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[完結]1-B 第二話 見えてきたのはY字路

(ん? あれは……)


 細い一本道の先に、二またになった分かれ道が見えた。T字というより、Y字路といったほうが良さそうか。

 そのY字路の交差点も、例のおかしなカーブミラーが道路の中央をふさいでいた。これだけなら先ほどまでと大した違いはないのだが、問題はその手前にある。


 彼が目を凝らせば、カーブミラーのより手前に『誰か』がいるのが見えた。

 カーブミラーの奥に光源があるせいで、ここからでは人影としか認識できないが、たしかにあれは人だ。


「おおーい! おおーーい!!」


 彼は大きく手を振りながら、力いっぱい声を張り上げる。ここにきてはじめて見つけた人だ。ぜひとも会って話が聞きたい。

 彼は何度も声をかけ続けた。大丈夫だ、こちらの声は確実に届いている。声を出した直後にあの人影は、たしかにこちらを振り向いたのだ。

 たまらず彼は走りだす。動く道路に任せるのではなく、自らの足で前へ駆け出す。


(――見えねえ)


 あいにくと相手が光源を背負っているせいで、まだこの距離では顔が見えない。

 浮き出るシルエットから、同じくらいの背格好ではないかと推測するのが精一杯だ。

 

 目の前に迫る人影は、何かを知っているのではないか。

 話がしたい。この異常な事態はどういうことなのか。今は分からないことを、1つでも消していきたい。

 だが彼の願いは届かなかった。突然人影は何ごとかうろたえると、彼から見て左の道に向かって走り去ってしまったのだ。


「ああっ。待ってくれ! あやしい奴じゃないんだ俺は!ちょっとだけ、ちょっとだけ……」


 彼は走るペースを上げ、目の前の人影を追いかける。しかしカーブミラーの前を左へ駆け抜けようとした、その時


「ッ!?」


 突然目の前の道路が盛り上がり、壁となって彼の行く手をはばむ。

 走っている彼は急に止まれない。あやうく壁にぶつかりそうになり、反射的に手をのばす。

 壁に手をつきクッションにすることで、なんとか止まることが出来た。


「なんだよコレ!? 邪魔すんなよ!」


 自分を邪魔するように現れた壁に、彼は怒りを抑えられない。力いっぱい目の前の壁を殴ろうとするも――その拳は空を切る。


「は?」


 何が起きたのか理解するのに時間がかかった。どうやら自分が立っていた場所、いや道路が壁から離れるように動いたようだ。そのせいで壁までの距離が変わり、届かない拳を振り回すことになったらしい。

 道路がどこに向かうのかと思えば、先ほど通りすぎようとしたカーブミラーの前で停止するではないか。道路はカーブミラーの前で止まると、また地中からプレートが顔を出す。

 今度のプレートにはボタンが2つ。書かれている文字は


左側のボタン:「左を押して←へ曲がる」

右側のボタン:「右を押して←へ曲がる」

 

「どうしても押せってことか……よっ!!」


 もう悩むこともない。溜まったうっぷんをぶつけるように、彼は左側のボタンを叩くように押し込んだ。

 すると盛り上がっていた壁はウソのように沈み込み、平らな道路へと戻っていく。それに合わせて彼が立つ道路もまた、左の道へと進み始めた。

 のろのろとした道路の歩みに合わせてはいられない。彼は一刻も早くあの人影に追いつこうと、左の道をひた走る。


(落ち着け、落ち着け……さっきの人も俺と同じ状況になってる可能性が高い。なら、同じように左に行き続けているかもってことだよな。なら俺が急げば追いつけるってことだろ!)


 彼は走った。ひたすらに、全力で。

 彼の走りのおかげか、それとも距離が近かったのか。彼とその後ろに続く道路は、そう時間をかけずに大きな通りに合流することができた。

 目の前にはもう見慣れたあのおかしなカーブミラーがある。ここが分かれ道に違いない。


「さあ今度は何択だ……って、アレ……?」


 どういうことだ、これは。

 カーブミラーの前で減速し、乱れた呼吸をととのえながら、彼は辺りを見渡した。

 この大通りには見覚えがある。なぜだか、ついさっき通った道な気がする。

 そんなハズがない。しかし見慣れているのはカーブミラーだけではなかった。

 カーブミラーの向かいには、彼が最初にいた駅が見える。ということは、ここは彼が最初にたどり着いた交差点ということになる。


(いや待て。俺が最初にここに来た時は、ボタンを押した時は、たしかにここはT字路だっただろ!? じゃあ、じゃあだ。俺がさっき走ってきた道は、一体どこにあったんだ!?)


 彼が最初にこの交差点に着いた時、それは駅からこの交差点に向かってきた時にほかならない。そして駅からこの交差点に向かっている間、《《どこにも横道なんて見当たらなかった》》のだ。

 なら、自分が先ほど走ってきたあの道は、一体どこにあったというのだ。


(嘘だろ。そんなバカなことが……)


 彼はそこで考えるのを止めた。認めたくない答えを導き出す前に、思考を無理やり差し止める。無理やり他のことを考えるようにつとめもした。

 彼は急いでカーブミラーの前に立ち、地面から現れていたボタンを押す。今度も同じく左側のボタンを押すと、同じように左の道へと道路は進む。

 彼は道路を待たない。動く道路よりも先んじて、先ほど通った道を走っていく。同じ道を、走っていく。


 同じ道を選んだなら、同じ道に行き着いた。この十字路にも見覚えがある。

 同じボタンを押して、同じように左に向かい、また次の見覚え有る交差点でも、同じことを選択する。だがそれでも。


(どうしてだ……なんでいない……!)


 どれだけ同じ道を急いでも、先ほどみかけた人影が見えてこない。自分は同じことを選んできたハズだ。同じ道を通ってきたし、押したボタンだって同じだった。

 ならこの先に、さっき出会ったY字路に、なぜ誰もいないのか。いないなんておかしいじゃないか。


(なんでだ。同じ状況になってるっていう、最初の考えから間違ってたのか? だとするとどこだ。どこで違う道にいったんだ……)


 彼は息を切らしながら、新たに地面から生えてきたプレートを注視する。するとそこにはこう書かれていた。


「なにが『しばらくお待ち下さい』だよ! こっちは急いでんだよ!」


 プレートを支えるポールを蹴飛ばしても、自らの足が痛むだけだった。自分がどれだけ急いでも、後ろから迫ってくる『動く道路』を待たないといけないらしい。


「まだなのかよ! ったくチンタラしやがっ……って……」



 声が、聞こえた。



 まだか、まだ来ないのかと焦っていた彼の耳に、ある声が届く。その声を聞いただけでイラついた心は落ち着き、流れていた汗まで種類が変わる。

 先ほどまで流れていた、激しい運動による汗。その汗とは違う汗が、彼の身体から流れ出る。

 この背筋を伝う、悪寒おかんを伴う冷や汗は、なんだ。

 聞いてはいけないものを聞いてしまったような、このえも言われぬ後悔こうかいはなんなのだ。


 振り向きたくない。振り向きたくはないけれど、確認したくてたまらない。そんなハズがないのだから、ないのならば、後ろを振り返ってもいいじゃないか。

 そう思ってしまう自分を必死に否定する。

 背後から聞こえてくる声は、だんだんと強くなっている。だんだんと、近付いてきている。もう我慢できない、限界だ。

 たまらず後ろを振り向くと、こちらに向かってくる『ナニか』がいた。でもそれは、彼が望んでいるものではなかった。


「……ぉおーい! ……ぉおーーい!! ……」


 こちらに向かってきている、1人の男がいた。その男は大きく手を振りながら、力いっぱい声を張り上げている。

 自分が光源を背負っているからなのか。こちらに向かってきている男の顔に光が当たり、夜でもたやすく顔を確認することができた。できてしまった。


「そんな……ウソだ」


 道路が追いつき、カーブミラーから電子音が鳴り響く。彼がそちらを向くと、プレートの文字も書き換わっていた。ボタンが2つ追加され、書かれている文字は


左側のボタン:「左を押して←へ曲がる」

右側のボタン:「右を押して←へ曲がる」

 

 彼は迷わず左側のボタンを押した。もう後ろも振り返らない。一目散に左の道へ走りだす。そんな彼の背中に迫り来る男から声が発せられた。


「ああっ。待ってくれ! あやしい奴じゃないんだ俺は! ちょっとだけ、ちょっとだけ……」


 怪しい奴でないことは、彼が一番知っている。自分だからこそ、知っている。

 彼は走る。認められない現実に、追いつかれないように。今在る自分が、消えないために。 

 彼の顔は驚きと恐怖とが混ざり合っていて、おかしくもないのに笑い出しそうな、そんな奇妙な顔になっている。

 この顔を、後ろから走ってきている男は見えていないだろう。その確信がある。

 《《なぜなら自分が、見えていなかったから》》。


(アレは、アレは……俺だったのか!?)


 事ここに至り、彼はついに気付いてしまった。否定したかったある事実に、追いつかれてしまった。


 彼が最初にY字路に差し掛かった時、目の前にいた『誰か』、その誰かとは――


 自分に追いかけられていた、自分だったという事に。

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