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[完結]1-C 第2話 誰かが、僕を見ていた

 男の手から、1枚のコインが打ち上げられた。月の光を浴びながら、輝くコインは宙を舞う。

 2人が見つめるコインの高さは頂点に達し、そしてゆるやかに落下を始めた。

 男は落ちてきたコインを左の手の甲に乗せ、すかさず右手を上から被せてフタをする。


(……特におかしな動きはなかった)


 彼が見ていた限りでは、男の動きにおかしな点はない。ならばこのコイントスの結果は、本当に運任せだったのだろうか?

 疑われていたことを知ってか知らずか、男は彼に不気味な笑みを向けてくる。準備はいいか、とでも言いたげだ。


「んじゃ、開くぜ――」


 少しばかり間を取った後。男は被せていた右手を、左手からためらいがちに外した。

 左手の甲、その上にあるコインは――


「――表だ」


 表面が上になっていた。


「ということは……」

「ああ。おめーさんの行き先は、下だな。おめっとさん。おめーさんが選んだ道も、コインが示した道も、どっちも同じ結果になった。なら、これが正しい選択だってことさ」


 思わず彼の口からため息がもれる。下でないといけなかったわけではないが、自分が選んだのは下だ。

 こうして実際に下に降りていくことが決まったから、つい安心してしまった。

 そんな彼を見て、男は笑いながらこう続ける。


「いやーいいね、おめーさん。見どころあるわ」

「そう、ですか?」

「おうさ。こうやって聞くとよ、大体の奴は上に行きたがるのよ」

「……上に」

「そう。上下2択だから半々になると思うだろ? なーんでかみんな上ばっか。自分から選んで下ってのは少ないし、さらにコインまでその通りになるのはまれだ、まれ


 どうやら男は嬉しがっているようだ。からからと笑う内に、長い前髪から男の目が見てとれた。目尻も歪み、心底面白がっているように見える。


「……でもよ、だからこそ残念だ。俺はおめーさんの事気に入ったんだがなー。ここでお別れだ」

(お別れ?)


 そう言えば、先ほど男は『自分がガイド役をつとめるのは片方だけだ』みたいな事を言っていた。放心気味の頭をふるい、彼は思考を進めていく。


「ここでお別れってことは、これから先の案内人は違う人に……?」

「なるな。俺の担当は『上』でね。『下』の担当が誰になるかは知らんが、まあ俺よりは良い奴だろうさ。俺はこれから、上を選んだ奴の案内をしなくちゃあならねえ」

「すみません。上を選んだ奴、というのは? まさかこの世界には僕以外にも誰か来てるんですか?」

「いるぜ? それなりに。んーそうだな、今日は少ない方かもな? あれだ、おめーさんが下に行くように、上に行くことを選んだ奴がいる。そんで俺は上担当。そういうこった。だから、ここでお別れ」

「そうなんですか(……すこし残念だな)」


 話してみて思ったのだが、見た目の不審ふしんさに反するように男の態度には好感が持てる。彼としてもハッキリとした言動の彼は好みだったのだが……男は自分の案内人ではないらしい。


「俺としては、自分で考えて動く奴は嫌いじゃねえんだがなー……っと、お急ぎだったんだっけな、悪い悪い。おめーさんは自分で選択した。道も決まった。あとは、このまままっすぐこの階段を下りて、一番下にあるドアをくぐればいい。もうドアは開いてるからよ」


 そう言いながら男は自らの人差し指を下に向け、ジャスチャーも合わせて説明してくれる。


「? 新しい案内人を待たなくてもいいんですか?」

「っとだな。おりた先にあるドアをくぐれば別のとこに着く、そしたらそこに担当の案内人がいる。そこで話をつける。これで分かるか?」

「分かりました。大丈夫です」

「そいつは良かった……最後に、なんだけどよ。いや、おめーさんが良ければでいいんだがよ……」

「? なんでしょうか」


 ここまで明快だった男の言動が、急に遠慮がちになった。何を聞きたいのだろう。


「おめーさんの名前、教えてもらってもいいかい?」


 返ってきた答えはあまりにも平凡で、思わず拍子抜けしてしまう。

 別に隠すようなものでもない。彼はためらわず、男に向かって名前を告げた。


「ああ、そんなことですか。桃原とうばるです。桃原とうばる成実なるみって言います」

桃原とうばる成実なるみ、ね。ますます気に入った。引き止めて悪かったな、桃原とうばる

「いえ、それじゃ」

「ああ。ご縁があれば、また今度」


――――――――――◇◇◇◇◇――――――――――


(まずは最初の課題を抜けた、ってところなのかな)


 彼は――成実ナルミは一人、螺旋階段らせんかいだんを下りていく。ピンク色に染まった視界にも、そろそろ慣れが勝り始めた。

 ナルミが階段を下り始めた頃。あまり間を置かず、別の誰かが階段を踏みしめる音が聞こえ出していた。おそらく先ほどの男が、上に向かって階段を上っていったのだろう。

 そしてその足音も、今では聞こえなくなった。足音が止まったということは、目当ての場所までたどり着いたのか、それとも何か不測の事態にでもおちいったのか。


(……駄目だな。ついつい考えすぎてしまう)


 ナルミは湧き上がる不安を振り払うように、頭を左右に数度振る。

 どうにも自分は、一度考え始めるとついつい自分にとって都合の悪い方にばかり状況を捉えてしまう。不安事を作り出してしまう。


(自分でも疑り深い性格だとは思っているけど……どうも心配しすぎだな。誰が足音を鳴らしていたかなんて、分かるわけがないだろうに……さっきの人も、もう別の場所に行ったみたいだし。まずは地上まで行って、ドアをくぐる。それからだ)


 方針は定まった。ナルミは考えることを止め、まずは階段を下りきることに専念した。その時――

 ナルミの視界の隅を、『ナニか』が通り過ぎていった。螺旋階段を囲う鉄格子の外側を、凄まじい速さで。ナニかが地上に向かっていった。


「……えっ?」


 突然視界に映り込んだ異物に、遅れて気付くこと数瞬。ナルミが首を回し視界を動かした頃。

 地上からナルミの耳へ、受け入れたくない音が届いた。今の音は、まさか。

 思考が止まる。いや止めたのか。今まさに起きたであろう出来事を、考えてしまわないように。


(待て、落ち着け、いやそんな……)


 だが考えたくないと思う自らの意思に反して、脳は答えを出してしまう。

 螺旋階段の外には、空しかない。危ないからこそ、この螺旋階段の周囲には鉄格子が溶接されているのだ。縦に並んだ鉄棒が、安全の証明が。ここから先に行ってはならないと教えてくれている。下に行きたければ階段を下りていけと。けして早道をするな、と。


(でもアレは……アレは確かに……)


 視界をかすめていったアレは、地上に向かっていった……いいや違う。

 アレは落下していったのだ。その証拠に地面にナニかが叩きつけられた音がしたではないか。


(ダメだ見るな、見るな見るな見るな見るな……)


 自分の眼で見るまでは、そうと決まったわけではない。そう見なければ、何が起こったのか分からない。認めなければいい。

 何も見なかったことにして、何も聞かなかったことにして。

 先に進んでしまおう。そう自らを動かしたかった。だけど。

 ナルミは見てしまった。鉄格子の間から、自分が下りていく先を。地面を見てしまったのだ。


「――――」


 そこには確かに、異物があった。普段は決してそこにない、あってはならない、異物があった。

 ナルミの顔色が変わる。困惑に恐怖が入り混じり、そして納得も加わった。

 やっぱりと思う心を押さえ込むように、ナルミは口から願望をこぼす。


「……嘘だろ……」


 本当は、確認なんてしなくても。

 ナルミはとっくに気付いていた。

 目にも止まらぬ速さで通り過ぎていったモノに、なぜ自分が気付けたのか。自分はいったい、何を察知したのか。

 それはナルミを、螺旋階段を囲う鉄格子の外から。落ちていくナニか――『誰か』が。

 確かにナルミの方を見ていたから。

 落ちていった誰かが、ナルミの方を見ていたから。

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