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[完結]1-B 第六話 今のままでは曲がれない

 彼女は空で何かを掴み、何かしらの目星を付けたのか。

 彼と彼女の空中遊泳は終わりを告げ、2人は道路に帰ってきていた。


「悪い……吐いちまっtおrrろ%$#“」

「あー大丈夫大丈夫。だいたい分かったからもう大丈夫だよ」


 自分のせいで地上に下りてきたのかと考えていたが、どうやら違ったようだ。足を引っ張ったと思っていた彼にとって、彼女の言葉はよく染みた。


「あ~~……もう胃液しか出ねえ……」

「歩けそう?」

「ああ、なんとか……それでよ、別に優雅ゆうがにお散歩したかったから、空に飛んだわけじゃないんだろ? 何か分かったのかい?」

「うん。それでは――とりあえず歩きます。オジサンがグルグル回り続けてたあの道をね」


――――――――――◇◇◇◇◇――――――――――


 彼はまた、あの道を歩いている。動く道路に導かれるまま、流されるまま。

 あれだけ苦しめられた道のりが、今の彼には苦にならない。なぜなら彼の隣には、頭の上にミカンを乗せた、不思議なあの子がいるから。


「しっかし、またこの道に戻ってくるとは思ってなかったわ……出口は駅にあるって言ってたから、てっきりさっきの道を右に曲がるのかと思ってたら『左に行く』だもんな。これで何が分かるんだ?」

「分かるというより『こなす』、かな?」


 彼と彼女は動く道路に乗りながら、くだんの道を進み直していた。


「オジサンを無理やり、この流れの外へ連れ出すことも出来るんだけど……」


 彼女はその場でくるくると回る。それに合わせてスカートもマフラーも、彼女の長い黒髪も。回る動きに連動して、くるりくるりと舞い踊る。


(ホント絵になる子だな……)

「多分それだと、近いうちにまたここに迷い込んじゃうから……ねえ聞いてる?」

「んぉ!? あ、ああ聞いてるよ」

「まあお疲れか。ならば要点だけ伝えましょう」


 彼女は片手を腰にあて胸を張る。かけてもいないのにメガネをずり上げるポーズを取ると


「もうこの世界に迷い込まないように。アフターケアのお時間です」


 そう続けた。

 2人はあの道を巡りながら、言葉を重ね、連ねていく。


「たぶんオジサンとはピントがあってるんじゃないかな? だからさっくりと伝えられる」

「ピント、ねえ」

「そうそう。この世界だと色々あってさ。自分と『ズレてる』……価値観が、とかそういう話じゃなくてね。元いた世界が違う場合ってのがあってさ。そういう場合は、伝えようとしても認識にズレが出ちゃうみたいなんだよ」

「ふんふん」

「そういう場合に核心を伝えようとすると、『アレ』が来ちゃう。余計なこと教えるなーって異物扱いしてきてさ、この世界から排除しようとしてくるし。そうなるともう面倒で……」

「アレ? さっきの、道路が手みたいになるやつか」

「ああアレとはちょっと違うかな。不知火シラヌヒって言うんだけど……ま、やぶ蛇はイヤだからこの話はここまでっ。おじさんのケースに限れば、もうその心配は無さそうだしね」


 そして4本の足は、最初の交差点へ。


「この世界にね、迷い込む人は大きく分けて2パターンいるの」


 彼女は彼に向かって振り返りながら、右手の指でピースサインを作る。人差し指と中指だけを伸ばし、他の指は固く握りしめる。2つの分類をその手で示しているようだ。


「『誰かが引き寄せたこの世界に迷い込む』パターンと、『自分が原因になってこの世界を引き寄せる』パターンと。大きく分けて、この2つ」

「はぁ」

「さっきの街並み……オジサンをさ、たくさん手が追いかけてきたでしょ?」

「ああ。とんでもねえもん見ちまったよ」

「私が知っている限り、ああなるのは引きがそうとする人物がこの世界の『核』になっている場合だけ。ああなったってことは、おじさんがこの世界の核になっていると考えてまず間違いないと思う」

「俺が? 自分でもいうのもなんだけど、なんかすごい所とかなにもないぜ?」

「別にすごいところなんて必要ないよ。キッカケはいつもありふれてるから」

「ありふれてる……あれか? 人の数だけ悩みがあるとかそう言うやつか?」


 彼女の言うとおりだとすると、この世界に迷い込んだのは自分に責任があるということか。

 しかし彼には心当たりがない。自分のことをありふれた内の1人だとしか思えないのだ。普段の自分に日常らしい日常はない。

 死んだ目で残業漬け、終われば半死人になりながら帰宅。つかの間の安息の後、泥のように眠る。朝は安息に終わりを告げる時計を殴り、起きればまず朝日を呪う。そしてなんの楽しみのない出勤だ。腹も痛けりゃ目も痛い。口から出るのは恨み言ばかり。何もかもがくすんで見える。こんな自分に、どこか目立った点があるというのだろうか。


「そう言われてもなぁ。ホント、何の特徴もないって感じだぜ?」

「ありふれたちっぽけなナニかでも、積み重ねれば大きなモノになる。日頃抱えてる『ナニか』があるハズだよ。それがこの世界に迷い込む原因」

(積み重ね……毎日思うことねえ……)


 彼は少しの間考えてみた。動く道路の上に居ても、今の彼には考える余裕がある。


「私がこの世界に入ってくる時……いや入ってこれた時か。あの時オジサンが『誰かに助けを求めた』よね? アレで入ってこれたってことは、他人に何かを言うのがキーワードになってそうかな? 日頃思う何かを伝えたかったとか」

「うん? まさか……『◯◯死ね』とか『無理難題押し付けてくんな』、とかそういう愚痴か?」

「ソレを毎日言ってる?」

「そりゃもう。毎日言ってる事と言えば、呪いの言葉かこんなことしかねえな」

「ならソレだね。せっかくだし、話聞くよ? 腹に抱えた恨み辛み、全部吐き出しちゃいなよ」

「まあ腹の中身なら全部さっき吐き出したけどな。物理的に」

「ゴメンゴメン。なら今度は精神的に、だよ。過ぎたことは水に流そう!」

「俺はマイナス思考だから気にするんだよ…………」


 こうして彼は話し始めた。日頃の恨み、やるせない気持ち、時折混じる自分へのさげすみ。

 まさかこんなことを年下の少女に話す日が来ようとは。夢にも思わなかった事態になりながらも、彼の口は止まらない。今さら開いた口は閉じられない。

 自分が聞く側だったらウンザリするような愚痴も、的外れにストレスを溜めていると思うようなことも。彼女は否定しなかった。

 T字路を過ぎ、十字路を過ぎ。彼の愚痴もひとまず止まり、巡る行程もあとすこし。


「……たぶんオジサンはさ」


 適当に相槌あいづちを打ってくれていた彼女が、彼にある『気付き』をくれた。


「誰か愚痴を聞いてくれる人が欲しかったんだと思う。仕事とか義務的なモノじゃなくさ。自分でも気付かない内に重荷になってたんじゃない? 不満が」

「ホントかぁ? そんな、しょうもないことで」

「本当になんてことないって思ってたら、この世界に迷い込んだりしないよ」


 そう言われると二の句が継げない。自分でも知らない内に、内心に積もった不満を見ないようにしていたのだろうか?


(俺ってこんな小さい男だったのか……) 


 確かに『自分は大したところは何もない』と言いはした。だが実際にほんの小さな事でここまで悩んでいたという事実を、彼は否定したくなる。

 口では自分は小さい奴とうそぶいても、それでも内心自分を小さい奴だと認めたくなかった。


(たしかに最近人間らしい会話すらしてなかったけどよ………日頃のイライラが重なってこうなって? 自分が原因で死にかけて? こんな女の子に助けてもらうって……ダサすぎねえか俺。しょうもなさすぎるだろ)


 認めたくはないが、現にこうして彼女に話をしただけで心が軽くなっている。心身共に助けてもらっているのは間違いない。


「なんか、ごめんな。こんな奴に手間取らせちまってよ。ずっと君に頼りっぱなしだし、いいトコなんかなにもないし。カッコつかねーわ、ホント」


 自己保身の混じった自虐に、自分に嫌気がさす。これでは嫌がられるだけだろうな。

 だが彼女から返ってきた応えは、そんな彼の予想を大きく外れていた。


「そんなに卑屈になる必要ある? 私はそんな事で別に笑ったりしないよ? そういう時があったって、なにも恥ずかしくない」


 笑われないようにと、つけ込まれないようにと。彼が今まで塗り固めてきた常識を、彼女はただの一言で砕いてみせた。


「だから、今はカッコつけなくてもいいよ」


 満面の笑みと共に放たれた彼女の言葉。予想の外からの返答に、彼の目は新たな色を見せる。


(あー……何も言えねえ)


 何をどう生きてくれば、ここまで言い切れるのだろう。こんな考え方があるものなのか。自分には無いものを持つ彼女に、彼の心は白旗を上げた。


「君は優しいんだなぁ……オジサンコロっといっちゃいそうだぜ」

「あ、そういうのはちょっと……」

「おい素で返すなよ凹むだろ」

「あはははっ。まあ、今の私はオジサンの『案内人』だから。二度とオジサンをこの世界に迷い込ませないように、色々優しく言ってるからねー勘違いしないでねー」

「まあ何かしら理由があったとしてもありがたいわ。あんがとな」

「そんな褒められる事でもないと思うんだけど……ああ、私が言ってることが多分オジサンが好むように認識されてるからかも?」

「なんだそれ」

「少なくとも嫌われないよう補正がかかってるのは間違いないよ。基本、初対面の相手を助けることになるからね。いきなり案内人が嫌われたら助けられなくなっちゃう。オジサン気付いてないだろうから言うけど、贈り物を受け取った辺りから効果出てる、ハズ」

(贈り物……? って)


 彼女からもらったものと言えばミカンが浮かぶが、それよりも前にあるものをもらっていた。


「みかんジュースか! アレそういう意味があったのか」

「かなり限界そうだったからね。美味しかったでしょ?」

「まあ、確かに美味かったな」

「なら、それでいいんだよ」

「なーんか納得できねえな……」

「細かいことは気にしない気にしない……ほら、もうすぐ一周終わるよ」


 彼女に言われて気が付けば。いつの間にやら道幅が狭くなり、目の前にはY字路が見える。動く道路に導かれ、続く道のりを巡りきり。

 彼と彼女はY字路に帰ってきたようだ。


(……アレ壊れてたのに元に戻ってるよな? ……この世界じゃそれが当たり前なのか?)


 彼の前に彼女が現れた際、真っ二つに分断されたカーブミラー。それが今では当たり前のように元の姿を取り戻していた。

 動く道路がカーブミラーの前で止まる。すると彼女は手元のミカンを地面に並べ始めた。


「何してんの?」

「これ? オジサンの内面はもう大丈夫だろうから、後はこの道から外れるだけ……ハイこれ」

「? おう」


 ひとしきりミカンを並べ終えた彼女は、彼の元に歩み寄る。そしてミカンを1つ彼に手渡した。何をするのか分からないが、とりあえず受け取っておこう。


「つってもよ、ただ道を一周してきただけだよな? ほら、カーブミラーの表示もさ。どっちも『←』のままだぜ?」


 彼が指差すカーブミラーの表示は以前と変わっていない。


「あれでどうやって右の道に行くんだ? また空飛ぶのか?」


 自分に手渡されたこのミカンを、また食えとでも言うのだろうか。彼としては胃の中がかくはんされるのあの飛行は勘弁願いたい。だが脱出に必要ならば仕方ないか――


「いや違うよ」


と考えていたのだが、彼女の返答は別の提案だった。


「たしかに今のままだと右に曲がれない………」


 そう言うと彼女は急に走りだした。カーブミラーのすぐ側まで走ると振り返り


「だから今から『ココ』を変えます!」


と言いながら真上を指差した。彼女が指し示すのは彼から見て右、カーブミラーの右側に付属する『←』表記の電光掲示板。彼女はいったい、どうしようというのか。

 いまいち意図をつかめない彼とは対照的に、彼女は不敵に笑いながらこう言った。


「右に曲がれないなら……右に曲げてやればいいんだよ」

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