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[完結]1-A 第17話 見えない誰かの足跡を追って

「そうですね。俺は――」


 ハジメはある人物を指差した。


ただよしさん。あなたを選びます」


 指先が示すのは右側のブランコ。つまり、ハジメは忠芳ただよしを選んだ。


「……一応、理由を聞いてもいいかな」

「えーとですね……忠芳ただよしさんの方が、人間味があったから? ですかね」


 口ではそう言ったものの、実はそれ以外にも理由がある。忠芳ただよしに向かって梨を投げ、梨から光があふれた時。実はハジメは忠芳ただよしだけでなく、左側のブランコに座るピエロも観察していたのだ。

 忠芳ただよしが梨の発光に驚き、態度を崩した時。ピエロが忠芳ただよしの方を見て笑ったのを、ハジメは見逃さなかった。


「これは持論なんですが。人って驚いた時に素が見えると思うんですよ」


 おそらく仲間であろう忠芳ただよしが異変に襲われている時、何もせずただ笑顔を浮かべたピエロ。ハジメにはあの笑顔がとても不気味に、薄気味悪く見えた。あのピエロは危険だと思ったのだ。


「だから、なんとなく人間味があった忠芳ただよしさんの方がいいかなって。そう思ったんです」

「……ハハハハハ! これはしてやられた。まさかこちらが試されるとは」 


 忠芳ただよしはハジメの奇行に怒るでもなく、むしろ機嫌を良くしたようだ。楽しそうに笑い出す。


「選べって言われた時、与えられた情報だけじゃ無理だなって思って……反則、とかですか?」

「いやいやとんでもない。君は与えられた情報から選ぶのではなく、『こちらから新たに情報を引き出そうとした』んだろう? ……いやはや、予想外だ。大したものだな君は」


 そう言いながら忠芳ただよしは手を叩いてハジメをたたえる。態度の急変に驚きはしたものの、ハジメとしても悪い気はしなかった。


「文句なしだよ、高梨君。それでは私について来てくれ」


 こうしてハジメと忠芳ただよしは、夜の公園を後にした。


――――――――――◇◇◇◇◇――――――――――


(なんか、すごい光景だな。透明人間が雪の上を歩いたらこうなるのかって感じ)


 忠芳ただよしに先導されながら、ハジメは夜の市街地を歩いていた。忠芳ただよしが梨を手放した今、ハジメは彼の姿を認識することができない。

 だが雪の積もった今なら、雪が足跡を残してくれる。


「……そういえば。あのピエロの人、置いてきちゃってますけど大丈夫なんですか?」

「ああ、彼なら大丈夫さ。君を送り届けた後、ちゃあんと回収しておくよ」

「置物扱いなんですね……」


 まるで誰もいない空間から、足跡だけが雪の上に降り続けているようだ。

 積もったばかりの雪道に、新たな足跡を残しながら。見えない誰かの足跡を頼りに、ハジメは前に進んでいく。

 忠芳ただよしと歩きながら会話をしてみて、分かったことが1つある。


(この人ふざけてる感じがデフォなんだな。素がこんな感じだったのか)


 どうやらハジメに選択をさせるためにあんな態度をとっていたのではないようだ。ハジメの中の忠芳ただよし像が、底知れぬ怪人からただのお調子者へと変わっていく。


「……こうして話してて思ったんですけど、忠芳ただよしさん説教するの好きですよね」

「そう言うなよ高梨君。人間、年を取ると若者へ苦言を呈したくなるものさ……いや、ここは素直に訂正しよう。私は人にアドバイスするのが好きだ」

「ほらやっぱり」

「私は馬鹿と無知は違うと思っている。知ってさえいれば対処出来たであろう人が、最初の選択ミスだけで道を違えていくのを、私は何度も見てきた。この世界でね」


 雪道に降る足跡は、一直線で迷いがない。姿の見えない誰かの足跡は、少しも迷いなく迷いビトを案内していく。


「だからなのかもしれない。見込みがある者には伝えずにはいられないんだ。知ってさえいれば、君ならば抜け出せる、と」

「……そんな忠芳ただよしさんから見て、俺はどっちなんです?」

「ハハハそれを聞くか! 君は変わっているねえ。だからなのかもしれないが……」

「? なんです?」

「今回無事に抜け出せたとしてだ。それでも君は、またこの世界に来ることになるだろう」

「ええっ。正直もう来たくないですよ、こんなとこ」

「ハハハ、正直だね……だが仕方がない。君自身ではないかもしれないが、『君』がこの世界にくることは、もう避けられないことなんだ」


 2人は立ち止まらない。崩れ行く世界の中で、ただ一所ひとところを目指していく。


「……なんかそんな感じのこと、あの子にも言われました。俺じゃない俺と一緒に、とか」

「なら話は早い。この世界はいろいろな世界が混じり合う。その時々で誰が迷い込むか分からないからね。もしかしたら、案内人じゃない世界の彼女が、この世界に迷い込んでくるかも知れない。どうだい? そんなときなら、君が手助け出来そうじゃないか」

 

 自分が彼女を助ける。彼女のように、自分が彼女を引っ張っていく世界。


「いやいやいやないでしょう。あの子がミカンを持ってないトコなんて想像出来ませんもん」

「ハハハハ。まあ、本人がいないから言えることだが……君はあの子の『お気に入り』だ。そしてあの子は案内人だ。結果として、あの子の手伝いをすることになるだろう」


 自分が彼女の手伝う。彼女の隣で、誰か知らない迷いビトを案内する世界。


「手伝いですか……俺なんか必要になるんですかね。あの子なら1人で大丈夫そうな気が」

「そうもいかない時もある。この世界は不確かで不誠実で不成立だ。何が原因で、ついさっきまで通用していた常識が崩れるか分かったものじゃない」


 たしかにその通りだ。この世界は普通じゃない。ハジメは身を持ってそれを学んでいる。


「分かることが分からないことだけになった時。この世界を生き抜くコツは、たった1つだ。」

「……なんですか? 自分の直感とか?」

「『分からないを楽しめ』。それだけだよ」

「? うーん分かったような分かってないような……」

「モノを見て認識するには、だ。どうあがいても自分の内を通して見るしかない。結局のところ見聞きしたものを自分がどう処理するかが大事なのさ。悪くとらえちゃあ、いけないよ?」


 いつの間にやら、2人が目指す先の空が白んできている。あかつきに足を踏み入れたようだ。


「なんか忠芳ただよしさんって胡散臭いんですよねー。どうにも信用出来ないって言うか……」

「何を言うんだ高梨君。この笑顔をみたまえ、どう見ても善人だろう?」

「……そもそも俺には姿すら見えませんよ」


 昇り来る太陽に向かって。2人は笑いながら歩んでいった。

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