圧迫感を覚えた。反射的に身体を見るが、どこにも異変は見当たらない。何も当たっているようには見えないのに、何かが身体中に押し当てられているような。そんな感覚だけがどんどん強くなってくる。


「もう俺たちとお前は認識がズレちまってる。『コレ』が見えてねえのが何よりの証拠だ」


 ナルミは墨染の方を向く。すると墨染は右手をかかげ、ナニかを手の中に持っているようなポーズをしていた。しかしナルミには、墨染が何も持っていないように見える。

 墨染がかかげる『ナニか』が、ナルミにはまったく見えていない。


「そこでだ、これからお前さんを『落とす』。特例措置ってやつだ」


 背後から金属が折れる音がする。急いで振り向くと、階段の内周を囲っていた鉄格子の一部が、強引にねじり取られていた。

 そしてねじり取られた鉄格子を掴んでいるのは、道家。


「?……まさか!?」


 四角く縦に細長い建物の壁面に、ぴったり沿うように作られている階段。こういう構造だと、中央部分にはデッドスペースが生まれる。

 建物の中央に、上から下まで一直線の。垂直な『落とし穴』が生まれてしまうのだ。

 当然そのスペースに何も落ちないように、階段の内周部には鉄格子が溶接されていた。その鉄格子を、ちょうどナルミが落ちていけるスペース分だけ。道家が不可思議な力を用いてねじり取ってしまった。

 おかげでナルミの背後には、さえぎるものが何もない。即席の縦穴に向かって、見えないナニかに身体中を押されながら。ナルミはなす術なく、見えないナニかに運ばれていく。


「ミカンセイ空間特有のロジックだよ。トウバル君が階段を下りるという行為が、上に着くという因果になってしまっている。けどね、階段を下りさえしなければ――階段を経由しなければ、目的地の『下』にたどり着ける」


 ナルミにはこれから自分が何をされるのか、何をされようとしているのか察した。察しがついてしまった。

 見えないナニかに押されるナルミは、自らの行動を他者に制限されている。

 そんな焦りを浮かべるナルミを見ながら、道家は笑みを作りながら。何気ないことのように言った。


「つまり……ココから落ちればいいんだよ」


 道家どうけは満面の笑みを浮かべながら、ねじり取った鉄格子を階段に投げ捨てた。

 ガラン、ガランと音を立てながら。役目を終えた鉄格子が、階段を転がり落ちていく。

 続けて道家は赤く光るリンゴを浮かべ、作った穴にヤスリでもかけているようだ。ねじ切られた断面がどんどんなだらかになっていく。


「いいか。落ちた先には必ず誰かがいる、そいつがお前さんの案内人だ」


 ナルミは押し当てられているナニかに手を当てた。見えはしないが、手で触って形を推測することは出来る。姿の見えないナニかは丸く、大きさは手で掴めるくらいか。

 だが数が多い。見えないナニかが複数個、ナルミの身体中に貼り付いている。


「そいつに『自分を案内して欲しい。墨染すみぞめ清明きよあきに飛ばされてきた』って言えば通じる。そっから先はお前さん次第だ」


 困惑するナルミを2人は待ってくれない。じりじりと見えないナニかに押され続け、もう穴まで数歩分しか距離がない。


「大事な点は2つ。階段は下りられない。それと道も失ってる。このことを必ず案内人に伝えろ。そうすりゃ、《《あの子》》ならなんとかしてくれるだろうよ。たぶんな」

「そんな。落ちたっらッ……終わるんじゃ!?」

「安心しろっつっても無理だろうなぁー……見えてねえみたいだし。まあソレがくっついてる限り大丈夫だからよ。出来る限り信じてくれ」

「そんな、いきなり――」

「いいか。次は自分で選んだ道を違えるんじゃねえぞ?」

「それじゃね、トウバル君。また会えるよう祈ってるよ」


 墨染すみぞめがそう言い終えたとたん。ナルミの身体を押すナニかの力が強まった。

 道家に手を振られながら、墨染の放つ不思議にな力に押されながら。

 ナルミは一切(こう)することが出来ず、背後の暗い縦穴へ。

 何にも見えない暗闇へ、落ちていった。


――――――――――◇◇◇◇◇――――――――――


 何度も下りた階段を、踏みしめていった確かなものたちを。一息の内に追い抜いて、ナルミは下へ落ちていく。

 天を見ながら落ちていくと、なんだか不思議な気分になる。

 自分が今落ちているのか、それとも自分だけが止まっていて、自分以外の全てが前へ進んでいるのか。落下する最中のナルミには、ハッキリと断定することが出来ない。


(……落ちてるのか止まってるのか分からないな……)


 自分は今落ちているのか。立ち止まっているのか。

 身体を包む浮遊感に、我を忘れた数秒間。ナルミは階段を用いず、階下へとたどり着いた。

 一階まで一直線の落とし穴を通り、ナルミの背中は今、床に接触する。


 だが不思議と一階の床に触れた感触がない。

 ゆるやかに、不確かななもやの中へ沈み込んでいくようだ。目の前が真っ暗になりながら、ナルミはどこかに落ちていく。暗がりの中を、どこかへ。


(……どこで間違ったんだろう。人を疑いがち、裏を見ようとする、か。たしかにその通りだな)


 沈み行くようで、どうにもたどり着きそうにない。なんとも不思議な感覚だ。凝り固まっていたナニかがほぐれていく。

 不思議な暗がりに包まれながら、ナルミは自らをかえりみる。


(そうだな……心のどこかで、墨染すみぞめさんに付いていきたいと思ってしまったんだろう)


 押し当てられていた見えないナニかもいなくなり、身体に感じるのは不思議な浮遊感のみ。


(だから下を選んだけど、上に行きたい理由を探した)


 墨染が言った『落とす』とは、一体どのような意味が込められていたのだろうか。この暗がりに落とされたおかげで、何かが変わっていく自分がいる。

 身体も心も重さを失い、浮いた心になった今。新しく見えてくるものがあった。


(人が上から落ちてきたのも、心の裏側では喜んでたんだろうな。これで上に行けるって。自分で道を選んでいきたいと思って、この世界に来たのに)


 他人事のように、第三者のように。ナルミは自らを見つめる。どこが間違いだったのかを見つめ直す。


(いつもなら。迷っていれば、どこかに着くんだけどな。この世界じゃそれじゃどこにも着かないんだっけか。おかしなわりに、自分に厳しい世界だなー)


 ナルミは誰に聞かせるでもなく、声に出して笑った。強いて言えば、自分をふるい立たせるために笑ったのか。


(いつもと同じ考え方じゃ、駄目なんだ。この世界じゃ自分で選んでいかない限り――どこにも着かないんだよな!)


 反省は済ませた。目標も定まった。なら、今度もまた。おかしな世界を進んでいこう。

 そう決心したナルミに、光が差した。まぶた越しに、光を感じる。

 同時に、足元にしっかりとした感触があった。いつの間にか身体中を包んでいた浮遊感は無くなり、地面に引かれる力を感じる。どうやら自分は、どこかに立っているらしい。


(さて、と。気合入れていきますか)


 ナルミは気合を入れ直し、恐る恐る目を開く。

 すると目の前には、知らない男の下半身があった。


「……は?」


 正しくは、コンクリート製らしき、丸い筒のような建造物。その中に上半身を突っ込み、下半身だけを外に出している。

 そんな誰かがいた。

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